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最終話 『どっちも好き♡なままでいい⁉』

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 「好き」――にはいろんな〈好き〉がある。
 友達としての好き。恋愛的な意味での好き。家族としての好き。尊敬や憧れの意味での好き。
 どの「好き」も大切な感情だし、相手を好きだと思うからこそ大事にしたいと思う。
 「好き」は特別。好きだと思える時点で、その相手は自分にとっての特別になる。
 だから「嫌い」より「好き」の方がずっといい。
 好きだと思える相手と一緒にいれば、俺の毎日はいつだって特別になると思うから――。



「どうしたの? 深雪。何かめっちゃ落ち込んでない? 学校で何かあったの?」
 日高さんとの会話が終わった後の俺は、日高さんより先に屋上を後にして、頼斗の待つ教室へと戻った。
 その時から俺の表情は今みたいにどんよりと暗く、如何にも「落ち込んでますっ!」って感じだった。
「それがな、今日の放課後に深雪が日高に呼び出されてさ。日高との話が終わった後からずっとこうなんだよ。何があったか聞いても話してくんねーし」
「え。マジ? もしかして深雪、その日高って人に何か酷いことでも言われたんじゃない? とんでもない罵詈雑言を浴びせられて、それで意気消沈って感じなんじゃないの?」
「やっぱそう思う?」
「何で深雪をそんな女と二人きりにさせちゃったんだよ。学校での深雪は頼斗に任せてるんだからさ。ちゃんと深雪を守ってくれないと困るんですけど」
「んな事わかってんだよっ! 俺だって深雪を日高と二人きりにさせたくなかったんだけど、深雪が……」
「もー。肝心なところで役に立たないんだから」
 すっかり沈みきった顔の俺を見て、雪音はここぞとばかりに頼斗を責めたけれど、自分のせいで今日の俺がどうなっていたのかを、もうすっかり忘れてしまっているのだろうか。
 俺のことが心配で、今日は急いで学校から帰って来た雪音は、息を切らせて家の中に飛び込んで来たまでは良かったけれど、明らかに肉体的にではなく、精神的に凹んでいる俺の姿を見てすぐさま態度を急変させた。俺を心配することは心配してくれているんだけれど、自分の非を謝るのではなく、頼斗を責め始めるのであった。
 だがしかし、自分ばかりが責められる筋合いは無いと思ったのか、頼斗は雪音からの非難にムッとした顔になると
「っていうか、何で俺がお前に責められなきゃいけねーんだよ。今日は俺よりお前の方が責められる立場の人間だよな?」
 と言い返していた。
「う……ま、まあ……昨日のことは僕も反省してるよ? 一応……」
 俺がこんな状態だから、その話はまた後になると思っていたらしい雪音は、痛いところを突かれてやや怯み気味だった。
 それについては俺も後で雪音に説教をするつもりである。
 説教と言うよりは苦情や小言……かな? とにかく、学校生活に支障が出るような負担を俺の身体に与えるな、というクレームは入れるつもりである。
「そんな事より、頼斗はその女から何か聞いてないの? 深雪とどんな話をしたとか。その女、頼斗のことが好きな子だよね?」
「ん……まあ……。そうみたいだけど、俺は日高から何の話も聞いてねーよ。そもそも、深雪と話した後の日高には会ってもいねーし。日高に深雪との関係が知られてからは、俺も日高と口利いてねーんだよな。だから、あいつが今どんな事を考えていて、深雪にどういう話があったのかなんて知らねーよ」
 このまま自分が責められる側に回るのだけは阻止したかったのか、雪音は頼斗に対する偉そうな態度を改め、平和的な会話の形に持って行くことにしたようである。
