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第八話 『勉強会と恋愛相談』

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 どんな時でも時間は進む。
 立ち止まって考える時間はあっても、考えている間にも時間は進む。
 だから、人は前に進むしかないのである。
 だって、人は時間を巻き戻すことも、時間を止めることもできないんだから……。
 今、自分の置かれている状況に散々頭を悩ませている俺も、そればかりに頭を悩ませているわけにもいかない状況が差し迫ってきている。
 学生にとっては避けて通れない道、定期テストというものが間近に迫っていた。



「ねえ。今って雪音もテスト週間なんだよね? なのに、どうしてうちに伊織君連れて来たの?」
「え? だって、伊織がうちに来たいって言うんだもん。それに、深雪だって頼斗を連れ込んでるじゃない」
「連れ込んでるとか言わないでくれるっ⁉ 頼斗は俺と一緒に勉強するために来てるのっ! 遊びに来てるわけじゃないんだからねっ!」
「僕と伊織だって勉強するつもりだよ? こう見えても僕達、学校での成績はいいんだから」
「ああそうですかっ!」
 五月の下旬に入ると同時に、俺達の通う白鈴高等学校では一学期の中間テストが始まる。
 テスト期間の時期はどの学校もほぼ同じ頃で、雪音の通う姫中でも、俺達の学校とは一日遅れで中間テストが始まることになっていた。
 なので、俺も雪音も今はテスト週間ってやつである。
 テスト初日を三日後に控えている俺と頼斗は、テスト週間に入った直後から「二人で一緒に勉強しよう」ということになった。
 テスト前に頼斗と一緒に勉強するのはいつものことで、二日前から頼斗をうちに連れて帰り、夜の十時頃まで一緒に勉強をしている俺を見て、今日は雪音も伊織君をうちに連れて来たんだろうとは思うけれど
(この二人、本当に勉強をするつもりがあるの?)
 俺はそこを疑わずにはいられなかった。
 普段、家の中での雪音はわりと真面目に勉強をしているようではあるんだけれど、伊織君はなぁ……。
 こう言っちゃなんだけど、伊織君は真面目に勉強するよりも、他のことに忙しくしているような気がしてしまう。ガリ勉タイプって感じでは全然ないし、むしろ勉強とか嫌いそうに見える。
 それを言ったら、雪音も全然ガリ勉タイプには見えないけれど。
 でも、一応は雪音と同じ姫中に通う生徒だし、今の雪音の言葉を信じるのであれば、学校での成績は優秀のようだ。
 失礼な話、あまり伊織君は賢そうな子に見えないんだけど、人は見掛けによらないものだったりするからな。俺の目にそう映らないだけで、実際の伊織君は優秀なのかもしれない。
 そもそも、姫中に通っている時点で、伊織君の優秀さは証明されているようなものだし。
「全くもう……。何をそんなに怒っているんだか。言ったでしょ? 僕と伊織はそういう関係じゃないって」
「ヤキモチを焼いてるわけじゃないからっ! 勘違いしないでくれる⁉」
 テスト前だというのに、うちに伊織君を連れて来た雪音に腹を立てる俺は、何もヤキモチを焼いて機嫌を損ねたわけではない。
 先日、俺が男女六人で水族館デートに行った際、この二人のせいで俺の秘密が翼ちゃん、日高さん、三輪さんの三人にバレてしまったことに、未だに腹を立てているだけである。
 あの後、雪音とはちゃんと話をして翼ちゃんや伊織君のことを根掘り葉掘り聞いておいたし、雪音が頼斗のことをどう思っているのかも聞いた。雪音と伊織君が本当にただの幼馴染みでしかないことも確認済みだ。
 俺としては、絶対に何かしているだろうと思っていたけれど、意外なことに雪音は伊織君に手を出していなかった。
 伊織君の方はまあ、あわよくば雪音と……と思ったこともあるらしいけれど、雪音にその気は無かったという話だ。
 伊織君も雪音に拒まれたことには特にショックを受けなかったみたいだから、二人はそれからも変わらぬ幼馴染み関係を続けているのだそうだ。
 それはいい。正直なところ、この二人が過去にヤっていると聞いても今更驚かないし、既に雪音と翼ちゃんがヤっていることを知ってしまっている俺にとって、ショックを受ける対象でもないって感じ。
 だけど、俺を巡って三角関係を展開させている話を、女の子三人の前でしてしまった二人にはやっぱり腹が立っちゃうし、その怒りはなかなか収まってくれるものでもなかった。
 だから、この二人が一緒にいる姿を見ると、どうしても不愉快な気分になってしまう俺なのである。
 幸い、俺達の秘密を知った三人の女の子達は、学校でその話を広めるような真似はしなかったけれど、明らかに俺と頼斗を見る目が変わってしまい、その事が俺は心苦しく、肩身が狭い思いでもあった。
 翼ちゃんは自分も雪音と経験があるせいか、そこまで俺への対応が変わったように見えない――というか、やたらと俺に気を遣うようになった気がするし、元々俺や頼斗に特別な感情を持っていない三輪さんもまあ……。言うほど俺達への態度が変わったようには思えない。
 と言うより何より、三輪さんと俺達はほとんど会話を交わすこともなかったから、三輪さんも俺達のことなんでどうでもいいんだと思う。
 ただ、俺と頼斗が一緒にいるだけでも、〈見てはいけないものを見た〉という顔をして、サッと顔を背けるようになってしまったけれど。
