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最終話 『どっちも好き♡なままでいい⁉』
終
しおりを挟む俺に人生初の恋人が二人もできてしまった日の翌朝。
俺は案の定というか、予想通りというか……とにかく、ベッドから起き上がることができなかった。
理由は言うまでもなくセックス疲れ。
いつまで経ってもベッドから起き上がれない俺は、結局その日は学校を休むことになってしまった。
だけど、ベッドから起き上がれない理由が理由だから、父さんや宏美さんにはいつも通り仕事に行ってもらったし――もちろん、二人には風邪気味ということにした――、俺と一緒に学校を休み、俺の看病をしたがる雪音も学校に向かわせた。
俺がベッドから起き上がれないと知った頼斗も、学校そっちのけで家に来ようとしたけれど、そんな頼斗も学校に行くよう説得した。
午前中はひたすら寝て過ごしたおかげで、午後には身体も動かせるようになり、お昼は宏美さんが作ってくれていたお弁当を食べた。
まだ少し身体は怠くて重たかったけれど、本当なら学校にいるはずの時間にのんびり過ごす時間は、ちょっとだけ気分が良かったりもした。
思いがけない休日をまったり過ごした俺は、夕方になり、うちに顔を出した頼斗を見るなり――。
「ど……どうしたの⁉ その顔っ!」
まずは盛大に驚いてしまった。
というのも、昨日まではいつも通りだった頼斗の左頬が、今は真っ赤になって腫れ上がっているからだった。
(一体学校で何があったっていうの⁉)
どう考えても、ちょっとぶつけただけではない頼斗の左頬の腫れ具合に、俺は混乱すると同時におろおろと狼狽えてしまう。
腫れた左頬が痛いのか、頼斗の顔は不機嫌そうだった。
「ウケるでしょ? どうやら頼斗、今日学校で日高さんを怒らせたみたいでさ。それでそんな顔になってるわけ」
「え⁉」
頼斗はうちに一人で来たわけじゃなかった。おそらく、うちに来る途中で偶然雪音と一緒になったのだろう。うちに顔を出した頼斗は雪音と――そして、雪音がうちに連れて帰って来た伊織君と一緒だった。
雪音と頼斗が一緒に帰って来たことはもちろんだし、雪音が伊織君を連れて来たことにもびっくりした。
だけど、一番びっくりしたのは今雪音が言った一言だった。
「……………………」
日高さんを怒らせたってことは、頼斗の左頬が腫れている原因は日高さん……ってことだよね? そして、頼斗がそこまで日高さんを怒らせた理由と言ったら、俺に関係する何か……ってことになるよね?
(つまり、悪いのは俺……ってこと?)
どういう経緯で頼斗が日高さんを怒らせてしまったのかは知らないけれど、昨日俺と話をした時の日高さんは、俺と頼斗のことでかなりストレスを溜め込んでいる感じだった。
あのグループデート以降、頼斗も俺と同じで日高さんとは全然口を利いていなかったりもするんだけれど、今日俺が学校を休んでしまったせいで、日高さんが何かしらの罪悪感を抱いてしまい、頼斗に俺のことを尋ねてきたとしたら? そこで、頼斗が昨日のことを全部日高さんに話してしまったとしたら?
気の強い日高さんのことだから、俺達三人の結末に腹を立て、頼斗を思いきり引っ叩くくらいのことはしてしまいそうだよね。
「余計なこと言うなよ、雪音。言っとくけど、お前は全然悪くないからな、深雪。俺の言い方が不味くて日高が怒っただけだから。だから、お前が気に病む必要は何も無い」
頼斗が日高さんにぶたれたと知り、俺の顔がサーっと青褪めていく様子を見た頼斗がそう言ってくれたけど
「で……でも……」
俺はどうしても自分のせいだと思ってしまう。
だって、俺が絡んでいなければ、日高さんは頼斗が自分に対してどんなに失礼な発言をしたとしても、頼斗に手を上げるほど怒らないと思うもん。
「そうだよ、深雪。悪いのは女心がわからない頼斗のせい。深雪は全然悪くないし、全く気にしなくてもいいんだよ」
「雪音……」
多分、俺が明らかに罪の意識に苛まれている顔をしているから、雪音まで俺に気を遣ってくれたんだろうけど
(その場にいたわけでもない雪音にそう言われてもなぁ……)
という気持ちはある。
でも、俺を励ましてくれようとする雪音の気持ちは嬉しい。
「そんな顔しないの♡ 仮に頼斗が日高さんに引っ叩かれた原因が深雪にあったところで、それは嫉妬ってやつだから仕方が無いよ♡ 罪悪感を覚えるより、むしろ自分の彼氏が女の子にモテることを誇りに思いなよ♡」
「い……伊織君……」
でもって、伊織君はブレないというか、相変わらずな言い草だった。
まあ、どんなに雪音や頼斗に「深雪のせいじゃない」と言ってもらったところで、「俺のせいだよね……」と思ってしまう俺にとっては、伊織君の言い種の方が逆に気持ちが吹っ切れてくれるような気もするけれど。
「そんな事より深雪♡ カップル成立おめでと~♡」
「へ? ぅわっ……」
俺はまだ頼斗のことが心配だっていうのに、伊織君は「そんな事より」という言葉で片付けてしまうと、俺にガバッと抱き付いてきた。
「いい男二人も捕まえちゃうなんて、深雪もやるじゃん♡」
「え……えっとぉ……」
雪音にとっての伊織君は俺にとっての頼斗みたいなものだから、俺、頼斗、雪音の三人が、三角関係のまま恋人同士になった話は早速雪音から聞かせてもらったのだろう。
