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Final Season
永遠に輝け! 五つ星☆(10)
しおりを挟む俺と悠那が部屋に戻り、お風呂に入るために再び部屋を出た時には、時計の針は0時をとっくに過ぎていた。
当然、俺達以外のメンバーはとっくにお休みしているようで、人の気配を感じない家の中は静かなものだった。
最後にお風呂に入る俺達のために、律と海が一階の電気を点けたままにしてくれたようだけど、こんな時間になるのであれば
(電気は消しておいてもらえば良かったかな?)
と、ちょっとだけ思った。
うちのお風呂は入れてから二時間は自動的に保温してくれる設定になっている。
陽平がお風呂を入れたのが11時前。今が0時30分を過ぎたところだから、俺と悠那が湯船に浸かった時、まだお風呂は充分に温かかった。
「はぁ~……終わっちゃったね。俺達のデビュー記念日」
「本当だね。イベント前はあれこれ心配したり、不安に思うことも多かったけど、終わっちゃうと寂しいよね」
「ね~」
いつも通り、湯船の中で悠那の座椅子になってあげる俺は、俺の胸に完全に背中を預けてくる悠那の腰に緩く腕を巻き付け、悠那の感触を堪能していた。
数分前まで散々エッチなことをしていたから、今はいくら悠那にくっついていても大丈夫。俺と悠那のバスタイムは普通にイチャイチャするだけの時間なのだ。
「デビュー記念日が終わったってことは、今日から俺達の四年目が始まるってことだよね」
「そうだね。後輩もできたことだし、四年目はちょっとだけアダルトっぽさというか、大人らしさを出していけたらいいよね」
「アダルトっぽさかぁ……。セクシーな肌見せとか、そういうやつ?」
「うーん……そればっかりじゃないけど、それもアリかな。でも、悠那はダメだよ。俺が許さないし、多分事務所も許さない」
「そうかなぁ? でも俺、映画では結構際どいところまで見せちゃってるよ?」
「あれで充分。むしろ、あれは見せ過ぎだったと思うから、今後一切悠那の素肌を人前に晒したくない」
「ふふふ♡ 司のヤキモチ焼き屋さん♡」
0時をとっくに過ぎているということは、日が変わって俺達のデビュー記念日は終わってしまっている。
三周年を迎え、四年目に突入した俺達は、これからどんな一年を過ごすのかが楽しみでもある。
去年、後輩ができた俺達だから、今言ったように、今までにはなかった大人っぽさを出したい気持ちはある。
何故ならば、俺達の後輩としてデビューしたSeven Heavenの方が、今のところ大人っぽくてアダルトなイメージが勝っているからでもある。
まあ、実際に俺や陽平よりも実年齢が上のメンバーもいるもんね。メンバー全員が180センチ超えの高身長グループでもあるから、元々可愛らしいイメージで売り出した俺達とはパッと見の格好良さで勝てない感じもする。Seven Heavenのメンバーに比べて、うちのメンバーは見た目的にも人間的にも可愛い人間が集まっている感じがするし。
事務所的にも、俺達は〈可愛い〉、Seven Heavenは〈格好いい〉を売りにしたいみたいで、俺達とSeven Heaveの売り方には結構違いがある。
そりゃまあ、俺達だって男性アイドルグループだから、全く格好よく見せようとしていないわけではない。
でも、俺達の“格好いい”は生々しい男らしさではなく、おとぎ話に出てくる王子様みたいなもので表現されがちで、あまり現実的な男らしさではない気がする。
