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 階段を上って手前から部屋が割り振られていく。二つづつベッドがあるらしく夫婦や親子で丁度部屋に入れたが、レオとアリシャだけは個室を案内され、エドとボリスが同じ部屋を割り当てられた。

「あの……私も個室ですか? 私はその、エドと──」

 黒髪の従業員の女は「エクトル様のご命令なので従っていただかない」と困惑顔だった。

 エドは肩を上げて「ボリスと一緒でいい。お前は個室にいけ」と、素直に言いつけに従う素振りを見せた。そうなると、アリシャも従うしかなく、一人で部屋へと入って行った。

 不相応だと思っていたのに、アリシャが部屋に入った瞬間、そんなことも吹き飛んでしまった。

 余りに豪華だった。ベッドカバーもビロード、備え付けのテーブルにセットされている椅子にもビロード、窓に掛けられた布もビロードだ。

「あの、ちょっと待ってください」

 部屋を案内した女を呼び止める。

「これ、何かの間違いですから。私、こんな豪華な部屋には泊まれません」

「アリシャ様でございますよね? エクトル様が大事なお方だからくれぐれも失礼がないようにとおっしゃっておりましたので、この部屋以外御泊めすることはできないのですよ」

(もう! エクトルってば!)

 案内してくれた女に聞かせるのは悪いので心で悪態をついて、渋々としたがった。

 女の説明だと一階に大きな浴場があり、先にエクトルが入浴するからその後に案内するということだった。

 一人にされたアリシャは豪華なベッドに歩み寄って、布団を掌でそっと押してみた。明らかに見た目がいつも見ていた布団と違うのだ。始めはビロードのせいかと思っていたのだが、どうも様子が違う。

「これ……羽毛だわ」

 押すと手が沈む柔らかな感触、羽毛を一年分集めて街に納品したことがあるので知っていた。

 エクトルは王子なのだと改めて知らしめられた気がした。冬の間アリシャの宿で文句ひとつ言わなかったエクトルを見直してしまう。これほど立派な部屋を村人に提供してくれる財力があるのに、村ではイザクと相部屋で藁の布団で寝てくれていたのだから。

 部屋のドアをノックされて、アリシャはまた自分の口があんぐり開いていたことに気がつき慌てて口を閉じた。

「どうぞ」

 返事をするとドアが開き、エドが入って来た。

「スリもココを馬小屋でのんびりしてた。確認してきたから報告」

 エドはいつもと寸分違わぬ態度で報告して、背を向けて出ていこうとした。

「え、いっちゃうの?」

 もっと部屋に驚いたり、何かないのかと思ってアリシャは呼び止めた。

「用があればまた来るけど?」

 何か話をしていたくて、アリシャはこの部屋の印象をエドに聞いてみた。

「ああ、俺たちの部屋より豪華なんじゃねぇの? あいつがアリシャを特別視してるし、まぁその好意に甘えたらいいさ」

 豪華さをサラリと口にするだけのエドからはあまり驚きを感じなかった。

(そうね……エドも元は王族ですもの)

 黙って物思いに耽るアリシャに、エドが気がついたらしく足を止めた。

「夜はこっちに来てやるよ。ボリスに僻まれるけどな」

「ボリス……ううん、大丈夫。たまにはゆっくり話したりしたいでしょ?」

 普段は話す機会も乏しいが、二人は仲がいいのだ。エドの兄、ウィンが羨ましがるほどに。

「まぁな。じゃあ、湯浴み前に弓を射たせて貰えるらしいから行く。あ、夜は防御カライズ張っとけよ」

「うん。でもなぜ?」

 エドは散々無闇に魔力は使うなと言っていたのに、不思議だった。

「ここじゃエクトルの思うがままだ。ま、そういうこと」

 どういうことなのか正確に理解したのかわからないまま、アリシャはぎこちなく頷いた。

 エドは直ぐに部屋から出ていってしまうし、やることのないアリシャは結局部屋を再び見て歩いてその豪華さに圧倒されていた。一部屋だけでも羽毛布団を備えたらどうだろうかと考えたりすると、ドナ村の宿屋が恋しくなっていった。

 夜、食事を終えるとアリシャはエクトルに呼び出された。レオも居ると聞いたので一応断らずに部屋へと向かった。

 開かれた扉の奥に、テーブルについたエクトル、イザク、レオがいることに安堵し、案内してくれた人に頭を下げて中へと入っていった。

 ここはアリシャの部屋が霞んで見えるほど豪奢だった。リアナがいたら二人で大騒ぎしていたことだろう。

 宿屋でこのレベルなら、王宮は如何ほどなのだろうかと部屋の隅にある天蓋付きのベッドを見つめていた。

「アリシャ。こちらに掛けなさい」

 レオに声を掛けられるまで、自分の足が止まっていたことすら気が付かなかった。アリシャは背を押されたようにアタフタと席に向かい、腰を下ろした。

「さて、アリシャにはまだ話していなかったから状況を伝えておこう。イザク?」

 はい。と、応えてからイザクはアリシャに説明を始めた。

「ストルカ国から五百、この地に向けて進軍しています。はっきりと確認は出来ておりませんがイライザ女王もいるらしいとのこと。ガリアナ到着は明後日になるかと思います」

「五百ですか……凄い兵の数ですね」

 アリシャの反応にレオが「少ないくらいだ。その数なら普通なら戦意はないと考える」と教え、顎髭を弄りながら顔を顰める。
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