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第三話 『Re-start』

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「あれ? 何で二人一緒に同じベッドなんかで寝てるわけ?」
 俺の部屋に勝手に足を踏み入れ、部屋の中の様子を一目見た雪音の第一声はそれだった。
 まあ、普通はそう言うよね。俺が雪音の立場でも、この部屋の状況を見れば、真っ先にそこを聞いていると思う。
「いや……これは、その……。きょ……今日はお客さん用の布団を父さん達が使うから、俺と頼斗は一緒のベッドで寝てくれって、父さんに頼まれちゃって……」
 嘘は言っていない。実際に父さんに確認してもらっても構わないほど、俺は本当の事しか言っていない。
 それなのに、こんなにも心の中が後ろめたい気持ちでいっぱいになってしまうのは、俺と頼斗が一度はエッチな事をした間柄なのと、今し方、危うく頼斗とキスしそうになっていた自分がいるからだろう。
「は? いやいや。それはダメでしょ。深雪は馬鹿なの? それとも、本当は頼斗に襲って欲しいの?」
「はあっ⁉」
 何を言うかーっ! 誰がそんな願望なんて持っているんだよっ! 俺にそんな願望があるなら、雪音と出逢う前に俺と頼斗はとっくにそういう関係になってるよっ!
「何言ってるの⁉ ただ同じベッドで一晩一緒に寝るだけのことじゃんっ! たまたま今日は頼斗が寝る布団がないからしょうがないだけじゃんっ!」
 どうやら雪音には俺と頼斗がキスしようとしていた事には気付かれていないようだから、俺も強気な態度に出てみたんだけど――。
「じゃあその手は何? 僕の目には頼斗が深雪を抱き締めているように見えるんだけど」
「はうっ!」
 俺が頼斗の胸を押し返した後も、頼斗の腕は俺の背中に回ったままで、布団で隠れて見えない部分を除いてみても、俺が頼斗に抱き締められているとわかる状態だった。
「こ……これは、たまたまって言うか……。お互いどうやって寝るのが一番収まりがいいかな? って検証していただけで……」
 く……苦しい。あまりにも言い訳が苦し過ぎる。自分でも何を言っているのかがわからないくらいだよ。
 収まりがいい寝方って何だよ。そんなものを検証する必要なんてないし、その検証に〈抱き合って寝る〉を入れている自分が馬鹿過ぎる。雪音の言うように俺は馬鹿なの?
「ふーん……。それで、そうやって寝るのが一番いい、って結論にでもなったわけ?」
「いや……そういうわけじゃ……。まだ検証中っていうか……」
 あれ? もしかして、信じた? 雪音は俺の苦し過ぎる言い訳に、まんまと騙されてくれたのだろうか。
「だったら僕もその検証に付き合ってあげる」
「は⁉」
 と思ったら、何か変なことを言い出したーっ!
 何々? 検証に付き合うってどういう事⁉ まさかとは思うけど……。
「お邪魔しまぁ~っす」
「ちょっ……ちょっと!」
 やっぱりーっ! 雪音は俺と頼斗が一緒に潜り込んでいるベッドに近付いてくると、俺と頼斗の上を通り越し、頼斗とは反対側の俺の隣りに身体を潜り込ませてきた。
 俺一人が寝るには充分過ぎる広さがあるベッドでも、男三人が一緒に横になればぎゅうぎゅうを通り越して誰かが落ちそう――この場合は頼斗が落ちそうだった。
 三人ともベッドから落ちないようにするためには、三人が密着するしかない状態である。
「狭い~っ! こんなんじゃ寝られないよっ!」
「そう? 僕は結構平気だよ?」
「いや……俺の背中、ベッドの縁ギリギリなんだけど……」
「じゃあ頼斗は床で寝れば?」
「何でだよっ! お前が自分の部屋で寝ればいいだけの話だろっ!」
「それはダメだよ。僕の大事なお兄ちゃんが狼に襲われないよう、弟の僕がちゃんと見張ってあげなくちゃいけないもん。あ、それとも、頼斗に僕のベッド貸してあげようか? いいよ。頼斗は僕の部屋の新しいベッドで寝ても。引っ越しの手伝いしてくれたお礼」
「恩着せがましく言うなっ! 大体、お前は深雪を兄ちゃんだなんて思っていないだろっ! 何が〈僕の大事なお兄ちゃん〉だ! 白々しいっ!」
「深雪が大事なのは本当だも~ん」
 うぅ~……何なの~⁉ この状況っ! 俺、前からは頼斗に抱き締められて、後ろからは雪音に抱き締められている状態なんだけどっ! これで寝ろっていう方が無理な話だよ~っ!
