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02
経験とセンスと先読みと
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06
東京はお台場にあるテレビ局。
サタデーナイトに向けて、クイズ番組の収録が行われていた。
「問題。この3つの映画に共通して…」
ピコン
司会者が問題を読み終わる前に、解答者の一人がボタンを押す。
ヴァンパイアの少女(仮)リズこと、エリザベト・シュナイダーだ。
今日は当然のように、本来の小柄な少女の姿だ。嫌みでない程度にゴスロリ調に仕立てた衣装が、よく似合う。
スタジオ中央のスクリーンに映っているのは、映画のタイトル。
〝ターミネーター〟〝ジョニー・ハンサム〟〝エイリアンVSプレデター〟だ。
「ランス・ヘンリクセン」
「正解」
ピンポーン
スクリーンが切り替わり、ヘンリクセンが3つの作品に出演した時の姿が映し出される。
役者としてのキャリアが長いため、〝ターミネーター〟の時点に比べると、〝エイリアンVSプレデター〟の時には相当年を取っている。
「すごいですね。美波さんは知ってた?」
司会者が、他の解答者に話を振る。
「〝ジョニー・ハンサム〟は盲点でしたー。ていうか、当時私まだ生まれてないし」
21世紀生まれのアイドル、坂下美波が、これは参ったという表情になる。
彼女は映画オタクで知られ、映画に関するカルトクイズでは右に出るものがいなかった。
古い映画にも、それこそ彼女が生まれる前の作品にも、べらぼうに詳しい。
その牙城が、リズによって崩されようとしている。
美少女の顔には、番組の収録が始まった時の余裕は失せていた。
(うーむ。面白いな。このクイズ番組は当たりだわ)
舞台裏から見ているプロデューサーの克正は、自分の職分を忘れて心奪われていた。
番組の構成もテンポがよく、飽きさせない。
内容も、使い古されたものではなく、かといってカルト過ぎて誰得ということもない。
映画が好きなら普通に楽しめるよう、絶妙に計算され、企画されている。
なにより、リズと美波の接戦が、否応なく見る側のテンションを上げる。
「さあ、準備はいいですか?次にポイントを取った方が優勝です」
司会者が場を盛り上げて行く。
現在、リズがわずかにリードしているのみ。
この後の問題で美波が先に解答すれば、逆転だ。
二人のアイドルが、スクリーンに注視する。
リズの紅の眼は、集中力と自信に満ちていた。
「問題。この作品の主人公は誰?」
90年代のアクション映画の映像が、断片的に流れ始める。
ピコン
重武装のスティーブン・セガールが発砲するシーンが映った瞬間、美波がボタンを押す。
「スティーブン・セガール!」
自信満々で答える美波に、リズがなぜかふっと唇の端をつり上げる。
「不正解!」
ブッブー
「ええええーー?」
スタジオにどよめきが走る。
スクリーンには、スティーブン・セガール扮する特殊部隊員が確かに映っているのだ。彼が主役でない?
ピコン
すかさず、リズがボタンを押す。
「カート・ラッセル!」
「正解!」
ピンポーン
司会者がどや顔で、リズの正解をたたえる。
「この作品名は、〝エグゼクティブ・デシジョン〟。公開前は、セガールアクションと予想されていました」
スクリーンが切り替わり、作品解説が表示される。
「当時のファンたちは、当然セガールがばったばったと敵を倒す流れを予測したでしょう。ところがどっこい!なんと、セガール演じるトラヴィス中佐は、前半であっさり死んでしまうのです」
セガール演じる特殊部隊の隊長が、崩壊する飛行機から吸い出されるカットが映される。
「いやあ、リズさん。お見事でした」
「なんのなんの。っていうかあの映画、ポスターとかビデオのパッケージとか、あれじゃカバー詐欺ですよねえ」
司会者の言葉に、リズがいたずらっぽく微笑む。
〝エグゼクティブ・デシジョン〟は、公式にもカート・ラッセル主演で、セガールは脇役とされていた。
ところが、配給会社や広告会社が、客が集まらなくなる可能性を恐れた。
そのため、いかにもセガール主演のアクションであるかのような宣伝がされたのだ。
おかげで、映画館を訪れたファンたちの間には衝撃が走ることになる。
内容自体は斬新で、純粋にアクションとして面白い。が、それよりもむしろ、セガールが途中で死んでしまうことの意外性と、カバー詐欺で有名なほどだ。
「リズさん、恐れ入りました。師匠と呼ばせてください」
「滅相もない。運が良かっただけです。もし邦画の問題だったら、多分勝てなかったでしょうから」
美波とリズが固く握手を交わす。
いい勝負だった。勝っても負けても、悔いはなかった。
「お疲れ様、しかし、リズはほんとに映画博士だな。恥ずかしいが、俺は半分以上わからなかったよ」
「いやいや。映画の知識自体は、美波ちゃんの足下にも及ばないさ。クイズ番組ってのは、出題者の意図を読めるかが鍵なのよ」
