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第五話 『初体験』

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 入学式があった日。俺は翼ちゃんのことでヤキモチを焼いた頼斗から物凄くエッチな事をされ、更に、それを知った雪音にまでエッチな事をされてしまい、翌日は学力テストどころではなかった。
 午後に撮った証明写真も酷いものだった。
 これから三年間使う生徒手帳に使う写真も、まるで死人のような顔で写ってしまった。
 最悪だ――。
 と、俺は何度心の中でそう思ったかわからない。
 ところが、だ。そんな肉体的にも精神的にも打ちのめされた俺に、あろうことか頼斗はまたしても手を出してきたのだ。
 昨日の今日で、だよ? 今度は俺の家じゃなく、頼斗の家で。
 昨日、学校の近くの大きな写真館で証明写真を撮った俺達新入生は、写真を撮り終わった者から各自解散になった。
 通常より学校が早く終わった俺は、やはりいつもと同じように頼斗と一緒に帰っていたんだけれど
『話がある。ちょっと寄ってけ』
 と、自宅に俺を招く頼斗に前日――つまり、入学式があった日――、頼斗が俺の家から帰った後の話を説明させられた。
 俺が頼斗の家にお邪魔した時、頼斗の両親はまだ家にいたんだけれど、二人は今にも仕事に出掛けるところだった。
 もちろん、俺は雪音との間に何があったのかを説明するつもりがなかった。雪音とはただ話をしただけって事にしたかったんだけど、頼斗の両親が仕事に出掛けた直後、頼斗はいきなり俺の制服を脱がせてきて、俺の身体を全身くまなくチェックしてきた。
 そして
『これは俺がつけたキスマークじゃない』
 背中に残る雪音がつけたキスマークを目敏く見つけてくると、そのまま俺を……という流れだった。
 頼斗には自分が帰った後のことを聞かれるとは思っていたけれど、身体検査までされるとは思っていなかった。
 そもそも、俺が雪音にエッチな事をされた原因は頼斗にあるのに。どうして俺ばっかりこんな目に? とも思った。
 襲われた理由は言うまでもない。ヤキモチだ。
 回を増すごとにどんどん過激になっていく頼斗との性的行為のせいで、俺は今日の体力テストも半死状態で乗り越えた。
 どうやら頼斗は俺のことでヤキモチを焼くたびに、そのヤキモチを俺との性的行為で解消してくるようなのだが、毎度毎度声が枯れそうなくらいに喘がされて、意識が飛ぶほど気持ち良くさせられてしまう俺としては、勘弁して欲しいものである。

「ねえ、深雪。英語の辞書貸して」
 でもって、雪音は雪音で相変わらずといった感じ。相変わらず俺との距離が近いし、一人になりたい気分の俺の部屋にも、遠慮なくズカズカと入って来る。
「別にいいけど……。自分のは?」
「学校に忘れちゃった」
「何? 雪音って学校にわざわざ辞書なんか持ってってるの? 重くない?」
「今日はたまたまだよ。だから、持って帰るの忘れたの」
「ふーん……。はい」
 まあ、辞書を借りに来るくらいなら構わないし、俺も快く貸してあげるけど
「ありがと」
「っ⁉」
 辞書の貸し借りついでにキスをしてくるのはどうかと思う。それも、唇に。
「もーっ!」
「辞書貸してくれたお礼だよ」
「お礼になってないからっ!」
「後で返しに来るね」
「さっさと出てけっ!」
 全くもう……。油断も隙もあったものじゃない。こんな事ばっかりしていたら、雪音が俺にキスしているところを、いつか父さんや宏美さんに見られてしまいそうで本当に怖い。
「はぁ……」
 雪音が部屋から出て行き、再び一人になった部屋で溜息を吐いた。
 俺、このままじゃ絶対にダメな気がする。
