上 下
22 / 131
川エビたっぷりのとろけるキッシュ

川エビたっぷりのとろけるキッシュ2

しおりを挟む
 大量のエビは干しエビくらいなもので、これほど生きの良いのを一度に見たことがないから楽しかった。捕まえても捕まえても飛び出てくるエビたちに楽しさを通り越して忌々しさを感じ始めた頃、ボリスは葦を抱えて戻ってきた。

「ほら、そこに一匹飛んでるやつが居るよ」

「わかってるわ。捕っても捕っても出てきてしまうんだもの」

 藁を桶に乗せたボリスも飛び出たエビを拾って桶に戻していく。

「水車も直したいけど時間がないからなぁ」

 レゼナの話していた内容を思い出して、アリシャは思い切って提案してみることにした。

「もし、心に決めた人が居るなら……その人とここに住むのはどうかしら?」

 レオもボリスの大工仕事の腕を高く評価しているし、それがいいと考えたのだ。村に人が増えることも大歓迎だった。

 ボリスは横目でチラリとアリシャを見た。光を受けるとその若草色の瞳はエメラルドのようだ。

「カマをかけてる?」

「へ?」

「俺に女が居るかどうか探ってるだろ、それ」

 思わずエビを包んでいた手を広げていまい、手の中からエビが跳ねて地面に落下した。

「違います、違います。ほんと、違います。違いますよ? 信じてないでしょう! 違うってば」

 アリシャの落としたエビを捕まえたボリスが口元に笑みを残したまま「そうなんだ」と暴れるエビを戻した。

「ま、そんな人が現れたら最高だけどな。この村みたいに平和であれば所帯を持つのも悪くないだろうし」

 動揺すると顔が赤くなる質であることはアリシャも最近自覚しているが、こうも年がら年中なっているとそのうち変なあだ名をつけられそうだ。アリシャは掌でパタパタと顔に風を送り、頬を冷まそうとした。

「それよりさ、エビって茹だると赤くなるだろ?」

「そうね」

「アリシャも熱されると暗闇でも赤く──」

 最後まで言わさずアリシャはボリスを力いっぱい押してやった。ボリスは髪を揺らしながら「悪い悪い、赤いのって可愛いからからかいたくなるんだって」と押されたことは怒らずにただひたすらに可笑しそうだ。

「でもさ、あからさまに経験ありませんってのもって、押すな押すな。エビが落ちる」

 本当は一緒に運ぶつもりだったが、アリシャはプイッと背を向けて走り出した。

「おい、一人で運ばせる気か?」

 大声で呼びかけられても止まらない。

「知らないわ! ボリスなんて」

 振り向きざまに駆け出して、大きい石に足を取られてよろめくと「転ぶなよ? 抱き上げられて運ばれなきゃならないぞー」と、ボリスの楽しそうな声。

「意地でも転ばないわ!」

 ボリスに抱かれて運ばれるなんて考えただけで困りものだ。エビより赤く茹だるに決まっている。あの若草色の瞳はレゼナが言っていたように罪深い色なのだから。

 ボリスを置いて宿屋につくと、エドが板を運んできていた。アリシャの部屋を作る為に板を大広間に移動させている。先日やっと出来上がった大きなテーブルは板のせいで端に寄せられていた。

「アリシャ、どうした? 顔が赤いぞ?」

「どうしてもないわ! もぉ、ボリスって一体何者なのよ」

 担いていた長い板を置くと、その手で甘えに寄ってきたココを撫でてやっている。

「親は棟梁だって話だけど? でもボリスは弓の名手なんだぜ。俺はボリスから狩りの仕方を教わっ──」

「そんなこと聞いてないの!」

「あ? じゃあ何が知りたいんだよ」

 真面目に返されるとぐうの音も出ない。別にボリスの事を知りたかったわけでもないのだから。

「ああ、なるほどな。わかった。ボリスは無自覚の女ったらしだ。お前如きがかなう相手じゃないな」

 遊ばれたんだろ? と、言われるとなんだかムカついた。

「違うわよ!」

「まぁ、本気になるだけ損って奴だ。気をつけろよな」

 なんだか知ったかぶりで言い放つから、ますますイラッとさせられた。

「ちなみにウィンも隣の村の女たちにモテモテだ。優しいのがいいんだとよー。気がしれないね」

 ここでアリシャはピンときた。言い返す好機をとらえたのだ。

「そういうこと。エドは二人に嫉妬してるのね」

「は?」

「モテないから」

 おもむろに立ち上がったエドがどんどん距離を縮めるから、アリシャはじわりじわりと後ずさる。

「な、なに?」

 アリシャの背中は石壁に行き止まりだと押し返された。それでも近付いてくるエドを見上げていたら、エドの腕がすっと伸びてきてアリシャの顔の横を通り過ぎて壁についた。

 エドの顔が近い。茶色の瞳にアリシャの姿を見たのも束の間、足元で唸り声がした。小さなココが初めて唸り声をあげたのだ。しかも懐いていたエドに敵意をあらわにしている。

「ああ……ココ、大丈夫よ」
 
 アリシャがココを抱き上げても尚、ココはエドに向けて歯を剥いた。

「勇敢だな、ココ」

 エドはアリシャから離れて肩を上げた。

「俺が口説くのは犬を飼ってない女にするよ。噛みつかれたら困る」

「あ……」

 背を向けようとしたエドにアリシャは思わず声を掛けていた。

「ごめんなさい」

「何が?」

「ココが唸り声をあげたから」

 エドは右の眉毛を器用に上げて、アリシャに返す。

「謝るとこじゃない。俺はココが間に入って来なければ……」

 そこまで言うと、なぜか「アホくさ」と言い捨てて、宿屋から出ていってしまった。

 アリシャの腕の中で落ち着きを取り戻したココを撫でて暫らくぼんやりとしていた。

「ココ、あなたはエドが好きだったじゃない……吠えちゃダメなのよ。だって、エドは私の──」

 ココを撫でる手が止まる。

(エドは私の……なに? 友達?)

 自問自答しながらバクバクと騒いでいる心臓を鎮めようと大きく息を吸った。

(エドは……エドは私にキスしようとした)

 友達だと思っていたからなのか、突拍子もない行動だったからなのか、ボリスに触れられたりするよりずっと心臓が止まるかと思った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

処理中です...