対するSeven Heavenは完全に同年代の女の子をターゲットにしている素の男らしさで表現されることが多い。
だから、四年目は俺達もそういう男らしさを出していきたいと思うんだけど、悠那にはその要素がまるでないし、律もまだ少し早いって感じだから、“メンバー全員で”というのは無理かもな。
それなのに、「セクシーな肌見せならいくらでもやっちゃうよ♡」のスタンスでいる悠那には、俺も説教をしてしまいたくなるところだった。
もっとも
「大丈夫。司が嫌だって言うなら、頼まれたって脱がないから。そもそも、司がいないところじゃ絶対に脱がないよ」
「ほんと、そうして」
俺がヤキモチを焼くことで、すぐに考え方を改めてくれる悠那ではあったけれど。
大体、悠那の肌見せに一番気を遣っているのは事務所の方だ。
悠那は特異稀な容姿のため、他のメンバーとはファン層がちょっと違う。男のファンも多いから、悠那の露出には事務所も特に気を遣っているところがある。
そのわりには、ドラマで太腿を丸出しにしたり、映画で生尻まで見せたりと、一番露出が多い仕事をさせられているような気もするが、悠那の露出は男性としての露出というよりは女性的な露出。シャツの前をはだけて胸元を見せるとか、そういう男らしさを感じる露出は一切させないようにされている。
別に胸なんかないんだから、ちょっとくらい胸元が見えても構わないのでは? と思うかもしれないが、悠那を性的な目で見る男性ファンが多いからこそ、悠那の乳首は絶対的に守られる場所になっているのである。
夏でもわりと防御力高めな衣装を着せられて、よく「暑いよ~。なんで俺の衣装だけ胸元が開いてないの~?」と嘆いている悠那がいる。
そんな悠那は、俺や陽平が以前受けたような水着になる仕事もNGだった。
こうなると、事務所にとって悠那がどういう存在なのかがわからなくなってきてしまうけれど、悠那の露出には俺も反対なので、いつも悠那に防御力高めな衣装を用意してくる事務所には感謝している。
しかしながら
「でも、今年はメンバーと一緒に仕事で海に行ったり、温泉とか行ってみたいよね」
悠那本人はどちらかと言えば脱ぎたがる傾向にある。俺の前では露出狂を疑ってしまうくらい、服を着ていないことが多いから仕方がないか。
「そういえば俺、陽平の裸って見たことがない」
「え?」
あまり悠那に人前で脱ぐことに平気になって欲しくない俺は、突然思い出したようにそう言い出した悠那にギョッとした。
(何故いきなりそんな話題?)
デビューした年に陽平と一緒にスペシャルドラマの仕事をしたことがある俺は、海辺のシーンで陽平の水着姿を見たことがあるし、なんならその泊りがけのロケ先で陽平と一緒にお風呂にも入った。
だけど、家の中での陽平は確かにメンバーの前で脱ぐことがないし、陽平が一緒にお風呂に入る相手と言ったら――本人は嫌がっているけど――湊さんくらいのものだ。
ドラマで水着姿を披露しているわけだから、陽平の上半身裸の姿ならうちのメンバーも全員見たことがある。しかし、全裸を見たことがあるのは俺くらいのものだった。
というか、陽平以外のメンバーなら裸を見たことがあるというのもどうかと思う。
しかも、律と海は一緒にエッチなことをした仲でもあるからな。それはメンバー仲がいいを通り越しているような気がする。
まあ、俺はあの二人の全裸を見たわけじゃないんだけど、悠那はあの二人と一緒にお風呂に入ったことがあるし、俺もあの二人のナニを見たことがあるから、それはもう裸を見たも同然である。
「え。見たいの? 陽平の裸」
「うん」
