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アイスグラスのリンゴ酒
アイスグラスのリンゴ酒2
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アリシャは自分の話が出ているのは知らず、新しく出来た通路にいた。ドクと二人で相談しながら簡易的な棚を作ってもらっていたところだった。
兵たちも総出で建ててくれた通路は床板もあるので、雪の日でも井戸までなら靴を濡らさずに行ける。しかも貯蔵庫としても使う予定だった。
「重いものはやめといてくれよ? 雪避けとしての壁だから、基礎もそこまでしっかりしてないしな」
「はい。魚は吊るして大丈夫ですか?」
「ココサイズのは無理だがそれより軽けりゃいいだろう」
ココサイズなんて、そんな魚がこの辺りで捕れるわけがないので、これはドク流のジョークだった。
「ふふ。あ! でも下の方に魚を下げたらココが食いついて──」
アリシャも冗談で返すと、ドクは額を打って「そりゃぁ、だめだー」とおどけてみせた。
二人の吐く息は先程から真っ白だ。通路の壁は薄いので外とまるで変わらない。
「凍りついて良いものしか無理ですね」
ドクは脚立から下りてきて「魚や肉なんかがいいかもな」と、答えた。
脚立を肩に抱えたドクはアリシャを見てから、少し迷い口を開いた。
「エドとはどうだい?」
アリシャは目が泳いでしまうのを止められなかった。元々あまり話す機会は少ないのだが、今は避けられているのかもしれないと感じていた。
「そうか……。また、心を閉ざしちまったかな」
アリシャの様子でドクは察したようで、困ったように顔を擦った。
深い深いため息の後、ドクはゆっくりと語りだす。
「あの子は力を持たずに生まれてきたことで、想像を絶する経験をしてきたのだよ。エドの両親は、王族には珍しく恋愛を経ての結婚でな、そりゃ誰からも祝福されていたんだ。だが、いざ子供が生まれると……」
また大きなため息をついて、首を横に振る。
「生まれた子が力を継承していなくてなぁ。これは大問題だった。互いに初めての相手だということであったのに、生まれてきた子に力がなかったとなると、自然とエドの母に疑惑の目が向けられていった」
ドクは顔をくしゃくしゃに歪め、唇を引き結んだ。
「疑われたエドの母がどうしたかと思う? 自ら食事を断ち、幼きエドに泣いて訴えた。『母を助けると思って力を出しておくれ』とな。食べなきゃ衰弱し、そんな姿を子供に見せることで力を引き出そうとしたんだな……ありゃ、地獄だった」
胸に手を充てて聞いていたアリシャだが、次第に堪えられなくなって口に手を持っていった。震える唇を押さえても止まらない。
「泣いてすがる母親にエドもなんとかしようと頑張ったが、知っての通りエドには力がないのだからどだい無理な話だったわけだ」
アリシャはエドの絶望を疑似体験し、大声で泣き出したくなった。さぞかし辛かっただろう。胸が押し潰されてしまいそうだ。
「そうして母親は死に、その後を追うように父親が落馬事故で即死し、ストルカの城内は大混乱となった。なんせ、回復の主を失ったのだからな。エドは幽閉されていたが、その頃にはもう誰もエドには期待してなくてな……そんな中、力が転生したと名乗り出たのが現在のイライザ女王だった」
魔力を持つものが居なくなると転生すると聞かされていたし、アリシャ自身もその類いなので素直に飲み込もうとしていた。しかし、ドクはイライザが転生したわけではないと忌々しそうに断言した。
「イライザの母親は城の下働きの女だからな。そやつが身籠った時も皆、見て知っていた。要するになんらかの方法で王と肉体関係を結んだはずだ。王亡き後では、合意の上であったかなどは聞く術もないがな」
悲劇だとアリシャは思った。エドの母が不貞を働いたわけでもなかったのに、親子共々汚名を着せられたのだから。
「父親である王はエドを庇わなかったのですか?」
「庇ったさ。いずれ力が使えるようになるだろうとね。だが、王女は一刻も早く身の潔白を示したかった。なんせ、王を愛していたから……なおさらに」
エドもエドの両親すらも、エドに力が移行してないことで苦しみ抜いたのならば、ドクのいう地獄という言葉がぴったりだった。
「イライザが現れてから、エドの立場は極めて危ういものとなった。魔力こそが全て。王になる証だとイライザが宣言し、同調し支持する人間が増幅していった。不要な王子はイライザを推す勢力には目の上のタンコブだ。王位継承権を訴えられると寝返るものも出てくるかもしれないという不安がイライザ派に広がった。嫌な空気を読み取り、レオ様はエドの身を危惧し、国を脱出する決心をした。それが五年ほど前の出来事だ」
エドにとって味方がいてくれたことはアリシャにも救いだった。ただ、レオがどうしてエドの為にそこまでしたのか疑問に思った。
「レオさんはストルカ国ではかなりの地位にいらっしゃったんですよね? それをなげうってまでエドを助けたのはなぜですか?」
自責の念ってやつだよとドクは呟いた。
「王女を救えなかったことや、混乱を抑えられなかったことを自分のせいだと思っているのだ。国の中枢にいたレオ様にならどうにか出来た可能性は確かにあるが、風はイライザに吹いた。せめて、エドを連れ出し救うことで自らを慰めたのだ」