俺に「雪音と頼斗のどっちとも付き合えばいい」って最初に言ってくれたのは伊織君だから、俺達三人がこういう結末を迎えたことに、伊織君は心の底から喜んでくれているようだった。
俺も伊織君は俺の出した結論を祝福してくれるだろうと思っていた。
だけど
「良かったね♡ 三人一緒に幸せになれて♡」
実際にこうして言葉で祝福してもらうと、何だか胸にグッとくるものがあったりもして
「……うん。ありがとう、伊織君」
俺はちょっと視界を潤ませながら、伊織君に感謝の言葉を述べていた。
自分の幸せを祝ってもらえるのって嬉しいものなんだな。
俺達三人の恋が誰も傷つくことなく、三人で幸せになる形で終結してくれたのは伊織君のおかげだったりもする。
最初は本当に「とんでもない子が現れたっ!」と思ってしまった俺だけど、俺が笠原伊織という自分とは全く違う価値観や考え方を持つ少年と出逢い、その少年からのアドバイスを受けなかったら、俺達三人の今はこうなっていなかったと思う。
二人の人間を同時に好きになる選択をするどころか、未だに男を好きになる自分を認められず、雪音や頼斗とのあやふやな関係を続け、その事に疲弊していくだけの日々だったんじゃないかと思う。
だから、伊織君には本当に感謝しているし、伊織君の恋が上手くいった時は、俺も今の伊織君のように伊織君を祝福してあげたいと思う。
もちろん
「そういや、佐々木からも伝言預かってるぞ。〈とりあえず、おめでとう。良かったな。俺も頑張るわ〉だってさ」
伊織君と出逢う前の俺や、頼斗の良き相談相手になってくれた佐々木の恋も、俺は全力で応援してあげたいと思っている。
佐々木の好きな相手が誰なのか、俺はまだ知らないままだったりもするけれど。
そして、翼ちゃんや日高さんには改めて事の結末や、俺の気持ちをきちんと伝えようと思う。
理解してもらえないかもしれないし、今度は日高さんだけじゃなく翼ちゃんも怒らせてしまうことになるかもしれないけれど、自分が真剣に悩んで出した答えだから、二人にはちゃんと伝えておきたいし、それが俺なりのケジメのつけ方だと思っている。
きっと、頼斗も今日は日高さんに対して自分なりのケジメをつけようと思った結果、左頬がこんな状態になっているんだと思う。
これまで頼斗は日高さんの気持ちを知りながら、日高さんの気持ちには一切触れないままでいた。
別に告白されたわけじゃないから当然と言えば当然だけど、自分に恋人ができた以上、自分に好意を持っている日高さんを突き放そうとしたんじゃないかな。
その過程で日高さんを怒らせる発言をしてしまい、日高さんに左頬を思いきり引っ叩かれたんだと思う。
だから、今度は俺の番だ。俺もちゃんと二人に事の顛末を話して、二人にしっかり怒られようと思う。
不満や怒りは全部俺にぶつけてもらって、二人が次の恋に進めるように。
「でもまあ、何だかんだと僕達三人が上手くいっちゃったから、次は僕達の周りの人間が幸せになる番だよね」
伊織君がいつまでも俺に抱き付いたままだからか、雪音がそう言いながら俺から伊織君をやんわりと引き剥がした。
いくら大事な幼馴染みでも、自分の恋人にはあまりべたべたして欲しくないらしい。
「そうだな。期間的にはあっという間だった気もするけど、俺達がこうなるまでの間、佐々木や伊織には世話になったところもあるし。今度は俺達が二人の恋路を応援してやる番だよな」
雪音が俺から伊織君を引き剥がす姿を目で追いながら、頼斗も雪音の意見に同意した。
俺ももちろんその意見には賛成だけど、正直、俺達が佐々木や伊織君のために何ができるのかはわからなかった。
でも、俺達三人が佐々木と伊織君の二人に世話になったのは事実。何もできないかもしれないけれど、恩を仇で返すような真似だけはしたくないよね。
ほんの少しだけでもいいから、俺が佐々木や伊織君の力になってあげることができて、二人の恋も上手くいってくれれば、俺の毎日はもっと幸せになるような気がする。
「え~? ほんと~? じゃあ、僕も頑張っちゃおうかな~♡」
俺からやんわり引き剥がされてしまった伊織君は、その事に気が付いていないのか、雪音や頼斗の言葉に満更でもなさそうな顔だった。
雪音や頼斗に自分の恋を応援してもらえることも嬉しそうだったから
「俺も全力で応援するね」
俺もすかさず伊織君の恋を応援する宣言をしておいた。
「ありがと♡ 深雪♡」
俺からも応援してもらった伊織君はやっぱり嬉しそうで、人のことも自分のことも素直に喜べる伊織君は本当にいい子だと思った。
俺は最初、同時に二人の人間と肉体関係を持ってしまったことは大きな間違いで、〈誰も幸せになれない……〉という気持ちが強かった。
でも、佐々木や伊織君のアドバイスを受け、少しずつ自分の考え方が変わっていって、今は二人の人間を同時に好きになってしまったことに不安は無い。
むしろ、「どっちも好き」は全然ダメなことなんかじゃなくて、幸せが二倍になるとすら思っている。
誰も「好き」を手放さずに済んだことで幸せが二倍になるのであれば、今度はその幸せが周りの人間にも連鎖していけばいい……。
そんな風に思う俺だった。
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