ファンタジア・プロデュース ポンコツ異世界アイドルたちが輝くまで

ブラックウォーター

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不祥事の罰は恐ろしく

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02

 その日は、品川にあるテレビ局で歌番組の収録だった。
 魔族のアイドル、レベッカ・コステロも参加している。
「では、レベッカ・コステロで、〝ムーンライトエッジ〟。どうぞ!」
 アナウンサーの言葉に応じて、イントロが流れ始める。
 レベッカが軽やかにステップを踏み、ゆっくりと歌い始める。
 褐色の肌としなやかな身体が、スポットライトに照らされて美しい。
 琥珀色の眼が輝いて、宝石のように映える。
 大きく息を吸い込み、サビを歌い始める。
 ふだんのびびりで大人しい雰囲気からは、想像もつかない力強い歌声だった。
 スタジオにいる誰もが、掛け値なしに目を奪われていた。
 一方で、よこしまな視線を送っている者もいた。
 
「レベッカ・コステロさん、少しよろしいですか?」
 そう声を掛けてきたのは、一見して身なりのいい中年男だった。
「あ…部長。お疲れ様です。なんでしょうか?」 
 レベッカは、忌避感が顔に出ないように応対する。
 一見して人当たり良く見える、テレビ局の芸能部長、門間。
 だが、実はとんだ食わせ物なのだ。
「まあなんだ。本日の歌、素晴らしかった。それを伝えたいのがひとつ。それと…できれば二人で話したいのだが、どうかね?」
「申し訳ありませんが、芸能活動は事務所を通す決まりですので」
 レベッカは素っ気なく答える。
 そもそも、テレビ局の幹部が芸能人に直接声を掛けてくるなど、だいたいろくなものではない。
 応じないのが最善の策だ。
「まあまあ、そう言わずに」
 周囲に人が少ないのをいいことに、門間はなれなれしくレベッカに身体を寄せてくる。
「部長、次のスケジュールがあるんですけど…」
「時間は取らせないよ。私は君の実力を高く評価しているんだ。できればもっと伸びて欲しいと思う」
 門間が、本性を現す。
 先ほどまでの人当たりのいい表情から、素のゲス顔になる。
 この男、業界でも有名なセクハラの常習犯だ。
 普通ならとっくに芸能界を追放されるどころか、刑事事件になっていてもおかしくない。
 だが、門間はなまじ仕事ができる上に、国会議員を父に持つ。
 多くの芸能人が強いことを言えず、泣き寝入りを強いられて来た。
「部長、あなたのためを思って言います。離れた方がよろしいかと」
「ほう、ずいぶん強気じゃないか。けっこうだね」
 レベッカは真剣だったが、門間は本気にしていなかった。
 そしてそれは、悪夢の始まりだった。
「知りませんよ。どうなっても」
 そういった魔族の少女の口調は、ぞっとするほど冷たかった。
〝自業自得だ。もう元に戻す方法はない〟
 怒りもわだかまりもない。ただ、愚か者への哀れみが込められていた。

「な…なんだ…?」
 門間は、レベッカの身体から光が放たれたことにたじろいだ。
 光はやがて形をなし、円形の幾何学模様になる。
(これは…)
 異世界には素人だが、門間にもわかった。これは魔方陣だ。
(やばい…)
 そう思った時には遅かった。
 魔方陣が糸がほつれるように形を変え、蛇のように自分に向かってくる。
「な…なんだ…!やめてくれ…!」
 ほつれた魔方陣が門間の身体を取り巻き、入れ墨のような模様になって定着する。
「レベッカさん…これはなんなんだ…?」
「呪いです。魔族の中でも、精霊を従える者が身を守るための。ごめんなさい。あなたの悪意に反応したんです。もう、わたしの意思では止められない」
 レベッカが、哀れみに満ちた表情で言う。
 光はやがて消え、入れ墨のような幾何学模様も消失する。
 だが、恐怖はここからが始まりだった。
「う…?」
 門間は自分の手を見て、目を見開いた。
 さっきまで確かに自分の手だったもの。それが、今は土くれのようなものに変わり果てている。
「手…手が…!?」
 乾いた土のように、指先からボロボロと崩れ落ちる。やがて、肘から下が崩れてなくなった。
 驚いたことに、手が土くれになっても激痛だけはしっかりと走った。
「ああ…?」
 今度は、急に脚のバランスが崩れた。
 恐る恐る足下を見る。
 予想通り、今度は脚が土くれになって崩れていく。体重を支えきれず、膝をついてしまう。
「た…助けてくれ…!助けてくれ…!」
 必死で救いを乞うが、レベッカはただ見ているだけだった。
「うううううーーーー…!」
 とうとう門間は腰から肩までが土になり、崩れていく。
 身体が人間の形を維持できず、崩れた泥の上に頭が乗っているだけの姿になる。
「うう…ううああああああっ!」
 頭が割れるような激痛が走り、ぴしりと嫌な音がする。
 哀れなセクハラ男は、悟った。
 自分の頭が割れて土に還っていくのだと。
(こんな死に方は嫌だ…)
 最後の瞬間思ったのは、そんなせんないことだった。

