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第七話 『最悪な初デート』

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 その返事は意外といえば意外だったけれど、紛れもない事実ではあった。
 だけど、まさか頼斗からそんな返事が返ってくるとは思わなかった俺は
「いや……それはそうなんだけど……」
 予期せぬ答えに激しく動揺した。
 え? この場合、こういう答えが返ってくるものなの?
 頼斗は雪音のことをライバルだと思っていて、今現在、俺を巡って日々水面下どころかあからさまな奪い合いをしているわけだよね?
 頼斗が雪音の存在に対して不満があることは明らかだし、その雪音のことを「どう思ってるの?」なんて俺が聞けば、ここぞとばかりに不平不満を聞かされるものだと思っていたんだけれど
(俺の新しい家族で弟って……)
 そんな当たり前過ぎる返事が返ってくるだなんて。
(俺の聞き方が不味かったの?)
 と思ってしまう。
 いや、でも、あの話の流れで聞く俺の「どう思ってるの?」は、どう考えてもライバルとしての雪音について聞いたことになる……よね?
「まあ、お前を巡ってのライバルでもあるっちゃあるけど」
「あ……」
 良かった。俺からの質問をちゃんとそういう意味でも捉えてくれていた。
「でも、それ以上に〈深雪の家族〉って認識なんだよな。俺やお前が雪音と出逢う前に、稔さんが再婚するって話は聞いてたし。その再婚相手に息子がいるって話も聞いてたからな。お前に稔さんの再婚話を聞かされた時から、深雪には新しい家族ができて、弟もできるんだって思ってたし」
「で……でも、その新しくできた俺の弟と、自分がライバル同士になるとは思っていなかったよね?」
「そりゃもちろん。まさか深雪のファーストキスを奪った奴が、そのまま深雪の弟になるとは思わなかったよ」
「それについてはどう思っているの?」
 何だか俺が頼斗にインタビューをしているような気分だった。俺が思っていたのとは違う話の展開になっているような気もするけれど、頼斗が雪音に対して思いの外に冷静な理由というやつが、少しずつ明らかになっているような気がする。
 でも、いくら俺の父さんが宏美さんと再婚して、息子同士の俺と雪音が戸籍上では家族になったとしても、恋愛とはまた別の話だと思う。
 そもそも、俺に雪音を自分の弟だと思う気持ちは全然無いし、ぶっちゃけた話、宏美さんのことも自分の母親だという感覚はない。父さんの新しい奥さんっていうか、父さんの恋人って感覚なんだよね。
 俺がもっと幼かったら、宏美さんのこともそのうち自分の母親だと思うようになっていたかもしれないし、雪音のことも本当の弟のように思えていたかもしれないけれど、新しい家族を作るには、俺はちょっと成長し過ぎているって感じだもん。
 雪音や宏美さんのことを自分の家族だと認識してはいるものの、そこに血の繋がりというものは全く感じない。あくまでも、新しい家族の形って認識なんだよね。
「んなもん、ぶっちゃけすげー嫌。何で深雪のファーストキスを奪った奴が深雪の弟になるんだよ、って思ったし、そいつが更に深雪のことを好きだって言い出した時は、マジでぶん殴ってやろうかと思った」
「ああ、そうなんだ……」
 一応、頼斗にも雪音を殴りたい気持ちはあったんだ。
 普段、雪音には全く手を上げる気配がない頼斗だから――時々、ちょっと痛い目に遭わせるくらいはする――、雪音にそういう感情は持たないのかと思っちゃったよ。
「でも、そのわりには頼斗って雪音に甘いっていうか、雪音のする事に寛大だよね? それってどうして?」
 自分が曖昧でどっちつかずの態度を取っている手前、雪音の話題はあまり自分から頼斗に振っちゃいけないと思っていた。
 だけど、俺から雪音の話題を振られた頼斗は結構普通だし、俺も意外と踏み込んだ質問ができてしまう。
 こんな事なら、もっと早くに頼斗とこういう話をしておけば良かった。頼斗だけじゃなく、雪音とも。俺はもっと二人といろんな話をするべきだったのかもしれない。
 よくよく考えたら俺、いつも目の前で起こった問題のことばかりを考えていたし、二人に聞く話も、起こった問題に対する意見や主張だったり、問題の解決に直接関係がある話ばかり。俺が自ら二人のことをよく知ろうって行動は取っていなかったように思う。
 だから、いつまで経っても状況が変わってくれなくて、同じ場所で足踏みしているだけになっていたのかも。
 俺が今日、翼ちゃんと手を繋ぎ、女の子に触れた自分がどうなるのかを確かめようとしたように、雪音や頼斗のことももっと知ろうとするべきだったのでは?
