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第七話 『最悪な初デート』

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 せっかく水族館に来たというのに、全然水族館を堪能できていない俺は、その原因にもなった雪音を、しばらくほったらかしにしてしまった事に今更ながら後悔した。
 何故ならば――。
「な、な、な、な……何で喋っちゃったの⁉ 嘘でしょ⁉」
 俺が頼斗とバルコニーでまったり(?)お喋りしている間に、雪音は翼ちゃんや日高さんの前で、俺、頼斗、自分の三人が、現在三角関係中であることを喋ってしまっていた。
 しかも、自分と俺の関係、俺と頼斗の関係までも包み隠さず全て。
 さっき頼斗に掛って来た佐々木からの電話で、佐々木が
《早く戻って来た方が良さそうだぞ。何かヤバい事になってるっぽいから》
 って言っていたらしいから、それを頼斗に聞いた時から、俺は嫌な予感がしていたんだよね。
 その嫌な予感というやつが、俺、頼斗、雪音の三角関係を暴露された事だとは思わなかったけれど。
 佐々木から頼斗に電話が掛かってきたのは午後一時になろうかという頃だった。
 集合時間になって、三輪さんと一緒にフードコートにやって来た佐々木は、そこで見ず知らずの雪音や伊織君と一緒にいる翼ちゃんと日高さんを見つけたうえに、姿の見えない俺と頼斗にさぞ首を傾げたことだろう。
 そして、その四人の間で交わされている会話を聞くなり、すぐさま〈ヤバいんじゃね?〉と判断し、俺や頼斗を呼び戻そうとしてくれたのだと思う。
「いやね。最初は僕も言うつもりが無かったんだけど、伊織が……」
「はあっ⁉」
 マジかよっ! このビッチ野郎っ! 俺や頼斗がいないのをいいことに、俺が絶対人に知られたくない秘密を、翼ちゃんや日高さんの前で喋ったっていうの⁉
「ごっめぇ~ん♡ 秘密にしてるとは思わなくて♡ いつも雪ちゃんから話を聞いているから、みんな知ってることなのかと思っちゃった♡」
「そんなはずないじゃんかっ!」
 くそっ! 反省の色が全く無いっ! そりゃまあ、伊織君には本当に悪気が無かったんだろうし、日頃雪音からそういう話を聞かされているのであれば、俺の周りの人間も知っているものだと勘違いしちゃったんだろうけれど。
 でもね、普通は言わないんだよ。特に、女の子の前で「俺達、男同士でセックスしてます」なんて言うはずがない。そこの常識は持ち合わせていて欲しかった。
 俺と頼斗がフードコートに戻って来た時、翼ちゃんと日高さんが揃って顔面蒼白になっていた理由はそれだったのか。
 ついでに言うと、後から合流してきた三輪さんにも俺達の関係がバレてしまっているようで、どうしていいのかわからない顔をしているし、全てを知っている佐々木でさえ、「どうすんの?」という困惑顔になっていた。
「どうして止めてくれないんだよっ! 雪音っ!」
 悪気が無いし、反省もしていない伊織君を責めても無駄だと悟った俺は、怒りの矛先を全て雪音に向けることにした。
「止めるも何も、話の流れで伊織がぽろっと喋っちゃったんだもん。止めようが無かったんだよね」
「役立たずーっ! っていうか、どういう話の流れだよっ! 何の話をしていたら、そんな事をうっかり喋っちゃうっていうの⁉」
 どんなに力の限り雪音を責めたところで、もう遅いことはわかっている。でも、これからの学校生活を思うと、俺も責めずにはいられない。
 佐々木はこれまでもずっとみんなに黙ってくれていたから、これからも俺達の関係を秘密にしていてくれるって信用ができるけれど、翼ちゃん、日高さん、三輪さんの三人はどうだかわからない。
 こんな事を言ってしまったら偏見だと言われるだろうし、失礼だとも思うけれど、女の子って人の噂話とか好きそうなんだよね。中学の時、雪音がうちの学校に来たことで、俺の父さんが再婚する話が広まってしまったのも、雪音を取り囲んでいた女子達が広めた噂だったもん。
「それはまあ、小日向先輩はともかく、こっちの彼女とは初対面だからね。色々聞かれたし、深雪や頼斗のこともいっぱい聞かれたんだよ。一応僕、深雪の弟ってことになるし。頼斗とも仲が良さそうに見えたみたいだから、頼斗がうちでしょっちゅう夕飯を食べてるって話もして」
「それで、どうして俺達の言わなくていい関係が明るみに出るんだよっ!」
「頼斗がしょっちゅううちに来てるって話をしたら、伊織が〈じゃあ、たまには三人でスるの?〉って言い出したから」
「~っ⁉」