知らなかった多くの事はアリシャが思っていたよりずっと悲痛な話だった。訳ありなのはうすうす気が付いていたが、こんなに悲しい話があるだろうか。
兵たちも総出で建ててくれた通路は床板もあるので、雪の日でも井戸までなら靴を濡らさずに行ける。しかも貯蔵庫としても使う予定だった。
「重いものはやめといてくれよ? 雪避けとしての壁だから、基礎もそこまでしっかりしてないしな」
「はい。魚は吊るして大丈夫ですか?」
「ココサイズのは無理だがそれより軽けりゃいいだろう」
ココサイズなんて、そんな魚がこの辺りで捕れるわけがないので、これはドク流のジョークだった。
「ふふ。あ! でも下の方に魚を下げたらココが食いついて──」
アリシャも冗談で返すと、ドクは額を打って「そりゃぁ、だめだー」とおどけてみせた。
二人の吐く息は先程から真っ白だ。通路の壁は薄いので外とまるで変わらない。
「凍りついて良いものしか無理ですね」
ドクは脚立から下りてきて「魚や肉なんかがいいかもな」と、答えた。
脚立を肩に抱えたドクはアリシャを見てから、少し迷い口を開いた。
「エドとはどうだい?」
アリシャは目が泳いでしまうのを止められなかった。元々あまり話す機会は少ないのだが、今は避けられているのかもしれないと感じていた。
「そうか……。また、心を閉ざしちまったかな」
アリシャの様子でドクは察したようで、困ったように顔を擦った。
深い深いため息の後、ドクはゆっくりと語りだす。
「あの子は力を持たずに生まれてきたことで、想像を絶する経験をしてきたのだよ。エドの両親は、王族には珍しく恋愛を経ての結婚でな、そりゃ誰からも祝福されていたんだ。だが、いざ子供が生まれると……」
また大きなため息をついて、首を横に振る。
「生まれた子が力を継承していなくてなぁ。これは大問題だった。互いに初めての相手だということであったのに、生まれてきた子に力がなかったとなると、自然とエドの母に疑惑の目が向けられていった」
ドクは顔をくしゃくしゃに歪め、唇を引き結んだ。
「疑われたエドの母がどうしたかと思う? 自ら食事を断ち、幼きエドに泣いて訴えた。『母を助けると思って力を出しておくれ』とな。食べなきゃ衰弱し、そんな姿を子供に見せることで力を引き出そうとしたんだな……ありゃ、地獄だった」
胸に手を充てて聞いていたアリシャだが、次第に堪えられなくなって口に手を持っていった。震える唇を押さえても止まらない。
「泣いてすがる母親にエドもなんとかしようと頑張ったが、知っての通りエドには力がないのだからどだい無理な話だったわけだ」
アリシャはエドの絶望を疑似体験し、大声で泣き出したくなった。さぞかし辛かっただろう。胸が押し潰されてしまいそうだ。
「そうして母親は死に、その後を追うように父親が落馬事故で即死し、ストルカの城内は大混乱となった。なんせ、回復の主を失ったのだからな。エドは幽閉されていたが、その頃にはもう誰もエドには期待してなくてな……そんな中、力が転生したと名乗り出たのが現在のイライザ女王だった」
魔力を持つものが居なくなると転生すると聞かされていたし、アリシャ自身もその類いなので素直に飲み込もうとしていた。しかし、ドクはイライザが転生したわけではないと忌々しそうに断言した。
「イライザの母親は城の下働きの女だからな。そやつが身籠った時も皆、見て知っていた。要するになんらかの方法で王と肉体関係を結んだはずだ。王亡き後では、合意の上であったかなどは聞く術もないがな」
悲劇だとアリシャは思った。エドの母が不貞を働いたわけでもなかったのに、親子共々汚名を着せられたのだから。
「父親である王はエドを庇わなかったのですか?」
「庇ったさ。いずれ力が使えるようになるだろうとね。だが、王女は一刻も早く身の潔白を示したかった。なんせ、王を愛していたから……なおさらに」
エドもエドの両親すらも、エドに力が移行してないことで苦しみ抜いたのならば、ドクのいう地獄という言葉がぴったりだった。
「イライザが現れてから、エドの立場は極めて危ういものとなった。魔力こそが全て。王になる証だとイライザが宣言し、同調し支持する人間が増幅していった。不要な王子はイライザを推す勢力には目の上のタンコブだ。王位継承権を訴えられると寝返るものも出てくるかもしれないという不安がイライザ派に広がった。嫌な空気を読み取り、レオ様はエドの身を危惧し、国を脱出する決心をした。それが五年ほど前の出来事だ」
エドにとって味方がいてくれたことはアリシャにも救いだった。ただ、レオがどうしてエドの為にそこまでしたのか疑問に思った。
「レオさんはストルカ国ではかなりの地位にいらっしゃったんですよね? それをなげうってまでエドを助けたのはなぜですか?」
自責の念ってやつだよとドクは呟いた。
「王女を救えなかったことや、混乱を抑えられなかったことを自分のせいだと思っているのだ。国の中枢にいたレオ様にならどうにか出来た可能性は確かにあるが、風はイライザに吹いた。せめて、エドを連れ出し救うことで自らを慰めたのだ」
知らなかった多くの事はアリシャが思っていたよりずっと悲痛な話だった。訳ありなのはうすうす気が付いていたが、こんなに悲しい話があるだろうか。
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