「何で?」
三年半も一緒に暮らしているメンバーだ。最早家族同然でもあるメンバーの前で、悠那が裸になることに何の躊躇いもなくなる気持ちはわかるけど、躊躇いがないのと“裸を見たい”と思う気持ちは少し違うと思う。
なので、陽平の裸を“見たい”と言う悠那に理由を尋ねてみると
「だって、陽平だけなんだもん。メンバーの中で裸を見たことがないのって。一緒に暮らし始めて三年半も経っているのに、陽平の裸だけ見たことがないっておかしくない?」
という返事が返ってきた。
いやいや。別におかしくないから。
家族に溺愛されて育ってきた悠那の家はどうだか知らないけれど、俺、実際の家族でもある姉ちゃんの裸なんて見た記憶がない。
もしかしたら、赤ちゃんの頃に母さんや姉ちゃんと一緒にお風呂に入ったこともあるのかもしれないけれど、俺に残る記憶の中に姉ちゃんと一緒にお風呂に入った記憶なんてものはない。一緒に住んでいるからといって、その人間の裸を必ず見るものでもないと思う。
「それってなんか不公平じゃない? 陽平は俺の裸を見たことがあるのに」
「うーん……」
それはまあ、俺達が家の中でセックスしてる最中に陽平が俺達の部屋に入ってきてしまったから、陽平に俺と悠那の裸を見られる羽目になってしまっただけで、陽平も見たくて見たわけじゃないんだよね。
むしろ、陽平的には見たくなかったと思う。俺だって陽平に悠那の裸を見せたくなかった。
それを“不公平”と言われても、俺にはどう答えていいものかがわからなくなってしまう。
「ドラマで陽平の水着姿なら見たことあるし、ライブ中の衣装替えで陽平の生着替えを見ることもあるけどさ。陽平の下半身が気になるよね」
「そんなこと気にしないでよ。見てどうするの?」
「湊さんが陽平の身体のどのあたりにそそられるのかを検証する」
「それは湊さんに直接聞きな。悠那が見たってわからないかもしれないし」
一体どういう好奇心だ。悠那が男性目線で陽平の身体にそそられるとは思えないし、陽平とそういう関係になるわけでもないのに。恋愛対象でもない相手の下半身を気にする悠那ってどうなの?
正直、俺はメンバーの裸を“見たくない”とまでは思わないけれど、積極的に“見たい”と思うことなんてないからよくわからない心情だ。
「そうなんだけどぉ……一回くらいは直接自分の目で見たいじゃん。陽平って秘密主義だし。俺達の前でもあんまりオープンじゃないから、見えない陽平の部分って気になる」
「そういうもの?」
「うん」
なるほどね。陽平が俺達の前でもあまり自分を曝け出してくれないから、却って悠那の好奇心が刺激されてしまうわけか。
俺はどちらかと言えば陽平のことを色々知ってしまう立場にいるから、陽平のことを秘密主義だとも思っていないんだけど、陽平って年下組には“格好いい自分しか見せたくない”と思っているところがあるからな。
特に、悠那には絶対に弱味を見せたくないと思っているようで、そんな悠那からしてみれば、陽平は謎に包まれた存在なのかもしれない。
「あと、純粋に陽平の大きさが知りたい」
「あのね、悠那。彼氏以外のちんこに興味を持つのはどうかと思うよ?」
ひょっとして、陽平の裸を見たい一番の理由ってそれなのでは?
エッチなことに積極的で好奇心旺盛な悠那は、困ったことに彼氏以外のちんこのサイズにも興味があるらしい。
それを知ってどうする。
しかも、悠那の言っている“大きさ”というのは平常時の大きさではなく、臨戦態勢に入った時の大きさ――ぶっちゃけて言ってしまえば、勃起してる時の大きさだよね?
