上 下
99 / 131
アイスグラスのリンゴ酒

アイスグラスのリンゴ酒3

しおりを挟む
「俺はエドがアリシャと一緒になりたいと言ったとき、死ぬほど嬉しかったよ。そうだな……やっと本当の家族ってやつを手に入れるんだと思ったし」

 これまでの言動の数々。今になってその一つ一つにエドの気持ちが込められていたことを知った。

 泣いているのは見たくないと言っていた。防御カライズの力を持つ子に対して根回しの大事さをアリシャに解いてくれた。

 アリシャが力をコントロール出来ない時期は練習にも付き合ってくれた。自分は力を出せずに苦しみぬいたはずなのに。

 背景が見えた後、エドの行為の数々に切なさと感謝が溢れていく。

「……エドはいつもそんな苦悩をまるで見せませんでした」

 アリシャが言うとドクはニコッと微笑んでアリシャの肩を叩いた。

「強い子なんだ。精神面は誰よりも強く、多くのことに耐えて前を見据えて進む立派な男だよ。アリシャ、頼むよ。エドを幸せにしてやってくれ」

「私に出来るのでしょうか……」

「出来るさ。幸せにするなんて実は簡単なことなんだよ、アリシャ」

 アリシャが驚くと、あははと声を上げて笑った。

「俺はレゼナが笑ってるとそれだけでなんか幸せだと思う。ほら、簡単だろ? よし、ちょっとレゼナの笑顔でも拝んでくるかー」

 ドクはそう言うとウィンクをして、口笛を吹きながら出て行った。

 アリシャは冬の間の食料を確認するために、食料庫に入っていった。

 少しずつ料理部屋やアリシャの部屋に運び入れて貰っているが、暇を見つけては自分でも運ぶようにしていた。

 今日はカゴを二つ持ってきているのでそこに入るだけ持っていくつもりだった。

 壁に寄せてある樽から生姜を取り出して、カゴに移していく。樽は大きくアリシャの腰の高さを超えていた。そこに半分程入っている生姜を取ろうとすると、アリシャは上半身を樽に入れなくては届かない。

「んー……遠い!」

 唸りながら樽に顔を突っ込んでいるとトントンと樽を外から叩く音がした。アリシャが樽から顔を出すとエドが立っていた。

「お前さ、頭を使えよ」

 呆れ顔のエドはアリシャに退くように合図すると、樽を横に倒した。こぼれ落ちないまでも、生姜が樽の口当たりまで出てきた。

「ほら、取れんだろ?」

 エドはこれまで通りなにも変わらずアリシャに接してきた。アリシャの方は何か……気の利いた言葉をかけたいのに、なにも出て来なくてオロオロとしていた。

「エド……私、何も知らなくて」

 エドはチラリとアリシャを見たが、アリシャに代わって生姜をカゴに押し込んでいく。

「知らなくて当たり前。で、知ってどうなる? 同情して優しくしてくれんの?」

 売り言葉に買い言葉でつい言い返してしまいたくなるが、それすら言葉が出てこなくて窮地に陥ったアリシャは咄嗟に宣言してしまった。

「私はもう泣かないから!」

「そりゃ無理だろ」

 涙もろい自覚のあるアリシャはグッと詰まるが「頑張ればなんだってできるわよ!」と、なんとか反論してみた。

「玉ねぎを切ってても?」

「それは泣くの意味が違うでしょ」

 生姜をどれ位入れたらいいのか問われたのでそれでいいと答えた。エドは樽を起こし、蓋をはめた。

「俺の話を聞いたのか? 俺というより母親の話」

 口止めはされなかったが、話すのはマズかったのかとドキリとした。かと言って今更聞いてないと言っても白々しく感じるのではないかと思い、ここは正直に聞いたことを認めた。

「聞いたわ……その、勝手に聞いてごめんなさい」

「いや、別にいいさ。それより、あと何を持っていくんだ?」

 話を流したというよりエドは遮った。でも話したくないなら仕方がないし、アリシャだって両親が亡くなった時のことは思い出したくないのだから、エドもそうなのだと考えて運びたいものを手に取った。

 布巾に包まれたチーズをカゴに二つと、バターの壺もあるだけカゴにいれる。ここまでで既にカゴは物凄い重量だった。

「俺は小麦を樽ごと運んでやる。行けるか?」

 そこに「アリシャ!」とリアナが飛び込んできた。そこにエドも居ることに気がつくと急に足を止めてカチンと固まった。

「エド……様」

 エドは眉根を寄せて苦笑いを浮かべた。

「様ってなんだよ」

「王子様なんでしょう?」

 おずおずと聞くリアナにエドは肩を上げた。

「王子は辞めたんだ」

 ナイーブな質問だとハラハラしたが、エドは気分を害したような態度はみせなかった。

 次にリアナがチラチラとアリシャを見ているので「なに?」と聞いてみた。

「アリシャはもう洗濯しなくて済むんだと思っていたのよ。だって……エドと良い仲でしょ? 王子様と結婚したら洗濯なんかしないで暮らせるんだなぁって」

 なんというか、バツが悪いとアリシャはチラリとエドの様子を窺ってしまった。良い仲と言われたことも恥ずかしい。エドは問うように眉を上げ腕を組んでアリシャの答えを待った。

「えっとね、私はエドがどんな人であろうと洗濯はするわ」

 エドがアリシャの答えに堪えきれずに吹き出して、肩を揺らして笑い出した。

「そりゃいい」

 リアナの好奇心はもう抑えられないようで、それならとまた困ったことを言い出した。

「エクトル様と結婚しても?」

「え! やだ、なんでエクトルが出て来るの?」

「だって、アリシャアリシャってなんだかアリシャのことが大好きなんだもの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。 濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。 そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――? ※恋愛要素は中盤以降になります。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...