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トロリ秋の恵みのカルツォーネ
トロリ秋の恵みのカルツォーネ5
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このままアリシャがスリに乗ってしまえば、ジョゼフにどこかに連れて行かれるかもしれない。しかし、アリシャが振り落とされてしまえば、スリは連れ去られてしまう。
「防御の主がここにいることを報告して金を貰おうと思ったが、連れていけばいいだけだ! さぁ、イライザ様の元へ行くぞ」
アリシャは嬉々として叫ぶジョゼフが心底恐ろしく感じて、スリ云々よりもとにかく腕を離してほしかった。
右手で手綱を持ったまま左手を伸ばしアリシャを掴まえているジョゼフは不安定そのものなのに、両脚でスリにしがみついている。スリは暴れ、ジョゼフもアリシャもそれに振り回されていた。
「離し……て!」
アリシャは右腕の掴まれているところを左手で引っ掻こうとしていた。その時、ヒュンと風を切る音に続き鈍く何かが潰れたような音がした。するとジョゼフの手が手綱から離され、同時にアリシャを掴んでいた手も緩み、アリシャは地面に投げ出された。
何もかも一瞬の事なのに、アリシャには時が止まったように感じた。崩れ落ちるジョゼフ、驚き嘶くスリは前脚を掲げる。自然の摂理のまま、その脚はアリシャの身体の上に落ちて来ようとしていた。
(ああ、防御よ、助けて!)
祈りを捧げながらアリシャは初めて強い意志で防御の力を出そうとしていた。
スリの蹄鉄が自分の身体に落ちてくるのを見ていられず、目を固く閉じた。すると胸の辺りを圧迫する空気を感じたが、それは全く痛みがなかった。風の強い日に背を押された感覚に近い。
目を開けるとスリの蹄鉄が一度遠ざかって地面に着地する。その横に目を見開いたまま微動だにしないジョゼフが横たわっていた。その頭に矢が刺さっている。
「キャアアア!」
「アリシャ!」
恐ろしい光景にパニックを起こしそうだった。もしも、エドが呼び掛けてくれなかったら……アリシャはその場で嘔吐するか気を失っていただろう。エドの声はアリシャの気持ちを引き付け、ジョゼフの顔から視線をはずさせた。
「エド……」
顔を上げると森の方からエドやナジの息子たちが駆けてくる。
「そこから離れろ! まだスリが興奮してるぞ!」
「エド、俺がスリを」
走りながらルクがエドに伝えていた。アリシャも機敏には動けないながらも這いつくばりながら立ち上がった。
「アリシャ来い!」
震える足がなかなか言うことを聞いてくれないが、それでも叫んでくれているエドの元へと進んでいく。
ルクは弟のユーリに気をつけろと忠告しつつ、ココを落ち着かせるように言い聞かせている。
(しっかり……しなければ。私だけ取り乱していたらダメ……)
小さなユーリすらココを落ち着かせる役目を与えられ向かってきているのに、アリシャだけ何も出来ないなんて情けない話はない。
アリシャは立ち止まって大きく息を吸い込んだ。既に背を向けてしまっていたスリやココの方に体を戻し、もう一度深呼吸をした。
(スリが暴れるのは直ぐには止められない。ココに防御を張れば二匹とも怪我をせずにすむ)
アリシャはエドと一緒に訓練した柔らかな力を出すことに集中する。さっきも自分の身を守るために出せたのだから、次も必ず出せると言い聞かせる。
(来た! 身体の中の血液が泡立つような感覚)
興奮して鳴いているココに向けて、手を差し出すと確かに何かがアリシャの体外へと出て行った。
(ココを包む。そうよ。ココを布で包むように……)
「兄さん見て! ココが鳥みたいに浮いてる!」
ユーリの言葉を耳にし、集中してぼやけていた世界が鮮明になっていく。
「アリシャ」
直ぐ横まで来ていたエドがアリシャを後ろから抱き寄せ、差し出されたアリシャの手を、果敢にスリへと向かっていくルクに差し出させた。
「いいか、同時にもう一つ出すんだ。ルクを防御で守ってやれ。お前なら出来る。さぁ」
手綱を掴もうとスリの動きを避けながらタイミングを図るルクにココにしたように力を放出する。
ルクの伸ばした手に手綱が届きそうになるが、何かに阻まれ手綱を掴むことぎできない。
「ルク、水を掴むようにそれごと掴め!」
エドの声にルクがもう一度挑戦し、その何かと一緒に手綱を掴むことが出来た。
「スリ、捕まえた! さぁ落ち着いて。大丈夫だよ。向こうに行こう」
前脚を上げようとするスリの手綱を引いて、その場から引き離していく。
「エド、俺はスリを落ち着かせて家畜小屋に入れてくるよ!」
大声で言うと「頼んだ」とエドが応える。スリは首を振るものの一歩進むごとに乱れた足並みが整い始めていた。
「防御を解けるか?」
エドの落ち着いた声が耳元でしていた。アリシャは広げていた手を見つめてから、静かに手を下ろす。体の中を沸かせていたものもどこか散り散りになっていく。
「よし、出来たな」
体を離すとエドはユーリに声をかけていた。
アリシャは地面に横たわるかつてジョゼフだったものを見下ろしていた。骸を恐ろしく感じた波は去ったが、いいようのないドス黒い感情に包まれていた。
(この人の死を悼む気持ちが出てこない……私の大切なスリを盗もうとしたのだから)
ユーリと話を終えたエドがアリシャの横に並んだ。
「今、誰か男手を呼んできて貰った」
「……エドが矢を射ったのね」
「ああ、謝る気はない。コイツにもお前にも」
アリシャは横にいるエドを見て「私は……酷い人間だから、ジョゼフの死を悲しんでないの」と伝えた。
「防御の主がここにいることを報告して金を貰おうと思ったが、連れていけばいいだけだ! さぁ、イライザ様の元へ行くぞ」
アリシャは嬉々として叫ぶジョゼフが心底恐ろしく感じて、スリ云々よりもとにかく腕を離してほしかった。
右手で手綱を持ったまま左手を伸ばしアリシャを掴まえているジョゼフは不安定そのものなのに、両脚でスリにしがみついている。スリは暴れ、ジョゼフもアリシャもそれに振り回されていた。
「離し……て!」
アリシャは右腕の掴まれているところを左手で引っ掻こうとしていた。その時、ヒュンと風を切る音に続き鈍く何かが潰れたような音がした。するとジョゼフの手が手綱から離され、同時にアリシャを掴んでいた手も緩み、アリシャは地面に投げ出された。
何もかも一瞬の事なのに、アリシャには時が止まったように感じた。崩れ落ちるジョゼフ、驚き嘶くスリは前脚を掲げる。自然の摂理のまま、その脚はアリシャの身体の上に落ちて来ようとしていた。
(ああ、防御よ、助けて!)
