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トリの柔らか煮込み
トリの柔らか煮込み2
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翌日、日の昇らぬうちにアリシャとエドは狩りに出発した。
真夜中に焼いたパンは贅沢にアーモンドミルクを使って作った。あとは塩漬けの魚や肉を皆に食べて貰う予定だったので、せめてパンだけはと力を入れたのだ。アーモンドを水に長時間浸して作るアーモンドミルク。アーモンドを使うというだけで超贅沢品だ。これで作るパンはアーモンドの甘みと香りがする至高の品なのだ。
パンを焼き上げた頃にエドが迎えに来たので、二人はホカホカのパンを持って村を出た。
二人でスリに乗るものだと思っていたら、エドは乗らないという。一人で乗っているのもなんだかおかしい気持ちになり結局アリシャもスリから下りて歩くことにした。
「なんで乗らないの?」
「動物の糞とか獣道とか見逃さない為だ。昨日も言ったけど大物は狙わないからな。歩かなきゃ見えねぇだろ」
ガラガラとスリの引く荷車が音を立てる。荷車に乗せたカゴが時折ピョンと跳ね上がったりした。カゴの他にも数本の槍や水筒や野営用の布が乗っている。弓だけはエドが担いていた。
村の横を流れている川に沿って、道が続いている。並びは、川があり葦の生える川岸、次に道があって森がある。森側を歩いていけば木陰になっていて、朝の時間帯も手伝ってヒンヤリとしていた。
朝日が昇り水面が輝き出すと、時折水紋ができているのが目にとまる。
アリシャは思わず指し「魚!」と、騒いだがエドは素っ気なくそうだなと返すのみ。ふくれっ面になっていたら、エドがチラリとアリシャを見た。
「なんだよ。なに怒ってるんだよ」
「だってー、つまんないじゃない。私だけ楽しいなんてつまらないわ」
「んなこと言われても魚なんて珍しくないだろ……あ! 魚!」
「え? どこ? どこ?」
川をキョロキョロ見回すが見当たらない。
「いないけどな。付き合ってやっただけー」
からかわれて腹が立ち、エドの二の腕を引っ叩いてやった。弓を引くだけあってエドの肩周りはやたらと逞しい。
「痛くねぇけどな? どうせやるなら気合いいれてやれよ」
癪に障る。煽ってくるエドからプイッと顔を反らしてズンズン歩いていく。本当は叩いたアリシャの方が痛かった。岩を叩いたときみたいにビリビリとしていた。
道中、ウサギや狐を何度も見かけたが、エドはそれらには興味を示さなかった。このあたりの小さな動物はわざわざ狩りに来なくても村周辺で捕まるからいいらしい。
「一人なら鹿だな」
「一頭?」
「荷車があるから二頭はいけるな。狼が居たらそれも狩っておきたい、危険だし」
ジャンを襲ったのは狼だったらしい。狼は危険だ。群れで狩りをするし気性が荒い。
アリシャはスリの身体を撫でながら森に視線を這わせていく。薄暗くはあるが小鳥が囀り長閑な雰囲気だ。キノコが生えていたりベリーの茂みがあったり、悪魔が棲むと言われるほど怖いとは感じない。
「ボリスも帰るときはこの道を行ったわよね」
「ああ、この先で東と西に道が分かれるから、そこを西に進む。家に着くまで三日かなぁ」
遠いのねと呟くと近い方だろと返ってきた。
「お前は? どれくらいスリに乗ってきたんだ?」
話の流れで聞いてきたのだろう。しかしエドに問われるまで全く考えたこともなかった。不思議なことにあの日の事を考えようとしても集中できないのだ。だから、どこをどうやって、どのくらいかけて来たのかなどは思い出そうともしてこなかった。
「……正直、わからない。村が燃えているのを見たあたりから断片的な記憶しかなくて。あの日のことを思い出そうとすると私の中に何かが垂れ込めると言うか……」
今も村の周辺にある見覚えのある道を思い出したように感じたが、そこに白いリネンが掛かったみたいになって景色があやふやになっていった。
「スリの疲労を考えればかなり移動したんだろうな。レオさんの予想だとそれこそ馬で三日は移動してきたんじゃないかって」
「三日……」
改めてスリの身体を擦り、そっとキスをした。
「スリ、ありがとう。来春は私も人参を植えてスリにたくさんあげるからね」
「それにしても、全く意識のない人間が振り落とされずに馬の背にいられるもんかなぁ。途中まで誰か一緒だったとかないのか?」
「え……」
記憶の断片をなんとか手繰り寄せようとしても、とにかく何かが邪魔をして届かないような感覚があり、困惑する。
時々浮かぶのはスリの鬣とか、星の浮かんだ寂しい夜とか、なんの情報も得られないものばかりだ。
「確かに……気を失っていたのなら体勢を崩して落下しててもおかしくないわよね」
それはゾッとすることだ。馬上から落ちて無傷でいられる人などほとんどいないのだから。まして気を失っていたら受け身もとれないし、骨折どころか命の危険もあっただろう。
「ま、なんにせよ無事だったんだし良かったんじゃねぇの?」
突き放した言い方に怒りよりショックを受けて「そんな言い方ないわ」と小声で呟いた。
「俺はてっきり死んでんだと思ったんだよ。脱力しきって馬に揺られてるし、声かけても反応しないし。馬から下ろしてからやっと……」
そこでなぜだかエドは言葉を切り、眉間に皺を寄せた。
「なに? 急にどうしたの?」
