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第三話 『Re-start』

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 五人での夕飯が終わった後は、順番にお風呂に入って早々に寝ることになった。
 今日はみんな朝から動きっぱなしで疲れているし、明日は明日でまだやる事が沢山残っている。今日は早く寝て、また明日早起きしよう、ってことになったのである。
 ここで我が家の説明というか、簡単な家の間取りなんかを説明する。
 まず、一階はリビング、ダイニング、キッチンが開放的な続き間になっていて、リビングの奥には小さめな和室が一部屋。ここは普段使わないし、親戚が泊まりに来た時の客室として使われることもある。
 ただ、ご先祖様を供養するための仏壇が置いてあったりもするから、俺は毎朝、母さんとご先祖様に線香をあげるために足を踏み入れている。
 リビングとキッチンにはそれぞれドアあり、ドアを開ければ廊下に出る。廊下には二階へ上がる階段、階段の下が掃除道具入れ。あとはお風呂場とトイレがある。
 まあ、一般的な造りと言えば一般的だよね。
 次は二階。
 二階にも階段を上がってすぐ右にトイレがあり、その横はわりと広い物置部屋になっている。部屋として使おうと思えば使えるけれど、照明が暗く、梁が剥き出しになっている物置部屋は部屋として使うには向いていない気もする。
 二階にある部屋はトイレと物置部屋を除いて三部屋。階段を上った左側手前から父さんや宏美さんが使うための夫婦部屋。その隣りが雪音の部屋で、一番奥が俺の部屋。
 どうして俺が一番奥の部屋を使っているのかと言うと、そっちの部屋の方が雪音の部屋よりちょっとだけ広くて、日当たりもいいからだ。
 母さんが生きていた頃は、雪音の部屋を母さんが使うこともあったけれど、母さんが死んでからはずっと空き部屋になっていた。
 で、話は元に戻るけど、頼斗がうちに泊まりに来た時、俺はいつも一階の和室からお客さん用の布団を自分の部屋に持って上がっている。
 一応、客室として使っている部屋だから、予備の布団はそこの押し入れに入っている。
 しかし
「あれ? ねえ、父さん。お客さん用の布団は?」
 今日も自分の部屋にお客さん用の布団を一セット持って上がろうとした俺は、押し入れの中が空になっていることに首を傾げた。
「ああ、父さん達の部屋だよ。ほら、父さん達の部屋もベッドを買い替えただろ? ベッドは届いたんだけど、布団がまだ届いてなくてね」
「あ……そっか……」
 そう言えば、これまで母さんが使っていたベッドは宏美さんに気を遣わせるからって、それまで使っていたベッドを二つとも新しいベッドに買い替えたんだったよね。
 ベッドと一緒に布団も買ったのに、その布団が何故か五日遅れで届くことになっちゃって、引っ越しの日に間に合わないって言っていたっけ。
 だったら、今まで使っていた布団をとりあえず使えばいいじゃん、って話なんだけど、うっかり者の父さんは二日前に新しいベッドが届いた時、古いベッドと一緒に布団やマットレスも業者に持って行ってもらってしまったから、父さんはそこからお客さん用の布団を使っていた。
「だから、悪いけど今日は頼斗と一緒のベッドで寝てくれないか? 深雪の部屋のベッドは大きいから、男二人でも何とか一緒に寝られるだろ」
「え」
 そう来る? え? そこは父さんと宏美さんが一緒の布団で寝るんじゃダメなの? 夫婦になるんだから、別に同じ布団で一緒に寝ても何の問題もないよね?
「え? 何だ? その顔。ダメなのか?」
「へ? う……ううん。わかった。今日は頼斗と一緒のベッドで寝るよ」
「頼むよ」
「うん」
 あぁぁぁぁーっ! 俺の馬鹿っ! お人好しっ! でも、父さんの前で「嫌だよ」とは言えなかった。そんな事を言ってしまったら、俺と頼斗の間に何かあったと疑われてしまいそうな気がしちゃって。
 とりあえず、父さんの前では聞き分けのいい返事を返したけれど
(頼斗と同じベッドで一緒になんか寝られるかーっ!)
