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熱々干しぶどうとリンゴのパイ
熱々干しぶどうとリンゴのパイ7
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レゼナは大喜びでボリス相手に話を続けていたが、アリシャはなんとなく気持ちが落ちていくのを止められなかった。
(またエドに誤解されたかもしれないわ……私はボリスのことを好きではないのになぁ。それにウィンの結婚より、エドが自分のせいでウィンが結婚するのを焦ったという話ばかりが頭の中をぐるぐるしているのに)
忙しいからと断って、レゼナのお喋りに付き合わずに料理をすることを選んで場から離れた。
こんな時は料理に没頭した方がいい。答えの出ない疑問を悶々と考えるのは無意味だ。それでも考えてしまうのだから、頭を空っぽにしてひたすら時間が経つのを待ったほうがいいはず。
大量に切ったリンゴを炒め始めると白い湯気が上がり、幸福な香りに包まれた。バターの香りにシナモンを加えると格段に上等な匂いに変化する。てんさい糖とリンゴの果汁が混ざり合いながら焦げる匂いも最高だ。
中身を作り終えるとパイ生地を捏ねて寝かせ、豚肉の燻製を取りに食料庫に向かった。
途中、家畜小屋で見慣れぬ馬を見て、宿泊客の馬だと気が付き足を止めた。客は朝食を食べてから用事をたしに出掛けたはずだったので、馬が残っていたのは意外だった。
(キレイな馬)
アリシャのスリだって若いしキレイなのだが、客の馬は何かが違う。しげしげと眺めているとその違いに気がついた。
(脚が細いんだわ。まるで貴婦人のように)
アリシャはこのような馬を初めて見た。しかし噂では聞いたことがあった。
「金持ちの乗る馬は荷物を運んだり労働する為のものじゃない。早く走る為のものだ」
誰だったか、アリシャにそう教えてくれたのは。隣の村の鍛冶屋だったような、旅の行商人だったか、記憶が混同していてハッキリは思い出せなかった。
(こんな馬に乗ってきたのね。やはり、ただの旅人とは違うのかもしれない)
いつだったか、あまり栄えてくると近くの領主に目をつけられるかもしれないとドクが話していた。ここは領主がいないからこそ、皆自由に生活できているし、金の心配もせずに済んでいる。
(このまま平穏な日々が送れるといいな。領主様が立派な方なら、どこかの国に属していても税金に苦しめられることがないらしいし、それならレオさんが領主様になってくれたらいいのかも)
アリシャは首を振り、食料庫の中へと入っていった。今はまだその段階まで来ていないだろうし、先の事はアリシャよりレオやドク達のほうが考えているだろう。
食料庫の一番太い梁に豚の燻製肉が何個か吊るしてあるのを見上げると、壁に立て掛けてある脚立を取ってきた。脚立を組み立て上り始めると、視界の端でユラユラと揺れるものを感じてそちらに目を向ける。
「あら、キティ! えっと、ここのお肉を貰うわね」
食料庫の守りを一手に担っている猫のキティが目を光らせていた。おまけに尻尾を振っていて、あまり機嫌が良くなさそうなのでアリシャは身振り手振りで肉が欲しいことをアピールしてみた。
「大丈夫よ、ちゃんと許可は得ているから。だから……飛びつかないでね? お願いよ」
言葉を理解したようにキティがプイッと横を向いたので、アリシャは恐る恐る燻製を吊るしてあるロープを解きだした。キティの横顔は見て見ぬ振りをするという合図だ。時々そうやって見張りながらも荷を出すのを許してくれるのだ。
「キティ。たまには宿屋に遊びに来たらどう? 時々なら肉や魚をお裾分けするわよ?」
アリシャが話し掛けている間中、キティの尻尾は揺れていた。それでもアリシャの方に顔を向けない天の邪鬼っぷりだ。
「寒い日は炉の近くに来て暖をとったらいいのに」
食料庫以外寄り付かないキティは、宿屋になんて顔を出したこともない。仲良くしたいのはどうやらアリシャの方だけらしい。
「最近ココ用のカゴを作っているの。一緒に寝るのは暖かいけど、ベッドが狭くてね。それでね、キティのも編むって言ったら来てくれる?」
返事はしてくれないがアリシャはキティのも編んでみることに決めた。キティが来なかったら違う用途に使えばいいのだ、無駄になることはない。
重い燻製肉を両手で持ってヨロヨロと食料庫から出ていくと、宿屋の客がそこに居たので挨拶する。
「あ、こんにちは。従者の方とは別行動ですか?」
三十代、いや二十代だろうか。落ち着いた面持ちの男性は口角を上げてみせた。それは愛想笑いだと一目でわかるが、嫌な感じでもなかった。それにしてもガッシリとした胸板だ。エドに似ている。この人も弓を扱う人なのかもしれない。
「ああ、ちょっと買い物に行ってもらったんだ。君は宿屋の子だね。名は?」
「アリシャです」
どちらかというと鋭い視線の持ち主なのに、話し方は穏やかだった。黒髪は長く、緩く結って片方の肩から下がっている。
「私はイザクだ。この村はいい。時々寄らせてもらうよ」
村を褒められれば無条件に嬉しい。アリシャは喜びを隠せずに返事をする。
「はい! お待ちしております」
元気に答えて、動き出そうとした。話すのは構わないのだが、手に持っている燻製肉がどうにも重くて、このままでは肩が抜けてしまいそうだった。
「あ、待ってくれ。ちょっと聞きたいことがある」