 ああ……そういう流れなんだ。伊織君にとって、下ネタ発言は女の子の前でも平気でできちゃうものなんだ。
 きっと伊織君の頭の中はそういう事でいっぱいに違いない。仕方ないよね。俺達の年頃の男子の頭の中なんて、エッチな事でいっぱいなことを忘れていたよ。
「で、それを聞いた小日向先輩と彼女が〈どういう事⁉〉ってなっちゃったから、僕も二人に説明せざるを得なくなったんだよ」
「ああ、そう……」
 きっかけは伊織君だということはわかったけれど、そこは上手く誤魔化して欲しかった。
 いつも俺を簡単に言い包めてしまう雪音だ。雪音の言語力と頭の回転の速さがあれば、多少の疑惑は残るものの、二人をどうにか誤魔化すことはできたと思う。
 でも、こういう時に限って、雪音は正直に全部話してしまったわけだ。
 伊織君には当たり前のように俺達の話をしているみたいだし、元々雪音に俺達の関係を隠すつもりは無かったんだろうな。
 特に、雪音は翼ちゃんが俺のことを狙っていると思っているみたいだから、翼ちゃんから俺を遠ざけるためにも、「言っちゃお」って思ってしまったのかもしれない。
 だったらせめて、ただの三角関係ってことだけにしておいて欲しかった。そこに肉体関係まで絡んでいることは秘密にしておいて欲しかった。
 もしくは、せめて頼斗との関係だけは否定しておいて欲しかった。
 その場合、俺は血の繋がっていない弟とセックスしている変態認定されてしまうけれど、同じ学校に通う頼斗との関係さえ知られなければ、俺の学校生活はまだ平和だったと思う。
 ただでさえ怪しまれやすい俺と頼斗の関係が、本当に怪しい関係だと知られてしまったら、俺は今後、頼斗とどういう学校生活を送っていけばいんだよ。
 取り急ぎ、目下の対応として――。
「深雪君と戸塚君が仲良しだっていうのは知ってたけど、まさかそんな関係だったなんて……。しかも、弟になった雪音君とまでってどういう事なの?」
「戸塚の言ってた好みのタイプが、冗談じゃなくて本気だったなんて……。何? 戸塚って女より男がいいの?」
「そりゃ確かに深雪君は可愛いから、同じ男の子に好かれることがあってもおかしくないとは思うけど……」
「ただの片想いってだけならまだしも、ちゃっかりそういう関係ってどうなのよ」
「深雪君、純粋そうだと思ってたのに……。二人の人間と関係してるだなんて、雪音君や笠原君と同じ人種なの?」
「今までの〈女に興味無い〉って態度は、全部七緒君が好きだったからなの?」
「説明してよっ! 深雪君っ!」
「そういう事なのっ⁉ 戸塚っ!」
 俺と頼斗はこの二人の女の子達が納得する説明をしてあげなくちゃいけないようである。
「あうぅ……」
「はぁ……」
 ほんと、とんだ災難っていうか、とんだデートになっちゃったじゃん。俺が夢にまで見ていた女の子との初デートが、まさかこんなに悲惨で最悪なデートになっちゃうなんて……。一生記憶に残る最悪な思い出だよ。
 こんな事なら、最初から雪音に女の子と一緒に遊びに行く話なんかしなきゃ良かったし、雪音に日高さんの話もしなきゃ良かった。別に雪音に言う必要なんて全く無かったと思うし。
「ねぇねぇ、雪ちゃん。何か修羅場ってる?」
「うーん……みたいだね」
 でもって、雪音がこんな破天荒な相方を連れて来ることも全くの予想外。
 これまで散々過ちを犯してきたと思っていた俺だけど、今日ほど自分の行いを悔やみ、愚かだと思ったことは無い。
「まあまあ、二人とも落ち着けよ。こいつらにはこいつらの事情ってやつがあるんだから。そんな頭ごなしに二人を問い詰めなくても」
 二人揃って怖い顔で俺と頼斗を睨み付けてくる翼ちゃんと日高さんに、佐々木が控えめに割って入ってくれたんだけど
「佐々木君は黙っててっ!」
 二人から秒でとばっちりを受けていた。
「わあ♡ 女の子って怒ると怖いよね♡」
 唯一、こんな状況でも物怖じせず、楽しそうな顔をしているのは伊織君だったけれど
「ダメだよ、伊織。火に油を注ぐようなこと言っちゃ」
 今回はさすがに雪音も伊織君をやんわりと窘めていた。
 ただ窘めるだけじゃなく、伊織君を連れてさっさと帰って欲しいくらいだ。でも、今から翼ちゃんと日高さんに俺達の関係について説明しなくちゃいけない俺と頼斗が、何をどう説明するつもりなのかが気になる雪音に、伊織君を連れて帰る様子は全く無かった。
 元々不安しかなかったような男女六人のグループデートは、〈女の子と手を繋ぐ〉という俺の目標は達成されたものの、その後はデートの〈デ〉の字も無い展開になってしまった。


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