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最終話 『どっちも好き♡なままでいい⁉』

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 俺が言ったことについて三人で話し合うということは、つまり、俺が雪音と頼斗の二人ともを好きだと言っていることについて話し合おう、ってことなんだろう。
 まあ、普通はそうなっちゃうよね。ライバル同士の二人からしてみれば、どちらか一人を選んで欲しいと思っているわけだし。俺も二人とそこについては話し合うべきだと思っている。
 だから、三人で話し合いをするのは全然いいんだけれど――。
(何で俺の部屋?)
 父さんと宏美さんはまだ仕事中だから、あのままリビングで話し合いを始めても良かったのに。雪音は何故か俺の部屋に場所を移すことにしてしまった。
 長い話になるだろうから、万が一父さんや宏美さんが帰って来た時に話を聞かれる、と思ったのだろうか。
 でも、ただ三人で話をしているだけなら、多少会話の内容を聞かれたところで怪しまれることもないと思う。
『三人で真剣な顔して何の話?』
 と聞かれても、言い訳なんていくらでも思い付きそうだし。
 もしかして、この手の話はいつも父さんや宏美さんの目を盗んで俺の部屋でしている雪音だから、今回も俺の部屋で話した方が気持ち的に落ち着くのかな?
「さて、と。確認だけど深雪。さっき言った深雪の〈好き〉は、恋愛的な意味での〈好き〉なんだよね?」
「う……うん。そうだけど……」
 早速本題に入る雪音。場所を変えたところで、雪音には真剣に話し合いをするつもりがあるみたいだから、この際、場所云々はもうどうでもいいか。
 今回はいつもと違って頼斗も一緒だし。話の流れでエッチな展開にもならないだろう。
 それに、昨日俺とセックスしたばかりの雪音は、たとえ話の途中でエッチな気分になったところで、今週はおとなしくしているしかないんだから。
「どっちの方が好きとか、どっちが本命っていうのはないの?」
「うん。どっちも好き。好きになった理由とか、惹かれている部分はそれぞれ違うけど、好きって気持ちは一緒……だよ」
「好きなところはそれぞれだけど、好きの度合いは一緒ってこと?」
「うん。そういう事」
 具体的な違いを説明しろと言われても、言葉で上手く説明できる自信はない。
 でも多分、最初から俺のことを恋愛対象としか見ていない雪音のことは、俺も恋愛的な部分で惹かれていって、元々俺とは幼馴染みかつ親友同士だった頼斗のことは、人間的な部分の〈好き〉が恋愛感情へと発展していったのだと思う。
 もっと細かく分析していったら「こういうところはこっちの方が好き」っていうのはあるだろうけど、総合的な〈好き〉の度合いはどちらも一緒だと思う。
 直感的なイメージだと、雪音は刺激、頼斗は安定、って感じかな。真逆だからこそ、どっちも欲しいと思ってしまうのかもしれない。
「ふむふむ。どうしていきなりそういう感情が開花しちゃったのかは知らないけど、つまり、昨日の今日で深雪は僕と頼斗のことが大好きになっちゃったわけだね」
「うぅ……まぁ……そういう事になっちゃう……かな」
「だってさ、頼斗。深雪は僕達のことが……って! 何で体育座りっ⁉ さっきからおとなしいと思ってたら何やってるの⁉」
 三人での話し合いを提案してきたのは雪音だから、この場をテキパキと仕切って話し合いを進めてくれるつもりみたいだったけれど、その一方で、頼斗の方はさっきからずっとおとなしかった。
 まずは俺と雪音の会話を聞き、自分はどういう発言をしようか考えているのかと思ったら、頼斗は膝を抱え、背中を丸くして座っていたからびっくりした。
「ら……頼斗……?」
 一体どうしたっていうんだろう。少し前までは普通だったよね? 何で急にこうなってるの?
「あ。もしかして、長年自分と一緒にいる深雪が、自分だけじゃなくて僕も選んだことがショックなのかも」
「え⁉」
 あ……あり得る。俺と頼斗、俺と雪音では、一緒に過ごしてきた時間が全然違う。
 元々頼斗は俺への独占欲が強いみたいだから、俺が長年連れ添ってきた頼斗と、ポッと出の雪音を同じように好きになってしまったことにショックを受けているのかもしれない。
 しかし
「そ……そうなの? 頼斗」
 俺がおろおろしながら頼斗の顔を心配そうに覗き込んでみると、腕の隙間から少し見える頼斗の顔は真っ赤だった。
(あれ? 何か照れてる……)
 俺の予想では、頼斗の顔はさっきの俺と大差ないくらいの酷い有り様になっていて、三人で話し合いを始める前に、まずは頼斗を慰めるところから始めなくちゃいけなくなるのかと思っていた。
 でも、どうやら頼斗はショックを受けているわけじゃないらしい。
「ちげーよ……」
 俺の部屋に入って来た時から一言も口を利いていなかった頼斗はポツリとそう呟くと
「深雪が俺のことを恋愛的な意味で好きって言ってくれたことが、嬉しくて死にそうなんだよ」
 と続けた。
「……………………」
 何それ。それでずっと無言のまま体育座りだったの? 落ち込んでいるわけじゃなくて、喜びを噛み締めていたってこと?
(可愛いんですけどっ!)
