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一年過ごして来た村を捨てるなんてアリシャには耐えられなかった。
(故郷を失って、今度こそここで生きていくと決めたのに……)
宿屋の扉が開き、レゼナ達が中へと入ってきた。入ってくるなりレゼナはエクトルに質問する。
「猶予はどれくらいですか?」
「三日くらいだろう」
「そう……。出来れば今日か明日には出なければならな──」
そこでアリシャがレゼナの手を取って泣きついた。
「どうして! そんな簡単に受け入れられるの。ここでの日々を捨てるなんて私には……」
レゼナは掴まれていた手を抜くと、アリシャを抱擁した。
「判断を誤ってまごまごしていたら殺されるのよ。アリシャ、辛いのはわかるけど感傷的になっている場合ではないの」
二人のやり取りを思い詰めた様子で黙って聞いていたアヴリルにレオがそっと声をかける。
「ウィンが家に戻っているから君も行きなさい」
それからリアナにも「荷物をまとめなさい」と言った。リアナはアリシャの主張を聞いていたから戸惑っていた。
「でも……残ることもあるのではないですか?」
レオは瞼を下ろして首を横に振った。
「もう家畜を野に放す為にドクが家畜小屋に向かっている」
レゼナの胸の中にいたアリシャが弾かれたようにレゼナから離れた。
「そんな!」
家畜は大事な財産だ。野に放てば大金を捨てたも同然なのだ。
「私がこの村に残ります! 一人で残りますから」
「アリシャ、魔力は使い続ければいずれ尽きる。魔力は回復する時間が必要なのだ。アリシャがここに残ればイライザもこの場に居座るだろう。アリシャからは攻撃してこないのだから、のんびりアリシャの力が尽きるのを待つだけだ」
次はエクトルがレオに加勢し「諦めろ。防御の力のみで何ができる? ましてや力を授かって日も浅いアリシャが使いこなせるのか? 独りよがりな行動で皆の気持ちを揺るがしていると自覚しろ」と、いつになく手厳しかった。
言い返すことも出来ない。アリシャは自分の不甲斐なさにいたたまれなくなって、踵を返し宿屋から飛び出した。
(せっかく作り上げてきたのに。皆で頑張って冬も越したのに……)
世界に三つしか存在しない特別な力を持っているのに、何の役にも立てないのは辛かった。攻撃の主はスルシュア王国を有し、回復の主はストルカ国だ。どちらも国を持ち、守り続けているというのに、アリシャはこの小さな村すら守れないのだ。
アリシャは涙を拭いながら塔へとむかっていた。行く場所なんてない。宿屋は皆がいるから、自然と始めに寝泊まりした塔に足が向いていた。
冷静になれば塔の扉に鍵が掛かっているのは当然のことだった。今はレオが薬を調合する仕事場として使っているのだから。
アリシャは扉を叩いたり押したり引いたり、暫く葛藤したがまるでビクともしなかった。そのまま扉に手をつきしなしなとしゃがみ込んだ。
「気が済んだか?」
エドが後ろに立っていたなんて気が付きもしなかった。無我夢中で扉を開けようとしていたからだ。しゃがんだまま振り返ると、滲んだ世界にエドが佇んでいた。
「私……この村に居たいの。この村を守って、それでまた元通り……」
涙を拭いながら訴えるが、言いたいことがまとまらなくてぐちゃぐちゃする。
「村から離れたくないって言ったらしいな」
「私の力があれば守れるかもしれないの。私が村を守って──」
エドはアリシャの腕を掴んでアリシャを立たせた。
「落ち着けよ。お前の守りたいものはそこなのか? 村より大事なものはないのか?」
エドは自分の袖でアリシャの涙を拭うと、ため息をついた。
「俺たちだって村に残りたいが今は無理なんだよ。村は破壊されるかもしれない。だが、そこに住む人が健在ならまた再建できるだろ」
またアリシャの涙が体の奥から込み上げてきた。そうかもしれないが、ここでの日々を壊されるのは耐え難い痛みだ。
「だって……私にはここしかないのに」
エドはアリシャを胸に抱き寄せて「泣くな」と、背中を擦っていく。前にもこうして慰めてくれたことを思い出していた。エドとの思い出もこの村にある。失いたくなかった。
「生きてさえいれば再建できるし、思い出だって財産だってなんだってやり直せるんだ。俺はお前を連れて行く。アリシャの居ない未来など考えられないからな」
胸に顔を埋めているアリシャの顎を押し上げて仰向かせたエドが続けた。
「アリシャがやるべきことは村の人々を守ることなんじゃないのか? エクトルは自国に戻って戦力を整えて迎え討とうとしてる。そちらに加担してくれてる間にイライザを討てば戻ってこられると思わないか?」
村を守りたかった。建物一つ、壊されたくなかった。
「気持は皆、同じだ。ここに残りたいのが本音だろ。それでも黙々と準備してる。なんのために? 命さえ助かればやり直せるからだ」
琥珀色の瞳に自嘲する色が浮かび、エドは睫毛をさげた。
「俺はストルカを出て、新たな人生を歩んでいる。国も地位も全てを無くしたが……後悔はない」
再び持ち上げられた睫毛の奥に琥珀の瞳が現れて、アリシャを映し出していた。