 自分が責められるわけじゃないのなら……と、頼斗も雪音からの質問に素直に答えていた。
「ま、どうせ女の恨みっていうか、ただの逆恨みなんだろうけどさ。でも、自分の好きな頼斗が深雪のことを好きになって、深雪と何をしていようが、それって日高さんには関係ないし、深雪が責められる必要もないよね?」
「全く同感だ。ぶっちゃけ、俺が誰を好きになってもそれは俺の自由だ。日高に口出しされることじゃねーよな」
「好きになってもらいたい気持ちは当然だとしても、恋敵を恨んだり、傷つけるのは違うよね」
 お互いにお互いを責め合うのはやめにした雪音と頼斗だったけれど、今度は日高さんが悪者にされてしまった。
 現在の俺達三人の奇妙な関係は、俺達三人の間で話し合った末の関係だったりもする。お互いに納得していることでもあるから、第三者に口出しされたくない気持ちが強いのかもしれない。
 だけど
(違う……違うんだよ……)
 せっかく俺を心配してくれている二人には申し訳ないんだけど、俺は今、落ち込んでいるわけではなかった。
 見るからに「落ち込んでますっ!」って雰囲気を醸し出しているけれど、これは落ち込んでいるわけじゃなくて――。
「日高が深雪に何を言ったのかは知らねーけど、深雪を傷つけたって言うなら俺も黙ってらんねーな。明日にでも日高を取っ捕まえて、深雪に何を言ったのか聞き出してやる。でもって、深雪に謝らせる」
「あ。それ、僕も参加したーい。深雪を傷つける人間は許せないもん。僕も日高さんに文句言ってやりたい」
「いや……お前が出て来たら益々面倒なことになるだろ。第一、学校が違うのにどうやって……」
「そんなの、放課後になればどうにだってなるでしょ? 何も学校で日高さんと話す必要は無いんだから。頼斗が誘えば日高さんはどこにでもホイホイついて来るだろうしさ」
「言い方……。お前ってさ、女子相手だと結構辛辣じゃね?」
「そんな事ないよ。ただ、深雪をこんな事にした日高さんに怒ってるだけ」
 俺がいつ二人に自分の胸の内を明かそうかと思っている間にも、二人の会話はどんどん進んでいき、今や「明日は日高さんを取っ捕まえて深雪に謝罪させよう」という話になっていた。
 俺が日高さんに傷付けられたと思い込み、二人が日高さんに腹を立ててくれる気持ちは有り難いような気もするけれど、俺はそんな事を望んでいるわけじゃない。
 それに、二人は俺が日高さんに罵詈雑言を浴びせられて凹んでいると思っているようだけど、傷付けた、傷付けられた、という点なら、むしろ俺の方が日高さんを傷つけてしまったと思っている。
 だって俺、日高さんの前で頼斗が好きなことを認めてしまったんだもん。
 俺のことが好きな頼斗のことを俺が好きだと認めてしまったら、そこで両想いという形が成立してしまう。
『俺は……好きだよ。頼斗のこと』
 俺がそう言った時、日高さんは物凄くショックを受けていたし、絶望を感じている顔をしているようにも見えた。
 俺も日高さんにはかなりキツい事を言われのは事実だけど、日高さんが俺に浴びせた辛辣な言葉の数々よりも、俺が日高さんに放ったたった一言のその言葉の方が、何よりも日高さんを傷つけてしまったと思う。
 だから
「というわけだから、深雪。明日は僕も頼斗と一緒に日高さんを……」
「どうしようっ! 俺っ……日高さんに頼斗のことが好きだって言っちゃった!」
 今の俺は落ち込んでいるのではなく、非常に困っているのである。
 あまりにも困り過ぎるあまり、めちゃくちゃ落ち込んでいるように見えるだけなのであった。
「……………………は?」
 ライバル同士が手を取り合って、いざ悪の魔王を倒しに行かんとしている場面だった雪音と頼斗は、ようやく口を開いた俺の言葉に唖然となった。