 喜怒哀楽の表現が下手過ぎると言ったら下手過ぎるけど、そこがまた頼斗らしいと言ったら頼斗らしい。
 俺より少し大きな身体を最小限に小さく丸めて喜んでいる頼斗の姿は、俺が思わず悶絶するほど可愛かった。
「頼斗……」
「何だよ」
「可愛いね」
「は⁉ 深雪に言われたくねーんだけどっ⁉」
「だってぇ……」
 雪音もそうだけど、何で二人は俺に「可愛い」って言われるのが嫌なんだろう。俺だって二人のことを可愛いと思うことだってあるのに。
「はいはい。頼斗が落ち込んでるわけじゃなかったのはいいんだけど、イチャつくのは後にしてよ。っていうか、頼斗も可愛い子ぶって深雪の気を引かないでよね。僕だって深雪に〈好き〉って言ってもらえて、めちゃくちゃ喜んでるんだから」
「誰が可愛い子ぶってんだよっ! 浮かれてるところをお前らに見られたくなかっただけだっつーのっ!」
 俺があからさまに頼斗の姿にデレっとした顔をしたせいで、雪音にこれ見よがしなヤキモチを焼かれてしまった。
 この三人で話し合いをするのはいいんだけど、何かの拍子にどっちかがどっちかにすぐヤキモチを焼いちゃったりして、なかなか話し合いが進まないこともあるんだよね。
 二人とも俺に「可愛い」って言われるのは嫌な癖に。俺がどちらかを「可愛い」って言うと、それにヤキモチを焼く気持ちもよくわからない話である。
「喜びを噛み締めたくなる気持ちはわかるけどさ。実際は手放しで喜べる状況でもないんだよね。今は僕達の今後について考える方が先じゃない? 深雪は僕と頼斗のことを〈どっちも好き〉って言っているわけだけど、それについて頼斗はどう思っているの? それをまずは聞かせてよ」
 俺が二人のことを恋愛的な意味で好きだと認めたことで、俺と頼斗、俺と雪音はそれぞれ両想いになったわけだから、まずはその喜びに浸りたくなる頼斗の気持ちはよくわかる。
 だけど、雪音の言っていることももっともな話で、この両想いってやつは決して手放しで喜べるものでもなかったりするんだよね。
 そして、それは頼斗もよくわかっているからか
「まあ……正直言って不満が無いわけじゃねーよな。深雪に好きって言ってもらえたことはすげー嬉しいけど、折角なら俺だけを好きになって欲しいって願望は捨てられねーし」
 雪音に「どう思っているの?」と聞かれた頼斗は、一度喜びの感情を胸の奥に仕舞い込むと、真顔になって雪音の問いに答えていた。
「だよね。そこは僕も同感。やっぱり好きな子には自分だけを好きになって欲しいし、深雪を僕だけのものにしたい」
 俺の「どっちも好き」が世間一般には通用しないことくらいわかっていたし、今は三角関係に甘んじている二人にも、最終的には通用しなくなることもわかっていた。
 だから、俺は自分の出した答えをしばらくは保留にして、雪音や頼斗との関係を続けていく中で、少しずつ答えを修正していくつもりだった。
 それなのに、その前に日高さんが俺に選択を迫ってきてしまい、俺もその選択に答えを返してしまった。
 一度自分の口から出てしまった言葉は訂正できないし、そもそも俺は日高さんに自分の発言を撤回するようなことも言わなかった。
 自分の発言を撤回するどころか、自分は雪音と頼斗のどっちも好きであることを認めたうえで、頼斗を日高さんに譲れないと主張したんだ。
 そんな身勝手な主張を日高さんにしてしまったことを、雪音や頼斗に言わないわけにもいかなかったんだけど、その話をしたところで、二人からも「どっちか一人を選んで欲しい」って言われると思ったから、俺は日高さんと別れた後に頼斗から「何を言われた?」と聞かれても、何も答えられなかったんだよね。
 でも、いつまでも黙っているわけにはいかないし、二人の誤解が日高さんを巻き込みそうになったから、俺も全てを話すしかなくなった。
 昨日の今日で展開が早過ぎることもわかっていたけれど、展開の早さなんてこの際どうでも良かった。
 だって、展開が早いなんて今更なんだもん。
 雪音と出逢ってから今日までの間、俺の毎日は急展開の連続だ。
 それでも
(さすがにこの選択はもう少し慎重になるべきだったよね……)
 と思わなくもない。
 いくら自分の気持ちを自覚したからといって、日高さんから選択を迫られて、俺が「どっちも好き」という結論を口にする必要は無かった。俺がその結論を口にすることで、これまで何だかんだと上手くいっていた三人の関係が崩れてしまう可能性もあったのに。
 案の定
「だったらどうする? 今ここで深雪に俺とお前のどっちか一人を選んでもらうか?」
「直接対決ってやつだね。いいよ。望むところだ」
「選ばれなかった方は、今後一切深雪に手を出さないって誓おう」
「当然だよね。これで深雪は僕達のものじゃなくて、僕か頼斗のものになるんだから」
 頼斗の口からは俺に自分と雪音のどちらか一人を選ばせようと言う提案が出て、雪音もその提案に乗った。
 それが当然の展開であることはわかっていても、初めて二人が本当のライバル同士に見えてしまった俺は、その時点でもう泣きそうな気分だった。


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