僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    前途洋々! 無敵の二人♡(7)

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 休暇一日目の朝を司と一緒に迎えた俺は、珍しく早起きしたついでにシャワーを浴びて――さすがに我が家は朝まで浴槽にお湯が入ったままにはなっていない――、家族や司と一緒に朝御飯を食べた。
 仕事続きの毎日だと早起きが苦手になってしまうけれど、こうして実家に帰って来ると、自然に早起きができてしまうから不思議。
 お兄ちゃんは相変わらず虚ろな目をしていて、朝だというのに疲れきった顔をしていたけれど、俺はそんなお兄ちゃんが仕事に出掛ける際には
「行ってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
 ちゃんと玄関までお兄ちゃんをお見送りしてあげた。
 俺のお見送りにお兄ちゃんはなんとも言えない顔をして
「行ってくる」
 とだけ言った。
 その後は、同じく仕事に出掛けるお父さんもお見送りしてあげて、そこからお昼までは司とお母さんとお喋りしながらのんびり過ごして、お昼過ぎに司と一緒に出掛けた。
 夕方までは司との地元デートを楽しみ、夕方からは司の実家にお父さんやお母さんと一緒に行って、蘇芳家の人達との時間を楽しんだ。
 その時、司の家族からも映画の感想を聞かせてもらったし、司のお父さんに
「司には責任を持って悠那君を幸せにさせます」
 なんて言ってもらえたから、あの映画のおかげで司の家族もついに俺達の仲を認めてくれたのだと解釈した。
 映画の力、恐るべし。
 蘇芳家で夕飯をごちそうになって帰って来た俺は、早速お兄ちゃんの相手をしてあげようと思ったんだけれど、時計の針は午後10時をとっくに回っているというのに、お兄ちゃんはまだ家に帰っていなかった。
 一体どこで何をしているんだろう。昨日はもう少し早く帰って来ていたから、今日も映画館に足を運んでいるとしても、同じくらいの時間には帰って来るものだと思っていたのに。
「もしもし? お兄ちゃん? どこにいるの?」
 待てど暮らせど帰って来ないお兄ちゃんに痺れを切らし、俺からお兄ちゃんに電話を掛けてみると
《ああ……ちょっと近所の公園に……。夜風に当たろうと思ってな……》
 お兄ちゃんからは沈んだ声でそんな返事が返ってきた。
 全くもう……。人が帰りを待ってあげているっていうのに、どこで何をしているの? って話だよ。
「お母さん。ちょっとお兄ちゃんを迎えに行ってくるね」
「え? こんな時間に外なんか出ちゃダメよ。そのうち帰って来るから放っておきなさい」
「大丈夫。すぐそこの公園だから」
「そう? でも、寒いからちゃんと暖かくして行くのよ?」
「はぁーい」
 如月家の長男が真冬の寒空の下で物思いに耽っていても、お母さんはやっぱり心配している風ではなかった。
 むしろ、そんなお兄ちゃんを連れて帰ろうとする俺のほうを心配してくれた。
 これまでがこれまでだったから、お兄ちゃんはあんまり親から心配される対象ではないのかもしれない。
 そう思うと、俺とお兄ちゃんの親からの扱いって随分と違うんだな、って思ったし、あんまり心配してもらえないお兄ちゃんが可哀想にもなった。
 一月の夜は寒く、しっかりコートを着てマフラーを首に巻いて外に出ても、外気に触れた瞬間に身震いをしてしまったけれど、家から300メートルほど離れた公園までの道を足早に歩いているうちに、少しだけ身体も温まった。
