僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    前途洋々! 無敵の二人♡(4)

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「ゆぅ~なぁ~……」
 12月24日。今日は司の誕生日。
 今年で三回目の出演になるクリスマスライブの会場廊下で、突然後ろから俺の肩に顎を乗せてきた朔夜さんに
「ひっ……! さっ……朔夜さんっ⁈」
 俺はびっくりして、物凄い勢いで後ろを振り返ってしまった。
 な……何? なんなの? そのどんよりモード。俺、朔夜さんに何かした?
 いつもなら俺の姿を見掛けるなり、問答無用で俺のお尻を揉み放題にしてくる癖に、今日はやけに元気がない朔夜さんに、俺も「どうしたんだろう?」って心配になる。
 いや……別に朔夜さんにお尻を揉んで欲しいわけじゃないんだけどね。揉まないでいてくれるのであれば、そりゃこっちも大助かりではあるんだけどね。
「俺さぁー、悠那の映画見て思ったんだけどさぁー……」
「う……うん。何?」
 俺の肩に顎を乗せたまま、俺の腰に腕を回して気怠そうに話す朔夜さんにドギマギしていると
「俺とエッチなことした時より、悠那の身体がめちゃくちゃエロくなってると思うんだよね。特にこのお尻」
「いやぁぁぁ~っ‼」
 やっぱり俺のお尻を鷲掴みにしてきて、これでもかってくらいに俺のお尻を揉む朔夜さんに悲鳴を上げた。
 こ……この人は……。一体いつになったら俺のお尻を揉まなくなってくれるんだろうか。
「やぁ~んっ! やめてぇ~っ!」
「うははははっ! 悠那のエロいお尻なんて揉み放題の刑だぁっ!」
「俺のお尻に罪はないよぉ~っ!」
「いいやっ! あるっ! ありまくりだねっ! このエッチなお尻を映画の中でチラ見せして、男という男を誘うつもりだろっ!」
「そんなつもりなんてないもんっ! 助けてっ! 司ぁ~っ!」
 毎回俺のお尻を揉んでくる朔夜さんの手は、執拗に俺のお尻を揉みしだいてくるわけだけど、今日は一段と揉み方に気合いのようなものを感じる。
 人のお尻を揉むことに気合いなんて入れないで欲しい。
「またですか、朔夜さん。毎回どうしてそんなに悠那のお尻を揉みたがるんですか」
「お?」
 廊下の真ん中で朔夜さんにお尻揉み放題にされている俺を、「どうしようもないな」って顔の司が助けてくれた。
 後ろから朔夜さんの首を掴み、俺から朔夜さんを引き剥がした司は、物凄い勢いでお尻を揉まれ過ぎて、疲労と恐怖で身体をぷるぷる震わせている俺と朔夜さんの間に割って入ってくれた。
「最近、俺に対する司の扱いが雑になってきたな」
「そりゃ雑にもなりますよ。こうしょっちゅう自分の恋人のお尻を揉んでくる相手には」
「そんなにしょっちゅうでもないだろ? そもそも、俺と悠那ってそんなに会えるわけでもないんだから」
「それ、毎回言っていますよね? 悠那のお尻じゃなくて、自分の恋人のお尻を揉んでください」
 司の言っていることは物凄く正しいし、俺も“俺のお尻なんかじゃなくて葵さんのお尻を揉めばいいのに”って思うんだけど
「うーん……葵のお尻もいいんだけど、揉むなら悠那のお尻がいいんだよ。ほら、男は恋人がいてもAV見るし、グラビアだって見るじゃん。“この子の身体好きだな~”とか、“こういうお尻が好き”ってなるじゃん。俺にとって悠那のお尻はそんな感じなわけ」
「何をわけのわからないことを……」
 司が思わず呆れてしまうような言葉で説得してくる朔夜さんに、俺も「どういうこと?」となってしまう。
 つまり、朔夜さんにとって俺のお尻は、AVやグラビアと一緒ってことで、たまたま手が届く場所にあるから揉んでくるの?