「ひっ! ちょっ……ちょっと⁉」
 二人の男に前と後ろからくっつかれている状態にも落ち着かないというのに。後ろから俺を抱き締めている雪音の手が、シャツの下から服の中へと滑り込んできて、俺の腰を直接掴んできたからびっくりした。
「深雪の腰細~い。肌もすべすべだね」
「やっ……やめてよっ! 変なとこ触んないでっ!」
「おいっ! お前、深雪に何してんの⁉」
 そのまま腰のラインをなぞるように撫でてくる雪音の手に、俺の背中はゾクゾクと震えた。
 擽ったいというか、むず痒いというか……。とにかく変な感じがして嫌だった。
「ちょっとした身体検査だよ。雪音の身体つきがどんなものかを確かめてるの」
「このエロガキ……」
 能天気な雪音の発言に腹を立てた頼斗は、俺の腰から雪音の手を振り払おうとして、俺の背中に回していた手を腰に下ろしていったんだけど
「ちょっと、頼斗っ! そこお尻っ!」
 服の中に雪音の手が入り込んでいるとは気付かず、雪音の手を通り越して俺のお尻を掴んできたから、俺はギョッとして戸惑いの声を上げた。
「わ……悪い。行き過ぎた」
「もうっ!」
「わざとなんじゃない? やらし~」
「違うっ!」
「もーっ! どうでもいいから、二人とも俺から離れてよぉ~っ!」
 何かいきなり変な展開になってしまっているんだけど、この状況はどう考えても百パーセントおかしかった。
 俺と頼斗が一緒のベッドで寝るのは仕方がないとしても、どうしてそこに雪音が入って来ちゃったんだよ。これも頼斗との俺の取り合い? っていうか、雪音のヤキモチの焼き方だったりするの?
 だとしても、状況があまりにも奇怪過ぎるよっ!
「それは無理」
「無理だな」
「どうして⁉」
「だって、ベッド狭いし」
「くっついていないと俺がベッドから落ちる」
「それに、深雪と頼斗を同じベッドで一晩一緒に寝させたくない」
「同じく。俺もお前を雪音に譲る気がない」
「そ……そんなぁ……」
 そんな理由で二人とも俺から離れてくれないつもりなの?
 確かに、背中が壁になっている雪音はともかく、頼斗は俺にくっついていないとベッドから落ちてしまいそうではあるけれど……。
 でも、それって一度みんなベッドの上から下りてしまえば、ひとまず解決する話でもあるよね? 一度ベッドから下りて、どうするかを話し合えば問題も解決するとは思わない?
 それなのに、この二人は俺を離す気が全く無い。雪音が今日からうちの住人になったことで、雪音と頼斗の俺の奪い合いが激化しているとでも言う?
「で……でも俺、こんなんじゃ寝れないし……。二人もこんな状態じゃ寝られないよね?」
 どうにかして、このおかしくて怪しげな三位一体状態から解放されたい俺は、まずはベッドから一度下りることを二人にお勧めしたくてしょうがない。
 しかしながら、どちらも俺を離す気もなければベッドから下りる気もないらしく、二人の間で挟まれている俺に更に密着してきては
「んんっ……! ちょっと! 今俺のお尻触ったのどっち⁉」
 俺の身体を怪しい手つきで触ってきたりする。
 更には
「っ……ゃっ……雪音っ! 擽ったいよっ!」
 後ろから俺のうなじに唇を寄せてきた雪音が、俺の項にキスなんかしてくるから、俺はその感触にキュッと肩をすくめた。
「雪音……。お前は深雪に……」
「だって、深雪の項にそそられるんだもん」
「くそー……お前がそういう行動に出るなら……」
「んんっ……!」
 雪音の行動には俺も苦言を呈したいところだが、それより先に雪音に腹を立てた頼斗が俺の唇にキスをしてきたから、俺はそれどころじゃなくなった。
「あーっ! ズルいっ! 自分が正面にいるからって、それは卑怯だよっ!」
「ズルくねーよ。お前が先に深雪にキスしたんだろうが」
「僕は項だよ⁉ 項と唇じゃキスの重みが違うじゃんっ!」
「どこにしようがキスはキスだ」
 頼斗からのキスは一瞬だったけど、一瞬でも雪音の前で頼斗とキスするところを見られてしまった俺は、羞恥以上の何かを感じた。
 っていうか、〈ズルい〉〈ズルくない〉の問題ではないし、キスの重みとかもどうでもいいよ。一番の問題は今この状況。俺が二人の男から自分の身体を弄ばれているようなこの状況が、一番の大問題だと思うんだけど。
「ふーん……そういう事言うんだね。わかった。じゃあ、僕だって深雪にエッチな事しちゃうから」
「えぇっ⁉」
 待ってーっ! それはダメっ! 無理っ! 困るっ! 何で俺が雪音にエッチな事とかされなきゃいけないの⁉ しかも、頼斗の目の前でっ! 何かもう、益々変な展開になってきちゃってるよっ!