祈りを捧げながらアリシャは初めて強い意志で防御の力を出そうとしていた。
スリの蹄鉄が自分の身体に落ちてくるのを見ていられず、目を固く閉じた。すると胸の辺りを圧迫する空気を感じたが、それは全く痛みがなかった。風の強い日に背を押された感覚に近い。
目を開けるとスリの蹄鉄が一度遠ざかって地面に着地する。その横に目を見開いたまま微動だにしないジョゼフが横たわっていた。その頭に矢が刺さっている。
「キャアアア!」
「アリシャ!」
恐ろしい光景にパニックを起こしそうだった。もしも、エドが呼び掛けてくれなかったら……アリシャはその場で嘔吐するか気を失っていただろう。エドの声はアリシャの気持ちを引き付け、ジョゼフの顔から視線をはずさせた。
「エド……」
顔を上げると森の方からエドやナジの息子たちが駆けてくる。
「そこから離れろ! まだスリが興奮してるぞ!」
「エド、俺がスリを」
走りながらルクがエドに伝えていた。アリシャも機敏には動けないながらも這いつくばりながら立ち上がった。
「アリシャ来い!」
震える足がなかなか言うことを聞いてくれないが、それでも叫んでくれているエドの元へと進んでいく。
ルクは弟のユーリに気をつけろと忠告しつつ、ココを落ち着かせるように言い聞かせている。
(しっかり……しなければ。私だけ取り乱していたらダメ……)
小さなユーリすらココを落ち着かせる役目を与えられ向かってきているのに、アリシャだけ何も出来ないなんて情けない話はない。
アリシャは立ち止まって大きく息を吸い込んだ。既に背を向けてしまっていたスリやココの方に体を戻し、もう一度深呼吸をした。
(スリが暴れるのは直ぐには止められない。ココに防御を張れば二匹とも怪我をせずにすむ)
アリシャはエドと一緒に訓練した柔らかな力を出すことに集中する。さっきも自分の身を守るために出せたのだから、次も必ず出せると言い聞かせる。
(来た! 身体の中の血液が泡立つような感覚)
興奮して鳴いているココに向けて、手を差し出すと確かに何かがアリシャの体外へと出て行った。
(ココを包む。そうよ。ココを布で包むように……)
「兄さん見て! ココが鳥みたいに浮いてる!」
ユーリの言葉を耳にし、集中してぼやけていた世界が鮮明になっていく。
「アリシャ」
直ぐ横まで来ていたエドがアリシャを後ろから抱き寄せ、差し出されたアリシャの手を、果敢にスリへと向かっていくルクに差し出させた。
「いいか、同時にもう一つ出すんだ。ルクを防御で守ってやれ。お前なら出来る。さぁ」
手綱を掴もうとスリの動きを避けながらタイミングを図るルクにココにしたように力を放出する。
ルクの伸ばした手に手綱が届きそうになるが、何かに阻まれ手綱を掴むことぎできない。
「ルク、水を掴むようにそれごと掴め!」
エドの声にルクがもう一度挑戦し、その何かと一緒に手綱を掴むことが出来た。
「スリ、捕まえた! さぁ落ち着いて。大丈夫だよ。向こうに行こう」
前脚を上げようとするスリの手綱を引いて、その場から引き離していく。
「エド、俺はスリを落ち着かせて家畜小屋に入れてくるよ!」
大声で言うと「頼んだ」とエドが応える。スリは首を振るものの一歩進むごとに乱れた足並みが整い始めていた。
「防御を解けるか?」
エドの落ち着いた声が耳元でしていた。アリシャは広げていた手を見つめてから、静かに手を下ろす。体の中を沸かせていたものもどこか散り散りになっていく。
「よし、出来たな」
体を離すとエドはユーリに声をかけていた。
アリシャは地面に横たわるかつてジョゼフだったものを見下ろしていた。骸を恐ろしく感じた波は去ったが、いいようのないドス黒い感情に包まれていた。
(この人の死を悼む気持ちが出てこない……私の大切なスリを盗もうとしたのだから)
ユーリと話を終えたエドがアリシャの横に並んだ。
「今、誰か男手を呼んできて貰った」
「……エドが矢を射ったのね」
「ああ、謝る気はない。コイツにもお前にも」
アリシャは横にいるエドを見て「私は……酷い人間だから、ジョゼフの死を悲しんでないの」と伝えた。
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