上 下
127 / 131
*

しおりを挟む
 皆でそろって世話になった宿屋を出ると、まだ日の昇り切らない街が昼間のように明るくされていた。そこここに火が焚かれている光景はそれだけで異常だった。しかもどの兵も緊張した面持ちで鎧を身に纏い、その時に備えている。

 宿屋の近くにある一軒の民家の前で小さな子供とその母親が不安げに立っていた。アリシャを認めると七歳くらいの女の子が駆け寄ってきた。

防御カライズの主様! 街を守ってください。エクトル様をお守りください!」

 女の子は必死だ。どっと押し寄せて来た重圧にアリシャは目をしばたたかせて頷いた。

「ごめんなさい……」

 口を突いて出た言葉に女の子が首を傾げるが、母親が謝りながら女の子を引き離していった。

(みんなを巻き込んでしまっているのね。私がここに逃げて来たことで……)

 スッと横に並んだエドが「くよくよしている暇はないぞ。大事なものを守る、それだけだ」と、前を見たまま言う。それはエドがこれまで何度も口にしてきたことだった。

(エドはこうやって生きた来たんだわ。きっと、いろんなものを背負って前を向いて生きて来たんだわ)

 大きく深呼吸すると、拳を握って階段を上って行った。もう何も後戻りできない。ドナ村を出た時から、いや、魔力を授かった時から、戻るなんて選択肢はなかった。だから進むしかないのだと階段のてっぺんを見上げていた。

 階段を上がると、ずらりと弓兵が並んでいた。少し先にエクトルの姿を認め、アリシャがそちらへ向かおうとした時、二の腕を掴まれた。そのままグッと引き寄せらるとエドの琥珀の瞳が近づいて来て、アリシャの唇に自分のを重ねた。

「忘れるなよ。何を守るのか。守りたいもの以外は切り捨てろ」

 言い終えるとアリシャを解き放った。出来ればエドの胸の中で恐ろしい時が過ぎ去るのを待ちたいと願ったが、そんな無責任なことは出来ないのだとわかっていた。

 アリシャが弓兵の後ろを抜けてエクトルの元へ辿り着くと、エクトルがアリシャに顔を向けた。

「エドワードに剣を向けたくなるな。まったく」

 伸ばした手がアリシャの唇に届くと親指でアリシャの唇を拭った。

「エクトル様」

 イザクに注意されて、エクトルは結ってある黒髪を苛立たしげに除けて塀の下に視線を戻した。アリシャも一歩前に足を出し、同じ場所を見下ろした。

 堀の向こう側に人だかりができている。もちろんそれは整列していて、手には武器を持っているのは明らかだった。塀の上でエクトルが一目で判別できるように、堀の向こう側に居るイライザも迷うことなくどの人なのか判別できた。一際豪奢な鎧をまとい、遠目でもわかる屈強な男たちを従えている。