気になって声を掛けるとエドは「ん、いやちょっとな。まぁ馬から下ろしたら生きてるってわかったって話だよ」と、何故か歯切れが悪かった。
真夜中に焼いたパンは贅沢にアーモンドミルクを使って作った。あとは塩漬けの魚や肉を皆に食べて貰う予定だったので、せめてパンだけはと力を入れたのだ。アーモンドを水に長時間浸して作るアーモンドミルク。アーモンドを使うというだけで超贅沢品だ。これで作るパンはアーモンドの甘みと香りがする至高の品なのだ。
パンを焼き上げた頃にエドが迎えに来たので、二人はホカホカのパンを持って村を出た。
二人でスリに乗るものだと思っていたら、エドは乗らないという。一人で乗っているのもなんだかおかしい気持ちになり結局アリシャもスリから下りて歩くことにした。
「なんで乗らないの?」
「動物の糞とか獣道とか見逃さない為だ。昨日も言ったけど大物は狙わないからな。歩かなきゃ見えねぇだろ」
ガラガラとスリの引く荷車が音を立てる。荷車に乗せたカゴが時折ピョンと跳ね上がったりした。カゴの他にも数本の槍や水筒や野営用の布が乗っている。弓だけはエドが担いていた。
村の横を流れている川に沿って、道が続いている。並びは、川があり葦の生える川岸、次に道があって森がある。森側を歩いていけば木陰になっていて、朝の時間帯も手伝ってヒンヤリとしていた。
朝日が昇り水面が輝き出すと、時折水紋ができているのが目にとまる。
アリシャは思わず指し「魚!」と、騒いだがエドは素っ気なくそうだなと返すのみ。ふくれっ面になっていたら、エドがチラリとアリシャを見た。
「なんだよ。なに怒ってるんだよ」
「だってー、つまんないじゃない。私だけ楽しいなんてつまらないわ」
「んなこと言われても魚なんて珍しくないだろ……あ! 魚!」
「え? どこ? どこ?」
川をキョロキョロ見回すが見当たらない。
「いないけどな。付き合ってやっただけー」
からかわれて腹が立ち、エドの二の腕を引っ叩いてやった。弓を引くだけあってエドの肩周りはやたらと逞しい。
「痛くねぇけどな? どうせやるなら気合いいれてやれよ」
癪に障る。煽ってくるエドからプイッと顔を反らしてズンズン歩いていく。本当は叩いたアリシャの方が痛かった。岩を叩いたときみたいにビリビリとしていた。
道中、ウサギや狐を何度も見かけたが、エドはそれらには興味を示さなかった。このあたりの小さな動物はわざわざ狩りに来なくても村周辺で捕まるからいいらしい。
「一人なら鹿だな」
「一頭?」
「荷車があるから二頭はいけるな。狼が居たらそれも狩っておきたい、危険だし」
ジャンを襲ったのは狼だったらしい。狼は危険だ。群れで狩りをするし気性が荒い。
アリシャはスリの身体を撫でながら森に視線を這わせていく。薄暗くはあるが小鳥が囀り長閑な雰囲気だ。キノコが生えていたりベリーの茂みがあったり、悪魔が棲むと言われるほど怖いとは感じない。
「ボリスも帰るときはこの道を行ったわよね」
「ああ、この先で東と西に道が分かれるから、そこを西に進む。家に着くまで三日かなぁ」
遠いのねと呟くと近い方だろと返ってきた。
「お前は? どれくらいスリに乗ってきたんだ?」
話の流れで聞いてきたのだろう。しかしエドに問われるまで全く考えたこともなかった。不思議なことにあの日の事を考えようとしても集中できないのだ。だから、どこをどうやって、どのくらいかけて来たのかなどは思い出そうともしてこなかった。
「……正直、わからない。村が燃えているのを見たあたりから断片的な記憶しかなくて。あの日のことを思い出そうとすると私の中に何かが垂れ込めると言うか……」
今も村の周辺にある見覚えのある道を思い出したように感じたが、そこに白いリネンが掛かったみたいになって景色があやふやになっていった。
「スリの疲労を考えればかなり移動したんだろうな。レオさんの予想だとそれこそ馬で三日は移動してきたんじゃないかって」
「三日……」
改めてスリの身体を擦り、そっとキスをした。
「スリ、ありがとう。来春は私も人参を植えてスリにたくさんあげるからね」
「それにしても、全く意識のない人間が振り落とされずに馬の背にいられるもんかなぁ。途中まで誰か一緒だったとかないのか?」
「え……」
記憶の断片をなんとか手繰り寄せようとしても、とにかく何かが邪魔をして届かないような感覚があり、困惑する。
時々浮かぶのはスリの鬣とか、星の浮かんだ寂しい夜とか、なんの情報も得られないものばかりだ。
「確かに……気を失っていたのなら体勢を崩して落下しててもおかしくないわよね」
それはゾッとすることだ。馬上から落ちて無傷でいられる人などほとんどいないのだから。まして気を失っていたら受け身もとれないし、骨折どころか命の危険もあっただろう。
「ま、なんにせよ無事だったんだし良かったんじゃねぇの?」
突き放した言い方に怒りよりショックを受けて「そんな言い方ないわ」と小声で呟いた。
「俺はてっきり死んでんだと思ったんだよ。脱力しきって馬に揺られてるし、声かけても反応しないし。馬から下ろしてからやっと……」
そこでなぜだかエドは言葉を切り、眉間に皺を寄せた。
「なに? 急にどうしたの?」
気になって声を掛けるとエドは「ん、いやちょっとな。まぁ馬から下ろしたら生きてるってわかったって話だよ」と、何故か歯切れが悪かった。
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