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第八話 『勉強会と恋愛相談』

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 とは言え、伊織君と何を話せばいいのかはわからない。
 だけど
「深雪は雪ちゃんと頼斗のどっちが好きなの?」
 俺が会話に困るまでもなく、俺のベッドに潜り込んできた伊織君は、自分から色々と話を振ってきてくれそうな気配だった。
 まあ、この子お喋り好きそうだし。俺が伊織君に聞きたいことがあるように、伊織君だって俺に聞きたいことがあるのだろう。
 さしずめ、俺、頼斗、雪音の三角関係については雪音から話を聞いていても、俺の言い分だって聞きたいところなのかもしれないし。
 もし、俺が伊織君に何か相談事をするとしたら、雪音や頼斗のこと以外には無いって感じでもあるし。
「どっちって言われても……」
 ただベッドに潜り込んできただけではなく、布団の中で俺にぎゅう~っと抱き付いてくる伊織君に、俺は二重の意味であたふたとしてしまう。
 一つは、伊織君からされた質問にどう答えるべきかで迷うし、もう一つは、当然伊織君に抱き付かれていることが落ち着かない。
 雪音や頼斗は俺よりも背が高くて体格もいいから、俺はいつも二人に〈抱き締められている〉という感覚を覚える。
 だけど、自分より小柄で華奢な相手に抱き付かれるのは初めての経験で、慣れない感覚に少し戸惑ってしまいもする。
 小柄で華奢なうえ、身体の造りそのものが自分と同じ男だとは思えない伊織君は、全体的に柔らかく
(きっと、女の子に抱き付かれたらこんな感じなんだろうな……)
 と、ついつい想像してしまいそうになる。
 だがしかし
「俺が二人のうちのどちらかに恋愛的な意味で好きって感情を持っていたら、今の俺はこんな事になってないよ」
 今は伊織君に抱き締められていることに戸惑っている場合ではない。
 見るからに甘えっ子そうで、甘え上手でもありそうな伊織君にとって、こうして人にくっつくことだったり、過剰のスキンシップは日常茶飯事なのだろう。たかがちょっとくっつかれたくらいで年上の俺がどぎまぎしていたら、それこそちょっと格好悪いよね。
 なので、落ち着かなくはあるものの、伊織君の好きにさせてあげつつ、伊織君の質問に答えてあげる俺だったけれど、その答えはやや投げ遣りで、結局は格好悪い感じになってしまっていた。
 でも、それが事実だから仕方がない。
 そもそも、俺にちゃんとした恋愛感情というものがあれば、今のわけがわからない二人との関係だったり、抜け出せない泥沼状態からはとっくに抜け出せているはずだもん。
 雪音や頼斗のどちらとも肉体関係を続けている俺を知れば、誰だって「どっちが好きなの?」って聞きたくなるだろうけれど、その答えを一番知りたいのは俺だったりする。
 というより何より、普通に考えたら頼斗を選ぶはずの俺が、雪音を拒みきれない理由が知りたい。
 こう言っちゃ何だけど、雪音は俺のファーストキスを奪った憎き相手であり、俺にとっては好きになれる要素が無い相手のように思える。
 だけど、俺は頼斗と同様に雪音ともセックスしていて、しかも、それを嫌だと思っていない。それが最大の謎と言ってしまえば最大の謎だったりもするんだよね。
 もしかして、雪音の顔がいいものだから「イケメンが相手ならいっか」なんて、クソみたいなことを思っているわけじゃないよね? 雪音を拒めない理由があるのだとしたら、そこは「家族だから」という理由であって欲しい。
 まあ、本来なら、家族だからこそ拒まなくちゃいけないところだったりもするんだけれど。
「え? じゃあ深雪は今、好きでもない相手と定期的にエッチしてるの?」
「う……ま……まあ……。そういう事になっちゃう……よね……」
 実際にその通りだし、他に言いようがないからそれで合ってはいるんだけれど、こうして面と向かってハッキリ言葉にされてしまうと、自分が如何にいい加減な事をしているのかを思い知らされて凹む。
 凹んだところで事実が変わるわけでもないけれど。
「ふぅ~ん……。あんなイケメン二人をセフレ扱いだなんて。深雪もいいご身分だね」
「違っ……! 俺は別に……うぅ……」
 セフレという言葉を使われ、咄嗟に反論してしまいたくなる俺だったけれど、付き合ってもいない相手と日常的にセックスしている状況は〈セフレ〉と言われても仕方がない。反論したところであっけなく論破される結果が目に見えていたから、俺はグッと言葉を飲み込んでしまう。
「嘘嘘♡ 意地悪言っちゃってごめんね♡ ちょっとひがんじゃっただけ♡」
「へ?」
 情けなさそうな、それでいて悲しそうな顔になる俺を見て、伊織君はそんな俺を慰めるかのように、更にぎゅう~っと俺に抱き付いてきた。
 うーん……。確かに悪い子ではなさそうだ。人の神経を逆撫でる発言はしょっちゅうするようだし、人の地雷もバンバン踏んで来るけれど、全く人に気を遣えない子でもないみたい。
 ただまあ、伊織君の場合は本来気を遣ってあげなくちゃいけない女の子に対しては、全く気を遣ってあげないところがあるみたいだけれど。
