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第八話 『勉強会と恋愛相談』

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「ほんと、不覚だったよね。昨日は伊織に釣られてあっさり寝ちゃってさ。まさか二人が隣りの部屋でヤってる事に気が付かなかっただなんて」
「僕も残念~……。二人がそんな事してるなら覗きに行きたかったよ~……」
 翌朝。いつもより少し遅めの朝食の席で俺達と顔を突き合わせた雪音と伊織君は、今朝の俺の顔を見るなり「昨日はヤったな」と速攻見抜いてしまい、二人揃って物凄く残念そうな顔だった。
 ちなみに、父さんと宏美さんは十分ほど前に出掛けて行った。
 今日は二人とも結婚式のためのあれやこれがあるから、元々朝早くから出掛ける予定だったんだよね。
 俺達が起きてきたことを確認し、俺達の朝御飯を用意したら、すぐに出掛けてしまった。
 ちょうど俺達も今日一日はテスト勉強に明け暮れる予定だから、俺達の邪魔をしないよう、結婚式関連の用事が済んだらデートをする予定にもなっている。
 ま、せっかくの休日だし、新婚と言えば新婚だ。子供ももう大きくなっているんだから、たまには外で思いっきりデートしてきてよ、って思う。
 俺としても、この四人が家にいる時は、父さんと宏美さんに出掛けていて欲しい気持ちになるし。
 で、父さんや宏美さんがいないのをいいことに、朝っぱらからそんな会話ができてしまう――というわけなのである。
「っていうか、週一の約束は? 頼斗、今週二回目なんじゃない?」
「ちげーよっ! 今週はまだだったんだよ。それもあったから、昨日はいいかなって」
「本当に? 確かに、今週はまだっぽい感じだったけど、本当にまだだったの?」
「嘘吐いてどーすんだよ。そこで嘘は吐かねーよ」
 とても朝食の席でする話ではなかったけれど、この二人にとって、相手がいつ俺とセックスをしたのかは重要だし、お互いに週一の約束を守っているかの確認はせずにいられないのである。
 今週は日曜日の水族館デートの後遺症だったり、テスト週間も重なって、頼斗との週一のセックスがまだだったのは事実だ。
 週末は俺の家に泊まりに来ることになっていたし、「今回はエッチな事は無し」って約束だったけれど、頼斗は最初から俺とセックスするつもりでいたのかもしれない。
(だったら、一日は頼斗の家で勉強しても良かったんだけどな……)
 土日の二日間を俺の家に泊まり込んで勉強することにした頼斗だけれど、俺はどっちの家で勉強しても良かった。
 もう俺が毎日晩御飯を作らなくてもいい環境だし、家族がいる家の中でセックスするよりは、誰もいない頼斗の家でセックスする方が気も楽だったのに。
 でも、そうなると最初から勉強会の中にセックスが含まれることになるから、俺が嫌がると思ったのかな?
 もしくは、テストが終わった後に頼斗の家に泊まりに行く約束をしている俺だから、お楽しみは後に取っておこうと思ったんだろうか。
 どちらにしても、この週末は頼斗とセックスすることになっていたのだと、今になって気付いた俺だった。
「っていうかぁ~、何で週一とか決めてるの? シたい時にスればいいのに」
「なぁっ⁉」
 雪音の疑いが晴れたところで、今度は伊織君がギョッとするようなことを言ってきた。
「僕なんて、相手さえいれば毎日だってシたいくらいだよ? 今ってそういうお年頃だし♡ 週一なんて物足りなぁ~い♡」
「あのねぇ……」
 いくら親の目がないからって、あからさま過ぎる発言である。
 まさかとは思うけど、伊織君って自分の家でもこんな感じなわけじゃないよね?