 そうすれば、二人とズルズル続けている今の関係にもただ悩むだけじゃなく、もっと違う考え方ができていたのかもしれない。
「別に寛大ってわけじゃねーし、実際めちゃくちゃヤキモチは焼いてるんだけどな。でもまあ、俺と雪音が険悪になったら、お前も困るだろ?」
「そりゃまあ、そうだけど……」
 確かに、俺は雪音と頼斗の二人に険悪になられるより、表面上だけでもいいから仲良くしてもらいたい願望がある。
 二人とも俺とは毎日のように顔を合わせているわけだし、その二人が顔を合わせるたびに喧嘩ばかりしていたら、俺のストレス指数も大変なことになっていたと思うし。二人が同じ空間にいなくても、片方から片方の愚痴や悪口を聞かされるばかりの日々も避けたいところだ。
「雪音がお前と赤の他人だっていうなら俺も容赦しないし、雪音がお前に手を出そうものなら、ぶん殴るどころじゃ済まないって感じだけどな」
「あうぅ……」
「でも、雪音はお前と一緒に住んでいる家族だし、稔さんや宏美さんの前で俺と雪音がいがみ合う姿は見せたくねーじゃん。その場しのぎで取り繕うこともできるっちゃできるけど、それって二人を騙してるみたいで何か嫌だし。稔さんは蛍子けいこさんが亡くなってから苦労してきた人だし、お前だって寂しい思いをしてきただろ? 宏美さんは宏美さんで苦労の絶えない人生だったみたいだし。雪音は雪音で自分の父親を知らない境遇だ。俺に雪音を気に入らない気持ちがあっても、お前の家族には幸せになって欲しい気持ちがある。自分の家族が嫌われたら、お前だって嫌じゃん。だから、お前の弟になった雪音のことは〈多少大目に見てやろう〉って思うところもあるんだよ。だからって、お前を雪音に譲るつもりはねーけど」
「優しいんだね、頼斗は」
 雪音が俺の弟だから――。それが頼斗が雪音に腹を立てない理由なのか。
 そんな簡単に割り切れるものなのかは疑問だけれど、頼斗は俺の家庭の事情はもちろん、これまでの雪音や宏美さんの境遇は知っている。
 母さんが亡くなってから、俺がどれだけ寂しがっていたのかを頼斗は知っているし、男手一つで俺を育てていくことになった父さんの悪戦苦闘ぶりも間近で見ている。
 更には、頼斗本人も小学校高学年になった頃から親にほぼほぼほったらかしにされて育ってきている。頼斗にそれを不満に思う気持ちは一切無いようだけど、家族というものに対し、頼斗は色々と思うところがあるのかもしれない。
 ちなみに、頼斗が今言った「蛍子さん」というのが、俺の本当の母親の名前である。頼斗の口からその名前を聞くのも何年振りだろう……と思った。
「優しいっつーか、俺がとやかく言える立場でもないってところが本音だけどな。だって俺、深雪と付き合ってるわけじゃねーから。雪音に向かって〈深雪に手を出すな〉とも言えないんだよな」
「う……」
 そう言われるとちょっと胸が痛い。
 前に頼斗も言っていたよね。俺と友達のままじゃ、俺を雪音から守ってやれない、って。
 あの時は、頼斗も俺と雪音がこんな事になると本気で思っていたわけじゃないのかもしれないけれど、俺と恋人同士というわけでもない頼斗は、俺のことを好きだと言う雪音に対し、〈自分と同じ立場のライバル〉という対応しかできないってことなのかも。
「あと、自分のためでもある」
「え?」
「俺と雪音が険悪になって、お前の家に出入り禁止になったら最悪じゃん」
「ならないよ。そんな心配しなくても、俺が頼斗を出入り禁止になんかしないから」
