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アイスグラスのリンゴ酒
アイスグラスのリンゴ酒6
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その日の夕食後、使い終わった器を綺麗に洗ってから水で満たして通路の棚にそっと並べておいた。
夜に酒を飲むことを考えると、器がそれまで使えない。器を使わずに食べる料理を思い浮かべてみた。この村に来て初めて作ったパンなら取皿が一つあれば問題ないだろう。
(春にやって来て、今は冬。いつの間にそんなに経っていたのかしら。父さん、母さん、私はまぁまぁうまくやれてるみたい)
思い出す回数こそ減ってきているが忘れる事はない両親のこと。
(辛いことも思い出すけれど、どうしてなのかしら? 楽しかったことばかり浮かんでくるわ)
アリシャは荷物で狭くなった自室でベッドに潜ってぼんやりと考えていた。まだ二階で男たちが起きているようでボソボソと話し声が聞こえている。
カゴの中に毛皮の端切れをいれてやったらココがそこで寝るようになったので、今はアリシャ一人でベッドを占領できるようになっていた。
(エドはご両親との間に楽しい思い出もあるのかな……)
ギュッと目を瞑り、頭の上まで布団を引き上げた。アリシャは魔力を授かってから、そのことで苦労したことはほとんどない。それなのに、エドは……。
母親に力を使って助けてくれと言われて、何もできない辛さを考えるだけで心が張り裂けそうだった。
翌日、前日のパンを削りながらニンニクを揚げ、下準備を終えると井戸までの通路に行ってみた。
通路が完成したての時は大人が二人並んでも歩ける程の幅があったのだが、今は足元に樽が並んでいて狭くなってしまった。
(もし寒波が来なかったら労力の無駄だけど……)
樽を一つ一つ開けて中身を確認していく。ライ麦、えん麦、塩漬け肉、塩漬けの魚、口で呟きながら中身を覚えて蓋を閉じた。
「アリシャ、吐く息が白い」
熱心に記憶していたアリシャが直ぐ後ろにエクトルが居ることに気が付きもしなかった。ビクッと飛び上がり、口を尖らせて振り返った。
「驚かせないでください! 足音、足音を響かせて歩いて貰いたいわ」
心臓が驚いてバクバクいっていた。エクトルは「足音を消して歩けと言われて育ったもんでな。これはなんだ?」とアリシャが水を入れておいた器の数々を覗いていた。
「それは、リンゴ酒をいただけるみたいだったのでお礼をしたくて」
「器に氷を作ってか?」
本当は夜まで秘密にしておきたかったのだが、隠しておけそうもないのでアリシャは背伸びをして器をとった。予定通り水はカチコチに凍っていた。
「これの真ん中をナイフで削ってリンゴ酒を入れようと思っています。そうしたら暖炉の前で冷たいリンゴ酒が飲めると思って」
ナイフかと呟いたエクトルは器を一つ手に取り片手で持つと、空いている方の手の人差し指を出し、一直線に伸びる火を出した。
「火! いけないわ。そんなに簡単に力を使うなんて」
アリシャは思わずエクトルの袖を掴んでいた。するとその火は直ぐに消えて跡形も残らなかった。普通なら湯気が上がったり、きな臭さが残るのに。
「怖いか?」
消えた火に気を取られていたアリシャにエクトルが問う。顔を上げるとエクトルがアリシャの感情を読み取ろうとしているのがわかった。
斧を手にしたルクに放った火とは違い小さく、炎にややトラウマを感じていたアリシャでも怖さはなかった。
「私の力は──人を怖がらせる。あの男、ルクも、私を化け物と言ったであろう? あれが大抵の人間が抱く感情だ」
しかしと言うとまた火を出して、器の中心部分を熱していく。ポタポタと水滴が流れ出し、氷が溶け出していく。
「化け物だと思われるのは正直嫌なものだ。このように扱えば便利だし、怖くない。違うか?」
エクトルは火を自在に操り、器の中にくぼみを作り上げた。
「父は夜空に火柱を散らし民を喜ばせる。我らは無害だと言うために。ひとたび戦になればどの武器よりも殺傷能力がある。無害であることも武器になるほどの力であることも事実。では、アリシャ──」
エクトルは滴り落ちていた水を切ると、それを棚に戻して新たな氷入りの器を手にした。
「私達はどうしたら良いのだろうか」
アリシャが質問の真意をはかり、瞬きをして見上げているとエクトルは表情を和らげた。
「攻撃の力は皆のためにあるのだと人々に知らせることが大事であった。我が先祖は民に耳を傾け信用を得ることで化け物扱いから脱したわけだ。だから──」
また指から火を出すと氷を溶かしていく。
「これくらいは許して欲しい。ましてや愛しい女の為だ、やらせてくれ」
しずくを見つめたままアリシャは考え、口を開いた。
「……その愛しいという気持ちは、力が互いに元に戻りたがっているだけのことです」
そうかもしれんとエクトルは否定しなかった。ただ、終わった器の水を切り、新たな物に手をかけながら言う。
「惹かれている事には変わらん」
「そうかもしれませんが、私は……エドが好きです」
「近くに居る異性に興味がいくのはよくあることだ」
アリシャは沈黙し、取り合ってくれないエクトルにどう話せば伝わるのか思案していた。
「それはそうと、アリシャは親から力を譲り受けたのではないそうだな」
エクトルが話題を変えた。内心良かったと思う半面、もう少し理解してもらうべきだったのではないかと悩みもした。とにかく、今は質問に対して答えることにした。
