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01 金髪ギャルのアイデンティティ

急がなくても

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 「椿姫ちゃん、やっぱり今日はやめとこうか…」
 「え…?」
 恥ずかしさと恐怖でガチガチの椿姫から、治明が体を離す。
 「で…でも…。治明そんなにして苦しそうだし…」
 「そらそうだけど…。
 悲惨なロストバージンして、椿姫ちゃんがセックス恐怖症になったりしたら哀しいもの」
 体を起こした治明は、浴衣の前を閉じる。
 「な…なんかごめん…。あたしから誘っておいて…」
 「まあなんだ…。あんまり気にしないでよ。
 最初からうまくいくとは限らないし…。誘ってくれたのは嬉しかったからさ」
 そう言うと、治明は椿姫の髪を撫でる。
 (なんか今の治明…すごくイケてるかも…)
 それまでのセックスの衝動とは別の意味で、椿姫は治明に対してドキドキしていた。
 胸の奥がすごく温かく、満たされた感じだ。
 「ね、治明。抱きしめてよ。ぎゅってして」
 「うん、いいよ」
 治明は椿姫の体を思いきり強く抱きしめる。
 (治明って細いと思ってたけど…けっこう逞しいな。それに温かい…。 
 心臓ドキドキしてるのわかる…)
 性的な悦びではなく、愛おしい者に抱きしめられている純粋な嬉しさに、椿姫は満たされていた。
 その後、チェックアウトの時間が来るまで、2人はただベッドの上で抱き合いじゃれ合っていたのだった。

 「雨は上がったけど、暗くなっちったねー」
 「まあしょうがなかろうよ。電車がなかなか復旧しないんだもの」
 洗濯物が乾き、ようやく電車が運転再開する。椿姫と治明がラブホテルを後にした時には、日はすっかり傾いていた。
 「ねえ治明。えっちできなかった埋め合わせに、あたしのこと少しならオカズにしてもいいよー」
 「そりゃありがたいことで」
 「冗談だって」
 治明の棒読みな返事に、椿姫は唇を尖らせる。
 「その…いつかちゃんとえっちできるように頑張るからさ…」
 「うん…待ってるよ…」
 そんな会話を交わす2人は、自然と耳まで真っ赤になっていく。
 「しかし、冷えてきたねー」
 「手袋貸してやろうか?」
 治明はそう言って、ニットの手袋をポケットから取り出す。
 「うーん…。
 そうだ。じゃあ、左だけ貸して」
 「え、左だけ…?」
 椿姫は受け取った手袋を左手にはめ、右手は治明の左手を握る。
 「こうすれば、2人とも温かいでしょー?」
 「なるほど、名案だ」
 2人は手を繋いだまま歩き続ける。
 セックスはできなかったけど、これはこれで幸せ。
 そんなことを思う。
 「なんかあたしら…小学生みたいだねー…。
 こんなことで喜んでるっていうのもー…」
 「まあ、いいんじゃない?
 ゆっくり進展していけば…。
 別に急がなきゃならない理由もないわけだしさ」
 「治明のそういう優しいとこ、あたし好きだよー」
 「俺も、椿姫ちゃんの純情乙女さんなとこ、好きだよ」
 そんな会話を交わしながら、椿姫と治明は笑い会う。
 空はいつの間にか雲がなくなり、澄み渡っていた。
 市街地では見られないきれいな星空が、静かに2人を見下ろしていた。


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