 でも、人前でも気にせず下ネタ発言がバンバンできちゃうあたり、伊織君は誰の前でもこんな感じなのでは? と思わなくもない。
 さすがに父さんや宏美さんの前では口を慎んでくれているようだけど、それは多分、事前に雪音から入念に言い聞かされているからだと思われる。
 そもそも、「相手さえいれば毎日だってシたい」と言ってしまう伊織君だ。その発言から、今はフリーであることがわかるけれど、彼氏がいる時は毎日シてたってこと? と思ってしまう。
 だとしたら、さすがに親も自分の息子に恋人がいることに気付いてしまいそうだし、家の中でそういう話題が出てもおかしくない。
 そして、伊織君は自分に恋人がいることを隠そうとしそうにないから、家の中でも赤裸々トークをしているのかもしれない。
 さすがに自分が男と付き合っていることは言わないかもしれないけれど、恋人とセックスしていることくらいは平気で言ってしまいそうだよね。
 俺なんて、仮に自分に好きな人ができたことすら父さんに言えそうにないのに。赤裸々な性体験なんて絶対に言えないと思う。
「しかもさ、深雪の場合は毎日だってデきる環境なのに。週一で我慢できるなんて信じらんな~い」
「あのね、雪音や頼斗にとっては週一でも、俺にとっては週二なんだよ。それって充分過ぎる回数なの」
「え~? 深雪の理性って鉄でできてるの? 週二で充分だなんて欲が無さ過ぎるよ」
「はぁ……」
 それは個人的な意見であって、みんながみんな伊織君のように性欲旺盛ってわけでもないんだよ。
 大体、日本人のセックス頻度は世界的に見たら少ない方だと聞く。恋人とのセックスは週に二、三回が理想的な頻度ではあるそうだけど、日本では月に二、三回というのが平均的だと、何かの記事で読んだことがある。
 つまり、現在週に二回のペースで二人とセックスしている俺は、ある意味理想的な頻度でセックスしていることになる。その二回が違う相手というところが、理想とは大きくかけ離れているところではあるけれど。
 話は全然変わるけど、昨日うちにやって来たばかりの時は俺のことを「雪ちゃんのお兄さん」と呼んでいた伊織君も、夕飯以降は俺のことを「深雪」と呼ぶようになっていた。
 別にいいっちゃいいんだけど、このまま伊織君と親し気になっていくのも如何なものかと、俺は一抹の不安を覚えずにいられない。
 もちろん、俺のことを深雪と呼ぶようになった伊織君は
「雪ちゃんや頼斗だって、週に一回じゃ物足りないよね?」
 頼斗のことも「頼斗さん」から「頼斗」に変わっている。
「まあな」
「せめて週一から週二に増やして欲しいところだよ」
「だよね~♡」
 くそっ! いつもの事ながら、ここには俺の味方がいないっ!
 と思いきや
「でもま、深雪はそんなに体力がある方じゃないしな。あんま無理させるわけにもいかねーし」
「その一回に一週間分の想いを込めているから、満足は満足だよ」
 物足りないと思いつつも、二人とも週一のセックスで満足してくれているようだから、俺もひとまずは安心した。
 っていうか、週に一回とはいえ、その一回のセックスで二回も三回もスる二人だもんね。それで満足してくれなかったら、俺の身体がマジで壊れる。
 セックスした後の俺の顔を見て、一目で「ヤったな」と気付かれてしまうのも、二人が限界まで俺とセックスをしているからである。
 二人より体力の無い俺は、二人が限界を迎える頃にはとっくに限界を迎えているから、終わった後はいつも意識が飛びそうなくらいに疲労困憊なのである。
「ふぅ~ん……そうなんだ。意外に二人とも聞き分けがいいんだね♡」
「そりゃまあ、こっちはヤらせてもらってるわけだし。深雪のペースに合わせてやんなきゃだろ」
