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第三話 『Re-start』

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 引っ越し業者により、夏川親子の荷物が七緒家に運ばれてきたのが午前十時になるかならないかの頃。
 二人ともあまり荷物はなかったようで、宏美さんの方は夕方前に全ての作業が終わったみたいだけれど、雪音は何ぶん組み立てるものが多く、三人掛かりで作業を続けていても、雪音の部屋を理想的な部屋に仕上げるまでにはかなりの時間を有した。
 それでも、午後七時になる頃にはようやくそれっぽい形になり、後の細かい物の設置はまた明日――という事になった。
 とりあえず、今日は寝る場所さえ確保できていればいいだろう。
 一番最初に雪音が頼斗と一緒に組み立てたベッドの上には、新しいマットや布団、枕が、全て新品のカバーを掛けて設置されており、今夜の快適な睡眠を約束してくれているようであった。
「あー……疲れた。こんなに肉体労働したのっていつ振りだろう。多分、今回が初めてだわ」
「俺もー……。明日筋肉痛になっちゃいそう……」
 時間と手間が掛かる作業を全て終えた俺と頼斗は疲労困憊、という感じだったけれど
「二人ともだらしがないね。肉体労働って言ってもほとんど地味な組み立て作業だったじゃん。特に、深雪には力のいる仕事なんてさせてないよ? それでそんなに疲れるものなの?」
 俺達より先に引っ越し作業が続いている雪音が一番元気だった。
 雪音の場合、元の家から荷物を運び出すところから引っ越し作業が始まっているというのに、何でこんなに元気なんだろう。体力お化けなの?
 喧嘩が鬼のように強い雪音は、今は何のスポーツもしていないと言うが、以前鍛えた肉体は健在で、体力が有り余っているのだろうか。
(そう言えば、この三人の中で一番背が高いのって雪音なんだよね……)
 背が高い分、俺達より体力があるってことなんだろうか。
 俺と頼斗は出逢った頃から常に頼斗の方が俺よりちょっと背が高くて、今は俺より頼斗の方が五センチほど背が高い。でも、雪音はその頼斗より更に二、三センチ背が高い。
 つまり、雪音は俺より七、八センチは背が高いことになり、俺は雪音より背が低いお兄ちゃんになってしまうわけだ。
 普通なら、弟に身長を抜かされたお兄ちゃんは悔しくて仕方がないんだろうけれど、俺と雪音の場合は血が繋がっているわけじゃないからな。出逢った時にはもう雪音の方が俺より背が高かったから、俺も〈しょうがない〉と諦めることができる。
「三人ともー。そろそろ晩御飯にしましょー」
 俺、頼斗の二人が雪音の部屋でぐったりとし、そんな俺達を呆れた顔の雪音が見ているところに、一階から俺達を呼ぶ宏美さんの声が聞こえてきた。
「はーい。今行くー」
 疲れ果てた俺達に代わって、一番元気な雪音が宏美さんの声に返事を返していた。
「ほら、ご飯だって。行くよ」
「ん……」
「うー……」
 だらしのない年上二人は、年下なのに背が高い雪音に助け起こされて、三人揃って階段を下りて行った。