「ん?」
 いよいよ明日から本格的に授業が始まる俺は、まだ宿題なんてものが出ていなかった。
 でも、昨日の学力テストもいまいちだったから、少しくらい予習をしておこうと思っていたんだけれど、真新しい教科書に手を伸ばした瞬間、机の上に置いていたスマホが鳴った。
 この着信音は電話ではなく、メッセージが届いた通知音だ。
 俺はあまり友達と連絡を取り合うタイプではないし、唯一連絡を取り合う頼斗とは、いつも電話でのやり取りだ。
 お互いにメッセージを打ち込む作業が面倒臭いから、電話でちゃっちゃと用件を伝える方針なんだよね。
 だから、頼斗からメッセージが届くことはほとんど無い。お互いメッセージアプリに友達登録はしていても、実際にアプリを使ったのは数回だけである。
「誰だろ?」
 たまに伊藤達からメッセージが届くこともあるにはあるけれど、特に用もないのにメッセージが送られてくることもない。
 高校生活が始まったばかりで、ほぼほぼ毎日顔を合わせている伊藤達が、俺にメッセージを送ってくる理由も思い付かなかった。
「あ」
 不審に思いながらアプリを開いた俺は、メッセージの送り主が翼ちゃんであることを知り、何だか少し擽ったい気持ちになった。
(そう言えば俺、今朝翼ちゃんと友達登録し合ったんだっけ……)
 朝のホームルームが始まる前に登録したからすっかり忘れてしまっていた。せっかく登録したのにメッセージを送らないのって失礼になっちゃうのかな?
 でも、男同士ならいざ知らず、女の子相手にすぐメッセージを送りつけるのもねぇ……。何か〈がっついてる〉って思われそうでちょっと嫌。
 元々あまり社交的ではない俺は、人付き合いに関しても受け身であることが多く、自分からメッセージを送るより、こうして翼ちゃんからメッセージを送ってきてくれた方が助かったりもする。
 初めて翼ちゃんから送られてきたメッセージは
《こんばんは! 深雪君。今日は疲れたよね。お疲れ様。明日から授業が始まっちゃうけど、ちょっとドキドキするよね》
 という可愛らしいもので、語尾には可愛い絵文字や顔文字まで使われていた。
 如何にも女の子らしい字面にほっこりしてしまう俺は、口元を弛めながら
《翼ちゃんもお疲れ様。俺も明日からの授業に緊張してるよ》
 と返した。
 普段、メッセージを打ち慣れていないせいで少し時間が掛かってしまったし、絵文字や顔文字を使うなんて器用なこともできなかったけれど、こういう素っ気ない感じの方が男らしく思われそうだし、下心みたいなものもなくていいんじゃないかと思ったり。
 メッセージを送信し終わり
(そう言えば俺、女の子とメッセージ交換するの初めてかも……)
 なんて思っていたら
「うえっ⁉」
 俺がメッセージを送信した直後、間髪入れずに再び鳴ったスマホにギョッとした。
 まさかとは思うけど、もう返事が来たの?
「え……えっと……」
 慌てて画面を確認し、翼ちゃんからのメッセージにすぐ返事を返そうとする俺は、どんなに字面で素っ気なさを装ってみたところで、結局は女の子とのメッセージ交換に浮かれている男だと思われてしまわないだろうか。
 でも、送られてきたメッセージを無視なんてできないし。こういうやり取りって結局は暇潰しみたいなものだよね。二、三回やり取りすれば、俺とのやり取りを切り上げ、他の子とのやり取りを始めるに違いない。
 と思ったんだけど――。
「ふぁっ⁉ また来た⁉ え⁉ ちょっと待って? 俺、さっきのメッセージにまだ返事返してないんだけど⁉」
 二、三回どころか、翼ちゃんからのメッセージが物凄い勢いで俺のスマホに届く。
 何これ。どうやって文字入力してるの? 翼ちゃんの文字入力スキルが異常。翼ちゃんの指ってどうなってるの?