 時間が時間だし、寒さもあって夜道に人影は全くなかったけれど、住宅の中にポツンと存在している小さな公園に足を踏み入れると、公園の中にお兄ちゃんがいた。公園のベンチにポツンと座っているお兄ちゃんの姿があった。
 公園の中に一つしかない街灯が照らす公園内は薄暗く、その中でポツンとベンチに座っているお兄ちゃんの姿が、やけに物悲しく見えてしまう。
「お兄ちゃん。何してるの? 寒いんだから早く家に帰ろうよ」
 公園に入ってきた俺にも気が付かず、ぼーっとしているお兄ちゃんに歩み寄りながら声を掛けると、お兄ちゃんはハッとなって俺を振り返ってきた。
 相変わらず沈みきったお兄ちゃんの顔を見ると、俺はなんだか物凄くお兄ちゃんが可哀想に見えてしまった。
「どうしてこんなところで道草食ってるのかは知らないけど、俺が帰って来てるっていうのに、お兄ちゃんは嬉しくないの?」
「そんなことはない。もちろん、悠那が帰って来てくれていることは嬉しいし、俺は悠那と一緒に過ごす時間が、一分一秒でも長くなるのであれば、他に何も望まないくらいだ」
「だったら帰ろ。俺、お兄ちゃんが帰って来るのを待ってたんだよ?」
 ほんと、世話の焼けるお兄ちゃんである。弟の俺に心配を掛けて、わざわざ公園まで迎えに来させるだなんて。
「そうか……悠那は俺の帰りを待ってくれていたのか……」
 俺の中では最大限に優しい言葉を掛けてあげているというのに。相変わらずお兄ちゃんはどんよりと暗く、なかなかいつも通りのお兄ちゃんに戻ってはくれなかった。
 仕方なく、俺はもう少しお兄ちゃんに付き合ってあげることにして、ちょこちょことベンチまで歩いて行くと、お兄ちゃんの隣りに腰を下ろしてあげた。
「どうしたの? お兄ちゃん。俺と司のラブシーンはそんなに嫌だった?」
 本当なら
『いい加減にしてよねっ! 俺と司は付き合ってるって言ってるでしょ? お兄ちゃんがそんなに落ち込んだところで、俺と司の関係は絶対に変わらないんだからねっ!』
 くらいは言ってやりたいところだけれど、俺と司のラブシーンに身も心も疲弊しきったお兄ちゃんに、更に追い打ちをかけるようなことは言えなかった。
(ほんとにもう……困ったお兄ちゃんなんだから……)
 俺はお兄ちゃんに聞こえないくらいの小さな溜息を吐くと、真冬の寒空の下ですっかり冷えきってしまっているお兄ちゃんの手に、そっと自分の手を重ねてあげた。
 今回の帰省ではお兄ちゃんに優しくしてあげるって決めたから、これはかなりの大サービスだったりする。
「元気出してよ、お兄ちゃん。あれは仕事でもあったんだから、お兄ちゃんにそんなに落ち込まれちゃうと俺も悲しい」
 更にお兄ちゃんの庇護欲を擽るような悲しげな表情を浮かべてみせると
「~……悠那っ!」
 お兄ちゃんは一瞬泣きそうな顔になり、いきなり俺にガバッ! と抱き付いてきた。
 いや……そこまでしていいとは言っていないんだけど……。
「悠那ぁ~……お前はどうして……どうして俺以外の男と付き合ったりなんかしたんだぁ~……」
 泣きそう、ではなく、本当に泣いてしまったようである。
 ぐすっ、ぐすっ、と鼻を啜り上げながら嘆くお兄ちゃんに、俺はもうどうしていいのやら……。
 俺を心底溺愛しているお兄ちゃんだから、俺に恋人ができて盛大に嘆きたくなる気持ちはわかるけど、“俺以外の男”というところにはちっとも同情ができないし、「当たり前じゃない」と言いそうになってしまう。
「悠那は俺の生き甲斐なんだ。俺は心の底から悠那を溺愛しているのに、あの男のせいで俺は悠那を見るのが辛いっ!」
「まあまあ、お兄ちゃん。そんな盛大に嘆かないでよ。俺に恋人ができても、俺とお兄ちゃんが兄弟であることには変わりがないし、俺はお兄ちゃんのことだって好きだよ?」
「わかってる……わかってはいるが、悠那があいつにいいように弄ばれているのかと思うと、俺はもう気が狂いそうだ」