呼び止められるとは思っていなかった。困ったアリシャは「あの、荷物を置いてからではダメですか?」と、無遠慮に言ってしまった。何かを配慮する余裕などなかったのだ。
(またエドに誤解されたかもしれないわ……私はボリスのことを好きではないのになぁ。それにウィンの結婚より、エドが自分のせいでウィンが結婚するのを焦ったという話ばかりが頭の中をぐるぐるしているのに)
忙しいからと断って、レゼナのお喋りに付き合わずに料理をすることを選んで場から離れた。
こんな時は料理に没頭した方がいい。答えの出ない疑問を悶々と考えるのは無意味だ。それでも考えてしまうのだから、頭を空っぽにしてひたすら時間が経つのを待ったほうがいいはず。
大量に切ったリンゴを炒め始めると白い湯気が上がり、幸福な香りに包まれた。バターの香りにシナモンを加えると格段に上等な匂いに変化する。てんさい糖とリンゴの果汁が混ざり合いながら焦げる匂いも最高だ。
中身を作り終えるとパイ生地を捏ねて寝かせ、豚肉の燻製を取りに食料庫に向かった。
途中、家畜小屋で見慣れぬ馬を見て、宿泊客の馬だと気が付き足を止めた。客は朝食を食べてから用事をたしに出掛けたはずだったので、馬が残っていたのは意外だった。
(キレイな馬)
アリシャのスリだって若いしキレイなのだが、客の馬は何かが違う。しげしげと眺めているとその違いに気がついた。
(脚が細いんだわ。まるで貴婦人のように)
アリシャはこのような馬を初めて見た。しかし噂では聞いたことがあった。
「金持ちの乗る馬は荷物を運んだり労働する為のものじゃない。早く走る為のものだ」
誰だったか、アリシャにそう教えてくれたのは。隣の村の鍛冶屋だったような、旅の行商人だったか、記憶が混同していてハッキリは思い出せなかった。
(こんな馬に乗ってきたのね。やはり、ただの旅人とは違うのかもしれない)
いつだったか、あまり栄えてくると近くの領主に目をつけられるかもしれないとドクが話していた。ここは領主がいないからこそ、皆自由に生活できているし、金の心配もせずに済んでいる。
(このまま平穏な日々が送れるといいな。領主様が立派な方なら、どこかの国に属していても税金に苦しめられることがないらしいし、それならレオさんが領主様になってくれたらいいのかも)
アリシャは首を振り、食料庫の中へと入っていった。今はまだその段階まで来ていないだろうし、先の事はアリシャよりレオやドク達のほうが考えているだろう。
食料庫の一番太い梁に豚の燻製肉が何個か吊るしてあるのを見上げると、壁に立て掛けてある脚立を取ってきた。脚立を組み立て上り始めると、視界の端でユラユラと揺れるものを感じてそちらに目を向ける。
「あら、キティ! えっと、ここのお肉を貰うわね」
食料庫の守りを一手に担っている猫のキティが目を光らせていた。おまけに尻尾を振っていて、あまり機嫌が良くなさそうなのでアリシャは身振り手振りで肉が欲しいことをアピールしてみた。
「大丈夫よ、ちゃんと許可は得ているから。だから……飛びつかないでね? お願いよ」
言葉を理解したようにキティがプイッと横を向いたので、アリシャは恐る恐る燻製を吊るしてあるロープを解きだした。キティの横顔は見て見ぬ振りをするという合図だ。時々そうやって見張りながらも荷を出すのを許してくれるのだ。
「キティ。たまには宿屋に遊びに来たらどう? 時々なら肉や魚をお裾分けするわよ?」
アリシャが話し掛けている間中、キティの尻尾は揺れていた。それでもアリシャの方に顔を向けない天の邪鬼っぷりだ。
「寒い日は炉の近くに来て暖をとったらいいのに」
食料庫以外寄り付かないキティは、宿屋になんて顔を出したこともない。仲良くしたいのはどうやらアリシャの方だけらしい。
「最近ココ用のカゴを作っているの。一緒に寝るのは暖かいけど、ベッドが狭くてね。それでね、キティのも編むって言ったら来てくれる?」
返事はしてくれないがアリシャはキティのも編んでみることに決めた。キティが来なかったら違う用途に使えばいいのだ、無駄になることはない。
重い燻製肉を両手で持ってヨロヨロと食料庫から出ていくと、宿屋の客がそこに居たので挨拶する。
「あ、こんにちは。従者の方とは別行動ですか?」
三十代、いや二十代だろうか。落ち着いた面持ちの男性は口角を上げてみせた。それは愛想笑いだと一目でわかるが、嫌な感じでもなかった。それにしてもガッシリとした胸板だ。エドに似ている。この人も弓を扱う人なのかもしれない。
「ああ、ちょっと買い物に行ってもらったんだ。君は宿屋の子だね。名は?」
「アリシャです」
どちらかというと鋭い視線の持ち主なのに、話し方は穏やかだった。黒髪は長く、緩く結って片方の肩から下がっている。
「私はイザクだ。この村はいい。時々寄らせてもらうよ」
村を褒められれば無条件に嬉しい。アリシャは喜びを隠せずに返事をする。
「はい! お待ちしております」
元気に答えて、動き出そうとした。話すのは構わないのだが、手に持っている燻製肉がどうにも重くて、このままでは肩が抜けてしまいそうだった。
「あ、待ってくれ。ちょっと聞きたいことがある」
呼び止められるとは思っていなかった。困ったアリシャは「あの、荷物を置いてからではダメですか?」と、無遠慮に言ってしまった。何かを配慮する余裕などなかったのだ。
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