「深雪が週一じゃ物足りないってなったら、遠慮なく毎日でもヤらせてもらうけどね」
 こらこら。聞き分けがいいとか言うな。こっちは散々交渉した末の週一なんだぞ。あと、俺が週一じゃ物足りなくなる日なんて来ないからね。
「二人とも週一で我慢できなくなったら、いつでも僕がお相手してあげるよ~♡」
 でもって、伊織君もナチュラルに二人と肉体関係を持ちたがらないで欲しい。ほんとこの子、顔さえ良ければ誰とでもセックスしちゃいそうな子だな。
「うーん……伊織とはちょっと……。確かに伊織は可愛いんだけど、僕はそういう目で伊織のことを見られないんだよね」
「俺も深雪一筋だからな」
「あ~ん……また振られちゃった♡」
 生憎、雪音と頼斗の二人は伊織君からの誘いをやんわり拒否してしまうわけだけど、伊織君に傷ついた様子はない。最初から断られるとわかっていて誘っているからだろうか。
(だったら、最初から誘わなきゃいいのに……)
 と思ってしまう。
「そうだ。みんな今日のお昼は何時頃がいい?」
 ひたすら朝食の席に相応しくない会話で朝御飯を食べてしまった俺達だけど、今までの会話が一段落したところで、俺はガラリと話題を変えてやった。
 今日は夕方まで父さんと宏美さんがいないから、お昼は俺が作ってあげることになっている。
 雪音や宏美さんが引っ越して来てからというもの、俺がキッチンに立つ機会はめっきり減ってしまっているけれど、それでもたまには俺がご飯を作ってあげることもあるし、宏美さんの手伝いをしてあげることもある。
 せっかく頑張って上達した料理の腕だから、このまま振るわないままでいるのももったいないって思っちゃうんだよね。
「んー……一時頃かな? 今日は朝がちょっと遅くなっちゃったし」
「そうだな」
「僕もそれくらいでいいよ~♡」
「わかった。じゃあその頃にお昼にするね」
 現在時刻は午前九時になろうかという頃で、いつもより遅い朝御飯になってしまった俺達は、四時間後の一時を目途にお昼にするのが妥当だと思った。
 献立は昨日のうちに冷蔵庫の中を確認して決めているから、あとは一時に間に合うよう逆算してキッチンに立てばいい。
「へー、お昼は深雪が作るの?」
「そうだよ」
「深雪って料理上手?」
「深雪の作る飯はめちゃくちゃ美味い」
「こう言っちゃ何だけど、僕の母さんより上手かな」
 雪音や頼斗はまずキッチンに立つことが無い。このくらいの年頃の男子なら、進んでキッチンに立つ奴もいないのが普通だと思う。
 成長と共に料理に興味を持つようになることはあるかもしれないし、実家を出て一人暮らしを始めようものなら、必要に駆られて料理を覚える男もいると思う。
 だけど、中高生のうちは必要も無いのにキッチンには立たないよね。
 ましてや
「なるほど♡ 男の胃袋を掴むことも、男を虜にする手段の一つだよね♡ 僕も料理始めちゃおっかな♡」
 男を虜にしたい! という理由でキッチンに立つ男はいない。そんな動機でキッチンに立つのは伊織君くらいのものだよ。
 むしろ、とっくにそういう思考に行き着いていて、ある程度は料理ができるものだと思ってしまった。
「僕、今まで手作りチョコしか作ったことないし♡」
 ああ、なるほど。そっちね。
 年に一度あるバレンタインのために手作りチョコは作ったことがあるけれど、手料理の披露はまだと……そういうことなんだな。
 その手作りチョコ、一体誰に渡したんだろうって感じだけれど。
 そもそも、伊織君はいつから恋愛対象が男に限定されているんだろうか。
 この歳で既に恋愛対象が男に限定されていて、男同士のセックス経験まであるということは、伊織君の恋愛対象って最初から男だったのかな?