「別にいいように弄ばれてはいないんだけど……」
 俺と司を見ている限り、俺が司にいいように弄ばれているようには絶対に見えないと思うんだけどな。司は俺の我儘をなんでも聞いてくれる優しい彼氏にしか見えないと思う。
 司を敵対視しているお兄ちゃんの目には、司の姿が随分と歪んで映ってしまうらしい。
「ねえ、お兄ちゃん。俺、司と恋人同士になれて本当に幸せなんだけど、お兄ちゃんは俺の幸せを祝ってくれないの? 俺に司と別れて、死んだように毎日を過ごしてもらったほうが嬉しい?」
 言い方はかなり優し目にしたけれど、これは俺がずっとお兄ちゃんに言いたかったことで、お兄ちゃんの返答次第では、俺もお兄ちゃんを諦める覚悟を決めるくらい重要なことだった。
 これまで散々我慢してきたし、司にウザ絡みするお兄ちゃんのことも許してあげてきたけれど、弟の幸せを望んでくれないお兄ちゃんなら、俺だってお兄ちゃんのことなんか知らないんだから。
「もちろん、悠那には幸せになって欲しい。誰よりも幸せになって欲しいと思っているよ」
 とりあえず、お兄ちゃんは俺が幸せになることを望んでくれていることはわかったから、真冬の公園のベンチで俺をぎゅうぎゅうと抱き締めてくるお兄ちゃんのことは大目に見てあげることにした。
 あまりにも全力で俺を抱き締めてくるから息苦しいし、寒いはずなのに暑苦しい感じもするけれど。
「でも……でもな……できることなら俺が悠那を世界で一番幸せにしてやりたいっ!」
「……………………」
 ほんと、何を言っているんだろう。このお兄ちゃんは。弟愛が強過ぎて困る。
「えっと……その気持ちは凄く嬉しいんだけどね。俺、お兄ちゃんはお兄ちゃんで幸せになって欲しいかなぁ~……って思うかな」
「俺の幸せは悠那と共にある」
「う……うん。だから……」
 確か、俺が実家で暮らしている頃には、お兄ちゃんにも彼女がいたことがあるはずなんだけど……。
 どこでどう間違ったから、ここまで俺に執着するお兄ちゃんが出来上がってしまったんだろう。
(やっぱり、俺が実家を出てしまったのが不味かった?)
 でも、今更そこを後悔しても遅過ぎるし、俺が実家を出ていようが出ていまいが、俺がお兄ちゃんに幸せにしてもらう未来はなかったと思う。
 俺としては、俺が実家を出ることによって、お兄ちゃんもちょっとずつ俺離れができるんじゃないかって期待していたんだけどな。
 弟への愛が落ち着いて、そのうち彼女を作って結婚……っていう未来が訪れるだろうと思っていたのに。
 お兄ちゃんは俺の七つ年上だから、今年で28歳になる。まだ結婚するには早いのかもしれないけれど、そろそろ将来を見据えた彼女がいてもいいと思う。
 それなのに、お兄ちゃんの幸せが俺と共にあってもらっちゃ、お兄ちゃんは一生結婚できない人生になっちゃうじゃん。
 俺は司と結婚したくてもできないっていうのに、相手さえ作れば結婚が可能なお兄ちゃんは、弟への愛で人生を棒に振るつもりなんだろうか。
「で……でもさ、俺とお兄ちゃんって兄弟だから、一緒に幸せになるっていうのはちょっと……。それぞれがそれぞれで幸せになるべきじゃない? 俺、お兄ちゃんのお嫁さんとか子供が見てみたいなぁ~。お兄ちゃんのお嫁さんと仲良くできる自信はあるし、お兄ちゃんの子供なら、男の子でも女の子でも絶対可愛がってあげちゃうよ」
 お兄ちゃんを元気づけるつもりだったのに。何やら変な方向に話が進んでいるような気がする。
 ま、いっか。お兄ちゃんと未来の話なんかすることもないし。冷静になって自分の将来を考えてみたら、お兄ちゃんだって“今のままじゃダメだ”って気が付くかもしれないもんね。
「それはつまり、俺に結婚しろと言っているのか? 悠那」