 まさか、俺が落ち込んでいるのではなく、困っているとは思っていなかったのだろう。この二人の反応は物凄く自然で、当たり前だと思ってしまった。
 でも、俺は本当にどうしていいのかわからなくて、泣きそうなくらいに困っているから
「おまけに俺、その後の会話で雪音のことも好きだって言っちゃったし、〈どっちも選べないけど日高さんに頼斗は渡せない〉みたいなことまで言っちゃって……。自分がめちゃくちゃ自分勝手で最低なことを言ってる自覚はあったんだけど、日高さんの前でそんな事を言っちゃった俺は、これからどうしたらいいのかが本当にわからないから、どうしよう、どうしようって……」
 一度口を開くと「どうしよう」が止まらなかった。
「日高さんのことも傷付けちゃったみたいだし……。二人のうちどっちか一人を選ばなくちゃいけないって思ってたのに、二人とも好きになっちゃったら俺……」
 雪音と出逢ってからの俺は「こんなはずじゃなかった」の繰り返しで、そんな日常から抜け出そうと俺は必死だった。
 だけど、蓋を開けてみると抜け出すどころかどんどん深みに嵌っていっちゃって……。気付いた時にはもう手遅れ。抜け出したくても抜け出せない状況に陥っていた。
 おまけに、そんな普通じゃない日常にときめきや興奮を覚えるようになってしまい、俺は初めて恋というものを経験した。
 自分の中に初めて芽生えた恋心は、一度認識したら物凄い勢いで花開いていった。雪音や頼斗に対する恋愛感情というものが、決壊した川の流れのように俺の中に流れ込んできて、止めたくても止められなくなってしまった。
 そして、そのきっかけを作ったのはやっぱり雪音だった。昨日、俺が雪音としたあのセックスが、俺の中に眠る恋愛感情を抉じ開ける鍵になったんだ。
 俺は今まで自分が雪音のどこに惹かれてしまうのかが本当にわからなかったけれど、昨日のセックスでそれを見つけた気がする。
 好きな相手には優しいけど、どこか支配的で、絶対的な容姿と豊富なテクニックで俺を圧倒してくる雪音に、俺はどうしようもなく胸が高鳴って雪音に惹かれてしまうんだと思う。
 雪音は俺に恋というものを教えてくれた存在だ。俺が雪音に初めて唇を奪われた瞬間から、俺の恋の扉が開いてしまったと思うから。
 雪音のせいで始まった恋なら、俺が雪音を好きにならないはずがない。
 そして
「あー……ちょっと待て。お前、日高に酷いことを言われて落ち込んでるわけじゃねーの?」
 頼斗は俺に初めてをくれた人。
 ファーストキスこそ雪音に奪われたけれど、それ以外の初めては全部頼斗だった。
 俺に初めて告白してくれたのも、初めてエッチな事をした相手も、俺の初体験も全部頼斗だ。
 多分、俺は唯一無二の親友だと思っていた頼斗と恋仲になることを望んではいなかったと思うけれど、自分が頼斗以外を選ぶなんてあり得ない。他の誰かと頼斗を比べ、俺が頼斗を選ばないなんてあり得ない。だって、頼斗はいつだって俺の一番なんだもん。
「うん。違うよ。むしろ、俺が日高さんを傷つけたと思っているくらいだから、俺が悪いんだって反省してる」
 だから、俺は二人のうちどちらか一人を選ぶなんてことができなかった。昨日は翼ちゃんに「頑張る」って言ったけど、俺は自分がこういう結論を出すことが最初からわかっていたような気がする。
「はぁ……。って事らしいんだけど、どうする? 雪音」
 俺が日高さんに傷付けられたわけじゃないことがわかると、怒りのやり場を失った頼斗が安心すると同時に、困った顔で雪音に尋ねていた。
 頼斗に意見を求められた雪音は特に困った様子もなく
「どうするも何も、そういう事なら僕達がすることは一つじゃない? 今深雪が言ったことについて、三人で話し合うべきでしょ」
 そう言って笑った。


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