 だとしたら、そのきっかけは何で、自分が女の子より自分と同じ男に惹かれる人間だと気付いた時、何をどう思ったのかを知りたい。
 自分の恋愛対象が男だとわかり、戸惑いやら心の葛藤というものは無かったんだろうか。
 俺なんて、週一で雪音や頼斗とセックスしていても尚、女の子への未練が断ち切れないし、自分がどっち側の人間なのかと判断しかねる状態が続いているのに。
 まあ、二人とするセックスでしっかり気持ち良くなってしまうだけでなく、二人に胸きゅんしちゃうこともある俺は、少なくとも男が相手でも全然オッケーなんだとは思うけど。
 それでも、二人に対して未だに恋愛感情というものを抱けないでいるあたりが、自分の中でまだ迷う気持ちだったり、二人との関係を受け入れられない心の葛藤があるんだと思う。
 その迷いや葛藤をどうすれば断ち切れるのかを、俺は伊織君に聞いてみたい気がする。
「確かに、伊織の作った手作りチョコは美味しいけどね。お菓子作りができるなら、料理の才能もあるんじゃない?」
「えへへ♡ そうかなぁ~♡」
 ああ、ここに伊織君の手作りチョコを貰った人間が一人いたよ。しかも、貰ったチョコはしっかり食べてるし。
 まあ、伊織君が「手作りチョコしか作ったことがない」と言い出した時から、雪音もそのチョコを貰っているとは思ったけどね。
「何だよ、お前。伊織のチョコを受け取るくらいなら、伊織と付き合えばいいじゃん」
 話の流れで雪音が伊織君からの手作りチョコを受け取ったと知った頼斗は、すかさず雪音にそう突っ込んでいたけれど
「だから、伊織のことはそういう目で見られないんだってば。僕的には、子供の頃から知っている幼馴染み相手に欲情できる頼斗の方が信じられないよ」
 雪音からは手痛い反撃を喰らっていた。
「何言ってんだよ。幼馴染みは鉄板だろ」
 しかし、頼斗も負けじと言い返していた。
「それに、バレンタインは僕の誕生日でもあるからね。伊織は毎年プレゼント代わりに僕にチョコをくれるんだよ」
「え? 何? お前、深雪と誕生日一緒なの?」
「あれ? 知らなかったの?」
「今初めて知ったんだけど」
 あー……そう言えば、俺と雪音の誕生日が同じだって話、まだ頼斗にしていなかったかも。
 三ヶ月前に誕生日が終わったばかりだから、俺も言うのをすっかり忘れてしまっていたよ。別に重要だとも思わなかったし。
「ふーん……そうなんだ」
 何やら責めるような目で俺を見てくる頼斗だったけれど
「はいはい。二人とも喧嘩しない。ご飯済んだらさっさと片付けて勉強始めるよ」
 このまま話が面倒臭い方向に流れたら困るし、今回はテスト勉強をするためにうちに集まっているはずだから、俺は知らん顔をして話を打ち切ってやった。
 このまま放っておいたら、誰も「勉強しよう」と言い出さない雰囲気である。
 丁度食後の紅茶を飲み終わった俺が、空いたお皿を持って椅子から立ち上がると
「あ、そっか♡ 今日はテスト勉強をしに来てるんだった♡」
 伊織君が楽しそうに笑いながらそう言った。
 いやいや。そこを忘れちゃったらダメでしょ。何しに来てるのかわからないよね? ほんと、この子はちゃんと勉強するつもりがあるんだろうか。
「頼斗は先に上がってて。俺、食器洗ってから行く」
「ん」
「雪音と伊織君も食器はそのままでいいよ。飲み物がいるなら適当に持って行ってね」
「はーい♡」
「手伝おうか?」
「いいよ。軽く水洗いして食洗器に掛けるだけだし」
「わかった。ありがと」
 まるで俺が三人の保護者になった気分だけれど、今日は大人がいないから、誰かが保護者役に回るしかない。この四人だと、それが俺になってしまうようである。
「深雪ってさ、何かお母さんみたいなところがあるね♡」
 言われた通り、空いた食器はそのままにして立ち上がる伊織君の言ったセリフに
「お母さん? 嫁の間違いでしょ?」
 雪音が呆れた顔で突っ込みを入れていた。
 しかし
(誰がお母さんで嫁だよっ!)
 二人の会話にもっと呆れ顔になる俺は、心の中で盛大に突っ込んでやった。


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