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00 プロローグ

ありふれた日常の終わり

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04

 なんとか身支度を調えて外に出たのは、13時を廻った後だった。
 「さて、どこで食べようか…」
 牛丼屋、ハンバーガー、ファミレス、うどんチェーン…。
 (いやいや…)
 自分の発想の貧困さに瞳は首を振る。
 サイフの中が寂しいわけでもないが、さりとて特に舌が肥えているわけでもない。
 食べられればどこでもいいと言えばそれまでなのだが、何となく今日はそれではいけない気がしたのだ。
 さりとても、休日の昼に営業している店は限られている。
 「よし、買い物して自炊するか」
 こうなったら多少遅れても自分で作った方が良い。
 そう決意した瞳は、最寄りのスーパーに足を運ぶのだった。

 食材を購入して帰宅した瞳は早速料理にかかる。
 まずは油を引いた鍋をコンロで熱し、鍋物用に刻まれた鶏のもも肉を炒める。
 カップの日本酒で香りをつけ、塩コショウとニンニクで味を整え、表面をまんべんなく焼く。
 そうしたら鍋に水を入れて、弱火でゆっくりと煮込む。
 「うん、いいにおいしてるね」
 もも肉が煮えていく美味しそうなにおいがするまで、ことこと煮込む。
 時々アクをすくいながら充分にダシを取って、コンソメと塩コショウで味をつけてスープにする。
 そしてラーメンをゆでる。
 大きめの丼にスープを開けて、ラーメンを盛りつける。
 仕上げに刻みネギをたっぷりと乗せる。
 ズボラではあるが、鶏そばのできあがりだ。
 「いただきまーす」
 座卓をふきんできれいにして、付け合わせに白菜の浅漬けを少々用意して、瞳は手を合わせて食事にする。

 「けっこうお腹に溜まったなあ…」
 食欲が満足した瞳は、脚を投げ出して食休みをしていた。
 人には、特に男には見せられない姿だ。
 「うん?」
 ふとスマホに目をやると、新しいメールが来ている事に気づく。
 「乙姫からか…」
 メールは、オタ仲間の一人からだった。
 いわゆる腐った女の子で、BLの小説や同人誌を書いている。
 瞳も同人誌を書いたりイラストを寄稿したりしているし、即売会となれば売り子をしたりもする。
 今回のメールも、即売会のサークル参加のお誘いだった。
 「しまった。もうそんな時期か」
 瞳はカレンダーを確認して、次の即売会の日時をすっかり忘れていた事に気づく。
 少なくとも、次の即売会では新刊を出す予定でいるし、乙姫もそのつもりでいる。
 「こうしちゃいられない」
 瞳はパソコンを起動し、真っ白だった原稿に急ピッチで下書きをしていく。
 真っ白なデジタル原稿に、たちまち濃厚なBLの絵が出来上がっていく。
 その気になれば、瞳の筆は速く正確なのだ。
 瞳自身、特に熱心な腐った女の子というわけではない。
 だが、乙姫とのつき合いは長いし、自分のBL同人誌を待ってくれている人がいるとなれば、描くのにも張り合いが出るのだ。
 
 結局、その日の午後は執筆活動に費やされることになる。
 瞳にとってはそれなりに有意義に時間を使えたと言えた。
 恋愛や結婚、そして自分の将来のことで悩んでいたことなど、すっかり忘れて没頭していた。
 
 とまあ、秋島瞳の日常はこのようなものだった。
 昨日が今日でも今日が明日でも明日が昨日でも。
 大きな栄達や感動はない。その代わりに大きな不幸や困難もない。
 ひたすら単調で、無聊を慰める日常だった。

 その時までは。

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