 でも、日高さんは……ね。さすがに翼ちゃんや三輪さんのようにはいかなくて、高校に入学してからというもの、若干避けられ気味だった俺は、明らかに日高さんから敵意というか、嫌悪感を向けられるようになったと思う。
 俺と頼斗がただ普通に喋っているだけでも、射殺さんばかりの視線を俺に向けてくるようになった。
 おかげで俺、教室の中で頼斗と言葉を交わすことに物凄い罪悪感を覚えるようになっちゃったし、教室に居辛い気持ちになってしまった。
 それもこれも、全部雪音と伊織君のせいだから、俺が二人の顔を見ただけでも不機嫌になってしまうのは仕方がない。
 それでも、今週も雪音と週一のセックスをした自分がどうしようもないって感じでもある。
「え~? 僕、雪ちゃんのお兄さんに嫌われちゃったの?」
「そんな事ないよ。深雪は今、この前のことでちょっと臍を曲げているだけ。そのうち機嫌も直してくれるだろうから、伊織が気にする必要は無いよ」
「ほんとに?」
「うん」
 いやいや。そこは気にしてよ。俺や頼斗に悪いことをしたって、ちゃんと反省してよね。
 雪音は伊織君と何もしていないって言うけれど、そのわりには伊織君に甘々だよね。
 でもまあ、雪音にとっての伊織君は、俺にとっての頼斗みたいなものだっていうから、そりゃ甘くもなってしまうのかも。
 この前、雪音から聞いた話だと、雪音は伊織君以外に特別親しくしている人間はいないって言っていたし。自分とよく似ているところがある伊織君のことは、雪音にとってある意味特別なのかもしれない。
 だったら、そこの二人で付き合っちゃえばいいのに。
 雪音は伊織君とそういう関係になることは全く考えていないみたいだけど、実際に付き合ってみれば案外上手くいく――というか、絶対に上手くいくと思うんだけどな。見た目的にも、俺なんかよりずっとお似合いって感じがするし。
 まあ、雪音が誰のことを好きになるのかは雪音の自由で、俺が口出しすることでもないんだけどね。散々俺を好きだと言っておきながら、いきなり伊織君に乗り換えられても、俺は「は⁉」って思っちゃうだろうし。
 おまけに
「何? 雪音が帰って来たの?」
「あ♡ 頼斗さんだぁ~♡」
「ぉわっ⁉ ちょっ……何でお前がいんのっ⁉」
 今の伊織君は雪音よりも頼斗のことが気になるみたい。二階から一階に下りて来た頼斗の姿を見るなり、満面の笑みで頼斗に飛びついたりしている。
 実は俺、ついさっきまで二階の俺の部屋で頼斗と勉強しているところだった。今は飲み物を取りに一階に降りて来ただけだったんだけど、そこに伊織君を連れた雪音が帰って来たから、ちょっとした立ち話が始まっちゃったんだよね。
 飲み物を取りに行っただけの俺がなかなか帰って来ないから、心配した頼斗が様子を見に来たんだと思う。
「ねぇねぇ♡ 頼斗さん♡ 僕とエッチしない?」
「はあっ⁉ シねーよっ! 何言ってんのっ⁉」
「反応が可愛い~♡」
「どこが⁉」
 頼斗と伊織君が顔を合わせるのは今日が二回目だけど、初対面でいきなり頼斗の唇を奪った伊織君は、二度目の再会でもう頼斗に肉体関係を迫るらしい。
(なるほどね。こういうノリで雪音も伊織君に誘われたのか……)
 全くもって破廉恥極まりない子である。この調子なら、伊織君の性体験人数は雪音以上なんだろうな。
 ただし、伊織君は男相手にしか肉体関係を持たない子のようなので、相手を見つけるのに苦労するのかもしれないけれど。
「雪ちゃんのお兄さんは羨ましいなぁ~♡ だって、雪ちゃんや頼斗さんの二人とエッチしてるんでしょ? 僕もそんな生活を送りたいよ~♡」
「~……」
 この子は人の地雷を踏み歩く習性でも持っているんだろうか。悪意は無いはずなのに。物凄い嫌味を言われた気分だよ。
 もっとも、本人は心の底から羨ましがっているだけのようではあるけれど。
「雪音。お前が連れて来たんだからちゃんと管理しろよ。こいつを俺に近付けるな」
「はいはい」
「やん♡ つれなぁ~い♡ でも、そういうところが男らしくていい♡」
 …………ほんと、この子大丈夫なのかな。拒否られても底抜けに明るいというか、物凄いポジティブ思考。能天気過ぎてちょっと心配になっちゃうよ。
 まあ、無邪気なところは可愛らしさを感じなくもないけれど。その無邪気で能天気なところを利用されて、いつか酷い目に遭わされないかと心配になってしまう。
 でも、その心配は必要無いのかもね。だって、伊織君は見掛けによらず強者だって話だもん。今はただ明るくて能天気な子にしか見えなくても、実際はかなりしたたかな人間だと思われるし。
 それに、ただ明るくて能天気なだけの人間なら、雪音と上手くやっていけるとも思えないしね。
 自分に抱き付いてくる伊織君を雪音に突き返した後の頼斗は、俺のところにやって来ると
「早く部屋戻って続きしようぜ」
 と言いながら、俺の腰に腕を回してきた。
「う……うん……」
 さり気なく腰に巻き付けられる頼斗の腕に、俺はちょっとドキッとしてしまう。
 ヤバいヤバい。最近の俺、雪音や頼斗にちょっと触られるだけで、もうエッチな事をする気分になっちゃう。テスト週間だっていうのに不謹慎だよね。今はエッチな事より勉強に集中しなくちゃいけないのに。
「ねぇ、雪ちゃん。あの二人、本当に部屋で勉強してるの?」
 まるで伊織君を牽制するかのように、伊織君の前でわざと俺に触れてくる頼斗に、伊織君が素朴な疑問を雪音にぶつけていた。


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