ファンタジア・プロデュース ポンコツ異世界アイドルたちが輝くまで

ブラックウォーター

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アイドルのあり方は?

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04

 東京。新橋のとある雀荘。
「どうした?切らないの?」
 銀髪紅眼という容姿に加え、肉感的な身体をした妖艶な女が問う。
「切るよ。少し待ってくれ」
 下家の男が苦々しげに答える。
 男は、すでに安牌を出し尽くしている。
 ベタ降りもこれまで。
 今は一か八か切っていくしかない。
「これで…」
 男の表情は、まさに祈るようだった。
 普段なら、神を信じてなどいないだろうに。
 そして、困った時の神頼みは通じなかった。
「ロン。字一色」
 倒された女の牌は、見事に役満がそろっていた。
「ぐは…」
 直撃を取られた男がうなだれる。
 オーラスはこの女だ。
 今清算を求められたら、文無しになってしまう。
 が、その時だった。
「いたいた。またこんなところに」
 雀荘にいつの間にか入ってきた、身なりのいい男が銀髪の女に声をかける。
「げ…!どうしてここに…?」
「お前の行動は、いい加減把握できてるんだよ。さ、行くぞ。仕事だ。ちょうどラスだろ」
「ちょっと…まだ清算が…」
 女はズルズルと引っ張られて雀荘を後にする。
「助かった…のかな…?」
 帳消しは無理でも、とりあえずこの場で文無しになることは免れた男は、状況がわからず困惑するばかりだった。

 雀荘から銀髪の女を連れ出した男。
 芸能プロデューサーである大垣克正は、女を車に押し込むと走り始める。
「まったく…。麻雀くらい打たせてくれたっていいじゃん。ばれないようにやるし…」
 不平そうに言った女は、口の中で何事か詠唱し始める。
 〝ポンッ〟と弾けるような音がする。
 すると、先ほどまでそこにいた肉感的で妖艶な女の姿はない。
 かわりに、愛らしい容姿の少女がちょこんとシートに腰掛けていた。
「前にも言ったけどな、大人の姿ならいいってもんじゃないんだよ。万一にも、子供が入っちゃまずいところでその姿に戻っちまったら、大ごとだろ」
「Pのいけずう…」
 銀髪紅眼の美少女は、不満そうにほっぺたを膨らませる。
 彼女の名は、エリザベト・シュナイダー。通称リズ。
 見てわかる通り異世界の生まれで、種族はヴァンパイア。
 どう見ても中学生か、下手をすれば小学校高学年にしか見えない容姿。が、実はこれで立派な成人なのだ。
 ヴァンパイアにもいろいろな種や民族がいるが、彼女の血筋は小柄で童顔な者が多い。
 まあ、こちらの世界にも、どう見ても未成年にしか見えない成人はまれにいる。
 それを考えても、この幼く愛らしい姿で成人と信じろというほうが難しい。
 本人も自覚はあるようで、本来の姿ではまずいときは妖術で成人女性の姿に変身している。
 当然のように、成人女性の方はリズとは別人ということで通している。
 が、いつボロが出ないとも限らない。
 売り出し中のアイドルが、雀荘で現金を賭けているなどと知れたら、スキャンダルは必至。
 克正も口を酸っぱくして言い聞かせているのだが、遊び人のリズはなかなか聞き分けようとしない。
「わかってるだろうが、これからプロモーションビデオの撮影だ。酒飲んでないだろうな?」
「大丈夫大丈夫。仕事の前に酒は飲まないよ。今日は飲んでないって」
 銀髪の少女がドヤ顔で答える。
(〝仕事の前に〟ね…)
 克正は、こっそり嘆息する。
 反対解釈をすれば、仕事がなければ昼間から酒を飲んでいるということだ。
 ともあれ、今はそれを問題にする時ではない。
 撮影まであまり時間がないのだ。

 プロモーション撮影中のリズは、見事と言う他なかった。
 ダンスは全く危なげがない。
 あの細く小さな身体のどこに、これだけの力があるのかと思える。(実際にはヴァンパイアは人間など比較にならないほど力が強いのだが)
 歌もうまいし、表情も実に美しく自然だ。
 ヴァンパイア特有の、神秘的で妖艶な雰囲気が幼い容姿に不思議なほどマッチしている。
(アイドル活動は素晴らしいんだよな…。あくまでアイドル活動は…)
 リズのダンスと歌に魅了されながらも、これで素行さえ良ければ、と思わずにはいられない克正だった。