いくら律と海のその時の大きさを見たことがあるからと言って、陽平のそのサイズまで知りたいだなんて、悠那は本当にエッチな子である。
「でもぉ~、他のメンバーは包み隠さず見せ合いっこしてるのに、陽平だけ仲間外れみたじゃない」
「いやいや。陽平は“そこの仲間にだけは絶対に入りたくない”って思ってるよ」
もし、悠那が陽平のおっ勃てている時のサイズを知りたがっていると陽平が知ったら、陽平は間違いなく怒り出すに決まっている。怒り出して、何故か俺が説教される羽目になると思う。それは勘弁して欲しい。
「そういうところが陽平の水臭いところだと思わない? 水臭いっていうか、上品ぶってるよね。なんかよそよそしくない?」
「う……うぅ~ん……。ま……まあ、陽平には“親しき中にも礼儀あり”っていうか、いくら仲がいいからって、何でもかんでも曝け出すことができない部分があるんだよ」
「それが水臭いって言ってるのっ!」
「って……言われてもねぇ……」
困ったな。こういうことを言い出した時の悠那は頑固だから、俺が何を言っても納得してくれなかったりするんだよね。
共同生活から三年半が過ぎ、デビューから三年が経った今、悠那はメンバーともっと親しい間柄になりたいと思っているらしい。
一緒に活動を続けていくメンバーとより親密になりたいと思う気持ちは間違っていない。むしろ、いいことだとは思うけれど、それと“ちんこを見たい”は違うだろ。
悠那の場合、不用意にメンバーと裸の付き合いなんかをしてしまうと、メンバーとの親密度がおかしな方向に進んでしまう可能性もある。俺としてはそこが心配でもあるんだよね。
特に、陽平は律や海と違ってしっかり男の部分があると思うから、悠那相手に欲情しないとも限らない気がするし。
「じゃあ、今度メンバーと一緒に銭湯にでも行ってみようか。みんなで一緒にお風呂に行こうってなったら、陽平も付き合ってくれそうだし」
「あ、それいい♡ 俺、みんなと一緒に銭湯行きたい♡」
「どこかこの近くにいい銭湯がないか調べてみるね」
「うんっ♡」
結局、悠那の願望というか、悠那の我儘を叶えてあげるために、ない知恵を必死に絞る俺だった。
何が悲しくて、自分の彼女が他の男のちんこを見たいという願いを叶えてあげなくてはいけないのだか。俺的には、たとえメンバーだろうと悠那の裸を見せたくないというのに。
(ま、いっか……)
そう提案することで悠那の機嫌は直ったし、メンバーと一緒に銭湯に行ってみるのも楽しそうだしね。
しかし、うちのメンバー全員で銭湯に行くとなると、どこか貸し切り風呂のある銭湯を探さなくちゃ。
さすがに大衆の面前に俺達の裸を晒したくはないし、悠那の裸を銭湯ごときで晒したくないもんね。
「銭湯♪ 銭湯♪ 楽しみ~♡」
何やらもうすっかりみんなで銭湯に行く気分になっている悠那はうきうきだけど、果たしてうちのメンバーが
『みんなで一緒に銭湯に行こう』
という誘いに乗ってくれるかどうかは謎である。
多分、その誘いに乗っかってくれるのは海くらいのものって気がする。
それでも
「俺、温泉は行ったことあるけど、銭湯って行ったことがないんだよね。スーパー銭湯ってやつに行ってみたい」
「わかったよ。調べておくね」
「わ~い♡ 司大好き~♡」
可愛い恋人のため、俺が目ぼしい銭湯をネットで探し、全員で銭湯に行くべく、他のメンバーを必死に説得する姿が容易に想像できてしまう。
デビュー四年目に突入した途端から、俺には色々とやるべきことがあるらしい。
翌朝――。
時計の針が午後9時を回った頃に目を覚ました俺と悠那は、いつものようにベッドの中で朝のイチャイチャをしてから一階に下りて行った。
その頃には他のメンバーはもう起きていて朝御飯を食べ終わっていたけれど、昨日のイベントでも振り返っていたのだろうか。全員が一階のダイニングテーブルに着いてお茶を飲みながら、楽しそうな談笑に花を咲かせていた。
先に悠那が顔を洗いに行き、悠那が洗面台から戻って来ると俺が顔を洗いに行ったわけだけど――。
「くぅおらぁ~っ! 何やってんだっ! 悠那っ!」
ぬるめのお湯を両手で掬い、顔を濡らした直後に陽平の怒鳴り声が聞こえてきて、俺の動きはピタリと止まってしまった。
「な……何事?」
陽平の声の様子からして、悠那が陽平に何かしたのは明らかだったけれど、その“何か”というやつに嫌な予感しかしない。
俺は顔を洗うのも適当にして、すぐさまタオルで濡れた顔を拭いてしまうと、急いでダイニングに駆け戻った。
すると
「あーんっ! いったぁ~いっ!」
「誰が悪いんだっ! あぁんっ⁈」
キッチンの前で頭を押さえる悠那と、そんな悠那を烈火の如く怒鳴りつける陽平の姿があった。
「ど……どうしたの? 何があったの?」
何となく想像はしているものの、一応聞いてみる。
「陽平が頭殴った!」
悠那は泣きそうな顔で俺に飛びついてくるし
「司っ! お前は悠那にどういう教育してんだっ!」
陽平には怖い顔で睨まれたし怒鳴りつけられた。
「えっとぉ……」
おそらく、ここは俺と悠那が陽平に謝らなくちゃいけないところだとは思うんだけど、謝るなら謝るで、もっと詳しい情報が欲しいところである。
(一体悠那は陽平に何をした?)
