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第九話 『Challenge to change』

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「んっ……ぁ、ん……」
 俺からのキスには初々しくも思える反応を見せた雪音だったけれど、自分から俺にキスをしてきたことで、その初々しさだったり、俺の胸をきゅんとさせた雪音の姿はあっという間に消え失せた。
 俺のお尻を掴んで自分の方へと俺を引き寄せてくる雪音の手に俺の身体は熱くなり、自分が雪音の上に跨っているということ自体が物凄くはしたなくて、エッチな格好のように思えてしまった。
「んんっ……ぁっ……雪音っ……んんっ……」
 俺が雪音にした軽く触れるだけのキスとは違って、雪音からのキスは本格的なキスだった。
 思考が停止して、全身の力を奪われてしまうような気持ちのいいキス……。
 いつも俺を骨抜きにしてしまう雪音からのキスに、俺はいつもより自分が感じてしまっていることを自覚していた。
(これも俺が積極的になった効果だったりするのかな……)
 本来なら、まだ明日一日テストが残っている雪音とこんな事をしている場合ではない。
 せっかく頼斗が雪音に気を遣ってうちに来るのを控えてくれているのに、俺が雪音の邪魔をしちゃダメじゃん、って思う。
 だけど
「ぁんっ……雪音……ぁ……んん……っ」
「ん? どうしたの?」
「ん……んんっ……」
 雪音はすっかりその気だし、俺ももう後には引けない。
 まだ、ほんの数秒間、雪音とキスをしただけだっていうのに、俺のナニも雪音のナニもしっかり勃ち上がってしまっている。
 そんな状態で雪音の上に跨っている俺は、自分の勃ち上がったナニが雪音のお腹に当たってしまっているのを感じるし、お尻の下に硬くなった雪音のナニも感じてしまい、身体がゾクゾク震えるほどの興奮を覚えていた。
 自分から雪音にキスしたことで気持ちが昂っているんだと思う。雪音とキスをしているだけなのに、俺の頭の中は、もう雪音と一つになることを考えてしまっている。
 いつもなら、キスの後に身体をいっぱい愛撫されることで気持ちがどんどん昂っていき、雪音や頼斗と〈シたい〉って感情が湧き上がってくる感じなのに。今日の俺は身体を雪音に愛撫される前に、もう〈シたい〉と思ってしまうようだった。
「今日の深雪、いつもより感じやすくなってない? まあ、深雪はいつも感じやすくてエッチな身体をしてるけど」
「ん……俺……今日は何か……ちょっと変……かも……」
 正直な話、今日だけじゃなくていつも変なんじゃないかと思っている。
 だって俺、恋愛感情は無いと言い張る相手とセックスをして、そのセックスで気持ち良くなってしまっているんだから。
 性欲と恋愛感情は別だと言っても、やっぱり自分のやっている事はおかしいと思っている俺が、そのセックスで気持ち良くなっているのは変だと思う。
「それってさ、深雪から僕にキスをしたせい?」
「ん……多分……」
 自分の感覚がいつもと違うのは、自分から行動を起こしたことが原因だとは思うけれど、それにしたって、やっぱり今日はいつもと何かが違う気がする。
 雪音とのキスにあまり戸惑う気持ちがないし、「どうしよう」って焦る気持ちも無い。
 自分の中に雪音を求める感情もハッキリとあって、そういう感情を自覚することで、俺は初めて
(俺……雪音のことが好きなのかな?)
 と思ってしまった。
 こう言っちゃなんだけど、元々幼馴染みとして大好きだった頼斗のことは、最初から〈好き〉という感覚も認識もあった。
 もちろん、恋愛的な意味ではなかったけれど、自分が頼斗のことを好きだと思う気持ちは、頼斗との関係がおかしくなってからもずっとある。
 だけど、出逢いからして最悪だった雪音に対しては、恋愛感情抜きにしても〈好き〉という感情や認識が無かった。
 そういう好意的な感情が一切無い雪音だからこそ、自分が雪音を拒めない理由だったり、雪音とセックスしてしまう自分が不思議で仕方が無かったりもした。
 でも、俺の中に雪音を好意的に思う感情があるのでは? と初めて疑い始めた俺は
(俺……雪音のどういうところが好きなんだろう……)
 と、今度はそこが気になりだした。
 雪音とキスを交わしながら、雪音の魅力について考えてみる。
 雪音の最大の魅力といったら、なんと言っても顔の良さだと思う。
 俺は見た目重視というわけではないけれど、誰の目から見てもイケメン認定さえてしまうであろう雪音の整った顔は、やっぱり雪音にとって最大の武器になるし、手っ取り早く人を惹き付ける一番の魅力だと思う。
 ただ、ここで問題になってくるのが俺の性別で、俺は確かに雪音のことをイケメンだと思っているけれど、俺自身は伊織君と違ってイケメン好きというわけでもない。
 もし、俺が女の子であったのならば、性格にやや問題があったところで、すこぶる顔のいい雪音に惹かれ、雪音のことを好きになってしまってもおかしくはないと思うけれど……。
(男の俺が、自分と同じ男を〈顔がいい〉って理由で好きになるもの?)