「プロデューサーさん、ちょっとお話が」
 リズの撮影の休憩時間、同じ事務所のアイドルの二人に声をかけられる。
「うん?どうした?」
 克正は問い返す。二人の不満そうな表情からして、楽しい用件ではないだろう。
「リズさんのことです」
「もう、お酒飲むなとか、ネットで競馬やるなとかは言いません」
「でも、楽屋でお酒飲んだ後は、せめて片付けて帰るように言ってください!」
「それに、床にお酒とかつまみこぼすのもやめて欲しいんです!ビールって匂い残るから」
 二人は切実な表情で訴える。
「そうか、それはすまなかったな。後でよく言っておく。どうか、勘弁を願いたい」
 そう言って、克正はお辞儀をする。
 二人の頭はそれで少し冷えたらしい。
 彼女たちは克正の担当ではないが、プロデューサーとして実力は知っているのだ。
 その男に頭を下げられては、致し方ない。
 だが、積もった不満が消えるまでには至らなかったらしい。
「リズさん、またアルバム出すって本当ですか?」
「ああ、本当だが」
 二人の表情に穏やかでないものを感じた克正は、慎重に答える。
「正直言って、納得できません」
「私たちは、必至で節制して、必至で練習して、スキャンダルになりかねないことは自重して、それでもようやくCDデビューできたくらいなんです」
「お酒飲んでギャンブルやって、夜遊びして。そんな人が何食わぬ顔でアイドルやってる。おかしくありませんか?」
 微妙に論点がずれてきている二人の言葉を、克正は聞きとがめる。
「確かにリズは素行に問題はある。だが、アイドルとしての実力は高い。違うか?」
 そこは言っておかなければならない。きつい言い方になるのを承知で。
「それは認めます。でも、アイドルってそれだけじゃないでしょう?」
「プロデューサーも事務所も、少しリズさんに甘くないですか?」
 その言葉に、克正の表情が厳しいものになる。
「甘いのは君らの方じゃないのか?」
 放たれた言葉に、二人が気圧される。静かだが、驚くほど迫力のある声だったのだ。
「アイドルっていうのは、歌って踊って微笑んでしゃべって、そうやって客を感動させてなんぼなんだ」
 克正は一度言葉を切る。
「人当たりはいいが腕の悪い医者に、自分の身体預けるか?人格者だがノコの使い方も知らない大工に、家の普請任せるか?アイドルも商売なんだ。そこは、勘違いするべきじゃない」
 はっきりとした物言いに、二人は悔しそうになる。
 だが、克正は後悔していなかった。
 この二人、愛想もいいし素直で努力もしているが、本気で売れようという気概がもう一つたりない。
 CDデビューがずれ込んだのも、そのあたりが影響しているのだ。
 この先本気で売り出そうと思えば、芸能活動に対する考えを改めていく必要がある。
 それができなければ、いずれ〝人格者だがノコの使い方も知らない大工〟に成り果ててしまう。
「失礼しました…」
「言い過ぎました…」
 二人はすごすごと引き上げていく。
 克正は、自分の言葉の趣旨が、伝わっていることを祈った。
 彼女たちは、磨けば輝く素質をちゃんと持っているのだ。後は、磨き方を考えるだけだ。
(最近、芸能界に限らず誰も彼も小利口にまとまっちまってる。それじゃいいものはできないのにな)
 スマホでニュースを確認する。
 大手自動車メーカーが、またリストラを行うようだ。
 一方で、魅力的な車種が、「このメーカーでなければ」と思えるような製品がラインナップしそうな気配はない。
 このメーカーが、かつて世界のカーマニアがこぞってほしがった車種を、次々と生み出していたという。とても信じられない。
 芸能界も同じだ。最近、当たり障りのない芸能人が増えている気がする。
 だが、本来なら個性を売り物にしてこその芸能人のはずだ。
 その点、リズは本物だった。奇をてらわず、小さくまとまらず、異世界出身の容姿と能力をうまく生かして、多くのファンの心をつかんでいる。
(リズ。期待してるぜ)
 再びカメラの前で歌い始めたリズに、克正は胸の中でエールを送った。

 その後日談。
「P~!もう一軒いこ!もう一軒!」
「だめだ。いい加減遅い。もう帰るぞ」
「そう言わずに~。せっかく撮影終了のご褒美なんだし~」
 克正は、ベロベロに酔ったリズを支えながら、品川の繁華街を歩いていた。
 撮影が無事終了したら、ご褒美に一緒に飲みに行く約束をしていた。
(間違いだったか?)
 克正は自分の判断に疑いを持ち始めていた。
 今夜のリズは、いつにもましてペースが早い。すでに足下が怪しくなっている。資金も残り少ない。
 さすがにアイドルとしてこれ以上はいろいろまずい。大人の姿に変身しているからいいという問題ではない。
(素行に関して、リズにもう少し強く言うべきか)
 先だってアイドル二人に偉そうに言っておいてなんだが、やはりリズはこのままではまずい。
 そう思いながら、リズに肩を貸して駅まで歩くのだった。
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