少し困った顔で律と海の二人を見ると、呆れた顔の律と、苦笑いをした海と目が合った。
「悠那さんがいきなり陽平さんの股間を握ったんですよ」
「う……」
呆れた顔のまま、俺にそう説明してくれた律に
(やっぱりか……)
という気持ちになった。
昨日、陽平の大きさが気になるって言っていたもんね。だからって、目が覚めるなり陽平のナニを握らなくてもいいものを……。
「何だって俺が起き抜けの悠那にいきなりちんこ掴まれなくちゃいけねーんだよっ! どうせお前ら昨日もヤってんだろっ! 悠那はお前のちんこで満足してねーわけ⁈」
「いや……そういうわけじゃないんだけど……。これにはちょっとした事情というか……」
「どういう事情だっ! 俺が納得する説明ができんの⁈」
「うぅ……できません……」
事態は俺が顔を洗いに行っている間に起こっているから俺は何も悪くないんだけれど、陽平はここぞとばかりに俺に説教をしてくる。
多分、悠那に説教をしても無駄だと思っているからだろう。悠那の彼氏として、俺が悠那をしっかり管理しろと、そういう事なんだと思う。
そうは言っても、俺の目の届かない場所で起こったことは俺も止めようがないし、悠那の好奇心も止められない。悠那に余計なことをさせないためには、俺が四六時中悠那の傍にいるしかないのである。
「どうせ悠那さんのことだから、何かの拍子に陽平さんの大きさが気になったんですよ」
「悠那君ってそういう好奇心が旺盛ですもんね」
陽平にとってはとんだ災難だっただろうが、被害に遭っていない二人――というか、既に被害に遭ったことがある二人は冷静だった。冷静だったし、悠那のことをよくわかっていた。
「何だよ! それ! 俺の大きさなんて悠那に関係ねーだろっ!」
でもって、陽平の言い分はもっともだった。
「何さ! 陽平がメンバーの前でも自分を曝け出さないのがいけないんじゃないっ! 別に司で満足してないわけじゃないもんっ! 満足しまくってるもんっ! ただ、陽平はどんなものなのか気になっただけだもんっ!」
「は? んなもん気にすんじゃねーよ! クソエロビッチ!」
「なっ……! 酷いっ! ビッチじゃないもんっ!」
悠那の行動がきっかけで、突如として始まる陽平と悠那の口喧嘩に俺の頭は痛かった。
「デビュー記念日の翌日だっていうのに……。相変わらずというか、賑やか過ぎる朝ですね」
「ま、これが僕達って感じもするけどね」
「むしろ、共同生活が始まったばかりの頃に戻ったような気分にすらなるよ」
デビュー四年目が始まったばかりの朝に、騒々しい言い合いを始める悠那と陽平には懐かしさのようなものも感じたけれど、二人の言い合いに対し、誰もおろおろと狼狽える様子がないあたり、これまでの経験と築き上げてきた信頼あってのことだろう。
できることなら、もう少し穏やかな朝を過ごしたいと思う気持ちはあるものの、こういう賑やかな朝も俺達らしさを感じる。
「彼氏以外のサイズを知りたがるところがビッチ臭いんだよっ!」
「純粋な興味じゃないっ! 陽平だって他人の大きさが気になったことくらいあるでしょ?」
「ねーよっ! 知ったからってどうなるわけでもねーのにっ!」
「嘘っ! 男子たるもの、そこは気になるもののはずだよっ!」
悠那が俺に飛びついてきた瞬間、俺の腕は悠那を自分の腕の中に閉じ込めているわけだけど、俺の腕の中から陽平と口喧嘩をする悠那に
(どうしたものか……)
と考える。