 という疑問は残る。
 そもそも、俺は相手が女の子であっても、〈外見で人を好きにならないようにしよう〉と思っている。
 もちろん、俺だって可愛い子にはついつい目を奪われてしまうし、可愛い子には弱いところだってある。
 でも、それは男として仕方がないし、可愛い子だからといって、可愛いと思う感情が恋愛感情に発展したことがない俺としては、自分が容姿だけで誰かを好きになる人間でもないことはわかっている。
 だがしかし、そうなると自分が雪音のどこを好きになるのかが益々わからなくなってしまう。
 外見ではなく、内面で人を好きになるというのであれば、俺のファーストキスを奪い、俺に対して生意気な態度ばかりを取っている雪音は、俺が好きになる要素が一つも無いと思ってしまう。
 となると、俺が雪音に対して好意的な感情を持つようになったのは、〈雪音は俺の家族だから〉という理由しか思いつかないんだけど、それって早い話、恋愛的な意味の好きではなくて、家族愛ってこと?
 家族としての〈好き〉ならば、俺が雪音にドキッとするのはおかしいし、胸がきゅんとしちゃうのもおかしい気がするけれど。
「何考えてるの?」
「…………へ?」
 朦朧とする意識の中、ついつい余計な考え事というやつをしてしまっていた俺は、雪音の優しく囁くような問い掛けにハッとなった。
 俺が思考の世界から現実の世界に戻って来た時、いつの間にかシャツのボタンが全部外されていたことにはっびっくりした。
(い……いつの間に⁉)
 考え事をしてしまったせいで、途中から雪音とのキスに集中していなかったことは認めるけれど、それにしたって、シャツのボタンを全部外されるまで気付かなかったというのは、いくら何でも考え事に没頭し過ぎって感じだよね。
「僕とキスしてる最中に考え事だなんて、深雪も随分と余裕だね。でもまあ、深雪もいつまで経っても生娘ってわけじゃないし。セックス自体にはもう慣れちゃってるもんね。余裕が出てくるのは当然か」
「そ……そういうわけじゃなくて…」
 別に俺、余裕があるから考え事をしていたわけじゃないんだけれど。
 あと、生娘って……。そんな単語が現役中学生男子の口から飛び出してくるとは思わなかったよ。
「ん? そうなの? でも深雪、頭では考え事をしながらも、僕とのキスにはちゃんと反応してたよね。自分から舌を絡ませたりなんかもして」
「そ……それは……」
 うぅ……どうやら俺、自分でも無意識のうちにそんな事を……。
 でもさ、俺がこれまで雪音や頼斗と交わしたキスの回数だったり、その長さを考えると、俺の身体が無意識に反応してしまってもおかしくないと思う。
 ファーストキスを経験したのが今から約二ヶ月前だっていうのに、それからというもの、俺がしたキスの回数って異常だと思うもん。
「~……」
 雪音からの問い掛けに何も答えられないでいると、雪音は俺の腕からシャツを抜き取りながら
「それで? 一体どんな考え事してたの?」
 再度俺に尋ねてきた。
 顔は柔らかく微笑んでいるけれど、雪音とのキスの最中に考え事をしていたことが雪音的には面白くなくて、その内容が気になってしまうのかもしれない。
「どんなって……雪音のこと……だよ?」
 俺の返事次第では、雪音の機嫌を損ねてしまうことを恐れたのか……それとも、正直に白状することで、雪音からの意見を聞いてみたいという狙いがあったのかどうかはわからない。
 だけど、俺は素直に自分が雪音のことを考えていたことを白状したし、そのついでに
「俺、自分が雪音のことをどう思っているのかな? って、気になっちゃったから……」
 まるで雪音にその答えを求めるかのように、少し困った顔になって雪音の顔をジッと見詰めた。
「へー。僕のことを考えてくれてたんだ。それは光栄だね」
 でも、俺が雪音のことをどう思っているのかなんて、雪音にわかるはずもないと思う。
