61 / 131
熱々干しぶどうとリンゴのパイ
熱々干しぶどうとリンゴのパイ3
しおりを挟む
リンゴと洋ナシの木が並ぶ場所までやってきた。既にドクとレゼナが脚立をたてて作業していた。その二人の間を行ったり来たりするリアナとユーリ。二人は大人並みには働けないが雑用係としてかなり重宝がられていた。
それにしても真っ赤なリンゴも、下膨れした愉快な形の洋ナシもそれはそれは凄い量だった。どちらも摘み取られた分だけでも山になっている。それでも木々にはまだまだたわわに実がぶら下がっていた。
「アリシャー! 待っていたわ。そっちの山から完熟して日持ちしないものと、虫食いとか傷ものを選別してちょうだい。全部あげるわ」
レゼナは寛大にもそう叫ぶが、アリシャは貰えるものが大量にあることを知っていた。どんなに気をつけていても果実の収穫には傷ものが出てしまう。半分かそれ以上傷ものの可能すらあるのだ。
「レゼナさん、それはダメです。お支払いしますから!」
えーと渋るレゼナの横から、手を止めたドクが二人の会話に加わった。
「そうだぞ、レゼナ。どの村人にも公平に売買しなきゃならん。よし、傷ものなんかを全部で百銅貨でどうだ?」
てのひらサイズのベリーパイが十銅貨になる。十個で元が取れる計算だ。しかし、予想ではパイにしたら千個は余裕で作れるだろう。
「五百銅貨。いえ、八百お支払いします!」
レゼナは「五百よ。五百にしましょう」と、アリシャではなくドクを見て値段を決めた。これはドクに文句はないでしょうという意味だったらしい。
二人が納得してくれたので五百銅貨で途方もない量のリンゴと洋ナシを手に入れることになった。これから暖炉代を払わなければならないアリシャにとって、かなり有り難いものだが、全部加工することを考えると目眩がした。
とにかく傷ものと完熟しているものを選別して、カゴに入れていく。後から来たエドが山になったものを一つ抱えて、次は荷車を引いたスリを連れてくると言うので快諾した。斜面を下りていくエドを見送ると、自分用のだけを手前に取り出し始めた。
「凄い量ね、アリシャ。何を作るの?」
新たな山を築きながらリアナが聞いてきた。
「パイでしょ。ジャムでしょ。コンポートも作るわ」
「楽しみ! レゼナさんは残ったものの半分は食料庫に入れて、あとはリンゴ酒にするんだって」
そこにやはり山を大きくしにきたユーリが加わる。
「リンゴ酒って何が美味いんだろ? 苦くて喉がクワーって焼けたみたいになるじゃないか」
リアナはユーリに「あらぁお子様ね。リンゴ酒は美味しいのよ?」と勝ち誇ってみせる。
アリシャはリアナがリンゴ酒を口にして、酷い顔をしていたのを見たことがあったので笑いを噛み殺した。ちょっと背伸びしたい時がアリシャにもあったことを思い出したりもしていた。
「いいから、いいから。手を休めていたら日が暮れちゃうでしょ。お賃金を頂いているんだから働いて働いて」
二人は小競り合いをしながら作業に戻っていった。アリシャも気が遠くなるような選別をして、気持ちが萎える保存作業をしなければならない。
持ち帰った果実は全て洗って、痛んだ部分と芯を取り除いていく。そこから煮込んだりするのだから一日では到底おわらない。それなのに、アリシャの受け持ったリンゴたちは刻々と痛んでいくのだ。
(まずはジャム。次に大きめに切ったコンポート。次にパイね)
しばらくすると一度荷を置きに行ってくれたエドが、荷車をつけたスリとアヴリルを連れて斜面を上がってきた。
「アヴリル。どうしたの?」
身重のアヴリルが上がってきたのには理由があるのだと思って問うと、アヴリルは手伝いをすると言う。
「え! だって……大丈夫なの? ボリスは寝てた方がいいって──」
「ボリスは心配性なのよ。それにレゼナさんから少しは動いたほうが赤ちゃんの為になるって教えて貰ったの」
脚立の上から「そうよー。走ったり転んだりしなければ動いていた方がいいのよ」と、レゼナが叫ぶ。
「選別ならそんなに動かないしやれるわ。是非やらせて。そうしたらアリシャは料理に進めるじゃない?」
それはそうなのだが、ボリス程ではないがアリシャも心配性なのかもしれない。手伝ってもらって何かあったらと思うと気が気でない。
悩んでいると荷台にリンゴを積んでいたエドが「やらしてやれよ。可哀想だろ」と口を挟んできた。
まるで意地悪をしてやらせてあげてないみたいな言い方にアリシャはムッとした。
「もちろん、出来るなら……って、本当に大丈夫? 私は出産の経験がないからわからないけど、アヴリルが平気なら喜んでやってもらいたいわ」
苛立ちからツンケン言ってしまったのを途中から恥じて、態度を軟化させた。すると、アヴリルの表情が晴れ渡って「嬉しい、やらせて!」と元気に答えた。
それならと、アリシャはどんな基準でリンゴと洋ナシを選んでいたのかアヴリルに伝えた。アヴリルが直ぐに要領を飲み込み、引き受けてくれたお陰でアリシャはスリの荷台に荷物を積み終えたエドと共に斜面を下りていくことになった。
「良かったろ? アヴリルに頼んで」
麦畑の間を歩き始めると、開口一番エドがそう言い放った。それがまたアリシャの癇に障る。
「私だって頼めるなら頼むわ。アヴリルの事が心配だったから迷ったのよ!」
「ほんとか? 嘘くせえ」
「意味分かんない! なんで嘘くさいになるの? エドだってよくわかんないくせに」
地団駄を踏みたくなるのを我慢したが、思わず荷台を叩いてしまってビリビリと腕が痺れた。もちろんスリも驚いて振り返るし、散々だ。
それにしても真っ赤なリンゴも、下膨れした愉快な形の洋ナシもそれはそれは凄い量だった。どちらも摘み取られた分だけでも山になっている。それでも木々にはまだまだたわわに実がぶら下がっていた。