 俺の本音はそれだった。
 いやいやいやっ! どうすんの⁉ まさか父さんが二つしかないお客さん用の布団を二つとも自分の部屋に持っていくとは思っていなかった! 一つは俺のために残してくれているものだと思ったのにっ!
「あれ? 何? お前、俺の布団を取りに行ってくれたんじゃなかったの?」
 すっかり青褪めた顔で自分の部屋に戻って来た俺は、俺の後にお風呂から出て来た頼斗に聞かれて
「それが……今日は父さんと宏美さんが布団を使うみたいで、俺は頼斗と同じベッドで寝てくれって……」
 と、大変困った顔で言うしかなかった。
「ふーん……そうなんだ。ま、俺は別にいいけど」
 いいのかよっ! でしょうねっ! わかってはいたよっ! 俺と一緒のベッドで寝ることになっても、頼斗は何一つ困らないということはっ! きっと、心の中で〈ラッキー〉くらいに思っているに違いないよ。もうっ!
「い……言っとくけど、この前みたいな事は絶対にしないでよ?」
「わかってるって。今日から隣りの部屋に雪音がいるのに、俺が深雪にエロい事なんかしたら、深雪の可愛くてエロい声が雪音に聞かれちゃうもんな」
「そういう事言わないでっ!」
 ほんとにもう……ちゃんとわかっているんだろうな。防音加工が施されているうえ、部屋も少し離れている父さん達の夫婦部屋ならまだしも、すぐ隣りの雪音の部屋には普通に話している声だって聞こえる可能性があるのに。
 まあ、今は雪音もお風呂に入っているから、隣りの部屋には誰もいないんだけどね。
 でも、実際俺の部屋のすぐ隣りの雪音の部屋って、どれくらい生活音が聞こえるものなんだろう。
 たまに母さんが使っている時は母さんの立てる物音も気にならなかったけれど、それは母さんがたまにしか隣りの部屋を使っていなかったからで、隣りの部屋にずっと誰かがいると気になってくるものなのかもしれないよね。
 頼斗と一緒にいる時を抜きにしても、俺だってたまには部屋でオナニーする事とかあるから、あまり全部聞こえるような設計になっていないことを祈りたい。
「んじゃま、さっさと寝るか」
 手ぶらで部屋に戻って来た俺の事情を説明してもらうなり、頼斗はもう寝るつもり満々だった。
「え? もう寝るの?」
 しかし、俺はまだ心の準備というやつができていないから、すぐさま頼斗と同じベッドに潜り込む気になれなかった。
「え? まだ寝ないの? でもお前、今日は疲れてるんじゃね? 明日も早いし」
「早いって言っても、別に言うほど早起きしなくてもいいと思うよ? やる事はいっぱいあるにはあるけど、それだって絶対に明日しなきゃいけない事ってわけでもないし……」
 時計の針はまだ午後九時を回ったばかり。明日は日曜日だから、朝の八時に目を覚ましたところで充分に早起きだ。平日の早起きと休日の早起きじゃ、時間がちょっと違うものだし。
(今から寝たら、十二時間近くも頼斗と同じベッドで寝ることになっちゃう……)
 俺も今日は疲れているから、「寝ろ」と言われればすぐに眠れてしまいそうだけど、頼斗と同じベッドで寝ることになった途端、急に目が冴えてしまったような気分だった。
(いや……でも待てよ? お互いさっさと寝ちゃった方が、余計なことをしようって気にならなくていいのかも……)
 ここは一つ、頼斗も誘ってもう少し夜更かししようと思っていた俺は、自分のひらめきで考えを改める。
 そして、考えを改めるなり
「でも、そうだね。今日は疲れてるから早く寝よう」
 自分でもびっくりするくらい、素早く手のひらを返すのであった。
 鼻歌交じりにベッドに潜り込むと
「頼斗もどーぞ」
 布団をぺらりと捲り、怪訝そうな顔をしている頼斗をベッドの中へといざなった。
「お……おう……」
 さっきまで目に見えてそわそわしていた俺が、急に自分のベッドに頼斗を誘ってくるものだから、頼斗も少し混乱してしまったのだろう。今度は頼斗が少し落ち着かない顔になって、おずおずと俺のベッドの中に身体を滑り込ませてきた。
「お邪魔……します……」
 うちには何度も泊まりに来ている頼斗も、さすがに俺と同じベッドで寝たことは一度もない。
 俺が捲った布団の中に緊張した面持ちで身体を滑り込ませてきた頼斗は、俺の隣りにぴったり寄り添うようにして身体を横にした。
(ち……近い……)
 一人で寝るには広過ぎると思っていたセミダブルベッドも、男二人が横になると結構狭い。多少の余裕はまだあるけれど、どうしても身体は寄り添ってしまうし、少しでも身体を動かせば、肌と肌が触れ合うのは避けられない。
 浮かれた顔で「どーぞ」なんて言っている場合ではなかった。
「そっち狭くないか? 深雪」
「う……うん、大丈夫……。頼斗は狭くない?」
「俺も平気」
「そう……」
 きゅっ……急に気まずいっ! いや、気まずいっていうか恥ずかしいっ!
