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眼鏡の優等生の苦しみを救え

最後まで反省しない者たち

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03

 エグゼニアたちが連行された夜。
 学院の院長室には、弁護士のエンデとリディア、パトリシアが、院長のブレンハイムと、ナッソーに面会していた。
 「学院は今回のことをどうお考えなのでしょう」
 エンデの質問に、ブレンハイムが渋面になる。
 間違いなく監督不行き届き、管理監督責任の問題になるのをわかっているのだ。
 すでに警察沙汰になっている以上、内部的な処理も穏便な解決も不可能ということも。
 「そんなことより、われわれ教師に相談せず警察を呼んだことの問題が先だ。
 学院のことは学院で解決すべきことだ。
 学院の面子をつぶしたんだ。相応の処罰は覚悟してもらう」
 ナッソーは居丈高に振る舞う。
 問題をなんとしても自分の責任から学院の面子の話にすり替えたいようだ。
 この期に及んでも、自分の保身しか頭にない。
 「相談なら以前しました。それなのに、今回の事件が起きた」
 「なんだと!私を愚弄するつもりか!」
 「やめたまえ、ナッソー先生!」
 学院長が、これ以上はやぶ蛇だとナッソーを制止する。
 彼は、ナッソーより仕事へのプライドと良識があるようだ。
 「とにかく、ナッソー先生ではいじめの解決は不可能と当方は判断します。
 先生。リディアさんが預けた端末を返却して下さい」
 「何を言うんです。これは私の仕事の問題だ。あなたの指図など…」
 ナッソーは顔中に汗を浮かべながら言う。
 (これは、そういうことか)
 傍らで聞いていたパトリシアはこの後の展開が予測できた。
 「学院長。彼に返却するように命令して下さい。
 裁判の際の大事な資料です」
 エンデは学院長に向き直って言う。
 「ナッソー先生。お聞きの通りだ。返却したまえ」
 「では後日に」
 「今すぐです。取りに戻るなら、それまで待っています」
 被せられたエンデの言葉に、ナッソーが絶望的な顔になる。
 「じ…実は私の不注意によって紛失してしまいまして…」
 ナッソーの返答に、パトリシアは嘆息する。
 (やっぱりこいつ、いじめを見て見ぬ振りするだけじゃない。
 隠蔽するつもりだった)
 こうなってはもう学院も言い逃れできないだろう。
 「どうやらいじめの隠蔽があったことは事実のようですね」
 エンデが厳しい口調で言う。
 「違う」と反論しようとするナッソーを、学院長が制止する。
 「学院とあなた方幹部の管理監督責任に関しては、謝罪と損害賠償さえして頂ければ裁判まではしません。
 ただ、いじめの加害者とナッソー先生に対する厳罰は強く求めます」
 エンデの言葉に、学院長が決然とした表情になる。
 いや、警察沙汰まで起きては、もはや大事は不可避。自分が責任を取らないですむことを考え始めたというべきか。
 「わかりました。ナッソー君。辞表を出したまえ」
 ナッソーがこの世の終わりのような顔になる。
 「冗談じゃありません!
 今度二人目の子供が生まれるんだ。家のローンだってあるんです!」
 学院長はナッソーをにらみつける
 「ならやむを得ん。懲戒解雇だ!」
 場が一瞬沈み返る。学院長の声は、それほど迫力があったのだ。
 懲戒解雇となれば、退職金も支払われない。加えて、ナッソーは今後職探しに際して、履歴書に懲戒解雇された旨を書かなければならない。再就職は極めて厳しくなる。
 「こ…この程度のことで懲戒解雇なんてできるわけがない!
 労働局に訴えます。裁判でも争いますよ!」
 「それは、君の将来にマイナスになるんじゃないかね?」
 学院長の反論に、ナッソーは全身から力が抜けたらしい。
 裁判で争うとなれば、学院はナッソーがいじめを隠蔽した事実を詳しく強く主張するだろう。
 映像と音声という証拠がある以上、ナッソーが勝つことは難しい。
 むしろ、公の法廷でいじめの隠蔽、教師としての職務怠慢を暴露されてしまう結果になる。
 「ナッソー先生。
 いい加減自分のしたことを理解しなさい。
 リディアさんからの預かり物を破棄したか壊したことは、立派な犯罪ですよ」
 「うるさああああいっ!」
 痺れを切らして割り込んだエンデの言葉に逆ギレしたナッソーは、大声をあげる。
 「あんた何様だ!
 学院には学院の都合も事情もあるんだよ!弁護士がしゃしゃり出てこられちゃ迷惑なんだ!
 ただじゃすまさない!弁護士会に懲戒請求してやるからな!」
 子供のようにまくし立てるナッソーの言葉を、エンデは一笑に付す。
 「その場合、私は反論することになります。
 あなたの職務怠慢と背信行為を。そしてその結果なにが起きたか。
 それでも良ければどうぞ」
 エンデの言葉に、ナッソーはぐっと詰まる。
 (教師に裁量あるって言っても、犯罪を隠蔽しちゃいかんでしょ)
 その程度のことを、今になって理解したナッソーを、パトリシアは笑う。
 部分社会の法理というように、確かに学院には自治は認められるべきだ。
 だが、学院の面子のために犯罪を隠蔽する権利まであるわけではない。
 学院が自浄作用を欠いている以上、弁護士の介入は当然だ。
 (それを逆恨みして懲戒請求なんかして、新聞沙汰にでもなったら?)
 ナッソーの再就職は絶望的。最悪、教員免許剥奪もあり得るかも知れない。 
 「ああ…あああああああああーーーーーーーーー…」
 全てが終わり、もう元に戻す方法はない。否応なくツケの清算をさせられると悟ったナッソーが見苦しく悲鳴を上げた。
 
 (私たちの勝ちと言うことだけど、少しも嬉しくない)
 パトリシアは心からそう思う。
 そもそもいじめなど起きなければ、あるいは教師がしっかり対応していれば、する必要のないケンカだったのだ。
 いい迷惑。それ以上でも以下でもなかった。
 (それに、学院の体質が根本的に変わったわけじゃない)
 今回、裁判を起こさないことをエサにされ、ナッソーをトカゲのしっぽにして逃げのびたように、学院も清廉潔白ではない。
 というより、弁護士を立てて脅しつけるまでなにもしなかった時点で、学院そのものも腐っていると言えた。
 これで万々歳ではない。
 第二、第三のエグゼニアが現れない保証はどこにもない。
 パトリシアは内心で嘆息した。

 結局、ナッソーは健康上の問題という口実で依願退職する。
 その後の消息は知れなかったが、風の噂では再就職に失敗して酒に溺れるようになり、離婚したらしい。
 (まあ、気の毒とは思わない。
 リディアが苦しんで、あんな教師のクズが毎日ふつうに生活できてるなんておかしいからね)
 パトリシアはもうナッソーに対してなんの感慨もなかった。
 
 それよりリディアだった。
 「ありがとう、パトリシアさん。
 作戦を建ててくれたり、弁護士さんを探してくれたり、あなたにはお世話になりっぱなしね」
 「いえいえ、前にも言ったでしょ。
 ああいうやつらは完全に排除しないと、いつ私がターゲットになるか。
 当然のことをしたまでだよ」
 (邪魔者はいなくなった。これで、あの素晴らしい膨らみは私のもの…)
 リディアはパトリシアを救世主とさえ思い、心酔していた。
 だが、そのパトリシアの根っこにあったのは邪な感情だったのである。

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