「どう? お部屋は綺麗に片付いた?」
 一階のダイニングに向かうと、キッチンに立つ宏美さんの姿と、珍しく夕飯の準備を手伝う父さんの姿があった。
 何か如何にも新婚さんって感じだよね。仲睦まじそうで何よりだ。
「うん。一応形にはなったよ。後は持って来た荷物を片付ける作業が残っているけど、それはまた明日でもいいかな」
「そう。良かったわね。深雪君と頼斗君の二人が手伝ってくれたおかげね」
「まあ、そのせいで二人はすっかりくたくたみたいだけどね」
「あらまあ。それは大変。二人ともごめんね」
「いえ……」
「気にしないで……」
 初めて我が家のキッチンに立つ宏美さんではあったけれど、あまり違和感というものはなかった。
 ただ、昨日までは俺が立っていた場所だったことと、母さんがキッチンに立っていた頃の記憶が残っている俺は、宏美さんの姿と母さんの姿が少し重なって見えたりもして、懐かしいような寂しい気持ちにもなってしまった。
 でも、それもきっと最初のうちだけだ。今日からはこれが我が家の当たり前の光景になるんだから、俺も慣れていかなくちゃいけないよね。
「そんなに大変だったのか? だったら頼斗、今日はうちに泊まって行けよ。そんなに疲れた身体を抱えて帰るのも嫌だろ?」
「ん……そうさせてもらう……」
 頼斗的には、今日から新しい家族として再出発をする俺達の邪魔をするつもりはなかったのだが、今はそんな事を気にする気力もないようだった。父さんの言葉に頷きながら、俺の右隣りに腰を下ろしている。
 ちなみに、雪音は俺の左隣り。俺と頼斗の正面に父さんが座り、宏美さんは俺と雪音の正面に座る形である。
 そうそう。夏川親子が引っ越して来るにあたり、我が家のダイニングテーブルがパワーアップした。
 四人掛けだったテーブルは六人掛けへと変わり、これまでより一・五倍は広くなった。当然椅子も六人分あるから、頼斗がこうして我が家の夕飯に混ざることになっても、わざわざどこかから椅子を持って来る必要がなくなった。
 これは俺が知らないうちに父さんと宏美さんの間で勝手に話し合われた事なんだけど、そんな事を知らなかった俺は、家に新しいダイニングテーブルが届いた時は雪音が使う勉強机なのかと思い、デカ過ぎじゃない? と思ってしまった。
 蓋を開けたら我が家の新しいダイニングテーブルだったからびっくりした。
『何で買い替えたの?』
 と父さんに聞いたら
『今までのダイニングテーブルでもいいっちゃいいんだけど、この前みんなで夕飯を食べた時、ちょっと狭いと思ってね。頼斗もうちで夕飯を食べることが多いから、いっそのこと買い替えた方がいいって、宏美がね』
 という返事が返ってきた。
 何かさ、頼斗がもう半分うちの子になっていると、改めて実感させられた言葉だったよね。
 でも、自分の家だといつも一人で夕飯を食べることになる頼斗を思うと、うちで毎日夕飯を食べれて行けばいいのに、と思う。
 頼斗のお父さんやお母さんは遠慮するだろうけど、うちは毎晩頼斗が夕飯を食べに来ても一向に構わないと思っている。
 一人で食べるより、みんなで食べるご飯の方が美味しいもんね。
「はっ! まさかそれが狙いっ⁉ だから、頼斗は僕の指示通りに従って、へとへとになるまで僕の手伝いをしてくれたわけ⁉」
「ぶっ……」
 突発的とも思える雪音の言葉に、俺は思わず口に含んだばかりのお茶を吹き出しそうになってしまった。
 おいおい。何を言い出す。父さんと宏美さんの前で。
「いや……何言ってんの? お前」
 頼斗もギョッとした顔になり、信じられないものを見るような目で雪音を見た。
 あのさ。わかっているとは思うけど、雪音と頼斗が俺を巡ってライバル関係にあることを、父さんと宏美さんに知られるわけにはいかないの。二人の前で雪音や頼斗が俺のことを「好き」とか言っていることは絶対秘密にしていて欲しいわけ。
 もし、そんな事実が父さんと宏美さんに知られてしまったら、せっかく幸せな家族としての第一歩を踏み出した我が家が、あっという間に崩壊の危機なんだよ。そこんとこ、雪音はちゃんと理解してる?
「狙い? 何だ? 頼斗は今日うちに泊まりたかったのか?」
「いや……そういうわけじゃ……」
「別に今更そんな事をわざわざ狙わなくても、今まで通り、頼斗は好きな時にうちに来ていいし、うちに泊まっていってくれても構わないんだぞ。うちに家族が増えたからって、遠慮することは何もないんだから」
「そうよ。今日は引っ越しの手伝いもしてくれたし。頼斗君はもう我が家の一員でもいいくらいよ」
「はあ……それはどうも……」
 ふぅ……。どうやら父さんと宏美さんには俺達三人がおかしな事になってる事実に気付かれずに済んだようだ。
 まあ、まさか自分の息子達とその幼馴染みが、男同士で三角関係になっているとは思わないよね。
「ちっ……上手いことやってくれるよね、頼斗も」
 そして、雪音にはもう少し自分の発言に責任を持ってもらいたい。
 初めて夏川親子が我が家を訪問した時も俺と一緒にいた頼斗は、宏美さんにとっても三人目の息子のような扱いを受けることになり、それが雪音にはちょっと面白くなさそうだった。
 いやいやいや。雪音が余計な事さえ言わなければ、今の父さんや宏美さんの発言は無かったから。そこで機嫌を損ねられても自業自得って感じだよ。
 雪音は自分のことを〈気が利かなくて無神経〉だと言っていたけれど、それは自分に跳ね返ってくる事もあるようだった。


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