「はい。レオさんには二説あると言われました。力が微量になりすぎて魔力を持っていることに気が付かなかったか、前の主が亡くなって力が転生したのではないかと。私は一度、力を暴発させたので、たぶん転生した方だろうと言うことです」
夜に酒を飲むことを考えると、器がそれまで使えない。器を使わずに食べる料理を思い浮かべてみた。この村に来て初めて作ったパンなら取皿が一つあれば問題ないだろう。
(春にやって来て、今は冬。いつの間にそんなに経っていたのかしら。父さん、母さん、私はまぁまぁうまくやれてるみたい)
思い出す回数こそ減ってきているが忘れる事はない両親のこと。
(辛いことも思い出すけれど、どうしてなのかしら? 楽しかったことばかり浮かんでくるわ)
アリシャは荷物で狭くなった自室でベッドに潜ってぼんやりと考えていた。まだ二階で男たちが起きているようでボソボソと話し声が聞こえている。
カゴの中に毛皮の端切れをいれてやったらココがそこで寝るようになったので、今はアリシャ一人でベッドを占領できるようになっていた。
(エドはご両親との間に楽しい思い出もあるのかな……)
ギュッと目を瞑り、頭の上まで布団を引き上げた。アリシャは魔力を授かってから、そのことで苦労したことはほとんどない。それなのに、エドは……。
母親に力を使って助けてくれと言われて、何もできない辛さを考えるだけで心が張り裂けそうだった。
翌日、前日のパンを削りながらニンニクを揚げ、下準備を終えると井戸までの通路に行ってみた。
通路が完成したての時は大人が二人並んでも歩ける程の幅があったのだが、今は足元に樽が並んでいて狭くなってしまった。
(もし寒波が来なかったら労力の無駄だけど……)
樽を一つ一つ開けて中身を確認していく。ライ麦、えん麦、塩漬け肉、塩漬けの魚、口で呟きながら中身を覚えて蓋を閉じた。
「アリシャ、吐く息が白い」
熱心に記憶していたアリシャが直ぐ後ろにエクトルが居ることに気が付きもしなかった。ビクッと飛び上がり、口を尖らせて振り返った。
「驚かせないでください! 足音、足音を響かせて歩いて貰いたいわ」
心臓が驚いてバクバクいっていた。エクトルは「足音を消して歩けと言われて育ったもんでな。これはなんだ?」とアリシャが水を入れておいた器の数々を覗いていた。
「それは、リンゴ酒をいただけるみたいだったのでお礼をしたくて」
「器に氷を作ってか?」
本当は夜まで秘密にしておきたかったのだが、隠しておけそうもないのでアリシャは背伸びをして器をとった。予定通り水はカチコチに凍っていた。
「これの真ん中をナイフで削ってリンゴ酒を入れようと思っています。そうしたら暖炉の前で冷たいリンゴ酒が飲めると思って」
ナイフかと呟いたエクトルは器を一つ手に取り片手で持つと、空いている方の手の人差し指を出し、一直線に伸びる火を出した。
「火! いけないわ。そんなに簡単に力を使うなんて」
アリシャは思わずエクトルの袖を掴んでいた。するとその火は直ぐに消えて跡形も残らなかった。普通なら湯気が上がったり、きな臭さが残るのに。
「怖いか?」
消えた火に気を取られていたアリシャにエクトルが問う。顔を上げるとエクトルがアリシャの感情を読み取ろうとしているのがわかった。
斧を手にしたルクに放った火とは違い小さく、炎にややトラウマを感じていたアリシャでも怖さはなかった。
「私の力は──人を怖がらせる。あの男、ルクも、私を化け物と言ったであろう? あれが大抵の人間が抱く感情だ」
しかしと言うとまた火を出して、器の中心部分を熱していく。ポタポタと水滴が流れ出し、氷が溶け出していく。
「化け物だと思われるのは正直嫌なものだ。このように扱えば便利だし、怖くない。違うか?」
エクトルは火を自在に操り、器の中にくぼみを作り上げた。
「父は夜空に火柱を散らし民を喜ばせる。我らは無害だと言うために。ひとたび戦になればどの武器よりも殺傷能力がある。無害であることも武器になるほどの力であることも事実。では、アリシャ──」
エクトルは滴り落ちていた水を切ると、それを棚に戻して新たな氷入りの器を手にした。
「私達はどうしたら良いのだろうか」
アリシャが質問の真意をはかり、瞬きをして見上げているとエクトルは表情を和らげた。
「攻撃の力は皆のためにあるのだと人々に知らせることが大事であった。我が先祖は民に耳を傾け信用を得ることで化け物扱いから脱したわけだ。だから──」
また指から火を出すと氷を溶かしていく。
「これくらいは許して欲しい。ましてや愛しい女の為だ、やらせてくれ」
しずくを見つめたままアリシャは考え、口を開いた。
「……その愛しいという気持ちは、力が互いに元に戻りたがっているだけのことです」
そうかもしれんとエクトルは否定しなかった。ただ、終わった器の水を切り、新たな物に手をかけながら言う。
「惹かれている事には変わらん」
「そうかもしれませんが、私は……エドが好きです」
「近くに居る異性に興味がいくのはよくあることだ」
アリシャは沈黙し、取り合ってくれないエクトルにどう話せば伝わるのか思案していた。
「それはそうと、アリシャは親から力を譲り受けたのではないそうだな」
エクトルが話題を変えた。内心良かったと思う半面、もう少し理解してもらうべきだったのではないかと悩みもした。とにかく、今は質問に対して答えることにした。
「はい。レオさんには二説あると言われました。力が微量になりすぎて魔力を持っていることに気が付かなかったか、前の主が亡くなって力が転生したのではないかと。私は一度、力を暴発させたので、たぶん転生した方だろうと言うことです」
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