 雪音は俺が雪音のことを考えていたこと自体には嬉しそうな顔をしたけれど、俺が雪音のことをどう思っているかについては
「深雪が僕のことをどう思っているのかは、僕も一番知りたいところだけどね」
 と返してきた。
 ですよね……。自分でも雪音のことをどう思っているのかがわからないのに。そんな俺の気持ちを雪音がわかるなんて無理な話だよね。
 それでも、雪音は勘が鋭いし、時々自分でも気づかなかった俺のことを言い当てたりもするから、ちょっとだけ期待をしてしまった。
 だけど、さすがに自分のことをどう思っているのかまでは、雪音にも見当がつかないようである。
もしかしたら、これまでに俺にしてきたことだったり、俺に対する自分の態度を踏まえると、〈あまり好かれていないのかも〉と思っていたりして。
 と思いきや
「まあ、嫌われてはいないのかな? とは思っているけどね」
 雪音は俺に嫌われているとは思っていないようである。
 それもそのはず。だって俺、雪音とは週一でセックスしちゃってるし。好きじゃないならまだしも、嫌いな相手とセックスはしないもんね。
「それに、深雪がそうやって僕のことを気にし始めたってことは、深雪の中でちょっとずつ僕に対する恋愛感情ってものが芽生え始めているのかも? って期待しちゃうし」
「え? そ……そうなの?」
 これまで恋愛経験というやつが全く無かった俺にとって、どうすれば自分の中に恋愛感情が芽生えてくれるのかは永遠の謎だった。
 だけど
「だって、誰かのことが気になり始めたら、それはもう恋の始まりじゃん」
 言われてみればその通りで、自分が相手のことをどう思っているのかを考え始めた時点で、俺は恋の悩みを抱えていることになるような気がする。
 実際、俺がもし「○○さんのことが気になる」なんて言い出したら、それを聞いた人間からは十中八九「それは恋だな」って言われるだろうし。
 つまり、俺はここへ来てようやく、恋愛感情的なものと向き合い始めたということ?
 俺がこうなったきっかけは、さっき自分からした雪音へのキス――ではなく、先日の伊織君から受けた容赦のない指摘である。
 元々、俺は雪音や頼斗のことで散々頭を悩ませてきたけれど、伊織君に言われた
『二人のことを好きになる努力をしてないんじゃないの?』
 が、実は結構堪えていた。
 あの言葉は明らかな俺に対する非難だったし、自分が今、何を一番頑張らなくちゃいけないのかを示してくれた言葉でもあった。
 だから、俺もテストが終わった後は〈自分からも行動を起こしてみよう〉って気持ちになったし、今日も自分から雪音にキスしてみようって気にもなったのだ。
 それが二人のことを好きになる努力になるのかどうかはわからなくても、自分から行動を起こすことで、何かが変わると期待した。
「だから、今日は僕にキスしてくれたんじゃないの? キスって好きだと思ってる相手じゃないとしたくならないでしょ?」
「っ⁉」
 そう来るかっ! 確かにそれも一理あるけど、今回は〈したくなった〉わけじゃなくて、〈してみよう〉と思っただけだもん。〈したくなった〉なんて言い方をされたら、俺が既に雪音のことを好きになってるみたいで焦っちゃうよ。
 と同時に、自分から何度かキスをしたことのある頼斗のことは、とっくに好きになっていることになり……。
(結局は二股なのっ⁉)
 伊織君に薦められた通り、「どっちも好き♡」状態になりかけている自分に震えた。
 だかしかし
「で……でも……。これがまだ恋愛的な意味での好きという保証は……」
 ここでも往生悪く言い訳をしてしまう俺に
「だったら、これからそれを確かめてみればいいじゃん。僕と一つになることで、自分がどう感じるのかをしっかり確かめてみてよ」
 雪音はにっこり笑ってそう言った。


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