「アリシャ、共に生きるぞ。年老いて、寿命を全うするまで共に」
(故郷を失って、今度こそここで生きていくと決めたのに……)
宿屋の扉が開き、レゼナ達が中へと入ってきた。入ってくるなりレゼナはエクトルに質問する。
「猶予はどれくらいですか?」
「三日くらいだろう」
「そう……。出来れば今日か明日には出なければならな──」
そこでアリシャがレゼナの手を取って泣きついた。
「どうして! そんな簡単に受け入れられるの。ここでの日々を捨てるなんて私には……」
レゼナは掴まれていた手を抜くと、アリシャを抱擁した。
「判断を誤ってまごまごしていたら殺されるのよ。アリシャ、辛いのはわかるけど感傷的になっている場合ではないの」
二人のやり取りを思い詰めた様子で黙って聞いていたアヴリルにレオがそっと声をかける。
「ウィンが家に戻っているから君も行きなさい」
それからリアナにも「荷物をまとめなさい」と言った。リアナはアリシャの主張を聞いていたから戸惑っていた。
「でも……残ることもあるのではないですか?」
レオは瞼を下ろして首を横に振った。
「もう家畜を野に放す為にドクが家畜小屋に向かっている」
レゼナの胸の中にいたアリシャが弾かれたようにレゼナから離れた。
「そんな!」
家畜は大事な財産だ。野に放てば大金を捨てたも同然なのだ。
「私がこの村に残ります! 一人で残りますから」
「アリシャ、魔力は使い続ければいずれ尽きる。魔力は回復する時間が必要なのだ。アリシャがここに残ればイライザもこの場に居座るだろう。アリシャからは攻撃してこないのだから、のんびりアリシャの力が尽きるのを待つだけだ」
次はエクトルがレオに加勢し「諦めろ。防御の力のみで何ができる? ましてや力を授かって日も浅いアリシャが使いこなせるのか? 独りよがりな行動で皆の気持ちを揺るがしていると自覚しろ」と、いつになく手厳しかった。
言い返すことも出来ない。アリシャは自分の不甲斐なさにいたたまれなくなって、踵を返し宿屋から飛び出した。
(せっかく作り上げてきたのに。皆で頑張って冬も越したのに……)
世界に三つしか存在しない特別な力を持っているのに、何の役にも立てないのは辛かった。攻撃の主はスルシュア王国を有し、回復の主はストルカ国だ。どちらも国を持ち、守り続けているというのに、アリシャはこの小さな村すら守れないのだ。
アリシャは涙を拭いながら塔へとむかっていた。行く場所なんてない。宿屋は皆がいるから、自然と始めに寝泊まりした塔に足が向いていた。
冷静になれば塔の扉に鍵が掛かっているのは当然のことだった。今はレオが薬を調合する仕事場として使っているのだから。
アリシャは扉を叩いたり押したり引いたり、暫く葛藤したがまるでビクともしなかった。そのまま扉に手をつきしなしなとしゃがみ込んだ。
「気が済んだか?」
エドが後ろに立っていたなんて気が付きもしなかった。無我夢中で扉を開けようとしていたからだ。しゃがんだまま振り返ると、滲んだ世界にエドが佇んでいた。
「私……この村に居たいの。この村を守って、それでまた元通り……」
涙を拭いながら訴えるが、言いたいことがまとまらなくてぐちゃぐちゃする。
「村から離れたくないって言ったらしいな」
「私の力があれば守れるかもしれないの。私が村を守って──」
エドはアリシャの腕を掴んでアリシャを立たせた。
「落ち着けよ。お前の守りたいものはそこなのか? 村より大事なものはないのか?」
エドは自分の袖でアリシャの涙を拭うと、ため息をついた。
「俺たちだって村に残りたいが今は無理なんだよ。村は破壊されるかもしれない。だが、そこに住む人が健在ならまた再建できるだろ」
またアリシャの涙が体の奥から込み上げてきた。そうかもしれないが、ここでの日々を壊されるのは耐え難い痛みだ。
「だって……私にはここしかないのに」
エドはアリシャを胸に抱き寄せて「泣くな」と、背中を擦っていく。前にもこうして慰めてくれたことを思い出していた。エドとの思い出もこの村にある。失いたくなかった。
「生きてさえいれば再建できるし、思い出だって財産だってなんだってやり直せるんだ。俺はお前を連れて行く。アリシャの居ない未来など考えられないからな」
胸に顔を埋めているアリシャの顎を押し上げて仰向かせたエドが続けた。
「アリシャがやるべきことは村の人々を守ることなんじゃないのか? エクトルは自国に戻って戦力を整えて迎え討とうとしてる。そちらに加担してくれてる間にイライザを討てば戻ってこられると思わないか?」
村を守りたかった。建物一つ、壊されたくなかった。
「気持は皆、同じだ。ここに残りたいのが本音だろ。それでも黙々と準備してる。なんのために? 命さえ助かればやり直せるからだ」
琥珀色の瞳に自嘲する色が浮かび、エドは睫毛をさげた。
「俺はストルカを出て、新たな人生を歩んでいる。国も地位も全てを無くしたが……後悔はない」
再び持ち上げられた睫毛の奥に琥珀の瞳が現れて、アリシャを映し出していた。
「アリシャ、共に生きるぞ。年老いて、寿命を全うするまで共に」
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