「いや……え? マジですんの? それはいくら何でも不味くね? っていうか、俺もお前を含む深雪と三人でエロ体験なんかしたくねーんだけど……」
 雪音の発言には俺も大いに焦ったけれど、それを聞いた頼斗の顔も困惑した顔だった。
 そりゃそうだよ。自分の前で俺にエッチな事をする雪音を頼斗が見過ごすわけないし、雪音が俺にエッチな事を始めたら、頼斗も負けじと俺にエッチな事をしてくるに決まっている。そうなると三人で一緒にエロ体験という、最早カオスなエロ現象が起こっちゃうじゃんか。
(いや……でも、男同士のエロ体験とは、何も必ず二人きりの時に行うものでもなかったような……)
 俺が過去に友達から聞いた男同士のエロ体験の中には、修学旅行で泊まったホテルの中で、同じグループの男子全員でオナニー大会をした、というものがあったよね。
(無理無理無理ぃ~っ!)
 二人だけでするエッチな事も死ぬほど恥ずかしかったのに、三人なんて絶対に無理っ! もっと恥ずかしくて本当に死んじゃうっ!
「あれ? 弱気だね。この状況だよ? 嫌とかどうとか言ってる余裕あるの? 僕なんて、さっきからもう深雪の身体にムラムラしちゃって仕方がないんだけど」
 何⁉ このエロ中学生っ! 欲望に忠実過ぎて最早狂気っ! 何でこの状況で俺の身体にしっかり欲情とかしちゃってるわけ⁉
(こ……こいつ……本当にこれまで恋愛とは全く無縁な人生だったの⁉)
 以前、雪音は俺と頼斗の前で〈恋愛とは全く無縁の人生〉と言っていた。
 その時も俺はその言葉を素直に信じられない気持ちでいっぱいだったけれど、俺と一緒に暮らし始めた途端、初日から俺の身体に欲情してくる雪音を見ると、こんなに性欲旺盛な人間が、これまで色恋沙汰に全く無縁だったとは思えない。
 エロい事への免疫もありそうだし。何より、初めてらしい躊躇いや恥じらいというものがまるでない。
 雪音は俺がファーストキスの相手だとは言ったけれど、それってキスの経験がないだけで、セックス経験はあるってことなんじゃないの?
 大体、一度俺の学校にひょっこり顔を出しただけでも女子に騒がれる雪音だよ? 言い寄ってくる女の子なんていくらでもいるでしょ。
 キスはしなくてもセックスはできるし、相手のことを好きじゃなくてもセックスはできる。それが男というものなんだ。雪音はきっと童貞じゃない。
「ね? 深雪。深雪もこの状況に少なからず興奮しているんじゃない?」
「は⁉」
「だってほら、深雪のことが好きな男が、こうして二人揃って深雪にエッチな事をしたくて堪らなくなっているんだよ? それって興奮しちゃうよね」
「ばっ……馬鹿っ! そんなわけないでしょっ! 俺は今、どうやったら二人が俺から離れてくれるんだろうってことで頭がいっぱいだよっ!」
 自分の欲望に忠実なエロ中学生雪音は、俺をその気にさせようとする誘い文句も何やらエロかった。
 既に雪音の手は完全に俺の服の中へと侵入していて、さっきまで腰の辺りを擽るように撫でていた雪音の手は、俺の胸の下まで這い上がってきている。
 その手を払い落としたい気持ちは山々なんだけど、それができない理由というものもあって、俺の両手は今、頼斗の背中の向こう側にあった。
 雪音が俺のベッドに潜り込んできた時、何かの拍子に頼斗の胸の前にあった俺の両手が頼斗の両脇を擦り抜け、頼斗の身体の向こう側へと突き出してしまったのだ。そこから身動きが取れないくらいに三人でくっついてしまったから、俺は自分の両手を頼斗の身体の向こう側から戻すことができていなかった。
 だから、俺はさっきから俺の身体を好き勝手触ってくる二人に、抵抗らしい抵抗ができないままでいる。
「じゃあ、その頭の中をエッチな事でいっぱいにしてあげようか」
 恋愛とは全く無縁だったと言う人間が、何を根拠にそんな自信満々なセリフを吐けるのかはわからないけれど、俺の中では非童貞と確定しているような雪音の言葉には、得体の知れない説得力があった。


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