 でも、それって伊織君の恋愛対象が女の子ではなく男だからなのかな? という気がした。
 常にそうだというわけでもないけれど、男が女の子に優しくしてあげたり、気を遣ってあげるのって、自分に異性としての好感を持ってもらいたいっていう下心があるところが大きかったりするもんね。
 そして多分、そういう下心は女の子にだってある。
 人間って何だかんだと素直だから、好き嫌いの感情って結構表に出ちゃうものだしね。
「雪ちゃんに聞いた話だと、深雪はまだ恋愛感情ってものがよくわからないんだよね? だから、今は色々とお試し期間って感じなんでしょ?」
「え。あ……うん……」
 雪音の奴……。一体いつの間にそういう事にしているんだよ。
 物は言いようっていうか、そういう言い方をしてくれていれば、俺の今の状況も少しは理解されるような気がするから助かるっちゃ助かるけど。
「でもさ、そろそろそういう感情に気付いてもいい頃じゃない? 深雪は何に悩んでいるの?」
「そ……それは……」
 雪音は伊織君のことを「相談相手にはもってこい」だと言った。
 これまでの伊織君の言動を踏まえると「そんなはずはない」と思ってしまっていたけれど、実際にこうして話してみると、確かに伊織君はいい相談相手になってくれそうな気がした。
 口調はやや軽めだし、ノリで喋っているようなところもあるけれど、意外と親身になって話を聞いてくれそうな感じがするし、何よりも俺に「話してみようかな?」と思わせる雰囲気がある。
 きっと「伊織君になら何を話しても大丈夫」という、漠然とした安心感があるからじゃないかと思う。
 悩みを打ち明けてしまった後については、若干の不安が残るところもあるだろうけれど、少なくとも、伊織君は俺の話を聞いても絶対に引くことはないという、確固たる確信がある。
 というのも、伊織君が俺と同じ立場の人間であることと、この子の素直で天真爛漫なところが、どんな相手でもありのまま受け入れてしまう器の広さを感じさせてくれるからだ。
 現に、伊織君は雪音から俺達の話を聞いているにも関わらず、俺達のことを変な目で見ている気配が一切ない。
「悩みっていうか、覚悟の問題……なのかも。雪音や頼斗とセックスまでしておいて、こう言っちゃうのも何なんだけどさ。俺、自分が男を好きになるとか、男と付き合うってことにまだ抵抗があって…。雪音や頼斗のことを好きになっちゃいけないって、気持ちにブレーキが掛かっちゃうんだと思う」
 結局、いきなり悩み相談なんてできないと思いつつ、自然とそれに近い話の流れになってしまった俺の言葉に
「あー……。やっぱり深雪もそこの壁にぶち当たっちゃうんだ。ま、それが普通なのかもね。僕も結局それでダメになるって感じだし」
 うんうん、と頷きながらそう返してきた。
 そう言われてしまうと
「伊織君はさ、自分の恋愛対象が自分と同じ男だってことに、いつ気が付いたの? その時、戸惑いや心の葛藤って無かったの?」
 いつかは伊織君に聞いてみようと思っていた疑問を、今ここで聞かないわけにはいかなかった。
 同性間の恋愛に尻込みしてしまう俺の気持ちが理解できるということは、伊織君も一度はその問題に突き当たったのだろうか……と、そう思ったんだけど――。
「ん? 僕は最初からだよ♡ だから、それが特別おかしいとは思わなかったんだよね♡」
 伊織君には思い悩む時間というものが全く無かったようである。
 正直、そうなんじゃないかって気はしていた。予想通りというか、俺の想像を裏切らない結果だったよね。
「最初からって……それはいつ頃の話?」
 最初からということは、伊織君の初恋の相手が男だったということだ。
 何となく早熟で、おませさんだったイメージがある伊織君だけど、伊織君の初恋っていつだったのかな?
「うーん……正確な時期はハッキリ言えないんだよね。だって、物心がついた頃には、その人のことがもう大好きだったし♡」
「え? そんなに早い段階なの? 物心ついた頃って……。それってつまり、相手は伊織君と相当近しい相手ってこと?」
 一瞬、俺の頭の中に雪音の姿が浮かんでしまった。だって、雪音と伊織君は保育園からの幼馴染みだって話だもん。
 保育園は幼稚園と違って0歳から預けられる。二人がいつ頃から保育園に預けられていたのかは知らないけれど、物心がつかないうちに出逢い、物心がつく頃には大好きになっていた相手という条件に、雪音は当て嵌まるような気がする。
 俺も自分の物心がついた時期はよく覚えていないけれど、幼稚園に入園するまでには、もう物心というものがついていたような気がする。
「うん。近しい相手っていうか、僕のお兄ちゃんなんだけどね♡」
「え」
 物心がついた頃には大好きだと思える相手と聞いて、相手が非常に近しい人間だということは想像がついたけれど――。
「僕の初恋の相手は僕のお兄ちゃんなんだ♡」
 まさか伊織君の初恋の相手が、自分の身内だとは思わなかった。


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