「えっと……うん。だってほら、お兄ちゃんだって結婚して子供が欲しいでしょ?」
「……………………」
 あ。ちょっと気持ちが揺らいでいる。やっぱりお兄ちゃん、女の人と付き合ったことがあるだけに、結婚願望はあるみたいだ。
「綺麗な奥さんを貰って、物凄ぉ~く可愛い子供が生まれてくるかもしれないじゃん。きっと俺なんかとは比べ物にならないくらい、自分の子供は可愛いに決まってるよ」
 とりあえず、お兄ちゃんの気持ちが揺らいだところでもう一押し。お兄ちゃんの意識を俺ではなく、将来のお嫁さんや子供に向けさせることにしてみた。
「俺の子供か……」
「そうだよ。お兄ちゃんはイケメンなんだから、絶対に可愛い子が生まれてくるよ。俺を想ってくれる気持ちは嬉しいけど、お兄ちゃんもそろそろ自分の幸せを考えるべきだよ」
「ふむ……」
 おっと……もしかして、上手くいった? 昨日からひたすら覇気がなかったお兄ちゃんの顔に、ちょっとだけ生気が戻って来たような気がする。
「俺は結婚も子供もできないから、お兄ちゃんには俺のぶんまで当たり前の幸せを味わって欲しいな。俺だけじゃなくて、お父さんやお母さんだってそう思ってるよ。だから、俺は俺、お兄ちゃんはお兄ちゃんで幸せになって、いつまでも仲良し兄弟でいようよ。ね?」
 これでどうだろう。俺としては、お兄ちゃん好みの可愛い弟を懸命に演じたつもりなんだけど。
 最近はお兄ちゃんにちょっと冷たかったからな。お兄ちゃん好みの可愛い弟に戻った俺にそう言われれば、お兄ちゃんだって嬉しくなるだろうし、少しは冷静に物事を考えられるようになるかもしれない。
 そもそも、お兄ちゃんは昔から俺に過保護ではあったけれど、自分と俺がどうこうなることを望んでいるわけじゃないはず。
 ただ、俺が実家を出た途端に外で彼氏を作ってしまったから、そのことに動揺したお兄ちゃんはやり場のない憤りから、俺と司の関係を認めないことに固執しちゃっているだけだと思う。
 その結果、加減がわからなくなったお兄ちゃんは、俺への愛情がどんどん変な方向に向かってしまっただけなんだと思うんだよね。
 だってお兄ちゃん、昔は彼女を作ることができていたんだもん。その頃の自分を取り戻せば、俺だけに執着することもなくなると思う。
 まあ、彼女がいても俺優先なところはあったけれど。それでも彼女がいたことはある。俺と変な関係になりたかったわけじゃないんだと思う。
「仲良し兄弟……か。そうだな。所詮、俺と悠那にそれ以外の関係なんてありえないんだよな」
「うん?」
 えっと……もしかして、俺が実家を離れてからの数年間のうちに、お兄ちゃんはそれ以外の関係を望むようになっていたのかな?
 やだ。それはちょっと怖い。怖いし困る。
「そうだよなぁ……俺がどんなに悠那を想っていても、悠那の心はあいつのものでしかないし、俺がどんなに反対したところで、悠那があの男と別れる気がないことはわかっていたよ」
「そうでしょ?」
「納得いかないし悔しいが、俺はあの男に敵わない。それも随分前からわかってはいたんだ」
 あれあれ? 一瞬お兄ちゃんに恐怖してしまった俺だけど、なんか思いもよらない嬉しい展開になってきてない?
 これってさ、お兄ちゃんが俺と司の関係を認めてくれる前兆……だよね?
 めっきり落ち込んでいるお兄ちゃんに優しくしてあげるついでに、お兄ちゃんに俺と司の関係を認めさせることが最終目的だった俺は、休暇初日から早速その成果が見え始めたことに、心がうきうきせずにはいられなくなった。
 わざわざ真冬の公園までお兄ちゃんを迎えにきた甲斐があったってことかな? 身も心もズタボロ状態になったお兄ちゃんの前で、お兄ちゃん好みの可愛い弟を演じて大正解だった?