「アリシャー! 待っていたわ。そっちの山から完熟して日持ちしないものと、虫食いとか傷ものを選別してちょうだい。全部あげるわ」
レゼナは寛大にもそう叫ぶが、アリシャは貰えるものが大量にあることを知っていた。どんなに気をつけていても果実の収穫には傷ものが出てしまう。半分かそれ以上傷ものの可能すらあるのだ。
「レゼナさん、それはダメです。お支払いしますから!」
えーと渋るレゼナの横から、手を止めたドクが二人の会話に加わった。
「そうだぞ、レゼナ。どの村人にも公平に売買しなきゃならん。よし、傷ものなんかを全部で百銅貨でどうだ?」
てのひらサイズのベリーパイが十銅貨になる。十個で元が取れる計算だ。しかし、予想ではパイにしたら千個は余裕で作れるだろう。
「五百銅貨。いえ、八百お支払いします!」
レゼナは「五百よ。五百にしましょう」と、アリシャではなくドクを見て値段を決めた。これはドクに文句はないでしょうという意味だったらしい。
二人が納得してくれたので五百銅貨で途方もない量のリンゴと洋ナシを手に入れることになった。これから暖炉代を払わなければならないアリシャにとって、かなり有り難いものだが、全部加工することを考えると目眩がした。
とにかく傷ものと完熟しているものを選別して、カゴに入れていく。後から来たエドが山になったものを一つ抱えて、次は荷車を引いたスリを連れてくると言うので快諾した。斜面を下りていくエドを見送ると、自分用のだけを手前に取り出し始めた。
「凄い量ね、アリシャ。何を作るの?」
新たな山を築きながらリアナが聞いてきた。
「パイでしょ。ジャムでしょ。コンポートも作るわ」
「楽しみ! レゼナさんは残ったものの半分は食料庫に入れて、あとはリンゴ酒にするんだって」
そこにやはり山を大きくしにきたユーリが加わる。
「リンゴ酒って何が美味いんだろ? 苦くて喉がクワーって焼けたみたいになるじゃないか」
リアナはユーリに「あらぁお子様ね。リンゴ酒は美味しいのよ?」と勝ち誇ってみせる。
アリシャはリアナがリンゴ酒を口にして、酷い顔をしていたのを見たことがあったので笑いを噛み殺した。ちょっと背伸びしたい時がアリシャにもあったことを思い出したりもしていた。
「いいから、いいから。手を休めていたら日が暮れちゃうでしょ。お賃金を頂いているんだから働いて働いて」
二人は小競り合いをしながら作業に戻っていった。アリシャも気が遠くなるような選別をして、気持ちが萎える保存作業をしなければならない。
持ち帰った果実は全て洗って、痛んだ部分と芯を取り除いていく。そこから煮込んだりするのだから一日では到底おわらない。それなのに、アリシャの受け持ったリンゴたちは刻々と痛んでいくのだ。
(まずはジャム。次に大きめに切ったコンポート。次にパイね)
しばらくすると一度荷を置きに行ってくれたエドが、荷車をつけたスリとアヴリルを連れて斜面を上がってきた。
「アヴリル。どうしたの?」
身重のアヴリルが上がってきたのには理由があるのだと思って問うと、アヴリルは手伝いをすると言う。
「え! だって……大丈夫なの? ボリスは寝てた方がいいって──」
「ボリスは心配性なのよ。それにレゼナさんから少しは動いたほうが赤ちゃんの為になるって教えて貰ったの」
脚立の上から「そうよー。走ったり転んだりしなければ動いていた方がいいのよ」と、レゼナが叫ぶ。
「選別ならそんなに動かないしやれるわ。是非やらせて。そうしたらアリシャは料理に進めるじゃない?」
それはそうなのだが、ボリス程ではないがアリシャも心配性なのかもしれない。手伝ってもらって何かあったらと思うと気が気でない。
悩んでいると荷台にリンゴを積んでいたエドが「やらしてやれよ。可哀想だろ」と口を挟んできた。
まるで意地悪をしてやらせてあげてないみたいな言い方にアリシャはムッとした。
「もちろん、出来るなら……って、本当に大丈夫? 私は出産の経験がないからわからないけど、アヴリルが平気なら喜んでやってもらいたいわ」
苛立ちからツンケン言ってしまったのを途中から恥じて、態度を軟化させた。すると、アヴリルの表情が晴れ渡って「嬉しい、やらせて!」と元気に答えた。
それならと、アリシャはどんな基準でリンゴと洋ナシを選んでいたのかアヴリルに伝えた。アヴリルが直ぐに要領を飲み込み、引き受けてくれたお陰でアリシャはスリの荷台に荷物を積み終えたエドと共に斜面を下りていくことになった。
「良かったろ? アヴリルに頼んで」
麦畑の間を歩き始めると、開口一番エドがそう言い放った。それがまたアリシャの癇に障る。
「私だって頼めるなら頼むわ。アヴリルの事が心配だったから迷ったのよ!」
「ほんとか? 嘘くせえ」
「意味分かんない! なんで嘘くさいになるの? エドだってよくわかんないくせに」
地団駄を踏みたくなるのを我慢したが、思わず荷台を叩いてしまってビリビリと腕が痺れた。もちろんスリも驚いて振り返るし、散々だ。
10
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯
赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。
濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。
そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――?
※恋愛要素は中盤以降になります。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる