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 そこでイザクが「回復クリシュナですからね……兵力が読めません」と首を振った。レオが頷いたところでエクトルが横にあった羊皮紙を出した。テーブルの上に広げると、指で叩く。

「王から兵を派遣してもらっている。こちらも五百。時間がなくて少ないが仕方ない。そこでアリシャの力が重要になってくる」

「私の……」

「いきなり仕掛けてくるとは考えにくいが、あちらが到着したら街全体に防御カライズを張ってほしい。出来るか?」

 この街はドナ村が何個入るだろうか。アリシャは返事が出来なかった。一番大きなもので、宿屋から家畜小屋までのトンネルしかやったことがないのだから自信がなかった。

「アリシャ、君なら出来るはずだ。ただ、問題はどれくらいの時間維持せねばならないかだと私は思う」
 
 レオの助け舟にアリシャが頷くと、イザクが「あちらが会話をするつもりがあるかどうかでしょうね」と答えた。エクトルも同意見なようでこのように話した。

「今のところ目的がわからぬから、なにかしら話をするだろうな。兵を連れてくるからといって戦う意志があるかどうかもわからんし」

「蓋を開けてみないことには、と言った感じですね。レオナルド様、イライザ女王は何を求めてやって来ているとお考えですか?」

 イザクに話を振られて、フムと短く答えるとやや間を置いて口を開いた。

「なんらかの理由で防御カライズの主がいることを知り、手に入れようとしているのかもしれんな。イライザはかなり前から防御カライズの主探しに躍起になっておったし。若しくは単身、村に滞在しているエクトル王子の存在を知り、討ち取ってしまおうかと画策していたか。後者ならば、ここまで追ってこないように思うが……どうだろうか」

 追ってきてますよね。と、イザクが言うとレオがそうなのだと返した。

「アリシャを追っているのかもしれんが、スルシュア王国の領地を侵せば間違いなく外交問題になる。それでも来る理由がわからないというのが本音だ」

 そこでアリシャが「あの……」と、切り出した。

「もし、私を出せと要求してきたら私はあちらに行っても構いません。もちろんあちらに力を貸すつもりはありませんし、魔力を使って立て籠もるこ──」

「それはやめておくべきだ」

 レオがいつになく険しい顔つきで話を遮った。

「どんなに強固な気持ちで居ても、イライザの残忍さにアリシャが折れることになるのは目に見えている」

 ああ。と、エクトルが嫌なことを思い出したのか、肘をテーブルについたまま眉間を親指で押していた。

「あれの拷問は酷いらしいな。死ぬほど痛めつけて虫の息になると回復し、また始めから苦痛を与え直すらしい。痛みと苦しみでのたうち回り、やっと死という方法で解放されると思ったらまた始めからだ。それをアリシャは見ていられるか?」

「え?」

「苦しみ悶る人間を回復するかしないか、交渉相手に決めさせるのだ」

 見ず知らずの人間でも苦しんでいるのを見るのは辛いことだ。確かにそんなことを交換条件に出されたら、アリシャは折れてイライザの言いなりになってしまうかもしれない。

「なんて恐ろしいことを……」

 アリシャが口を押さえて震え上がると、レオは深い溜め息をついた。

「生まれ持った残忍な人間性は、イライザに良心すら与えなかった。人間を弄ぶことに快感を覚える質なのだ。そこに回復クリシュナの力だ、残忍な遊びをどこまでも謳歌できる。金を払えば病を治す手法で有力者を掌握し、それに靡かぬものは拷問で恐怖を与えて手中に収める。昔から恐ろしい子供であった」

 イザクもエクトルも驚くこととなく話に耳を傾けていた。このような悪魔の所業を聞いているのだろう。

 重い空気が流れた。

「どのみちいつかは対峙せねばならぬ相手だ。ここで倒したい」

 エクトルの言葉に反論する者はいなかった。

「私に案があるのだが聞いてもらいたい」

 レオはそう言うと懐から革の包みを取り出した。紐で縛られているそれを開けて中身を皆に見せる。何かの粉末で黄土色をしていた。

「特にアリシャ。君の力が必要だ」

 わけも分からず、ただかなり重要なことを話されるのだと思い、アリシャはゴクリと唾を飲んだ。

 話し合いが行われた翌日、アリシャはエドとボリスの居る部屋を訪れた。二人とも暇だったらしく、三人は揃って塀の上にある高見台に行ってみることにした。

「ココを連れて行っても怒られないかしら?」

 アリシャは昨晩ココが居ない部屋で眠った。思い返してみたらココが居ない夜なんて、ココをもらい受けてから初めての事だったのだ。エドも居ないココも居ない孤独な夜に、初めての羽毛布団の喜びなど吹き飛んでいた。もう藁の布団で十分だからドナ村に戻りたいと眠れぬ夜を過ごしたのだった。

「外だから問題ないんじゃねぇのか? リードした方がいいだろうけどな」

リードをした方がいいと言われてアリシャの顔が曇る。ココだってのびのび歩き回りたいだろうに。

「自由に歩かせちゃだめ?」

 エドとボリスは顔を見合わせた。ボリスがアリシャに「兵士がピリピリしているからやめたほうがいい。ココだって慣れない土地だし居なくなったらこまるだろ?」と説得し、アリシャは渋々頷いた。

 馬小屋に初めて赴いたアリシャは観察するのを止められなかった。この街の豪華さに慣れてきたと思っていたのに、馬小屋すら立派で感嘆の声が漏れていた。馬は個室を与えられているし、馬小屋の横には馬を専用に世話をする人間の部屋まであった。
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