 で、そっちの問題は取り越し苦労でしかない。仮に、雪音と頼斗が犬猿の仲になったとしても、雪音より付き合いの長い頼斗をないがしろにするつもりなんて無い。
「それに、もし頼斗がうちを出禁になったとしても、今度は俺が頼斗の家に行ってあげてたし」
「あー……それもアリだったな。むしろ、そっちの方が深雪と二人っきりになれて良かったかも」
「言っとくけど、二人きりになったからって、エッチな事ばっかりはしないよ?」
 もっとも、頼斗とセックスするようになった今となっては、自分から進んで頼斗の家に足を運んでいたかどうかは定かではないけれど。
 でも、口では「俺がとやかく言える立場でもない」とか、「自分のため」なんて言っているけれど、本当は全部俺のためなんだと思った。
 頼斗は自分の感情に素直な人間だから、本当に雪音のことが気に入らないなら我慢なんてしない。気に入らないものは気に入らないってハッキリ言っていただろうし、「雪音の顔を見たくないから」って理由で、自分から俺の家に足を運ばなくなっていてもおかしくはない。
 でも、それをすると俺が新しい家族のことで思い悩むのは目に見えていたし、急に家に全く来なくなった頼斗のことを、俺の父さんだって気に掛けてしまう。
 だから、新しくできた俺の家族とも上手くやっていくために、頼斗は自分の気持ちを押し殺してくれているんだと思う。
 俺と付き合っているわけじゃないから、雪音のことをとやかく言えないってところは本音なんだろうけれど、俺や父さんに気を遣わせないためにも、雪音のしていることもある程度は容認することに決めたんだ。
 頼斗のそういうところが本当に優しいと思う。
「ん? そうだったっけ? 最近じゃ俺の家でエッチな事しかしてないけどな」
「そっ……それは頼斗がそれ目的で俺を家に誘うからで……」
「だって、お前の家じゃデきねーじゃん。お前の部屋ってドアに鍵ついてねーし。雪音が帰って来たら絶対邪魔されるじゃん」
「そうだけど……」
 だからって、俺が頼斗の家でエッチな事ばかりしてるって言われちゃったら、俺が頼斗の家に誰もいないのをいいことに、頼斗の家をラブホ代わりにしているみたいに聞こえるじゃん。
「今度また泊まりに来いよ。俺の家で飯作って。でもって、一緒に飯食って、一緒にゲームしたり映画見て、一緒に風呂にも入ろ。風呂から出たらエッチな事もいっぱいしたい」
「そっ……そういう事言わないでよ……」
 くぅあぁぁぁぁ~……。そういう事を言われると物凄く恥ずかしいし、如何にも恋人同士って感じがして照れ臭くなっちゃう。
 耳まで真っ赤にして恥ずかしがる俺を見て、頼斗は俺の肩をそっと抱き寄せてくると
「な? 約束して」
 俺の耳元で甘く囁いてきた挙げ句、俺の耳にちゅっ、てキスまでしてきた。
「っ!」
 頼斗の唇が俺の耳朶を軽く挟んできた瞬間、俺の身体がゾクッと震えて熱くなる。
 ほんとにもう……。最初の頃の初々しさはどこに行っちゃったんだよ。今では雪音に引けを取らないくらいの非童貞っぷりを発揮してきちゃってさ。
 男は童貞を卒業すると、途端に雄として目覚ましい進化を遂げるものなの? 未だに童貞のままでいる俺はその進化についていけなくて、いつも翻弄されっぱなしって感じだよ。
 だけど
「テ……テストが終わった後なら……ね」
 俺は俺で抱かれる側の進化を遂げているようで、今の耳朶へのキスだけで、頼斗の誘いを受け入れてしまうのだった。
(ほんと、俺って奴は……)
 流されやすいが故に、順応性があり過ぎると思う。このままじゃ俺、本当に男に抱かれる事でしか悦びを感じられない人間になっちゃうかもしれない。
