詩《うた》をきかせて

生永祥

文字の大きさ
上 下
46 / 54

☆第46話 詠み人知らず

しおりを挟む
「これ、誰の詩なの?」
「そうだな、詠み人知らずってところだな」
「詠み人知らず?」
「書いた作者が、世の中で明るみに出ない時に使う言葉だな」

「もう読んだか?」と尋ねると冬四郎は、小夜子が手にしていたぼろぼろのルーズリーフを受け取って、それを大事そうに紺色のちゃんちゃんこのポケットの中にしまった。

 その顔は、今日出会った冬四郎の表情の中で、一番穏やかだった。

 その様子に小夜子は何となく、この詩は冬四郎にとって、とても大切なものなのだろうと思った。

 冬四郎の様子を黙って見ていた小夜子は、冬四郎の心の一番繊細な部分に触れてしまったかのような気がした。

 それは何だか、土足で冬四郎の心の中に踏み込んでしまったかのようで、小夜子は強く気まずさを感じるのだった。

 冬四郎に対して後ろめたさを感じた小夜子が、冬四郎から視線をそらす。

 そんな小夜子の様子に気が付かずに、冬四郎は笑みを浮かべながら小夜子に話しかけた。

「良い詩だっただろう?」

 その言葉にハッとして、小夜子は冬四郎の方を振り向く。すると冬四郎がおもむろに口を開いた。

「今まで色々な詩を読んできたが、俺はこの詩が一番だと思うね」

 そう言って先程と同じように冬四郎が病院の天井を見上げる。吹き抜けの天井から射し込む太陽の光が眩しかったのか、冬四郎は切れ長の黒い目をより一層細くした。

 冬四郎に何と声をかけたら良いのか分からず、小夜子が黙っていると、病院の玄関から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 よく目を凝らして玄関の方を見てみると、母が小夜子に向かって手を振っているのが見えた。

「お袋さんか?」

 そう言って冬四郎は、天井に向けていた視線を玄関の方に向ける。

 小夜子が無言でこくりと首を縦に振ると、冬四郎は細い目を一層細くして、小夜子にこう告げた。

「嬢ちゃん。家族は大切にするんだぞ」

「ではこれにて失敬」と言うと、突然冬四郎は中央ロビーから、エレベーターのある廊下の方へと向かって歩き始めた。

 唐突な冬四郎の退場にびっくりした小夜子は、急いで冬四郎の背中に向かってこう叫んだ。

「と、とーさん!明日も会えるかなぁ?」

 大きな声で叫ぶ小夜子に、「おう!良いぞ!」と返事をしながら、冬四郎はエレベーターの方へと消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...