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☆第52話 乙女の涙
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「心配をかけて、すまなかったな」
そう言うと冬四郎は、枕元に立つ若菜と小夜子の顔を交互に見やった。
若菜の顔はいつもよりも険しくなっていて、その横にいる小夜子は顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いている。
「嬢ちゃん、お願いだ。頼むから泣かないでくれ」
「年寄りは乙女の涙に、本当に心底弱いんだ」と呟くと、冬四郎は優しく小夜子の長い三つ編みの黒髪に触れた。
その冬四郎の余りの手の力の弱さに驚いた小夜子は、酷く自分の事を責めた。
「とーさん、ごめんなさい。とーさんが、こんなに具合が悪いんだなんて、私、全然、気が付かなくて……」
小夜子のその言葉に、冬四郎がゆっくりと首を横に振る。
「なぁに、嬢ちゃんのせいじゃないから、安心しろ」
「でも!」
「看護士がちょっと大げさに言っただけだ。俺は大丈夫だぞ」
先程からしゃくりあげて泣いている小夜子に苦笑しながら、冬四郎は若菜に目をやってこう言った。
「一樹。悪いが後で、嬢ちゃんを自分の病室まで連れて行ってやってくれ」
「俺はまだ動けないからな」と言う冬四郎に「……分かった」と若菜が簡潔に呟く。
冬四郎の枕元で腕を組む若菜は溜め息を付いて、一言、冬四郎にこう言った。
「……本当にもう大丈夫なのか?」
硬い口調で質問をする若菜が、ベッドの上で仰向けになっている冬四郎を見下ろす。
すると冬四郎は「当たり前だ。俺はピンピンしているぞ!」と調子良く返事をした。
その様子に再び溜め息を付いた若菜は、冬四郎に向かってこう呟いた。
「……私は立花と親父が知り合いだということを、さっき初めて知ったぞ」
「俺もさっき聞いてびっくりしたぞ!ぶっきらぼうなお前と、愛嬌のある嬢ちゃんが、知り合いだなんてな!まぁ、世間は狭いっていうからな。それもそれで一興だな。……でもお前、一体どうやって、あんなに可愛い嬢ちゃんとお知り合いになったんだ?」
冬四郎は無精ひげの生えた顎をなぞる。そしてにやにやしながら、わざとらしく首をかしげた。
「……立花は私の教えている学校の生徒だ。そんな変な目で私を見るのはやめろ。……年がら年中出会いを求めて、病院内を彷徨い歩いている親父と一緒にするな」
若菜が冬四郎に軽蔑の目を向けながら冷たい声を掛ける。
「なんでぇ。面白くねぇの。お前、本当に俺の息子かぁ?そんな堅物に育っちまって。本当、張り合いがなくて面白くねぇの」
「……面白くなくて結構」
そう言って唇を尖らせる冬四郎に、若菜はふいっと視線を逸らす。「本当、真面目で愛想のない息子を持つとつまらねぇなぁ」と言いながら、冬四郎は頬を膨らませる。
会うたびに子供のような態度を取る父に呆れながら、若菜はふーっと深い溜め息を付いた。
「お前と違って、俺はいつまで経ってもモテるからなぁ。なぁ!どうだ、羨ましいだろう?」
そう言って、冬四郎は茶目っ気たっぷりに若菜に自慢をする。そして調子づいた冬四郎は、しまいには若菜に向かって、パチリとウィンクまでしてみせた。
すると若菜はそんな冬四郎の態度に再度大きく溜め息をついた。そして鋭い声で、冬四郎に一言、こう切り出した。
「……そんなに調子の良い冗談を言う元気があるのなら、少しは責任を感じたらどうだ?」
そう言って、若菜は静かに小夜子の方を見やる。
小夜子は高ぶった感情を止める事が出来ずに、まだぽろぽろと大粒の涙を流していた。
そう言うと冬四郎は、枕元に立つ若菜と小夜子の顔を交互に見やった。
若菜の顔はいつもよりも険しくなっていて、その横にいる小夜子は顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いている。
「嬢ちゃん、お願いだ。頼むから泣かないでくれ」
「年寄りは乙女の涙に、本当に心底弱いんだ」と呟くと、冬四郎は優しく小夜子の長い三つ編みの黒髪に触れた。
その冬四郎の余りの手の力の弱さに驚いた小夜子は、酷く自分の事を責めた。
「とーさん、ごめんなさい。とーさんが、こんなに具合が悪いんだなんて、私、全然、気が付かなくて……」
小夜子のその言葉に、冬四郎がゆっくりと首を横に振る。
「なぁに、嬢ちゃんのせいじゃないから、安心しろ」
「でも!」
「看護士がちょっと大げさに言っただけだ。俺は大丈夫だぞ」
先程からしゃくりあげて泣いている小夜子に苦笑しながら、冬四郎は若菜に目をやってこう言った。
「一樹。悪いが後で、嬢ちゃんを自分の病室まで連れて行ってやってくれ」
「俺はまだ動けないからな」と言う冬四郎に「……分かった」と若菜が簡潔に呟く。
冬四郎の枕元で腕を組む若菜は溜め息を付いて、一言、冬四郎にこう言った。
「……本当にもう大丈夫なのか?」
硬い口調で質問をする若菜が、ベッドの上で仰向けになっている冬四郎を見下ろす。
すると冬四郎は「当たり前だ。俺はピンピンしているぞ!」と調子良く返事をした。
その様子に再び溜め息を付いた若菜は、冬四郎に向かってこう呟いた。
「……私は立花と親父が知り合いだということを、さっき初めて知ったぞ」
「俺もさっき聞いてびっくりしたぞ!ぶっきらぼうなお前と、愛嬌のある嬢ちゃんが、知り合いだなんてな!まぁ、世間は狭いっていうからな。それもそれで一興だな。……でもお前、一体どうやって、あんなに可愛い嬢ちゃんとお知り合いになったんだ?」
冬四郎は無精ひげの生えた顎をなぞる。そしてにやにやしながら、わざとらしく首をかしげた。
「……立花は私の教えている学校の生徒だ。そんな変な目で私を見るのはやめろ。……年がら年中出会いを求めて、病院内を彷徨い歩いている親父と一緒にするな」
若菜が冬四郎に軽蔑の目を向けながら冷たい声を掛ける。
「なんでぇ。面白くねぇの。お前、本当に俺の息子かぁ?そんな堅物に育っちまって。本当、張り合いがなくて面白くねぇの」
「……面白くなくて結構」
そう言って唇を尖らせる冬四郎に、若菜はふいっと視線を逸らす。「本当、真面目で愛想のない息子を持つとつまらねぇなぁ」と言いながら、冬四郎は頬を膨らませる。
会うたびに子供のような態度を取る父に呆れながら、若菜はふーっと深い溜め息を付いた。
「お前と違って、俺はいつまで経ってもモテるからなぁ。なぁ!どうだ、羨ましいだろう?」
そう言って、冬四郎は茶目っ気たっぷりに若菜に自慢をする。そして調子づいた冬四郎は、しまいには若菜に向かって、パチリとウィンクまでしてみせた。
すると若菜はそんな冬四郎の態度に再度大きく溜め息をついた。そして鋭い声で、冬四郎に一言、こう切り出した。
「……そんなに調子の良い冗談を言う元気があるのなら、少しは責任を感じたらどうだ?」
そう言って、若菜は静かに小夜子の方を見やる。
小夜子は高ぶった感情を止める事が出来ずに、まだぽろぽろと大粒の涙を流していた。
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