「よし。これでテスト勉強頑張る理由ができた」
 一方、俺にめちゃくちゃ恥ずかしい思いをさせた頼斗は物凄く嬉しそうである。
 そりゃまあ、誰もいない家の中で一晩中俺とイチャイチャできるとなれば、頼斗も嬉しくなっちゃうってものだよね。
「そういう話をしてたわけじゃないのに……」
 元々は伊織君にキスをされてショックを受けた頼斗に付き合ってあげただけだし、雪音と翼ちゃんのことを頼斗に相談したかっただけなのに。最終的には今度頼斗の家に泊まりに行く約束をしているあたりがよくわからない。
 まあ、俺達の会話って大体いつもこんな感じではあるけれど。
「まあいいじゃん。俺は雪音とお前のことを容認する形になっちゃいるけど、本当は雪音からお前を取り上げたいと思ってるし、たまにはお前を独占したいと思ってるんだよ」
「今まさに独占してるよ?」
 頼斗は頼斗で雪音に寛大だと思うけれど、雪音は雪音で頼斗に寛大だったりするよね。目の前で俺が頼斗と二人きりになろうとしているのに、それを黙って見過ごすんだから。
(今度は雪音に頼斗のことをどう思っているのか聞いてみようかな……)
 頼斗に雪音のことをどう思っているのかを聞いてみた今、今度は雪音が頼斗のことをどう思っているのかが気になる。
 もっとも、雪音には他にも聞きたいことがいっぱいあるから、今日家に帰ったら、頼斗のことや翼ちゃんのことを聞いてみようと思う。
 あと、伊織君のことも。
 あの子、雪音とはただの幼馴染みだって言うけれど、本当にただの幼馴染みなのかな。
 見た目は物凄く可愛いし、伊織君自体もイケメン好きっぽい。好みのタイプのイケメンにはすぐに手を出すみたいだし、そんな伊織君が傍にいて、雪音は何もされたことが無いんだろうか。
 雪音は男同士のエロ体験をした事が無いって言っていたけれど、元々恋愛に性別の問題を考えていないような雪音だから、友達同士のエロ体験ではなく、性欲処理目的で女の子とセックスしたのと同じようなノリで、伊織君ともセックスしたことがあるんじゃないの? と疑ってしまいたくなるよね。
 俺とセックスする前に、事前に伊織君に色々聞いていたって言ってたし。話を聞くだけに留まらず、実演講習なんかもされていたりして。
「んじゃ、独占ついでに」
「っ⁉」
 今日の予定の中に雪音との話し合いを組み込んでいた俺は、もうすっかりいつも通りに戻っている俺にキスしてくる頼斗にびっくりした。
「ちょっ……! 外でっ!」
「ん? 何か問題あった? たまにシてるじゃん。それも深雪から」
「あ……あれは……」
 不意打ちのキスに真っ赤になる俺に、頼斗はしれっとした顔である。
 あれは雪音とヤった後の俺に頼斗がヤキモチを焼くから、そのヤキモチを解消するためにしているだけの事だもん。周りに人がいないことを確認しているし、公衆の面前ってわけでもないのに。
「これでさっきの痴女にされたキスは帳消しだ」
「痴女って……」
 伊織君は男の子なんだけど。見た目の可愛らしさと破廉恥行動のせいで、頼斗からはすっかり痴女扱いされる事になってしまったようだ。
 まあ、あながち間違っていない気もする。
「お? 電話だ」
 俺は少し拗ねた顔で頼斗を見上げていると、頼斗のスマホが鳴り出し、頼斗はおもむろにズボンのポケットからスマホを取り出した。
「佐々木だ」
 頼斗のスマホの画面に表示された番号は、しばらくその存在をすっかり忘れていた佐々木だった。


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