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皆でそろって世話になった宿屋を出ると、まだ日の昇り切らない街が昼間のように明るくされていた。そこここに火が焚かれている光景はそれだけで異常だった。しかもどの兵も緊張した面持ちで鎧を身に纏い、その時に備えている。
宿屋の近くにある一軒の民家の前で小さな子供とその母親が不安げに立っていた。アリシャを認めると七歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。
「防御の主様! 街を守ってください。エクトル様をお守りください!」
女の子は必死だ。どっと押し寄せて来た重圧にアリシャは目をしばたたかせて頷いた。
「ごめんなさい……」
口を突いて出た言葉に女の子が首を傾げるが、母親が謝りながら女の子を引き離していった。
(みんなを巻き込んでしまっているのね。私がここに逃げて来たことで……)
スッと横に並んだエドが「くよくよしている暇はないぞ。大事なものを守る、それだけだ」と、前を見たまま言う。それはエドがこれまで何度も口にしてきたことだった。
(エドはこうやって生きた来たんだわ。きっと、いろんなものを背負って前を向いて生きて来たんだわ)
大きく深呼吸すると、拳を握って階段を上って行った。もう何も後戻りできない。ドナ村を出た時から、いや、魔力を授かった時から、戻るなんて選択肢はなかった。だから進むしかないのだと階段のてっぺんを見上げていた。
階段を上がると、ずらりと弓兵が並んでいた。少し先にエクトルの姿を認め、アリシャがそちらへ向かおうとした時、二の腕を掴まれた。そのままグッと引き寄せらるとエドの琥珀の瞳が近づいて来て、アリシャの唇に自分のを重ねた。
「忘れるなよ。何を守るのか。守りたいもの以外は切り捨てろ」
言い終えるとアリシャを解き放った。出来ればエドの胸の中で恐ろしい時が過ぎ去るのを待ちたいと願ったが、そんな無責任なことは出来ないのだとわかっていた。
アリシャが弓兵の後ろを抜けてエクトルの元へ辿り着くと、エクトルがアリシャに顔を向けた。
「エドワードに剣を向けたくなるな。まったく」
伸ばした手がアリシャの唇に届くと親指でアリシャの唇を拭った。
「エクトル様」
イザクに注意されて、エクトルは結ってある黒髪を苛立たしげに除けて塀の下に視線を戻した。アリシャも一歩前に足を出し、同じ場所を見下ろした。
堀の向こう側に人だかりができている。もちろんそれは整列していて、手には武器を持っているのは明らかだった。塀の上でエクトルが一目で判別できるように、堀の向こう側に居るイライザも迷うことなくどの人なのか判別できた。一際豪奢な鎧をまとい、遠目でもわかる屈強な男たちを従えている。
「女であっても鎧を着るのですね」
ずらりと並ぶ兵士、はためくストルカ国の旗に圧倒されつつも、疑問が口からついて出ていた。それにエクトルがまじまじと眺めて「そうだな」と短く答えた。
背後に控えていたレオが「イライザは男だ」というので、アリシャは振り返った。
「これまで女王だって……」
「本人がそう言っているからだ。普段は恰好も女性ものだが、あれだけ身長があって喉仏もあればだれでも気がつくことだ」
エクトルも一緒に振り返っており、天を仰いで頭を振った。
「理解に苦しむ奴だ」
「理解できる相手ではない、理解してもらっても困る」
きっぱり言い切るレオに、エクトルは「まあな」と答えると再び塀の下を見下ろした。
イライザの横に居た男が跳ね橋の元へと堂々とした足取りで近づいていく。
「伝達だろうな。おい! 跳ね橋を下ろせ。弓兵は構えろ!」
エクトルの命令に兵士の一人が走り出す。弓兵は矢を番えて、近づいてくる男に狙いを定めていた。
跳ね橋が大きな音を立てて下ろされていく。ジリジリと下ろされていく橋を見つめていたアリシャが「橋を下ろして問題ないのですか」と呟いた。
「攻撃してくるつもりならそうしているだろう。何か言いたいことがあるのだろうから聞いてやろうではないか。アリシャが居る分、こちらは余裕があるしな」
跳ね橋が下ろされると、伝達係りの兵士が橋の半ばまで歩いてくるので、スルシュア王国側の兵も出ていき話を聞きに行った。話が終わると互いに戻った。
「さて、何を言ってくるのやら」
階段を上ってくる兵を待ち、エクトルがぼやいた。
「エクトル様」
兵はエクトルの前にやってくると直立して伝言を口にする。
「イライザ様から伝言でございます。『いきなり押しかけて迷惑をかけたが、戦うつもりは微塵もない。ただ、防御の主が本物なのか確かめたくてこの地までやってきた。今すぐ、防御の主をこちらに寄越してほしい』」
「偉そうだな。迷惑を掛けていると自覚している人間の言うことか?」
エクトルが口を挟むと続きがあると伝言の先をまた述べる。
「『防御の主には魔力で自らを守りこちらにやってくるように。本物であれば我らは撤退する。従者は一人、これも魔力で守ると良い』とのことでございます」
聞き終えたエクトルが横に立つイザクにどう思うか問う。
「撤退するかどうかは眉唾ものですが、それは防御の主であれば難なくこなせることではございます。終始魔力で人を寄せ付けなければよいのですから」