「女であっても鎧を着るのですね」

 ずらりと並ぶ兵士、はためくストルカ国の旗に圧倒されつつも、疑問が口からついて出ていた。それにエクトルがまじまじと眺めて「そうだな」と短く答えた。

 背後に控えていたレオが「イライザは男だ」というので、アリシャは振り返った。

「これまで女王だって……」

「本人がそう言っているからだ。普段は恰好も女性ものだが、あれだけ身長があって喉仏もあればだれでも気がつくことだ」

 エクトルも一緒に振り返っており、天を仰いで頭を振った。

「理解に苦しむ奴だ」

「理解できる相手ではない、理解してもらっても困る」

 きっぱり言い切るレオに、エクトルは「まあな」と答えると再び塀の下を見下ろした。

 イライザの横に居た男が跳ね橋の元へと堂々とした足取りで近づいていく。

「伝達だろうな。おい! 跳ね橋を下ろせ。弓兵は構えろ!」

 エクトルの命令に兵士の一人が走り出す。弓兵は矢を番えて、近づいてくる男に狙いを定めていた。

 跳ね橋が大きな音を立てて下ろされていく。ジリジリと下ろされていく橋を見つめていたアリシャが「橋を下ろして問題ないのですか」と呟いた。

「攻撃してくるつもりならそうしているだろう。何か言いたいことがあるのだろうから聞いてやろうではないか。アリシャが居る分、こちらは余裕があるしな」

 跳ね橋が下ろされると、伝達係りの兵士が橋の半ばまで歩いてくるので、スルシュア王国側の兵も出ていき話を聞きに行った。話が終わると互いに戻った。

「さて、何を言ってくるのやら」

 階段を上ってくる兵を待ち、エクトルがぼやいた。

「エクトル様」

 兵はエクトルの前にやってくると直立して伝言を口にする。

「イライザ様から伝言でございます。『いきなり押しかけて迷惑をかけたが、戦うつもりは微塵もない。ただ、防御カライズの主が本物なのか確かめたくてこの地までやってきた。今すぐ、防御カライズの主をこちらに寄越してほしい』」

「偉そうだな。迷惑を掛けていると自覚している人間の言うことか?」

 エクトルが口を挟むと続きがあると伝言の先をまた述べる。

「『防御カライズの主には魔力で自らを守りこちらにやってくるように。本物であれば我らは撤退する。従者は一人、これも魔力で守ると良い』とのことでございます」

 聞き終えたエクトルが横に立つイザクにどう思うか問う。

「撤退するかどうかは眉唾ものですが、それは防御カライズの主であれば難なくこなせることではございます。終始魔力で人を寄せ付けなければよいのですから」

 エクトルの視線はおのずとアリシャに向かい、イザクもアリシャを見た。

「レオナルド。そちらはどう考える」

 エクトルは視線を外さずレオにも意見を求めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

薬草師リリアの結婚

あんのみ(庵野みかさ)
恋愛
「あたしの誕生日パーティー、もう始まってたのね……」   今日はハーブ男爵家の長女リリアの十七歳の誕生日。 そのパーティーが盛大に行われているが、実際は、結婚適齢期を迎えた義妹ディアナのためのお披露目の会。   ハーブ家で唯一の『薬草師』として、継母に奴隷の如くこき使われているリリアは、ボロボロのメイド服を着て、顔も髪も汚いせいで、会場にすら入れない。   だけど、せっかくの誕生日。 自分へのささやかなご褒美に、憧れの人、オスカー・グリンウッド辺境伯様をひと目でいいから拝みたい。 そう思ってこっそり庭に出てきたリリアは、そこでオスカー様に声をかけられて――     自分磨きを経て幸せをつかみ取る女の子の物語。 ----- アイコンはPicrewの「おさむメーカー」でつくりました https://picrew.me/share?cd=JP0AQJAhYU #Picrew #おさむメーカー

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

異世界転生 勝手やらせていただきます

仏白目
ファンタジー
天使の様な顔をしたアンジェラ  前世私は40歳の日本人主婦だった、そんな記憶がある 3歳の時 高熱を出して3日間寝込んだ時 夢うつつの中 物語をみるように思いだした。 熱が冷めて現実の世界が魔法ありのファンタジーな世界だとわかり ワクワクした。 よっしゃ!人生勝ったも同然! と思ってたら・・・公爵家の次女ってポジションを舐めていたわ、行儀作法だけでも息が詰まるほどなのに、英才教育?ギフテッド?えっ? 公爵家は出来て当たり前なの?・・・ なーんだ、じゃあ 落ちこぼれでいいやー この国は16歳で成人らしい それまでは親の庇護の下に置かれる。  じゃ16歳で家を出る為には魔法の腕と、世の中生きるには金だよねーって事で、勝手やらせていただきます! * R18表現の時 *マーク付けてます *ジャンル恋愛からファンタジーに変更しています 

処理中です...