ここはリーダーとして、二人の口喧嘩を仲裁してあげなくては。
「悠那」
「ぁんっ」
俺は悠那の身体をひょいと抱え上げると、悠那を抱っこしたままテーブルに着いた。
「喧嘩はやめにして、朝御飯にしよ」
「でもっ……」
「ね? 俺が食べさせてあげるから」
「…………うん」
まずは悠那の機嫌を直すことにして
「陽平もごめんね。悠那には後で俺が言い聞かせておくから」
悠那の怒りが収まると、今度は陽平の機嫌を直しに掛かった。
「ったく……マジでちゃんと躾し直しとけよ」
陽平と悠那の口喧嘩は、悠那が突っ掛かってくることによって長引いてしまう。悠那がおとなしくなってしまえば、陽平もそれ以上悠那と言い合いをするつもりはなかったりする。
「さすがうちのリーダーですね。あっという間に二人の喧嘩を仲裁しちゃうなんて」
「司さんは昔から陽平さんと悠那さんの仲を取り持ってくれていましたからね。その経験が活かされているんだと思う」
突如として始まった口喧嘩は突如として収束し、静かになったダイニングでは俺を称賛する律と海の声が上がった。
二人の喧嘩を仲裁するためにリーダーになったわけじゃないんだけどね。
でも、俺がFive Sのリーダーになってからもう三年半が過ぎているんだと思うと、自分にも少しはリーダーとしての自覚や自信が出てきたような気もする。
信頼できる大切な仲間。愛してやまない可愛い恋人。たまには喧嘩することもあるけれど、何だかんだとメンバー仲が良くて楽しい毎日。
これがデビューから四年目を迎える俺達Five Sの今現在の形である。
「味噌汁飲むだろ?」
「うん」
「飲むー」
「ん」
騒動が鎮まると、何事もなかったかのように穏やかな時間を取り戻し、陽平は俺と悠那のために冷めてしまった味噌汁を温め直してくれるし、律はさり気なくご飯をお茶碗によそってくれる。海も湯呑のお茶を淹れてくれるしで、朝から至れり尽くせりの俺と悠那だった。
一番最後に起きてきたのに申し訳ないな、という気持ちはあるものの、これもまた俺達の日常だったりもする。
「二人の朝飯が終わったら、仕事に行く準備しなくちゃな」
「今日は雑誌の取材と、次に出す新曲の打ち合わせでしたよね」
「何だかんだと、いいペースで新曲が出せているのはありがたいですよね」
「今度の曲はアニメの主題歌にもなるんだよね。楽しみ~」
「そう言えば、海はそのアニメの原作ファンだって言ってたよね?」
「はいっ! 僕が中学生の頃から連載が始まって、今もずっと読み続けてる漫画なんですよ。自分の好きな漫画がアニメ化されることも嬉しいのに、その主題歌を担当できるなんて光栄ですよ」
「アイドルになって良かったね」
「はいっ!」
別に海は好きなアニメの主題歌を担当したいがためにアイドルになったわけではないが、メンバーが喜ぶ姿を見ると嬉しくなってしまう。
今ここにいる五人は生まれ育ってきた場所も環境もバラバラで、アイドルになった理由や経緯もバラバラだ。
でも、こうして出逢って一緒に過ごし、お互いがお互いに“出逢えて良かった”と思える存在になった。
現在、アイドルにも拘わらず全員が恋愛中でもあるけれど、仕事も恋も充実させて、いつまでも光り輝く五人でいたい。
そして
(いつかはこの五人でアイドル界の一番星になれたらいいな……)
と思う俺だった。
――完――
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