帰りの車の中。克正の言葉に、助手席にちょこんと座るリズがどや顔で応じる。
「なるほど…出題者の意図か…」
克正は素直に納得する。
確かに、リズは出題者がどう番組を進行させ盛り上げるか、その意図をくみ取っていた。
考えてみれば、異世界との門が開き、リズがこちら側に移ってきて数年しかたっていない。
映画が好きとは言っても、観ることができた作品には限りがあるだろう。
知識だけで言えば、日本の生まれである美波にかなわないのも当然。
情報と知識の不足を、出題者の意図を先読みすることで補っていた。
それにより、解答を有利に進めていた。そう考えれば、つじつまが合う。
最後の問題がいい例だ。
主人公が誰か、誤解しやすい作品で引っかけを狙った。
美波は引っかかり、リズは見事ミスリードをかわしたのだ。
(うーむ。見た目は少女でも、その実年長者だしな…。小娘どもがかなう道理もないか…)
克正は助手席を横目で見ながら思う。
一見すると、銀髪紅眼の、あどけない美少女。
だが、彼女はヴァンパイアだ。こう見えて長く生きている。
老獪さでは、他のアイドルたちの比ではないだろう。
「ねえ。今、〝年の功〟とか思わなかった?」
リズがエスパーのように、考えていることを言い当てる。
「まさか、経験と磨かれたセンス。そういうことだろ」
克正は精一杯本音を隠す。
女に年増呼ばわりは、無礼なことと心得ている。
「じゃ、行動で示してよ。あたしをおばさんと思ってないってさ」
そう言って、リズは克正の左手を自分のスカートの中に導こうとする。
「よせ。運転中だぞ。それに、アイドルがそういうのはだめだって言ったろ!」
克正はリズの手を振り払い、大声を出す。
(全く困ったもんだ)
本気なのか戯れなのか、リズは時々誘うような仕草をしてくる。
「いけずー!いい男なのに頭固い!」
リズが、外見年齢にふさわしい、ぷくっとほおを膨らませた表情になる。
(それでいい。アイドルはみんなの恋人なんだから)
克正は、内心ほっとしていた。
実年齢がどうあれ、リズは少女アイドル。ファンたちのものなのだ。
その自覚を持って活動してもらわなければ困る。
心からそう思えた。
東京はお台場にあるテレビ局。
サタデーナイトに向けて、クイズ番組の収録が行われていた。
「問題。この3つの映画に共通して…」
ピコン
司会者が問題を読み終わる前に、解答者の一人がボタンを押す。
ヴァンパイアの少女(仮)リズこと、エリザベト・シュナイダーだ。
今日は当然のように、本来の小柄な少女の姿だ。嫌みでない程度にゴスロリ調に仕立てた衣装が、よく似合う。
スタジオ中央のスクリーンに映っているのは、映画のタイトル。
〝ターミネーター〟〝ジョニー・ハンサム〟〝エイリアンVSプレデター〟だ。
「ランス・ヘンリクセン」
「正解」
ピンポーン
スクリーンが切り替わり、ヘンリクセンが3つの作品に出演した時の姿が映し出される。
役者としてのキャリアが長いため、〝ターミネーター〟の時点に比べると、〝エイリアンVSプレデター〟の時には相当年を取っている。
「すごいですね。美波さんは知ってた?」
司会者が、他の解答者に話を振る。
「〝ジョニー・ハンサム〟は盲点でしたー。ていうか、当時私まだ生まれてないし」
21世紀生まれのアイドル、坂下美波が、これは参ったという表情になる。
彼女は映画オタクで知られ、映画に関するカルトクイズでは右に出るものがいなかった。
古い映画にも、それこそ彼女が生まれる前の作品にも、べらぼうに詳しい。
その牙城が、リズによって崩されようとしている。
美少女の顔には、番組の収録が始まった時の余裕は失せていた。
(うーむ。面白いな。このクイズ番組は当たりだわ)
舞台裏から見ているプロデューサーの克正は、自分の職分を忘れて心奪われていた。
番組の構成もテンポがよく、飽きさせない。
内容も、使い古されたものではなく、かといってカルト過ぎて誰得ということもない。
映画が好きなら普通に楽しめるよう、絶妙に計算され、企画されている。
なにより、リズと美波の接戦が、否応なく見る側のテンションを上げる。
「さあ、準備はいいですか?次にポイントを取った方が優勝です」
司会者が場を盛り上げて行く。
現在、リズがわずかにリードしているのみ。
この後の問題で美波が先に解答すれば、逆転だ。
二人のアイドルが、スクリーンに注視する。
リズの紅の眼は、集中力と自信に満ちていた。
「問題。この作品の主人公は誰?」
90年代のアクション映画の映像が、断片的に流れ始める。
ピコン
重武装のスティーブン・セガールが発砲するシーンが映った瞬間、美波がボタンを押す。
「スティーブン・セガール!」
自信満々で答える美波に、リズがなぜかふっと唇の端をつり上げる。
「不正解!」
ブッブー
「ええええーー?」
スタジオにどよめきが走る。
スクリーンには、スティーブン・セガール扮する特殊部隊員が確かに映っているのだ。彼が主役でない?