 先日、頼斗の家に泊まりに行った時、頼斗とは同じ布団で一緒に寝た仲ではあるけれど、あれはその場の流れというか、俺の意識がほぼほぼ無かったから気にも留めなかった。
 でも、こうして改めて同じベッドで一緒に寝ることになると、何か物凄く恥ずかしい事をしているような気分になっちゃうよね。
「平気なんだけど……」
「うん?」
「ちょっとだけ……」
「えっ⁉」
 二人揃って姿勢を良くして天井を見上げていた俺と頼斗だったけれど、それだと逆に緊張して眠れない。
 どうしたものかな? と困っていると、俺の方を向いて寝返りを打ってきた頼斗が、そのまま俺をぎゅっと抱き締めてきた。
(ひぃぃぃぃ~っ!)
 心の中で盛大に悲鳴を上げた俺は、緊張で心臓が口から飛び出しそうな気分だ。
 俺も寝返りを打って頼斗の方に身体を傾けると
「ダ……ダメだよ、頼斗……。そういう事はしないでって言ったじゃん……」
 拗ねるような――それでいて、少し怒ったような顔で頼斗に言った。
 こんなにぴったりくっついていたらまた変な気分になっちゃって、ただくっついているだけじゃ終わらない気がする。
「大丈夫。何もしねーから。ただちょっとだけ、こうやって深雪のこと抱き締めていたい」
「うぅ……で、でもぉ……」
 ベッドの中で甘く囁いてくる頼斗に、またしても流されてしまいそうになる俺がいる。
 いくらそういうお年頃だからって、俺もちょっと流されやす過ぎじゃない? 一度はエッチな事をした相手だから、抱き締められるくらいどうって事ない、とでも思ってるの? そういうところが甘いし、相手に付け入る隙を与えるっていうのに。
「深雪……あったかくて柔らかい。すげー癒される」
「何それ……。俺は人間湯たんぽが抱き枕か何かなの?」
「ううん。お前は俺の死ぬほど好きな奴……」
「っ……」
 くぅあぁぁぁぁ~っ! これ、絶対このままじゃ終わらない流れっ! 頼斗がめちゃくちゃ甘い雰囲気を作ってくるよぉぉぉ~っ! そして、俺は多分こういう雰囲気にめちゃくちゃ弱いっ!
「あの……頼斗……」
 このままずっと抱き締められているのも恥ずかしいし、俺もドキドキして変な気分になってきそうだから
(せめて手を握るだけとかに変えて欲しい……)
 と思っていたら、頼斗の顔がゆっくり俺に近付いてくるのを感じた。
(あ……キスされる……)
 そう思った俺が本能的に目を閉じてしまった時だった。
「ちょっとお邪魔しまぁ~っす」
 ノックも無しにドアが開き、能天気な雪音の声が部屋の中に飛び込んできた。
「うわぁっ! なっ……何っ⁉」
 俺は慌てて目を開き、俺を抱き締めている頼斗の胸を押し返した。
(あ……危なかったぁーっ!)
 キスまであと数センチどころか、唇の先と先が触れ合うところまで行っていた。
 雪音のおかげでどうにかピンチを切り抜けた俺ではあったけれど、今のをセーフかアウトで言うのなら、気持ち的にはギリギリアウトだったような気もする俺だった。


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