エクトルの視線はおのずとアリシャに向かい、イザクもアリシャを見た。
「レオナルド。そちらはどう考える」
エクトルは視線を外さずレオにも意見を求めた。
宿屋の近くにある一軒の民家の前で小さな子供とその母親が不安げに立っていた。アリシャを認めると七歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。
「防御の主様! 街を守ってください。エクトル様をお守りください!」
女の子は必死だ。どっと押し寄せて来た重圧にアリシャは目をしばたたかせて頷いた。
「ごめんなさい……」
口を突いて出た言葉に女の子が首を傾げるが、母親が謝りながら女の子を引き離していった。
(みんなを巻き込んでしまっているのね。私がここに逃げて来たことで……)
スッと横に並んだエドが「くよくよしている暇はないぞ。大事なものを守る、それだけだ」と、前を見たまま言う。それはエドがこれまで何度も口にしてきたことだった。
(エドはこうやって生きた来たんだわ。きっと、いろんなものを背負って前を向いて生きて来たんだわ)
大きく深呼吸すると、拳を握って階段を上って行った。もう何も後戻りできない。ドナ村を出た時から、いや、魔力を授かった時から、戻るなんて選択肢はなかった。だから進むしかないのだと階段のてっぺんを見上げていた。
階段を上がると、ずらりと弓兵が並んでいた。少し先にエクトルの姿を認め、アリシャがそちらへ向かおうとした時、二の腕を掴まれた。そのままグッと引き寄せらるとエドの琥珀の瞳が近づいて来て、アリシャの唇に自分のを重ねた。
「忘れるなよ。何を守るのか。守りたいもの以外は切り捨てろ」
言い終えるとアリシャを解き放った。出来ればエドの胸の中で恐ろしい時が過ぎ去るのを待ちたいと願ったが、そんな無責任なことは出来ないのだとわかっていた。
アリシャが弓兵の後ろを抜けてエクトルの元へ辿り着くと、エクトルがアリシャに顔を向けた。
「エドワードに剣を向けたくなるな。まったく」
伸ばした手がアリシャの唇に届くと親指でアリシャの唇を拭った。
「エクトル様」
イザクに注意されて、エクトルは結ってある黒髪を苛立たしげに除けて塀の下に視線を戻した。アリシャも一歩前に足を出し、同じ場所を見下ろした。
堀の向こう側に人だかりができている。もちろんそれは整列していて、手には武器を持っているのは明らかだった。塀の上でエクトルが一目で判別できるように、堀の向こう側に居るイライザも迷うことなくどの人なのか判別できた。一際豪奢な鎧をまとい、遠目でもわかる屈強な男たちを従えている。
「女であっても鎧を着るのですね」
ずらりと並ぶ兵士、はためくストルカ国の旗に圧倒されつつも、疑問が口からついて出ていた。それにエクトルがまじまじと眺めて「そうだな」と短く答えた。
背後に控えていたレオが「イライザは男だ」というので、アリシャは振り返った。
「これまで女王だって……」
「本人がそう言っているからだ。普段は恰好も女性ものだが、あれだけ身長があって喉仏もあればだれでも気がつくことだ」
エクトルも一緒に振り返っており、天を仰いで頭を振った。
「理解に苦しむ奴だ」
「理解できる相手ではない、理解してもらっても困る」
きっぱり言い切るレオに、エクトルは「まあな」と答えると再び塀の下を見下ろした。
イライザの横に居た男が跳ね橋の元へと堂々とした足取りで近づいていく。
「伝達だろうな。おい! 跳ね橋を下ろせ。弓兵は構えろ!」
エクトルの命令に兵士の一人が走り出す。弓兵は矢を番えて、近づいてくる男に狙いを定めていた。
跳ね橋が大きな音を立てて下ろされていく。ジリジリと下ろされていく橋を見つめていたアリシャが「橋を下ろして問題ないのですか」と呟いた。
「攻撃してくるつもりならそうしているだろう。何か言いたいことがあるのだろうから聞いてやろうではないか。アリシャが居る分、こちらは余裕があるしな」
跳ね橋が下ろされると、伝達係りの兵士が橋の半ばまで歩いてくるので、スルシュア王国側の兵も出ていき話を聞きに行った。話が終わると互いに戻った。
「さて、何を言ってくるのやら」
階段を上ってくる兵を待ち、エクトルがぼやいた。
「エクトル様」
兵はエクトルの前にやってくると直立して伝言を口にする。
「イライザ様から伝言でございます。『いきなり押しかけて迷惑をかけたが、戦うつもりは微塵もない。ただ、防御の主が本物なのか確かめたくてこの地までやってきた。今すぐ、防御の主をこちらに寄越してほしい』」
「偉そうだな。迷惑を掛けていると自覚している人間の言うことか?」
エクトルが口を挟むと続きがあると伝言の先をまた述べる。
「『防御の主には魔力で自らを守りこちらにやってくるように。本物であれば我らは撤退する。従者は一人、これも魔力で守ると良い』とのことでございます」
聞き終えたエクトルが横に立つイザクにどう思うか問う。
「撤退するかどうかは眉唾ものですが、それは防御の主であれば難なくこなせることではございます。終始魔力で人を寄せ付けなければよいのですから」
エクトルの視線はおのずとアリシャに向かい、イザクもアリシャを見た。
「レオナルド。そちらはどう考える」
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