「あわわ……あぅー……」
 それでも、翼ちゃんから送られて来るメッセージを読み、返事が返せそうなところで入力したメッセージを送信してみるんだけど、次々とメッセージが上がってくるスマホの画面を見る限り、あまり会話が成り立っているようには思えなかった。
 これでいいのか? 現代っ子のコミュニケーション。
 俺がついていけていないだけなんだろうけれど、せめて相手の返事くらい待って欲しい。
「う……うぅ……」
 次々に届く翼ちゃんからのメッセージに、早くも挫折してしまいそうになった俺は
「うるさいよ? 深雪。さっきからピロピロと。一体誰とやり取りしてるの?」
 鳴りやまない俺のスマホがうるさかったらしく、俺に部屋に入って来た雪音にスマホを取り上げられてしまった。
「かっ……返してっ!」
 雪音に向かって咄嗟に手を伸ばす俺は、雪音にスマホを取り上げられたことが嫌だったわけではなく、雪音に翼ちゃんとのやり取りを見られることが嫌だった。
「ふーん……」
 雪音は自分に向かって手を伸ばしてくる俺の頭を押さえ付け、俺が椅子から立ち上がれないでいる隙に、翼ちゃんから送られてくるメッセージを読んでしまうと
「この子が深雪の幼馴染みで、深雪のことを初恋の相手だって言った子?」
 俺にスマホを返しながら、そう聞いてきた。
「う……うん……」
 俺は雪音から返してもらったスマホを両手でぎゅっと握り締めながら、小さく頷いた。
 俺の手の中で、スマホは相変わらずメッセージの受信を通知してくる。
「その子、高校で再会した深雪のこと狙ってるんじゃない?」
「へ?」
 しばらく俺からの返信が無いからか、翼ちゃんからのメッセージはようやく止まった。
 それと同時に、不機嫌そうな雪音にドキッとするような事を言われた俺は、内心ちょっとだけ期待しそうにもなってしまった。
「大体、人前で深雪を初恋の相手だって公言しちゃうあたりがあざといっていうか、何気に周りの人間に宣戦布告してるよね。頼斗が怒るのも無理ないと思う」
「……………………」
 そ……そうなの? 確かに、俺もみんなの前でわざわざそんな事を言った翼ちゃんに、〈何も今言わなくても〉とは思ったけれど。あの発言にはそういう意味があったの?
「まあいいけどさ。その子がどういうつもりだろうと、僕に深雪を渡すつもりなんてないし」
「……………………」
 いやいや。どの立場からそんな事を言っているわけ? 俺、別に雪音と付き合っているわけでもないんだけど。
「早く返事返してあげたら?」
「へ? あ……うん……」
 あれ? 俺が女の子とメッセージ交換をしていると知って、もっと嫌味みたいなものをグチグチと言われるのかと思ったのに。女の子相手だと雪音も潔く引いちゃうんだろうか。
 これが頼斗だったら、逆にスマホの電源を切ってしまい、そのまま俺にエッチな事をしてくる流れになりそうなところだ。
 でも、意外と雪音には紳士的な一面もあって、この前リビングのソファーで俺にエッチな事をしてきた後も、雪音は俺の身体を綺麗に拭いてきてくれたし、服もちゃんと着せてくれたりしたんだよね。
 そういうところは非童貞の余裕というか、相手に対する気遣いみたいなものだったりするんだろうけれど、俺はそれがちょっと意外だったりもした。
 まあ、頼斗も俺とエッチな事をした後は、俺にいっぱい優しくしてくれるんだけどさ。雪音と違って不慣れな感じがするし、不器用丸出しって感じがするから、その慣れていない感が逆にほっこりしたりもする。
「ああ、それと」
「うん?」
 俺にメッセージの返事を返すように促した雪音は、そのまま俺の部屋から出て行こうとしたんだけれど
「その子、やめといた方がいいと思うよ」
 部屋を出て行く寸前、ちゃっかり余計な忠告をしてきてくれた。
「…………え?」
 まるで上げて落とすような事をされた俺は唖然となり、翼ちゃんに返信することを、一瞬で忘れてしまった。


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