 だとしたら、今日の俺は大手柄じゃん。早速司にいい報告ができそう。
「ただ、そう簡単に認めてやりたくない気持ちが強いし、悠那を溺愛する兄としての意地もあった。あいつがいけ好かない奴であることも事実だが、そんなに悪い奴じゃないことはわかっている」
「そっ……それじゃお兄ちゃん、俺と司のことを認めてくれるの?」
 お兄ちゃん的には大事な話をしているところなんだろうけれど、俺の欲しい言葉がすぐ目の前にぶら下がっていると思えて仕方がない俺は、ついつい先を急いでしまう。
 早く言って。今すぐ言って。お兄ちゃんの口から
『悠那とあいつの関係を認めるよ』
 って。
 そしたら俺、今ここでお兄ちゃんにハグしてあげてもいいくらい。
「……………………」
 期待を込めた目でお兄ちゃんを見詰める俺に、お兄ちゃんは口を噤み、困っているのか悔しがっているのかわからない顔で俺を見下ろしてくる。
「……………………」
「……………………」
 ドキドキと高鳴る鼓動。こんなに長い間、お兄ちゃんと見詰め合ったことなんて、今までに一度もなかったかもしれない。
「…………はあ」
 一分は経過したんじゃないかと思われる。ただただ無言で俺と見詰め合った末、小さく溜息を零したお兄ちゃんは
「ああ。認めるよ」
 ついにその言葉を口にしてくれた。
 司を初めて家に連れて来て以降、ずっと司のことを認めなかったお兄ちゃんに、ようやく勝利した瞬間である。
 その喜びといったら、司と付き合えるようになった時の喜びと同じくらいに大きくて、歓喜に震えると同時に、今まで煩わしいと思っていたお兄ちゃんに対し、弟としての愛情が一気に込み上げてくるほどでもあった。
「やったぁーっ! ありがとうっ! お兄ちゃんっ! 大好きっ!」
 俺と違ってお兄ちゃんの顔は浮かなかったものの、俺は構わずお兄ちゃんに抱き付いた。
 ついに……ついにお兄ちゃんが俺と司の仲を認めてくれたっ!
「お……おい。悠那……」
 さっきまではお兄ちゃんが俺を力の限り抱き締めていたのに。俺がお兄ちゃんに全力で抱き付くと、お兄ちゃんは急に狼狽えて、俺の身体を抱き返そうかどうしようかと悩んでいるようでもあった。
 でも、そんなお兄ちゃんに構うことなく、感謝と喜びを全身で表現する俺が、浮かれついでに
「嬉しくて涙が出ちゃいそうだよ。今なら俺、お兄ちゃんにキスしてあげてもいいくらい」
 とまで言うと
「してくれてもいいぞ」
 お兄ちゃんから真顔でそんな返事が返ってきたから、俺はちょっとだけ素に戻ってしまった。
 危ない危ない。あんまり調子のいいことを言って、お兄ちゃんがその気になったら困る。
「そういう気分ってだけで、本当にキスしてあげたいわけじゃないから」
 自分で言ったセリフをすぐさま修正する俺ではあったけれど、嬉しいと思う気持ちは続いているから、俺と司の関係を認めてくれたお兄ちゃんへのご褒美に、まだ少し寂しそうな顔をしているお兄ちゃんのほっぺたに、ちゅっ、とキスをしてあげた。
 唇へのキスは司にしかしないけど、ほっぺたくらいならいいよね。
「悠那っ……」
「ありがとうの印だよ」
 初めて俺からほっぺたにキスをしてもらったお兄ちゃんは目を丸くして驚き、そんなお兄ちゃんの姿はちょっと可愛かった。
 ところが
「今のもう一回……。今度は唇にしてくれ」
 俺からのキスに興奮してしまったらしいお兄ちゃんは、いきなり俺の肩を力強く掴んでくると、物凄く真剣な顔で俺に迫ってきたりする。
 しまった。浮かれついでに余計なことをし過ぎちゃった。
「だっ……ダメだよ。ご褒美は一回だけなんだからね」
 むしろ、自分から俺の唇を奪ってきそうな勢いのお兄ちゃんにそう言うと、俺はお兄ちゃんの隙を衝いて、するりとお兄ちゃんの手から逃げ出した。
 俺と司のことは認めてくれたお兄ちゃんだけど、まだまだお兄ちゃんには警戒しておいたほうが良さそうである。
「帰ろ、お兄ちゃん。俺、身体が冷えちゃった」
 お兄ちゃんの手から逃れたタイミングでベンチから立ち上がった俺が、残念そうな顔をしているお兄ちゃんにそう言うと
「そうだな。悠那が風邪を引いたら大変だ」
 お兄ちゃんも俺に続いてベンチから腰を上げてくれた。
 まだ完全に元気になったわけではなさそうだったけれど、俺に向かって微笑むお兄ちゃんの顔は、昨日に比べて随分と明るいものになっていたし、何かが吹っ切れたように、スッキリとした顔をしていた。


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