「は…?」
 門間は唐突に我に返り、周りを見回す。
 土になって崩れたはずの手足は、ちゃんとある。
 そこにいたはずのレベッカの姿はない。
 だが、スーツの胸ポケットに一枚のメモが入っていた。
〝あなたがセクハラを繰り返すたびに、呪いは発動するでしょう〟
 メモを持つ手が震え、汗がにじむ。
 恐らくは幻術の類いだったのだろう。
 実際、自分の身体には傷ひとつない。
 だが、あの恐怖とおぞましさと激痛は、身体が覚えている。
「ま…まさか…」
 門間は、レベッカの警告を素直に信じようとはしなかった。
 それが、地獄へ至る道を避ける最後のチャンスであったのに。

 それからしばらくして。
「ねえレベッカ、最近門間部長を見かけないけど、どうしたのかしら?」
 番組の収録の休憩時間、レベッカの友人であるアイドルが話を振ってくる。
 彼女もまた、門間のセクハラの被害者だった。
 収録で訪れるたびになれなれしくしてくる中年男。それが最近姿を見せないのが不思議だった。
「ええと…。まあ、しばらくセクハラはできないんじゃないかな…?」
 レベッカはあいまいに返答する。
「そうなの?風の噂だと、部長室に引きこもって出てこないんだって」
「そ…そう…?まあ、いいじゃない。仕事をちゃんとしてるなら」
 あいまいに返答する。
 とても、呪いのことを彼女に話すことはできない。

「部長、よろしいですか?」
「ああ…入ってくれたまえ…」
 プロデューサーの克正は、仕事でテレビ局の門間の部屋を訪れていた。
 はっきり言って、克正はこの男が嫌いだった。
 アイドルはみんなの恋人であり、美しい宝石でもある。彼女たちにセクハラを働くなど、芸能界関係者の風上にも置けない。
 だが、今は少し同情していた。
 体格がよく貫禄があったはずの門間が、すっかりやつれ果てて、まるで病人のようだ。
 眼の周りのくまは、めがねを通してもはっきりとわかる。
「あの…お加減が良くなさそうですが、大丈夫ですか…?」
「ああ。心遣いありがとう。まあ、いろいろあるが、病気の類いじゃない。心配は無用だ」
 そう言った門間の様子は、どう見ても心配無用というものではない。
(これがレベッカの呪いか…)
 事情を知っている克正は、恐怖と哀れみを覚えた。
 この男のセクハラは業界でも悪名高く、近く被害者の会が結成され、訴訟が起こされる予定だった。
 ところが、門間の様子が急変した。
 見る影もなくやつれ果て、眼はなにかに怯えたようになっていた。
 弁護士から謝罪と賠償を求める通知が行くと、大方の予測に反して、門間は示談に応じた。
『なんでもする…。なんでもしますから…許してください…』
 なにかに怯えているのか、顔面蒼白で謝罪と慰謝料の支払いに応じたのだった。
(鳳凰幻○拳みたいなものか…。これほどとは…)
 克正は、かつて国民的人気を誇った少年漫画に出てくる技を想起した。
 相手の神経と精神にアクセスし、恐ろしい幻影を見せて精神崩壊に追い込むのだ。
 レベッカの話では、あの後門間はセクハラを行うたびに、苦痛に満ちた死の幻覚を見ただろうという。
 想像してみる。
 周りを紅蓮の炎に包まれ、のたうちながら焼死する。
 身体が生きたまま腐り、見る影もない姿になり悶死していく。
 足下が突如泥沼に変わり、泳ぐこともできないまま泥を飲んで溺れ死ぬ。
 想像している内に怖くなってきた。
(セクハラ男の肩を持つ気はないが…。少し気の毒な気がしてきた…)
 克正はそう思う。
 門間は、打ち合わせの間も眼がうつろで、常に怯えているようだったからだ。

「あ、プロデューサー、お疲れ様-」
 事務所の終業後、レベッカがにこやかに声を掛けてくる。
「ああ、レベッカ。お疲れ様」
 克正は、つい表情を引きつらせてしまう。
「門間部長は、どんな様子でしたか?」
 レベッカは、少し真剣な表情で聞いてくる。
 何か言いたそうなプロデューサーの心中を察したらしい。
「ああ、具合が悪そうだが、仕事には差し支えないようだ。最近はセクハラもやめたようだしな」
 克正は当たり障りのない言葉を返す。
 門間に起きていることは自業自得だ。だが、あのやつれ果てて神経をすり減らした姿には、恐怖を感じずにはいられない。
(俺も注意しないとな…)
 人間、いつ無自覚にセクハラをしているか、わからないものだ。
 自分が呪いを掛けられるのは、絶対にごめんだと思う。
「なんか誤解してません…?呪いは、わたしの嫌だって思う気持ちと、相手の悪意に反応するんです。その…プロデューサーなら…ぜんんぜんOKですけど-…?」
 レベッカがさりげなく手を繋いでくる。
 アイドルとプロデューサーで、これはまずい。
 ともあれ、振りほどくのも無粋な気がした。
「アイドルとプロデューサーの立場は、忘れちゃいけない。わかるなレベッカ」
「ちぇー」
 レベッカが唇を尖らせる。褐色肌の美貌が、微妙に残念なことになっている。
(俺が恐れなけりゃならんのは、呪いより職責を踏み外すことだ)
 克正は、改めてプロデューサーとしての立場を自覚し、たがを締め直すのだった。
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