ピコン
すかさず、リズがボタンを押す。
「カート・ラッセル!」
「正解!」
ピンポーン
司会者がどや顔で、リズの正解をたたえる。
「この作品名は、〝エグゼクティブ・デシジョン〟。公開前は、セガールアクションと予想されていました」
スクリーンが切り替わり、作品解説が表示される。
「当時のファンたちは、当然セガールがばったばったと敵を倒す流れを予測したでしょう。ところがどっこい!なんと、セガール演じるトラヴィス中佐は、前半であっさり死んでしまうのです」
セガール演じる特殊部隊の隊長が、崩壊する飛行機から吸い出されるカットが映される。
「いやあ、リズさん。お見事でした」
「なんのなんの。っていうかあの映画、ポスターとかビデオのパッケージとか、あれじゃカバー詐欺ですよねえ」
司会者の言葉に、リズがいたずらっぽく微笑む。
〝エグゼクティブ・デシジョン〟は、公式にもカート・ラッセル主演で、セガールは脇役とされていた。
ところが、配給会社や広告会社が、客が集まらなくなる可能性を恐れた。
そのため、いかにもセガール主演のアクションであるかのような宣伝がされたのだ。
おかげで、映画館を訪れたファンたちの間には衝撃が走ることになる。
内容自体は斬新で、純粋にアクションとして面白い。が、それよりもむしろ、セガールが途中で死んでしまうことの意外性と、カバー詐欺で有名なほどだ。
「リズさん、恐れ入りました。師匠と呼ばせてください」
「滅相もない。運が良かっただけです。もし邦画の問題だったら、多分勝てなかったでしょうから」
美波とリズが固く握手を交わす。
いい勝負だった。勝っても負けても、悔いはなかった。
「お疲れ様、しかし、リズはほんとに映画博士だな。恥ずかしいが、俺は半分以上わからなかったよ」
「いやいや。映画の知識自体は、美波ちゃんの足下にも及ばないさ。クイズ番組ってのは、出題者の意図を読めるかが鍵なのよ」
帰りの車の中。克正の言葉に、助手席にちょこんと座るリズがどや顔で応じる。
「なるほど…出題者の意図か…」
克正は素直に納得する。
確かに、リズは出題者がどう番組を進行させ盛り上げるか、その意図をくみ取っていた。
考えてみれば、異世界との門が開き、リズがこちら側に移ってきて数年しかたっていない。
映画が好きとは言っても、観ることができた作品には限りがあるだろう。
知識だけで言えば、日本の生まれである美波にかなわないのも当然。
情報と知識の不足を、出題者の意図を先読みすることで補っていた。
それにより、解答を有利に進めていた。そう考えれば、つじつまが合う。
最後の問題がいい例だ。
主人公が誰か、誤解しやすい作品で引っかけを狙った。
美波は引っかかり、リズは見事ミスリードをかわしたのだ。
(うーむ。見た目は少女でも、その実年長者だしな…。小娘どもがかなう道理もないか…)
克正は助手席を横目で見ながら思う。
一見すると、銀髪紅眼の、あどけない美少女。
だが、彼女はヴァンパイアだ。こう見えて長く生きている。
老獪さでは、他のアイドルたちの比ではないだろう。
「ねえ。今、〝年の功〟とか思わなかった?」
リズがエスパーのように、考えていることを言い当てる。
「まさか、経験と磨かれたセンス。そういうことだろ」
克正は精一杯本音を隠す。
女に年増呼ばわりは、無礼なことと心得ている。
「じゃ、行動で示してよ。あたしをおばさんと思ってないってさ」
そう言って、リズは克正の左手を自分のスカートの中に導こうとする。
「よせ。運転中だぞ。それに、アイドルがそういうのはだめだって言ったろ!」
克正はリズの手を振り払い、大声を出す。
(全く困ったもんだ)
本気なのか戯れなのか、リズは時々誘うような仕草をしてくる。
「いけずー!いい男なのに頭固い!」
リズが、外見年齢にふさわしい、ぷくっとほおを膨らませた表情になる。
(それでいい。アイドルはみんなの恋人なんだから)
克正は、内心ほっとしていた。
実年齢がどうあれ、リズは少女アイドル。ファンたちのものなのだ。
その自覚を持って活動してもらわなければ困る。
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