 俺のお尻をそんなものと一緒にしないで欲しい。それ、どっちも男の性欲を満たすためのものだったりするよね? 俺のお尻はそんなことのためにあるんじゃないよ。
「まっ……全くだよっ! そんなわけのわからない理由で俺のお尻を揉まないでっ! 大体、恋人がいるのに他の人間のお尻を揉むなんて浮気だよっ! 朔夜さんって葵さんと上手くいってないの⁈」
 いつも朔夜さんにお尻を揉まれっぱなしなのも癪だから、俺は司の後ろから顔だけを突き出して、ここぞとばかりに抗議をしてみた。
 ところが
「ん? 葵とは上手くやってるよ。でもまあ、俺と葵ってそんなにじゃれ合う感じではないからさ。俺が葵のお尻を揉んで遊ぶようなことはないんだよね」
 という返事が返ってきた。
 ああ、そう。それって早い話、俺は朔夜さんに遊ばれてるってことなんだ。
 まあ、どう考えても遊ばれているとしか思えない状態だけれども。
 でも、葵さんとはちゃんと上手くいってるんだ。葵さんは葵さんで「司君にお相手してもらいたい」とか言うし、朔夜さんは朔夜さんで俺のお尻を揉むのをやめないから、あんまり上手くいってないのかと思っちゃったよ。
「葵さんは怒らないんですか? 朔夜さんが他の男にちょっかい出して」
「悠那のお尻を揉むくらいじゃ怒らないよ。だって、葵も一緒になって悠那のお尻を揉むくらいだもん」
「そうでした。そんなこともありましたね……」
 あっけらかんとした顔の朔夜さんに、司の顔がげっそりとした。
 そうだった。俺、前に朔夜さんと葵さんの二人からお尻を揉まれたこともあるんだった。
 彼氏と一緒になって俺のお尻を揉む人が、朔夜さん単独で俺のお尻を揉んだところで怒るわけがないよね。
「それに、葵ってヤキモチを焼くタイプじゃないっていうか、全然ヤキモチなんか焼かないんだよね。俺としては、たまにはヤキモチくらい焼いて欲しいと思うんだけど。元が自由奔放な性格だし、恋人に執着するタイプでもないから、俺が本当に浮気でもしない限り、俺のやることに口出しなんてしてこないと思う」
「へー……」
「もっとも、俺が浮気をしたところで、葵が怒るかどうかも怪しいかな。俺が浮気をしたら、葵も浮気してチャラにされそうな気がする」
「そんな……」
 葵さんとは上手くいっているって言うから、もっとラブラブな感じなのかと思っていたのに。なんか俺が思っていた感じとは少し違うな。
 せっかく好き同士で付き合っている恋人なのに。朔夜さんにそんなこと言われちゃうと、なんだかこっちが悲しい気分になっちゃうよ。
 俺、葵さんも朔夜さんも好きだから、二人には幸せになって欲しいと思っているのに。
「だからって、俺や葵に浮気をするつもりがあるわけじゃないから、そこは安心してよ。ただまあ、お互いにもう大人だからね。司や悠那ほど純粋じゃない、って話」
「むぅ……」
 それはそうなのかもしれないけれど、司以外を知らなくて、司と一生添い遂げるつもりでいる俺は、朔夜さんの言っている言葉に納得はできなかった。
 俺、どんなことがあっても、浮気だけは絶対にしたくないと思っちゃうけどなぁ……。
「ま、司や悠那には無縁な話だろうけどね。二人は今のままでいいと思うよ」
「うん……」
 不満そうな顔でもしていたのだろうか。俺に向かって朔夜さんが宥めるようにそう言った。
 何やらちょっと子供扱いをされたような気もするけれど、司とはずっと今みたいな感じでいたい俺は、とりあえず頷いておいた。
「それよりさ、映画の調子がいいみたいで良かったね。チケット取りにくいって聞くよ? まだ公開されてから四日しか経ってないのに、二回目を見に行った人も多いらしいじゃん。俺も今度二回目見に行こうと思ってるんだけど」
「え? 一回見たのに二回目も見てくれるの?」
「うん。だって悠那が可愛いんだもん。司も頑張ってるし」
「だったら前売り券あげるよ? 俺、まだ持ってるから」
「ほんと? じゃあ二枚貰おうかな。葵と一緒に見に行くから」
「うんっ! 後で楽屋に持って行くねっ!」
 朔夜さんがちょっと大人の話をするから複雑な気分になっていた俺は、その場の空気を変えるように映画の話をしてきた朔夜さんのおかげで、明るい気分に早変わりだった。
 試写会自体も厳しいスケジュールの中わざわざ見に来てくれたのに、プライベートでも俺達の映画を見に行ってくれるなんて嬉しいな。
 しかも、ちゃっかり葵さんと二人で見に行くんだから、ちゃんと二人が上手くいっているんだと思えて二重に嬉しい。
 葵さんと朔夜さんの二人が一緒に映画を見ている姿というのも、なんだか物凄く豪華な顔ぶれって感じがするけどね。
「二人ともいろんなところで映画の感想を言われてるんじゃないの?」
「うん。まだ公開四日目だから、これから見るって人も多いんだけどね。見てくれた人からの感想はいっぱい聞かせてもらってる」
「司や悠那の家族はもう見たの?」
「うん……とりあえずお兄ちゃんはね……」
 せっかく明るい気持ちに切り替わったというのに、またしても複雑な気分に逆戻りしてしまいそうだった。
 今日は司の誕生日でクリスマスイブでもあるから、三日前に鬱陶しい電話を掛けてきたお兄ちゃんのことは思い出したくなかったのに。
「お兄ちゃん? 悠那って兄ちゃんがいるの?」
「うん。いる」
 映画公開から四日が経つと、俺の周りにも映画を見てくれた人が少しずつ増えてきている。
 その全員から感想を聞かせてもらっているわけだけど、今のところ、みんな俺達にとって嬉しい感想ばかりを言ってくれるから、俺はそれが嬉しくて仕方がないって感じだった。
 ただ一人、お兄ちゃんを除いては……。
「そう言えば、Five Sの初ライブの時にメンバーの家族に会ったな。すっかり忘れてたけど、あの中に悠那の兄ちゃんもいた?」
「いたよ」
「それっぽい人を見掛けた記憶がないなぁ……。悠那の両親には挨拶した記憶があるけど、その時は兄ちゃんの姿がなかった気がする」
 多分、お兄ちゃんはお兄ちゃんで親の目が離れた隙に、司に絡みに行っていたんだと思う。
 人の目が沢山ある中でお兄ちゃんに暴走されたら困るから、あの日のお父さんとお母さんは、お兄ちゃんへの監視に目を光らせていたと思うから。
「悠那の兄ちゃんならそれなりの美形だろ? 見たらわかりそうなものだけど……」
 俺もすっかり忘れてしまっていたけれど、うちのメンバーの家族とAbyssのメンバーには面識がある。俺達の記念すべき初ライブの楽屋、そして、ライブが終わった後の打ち上げの席で一緒になっている。
 でも、お兄ちゃんは元々芸能人には全然興味がないし、俺もAbyssのメンバーに両親は紹介したけれど、何かと恥ずかしいところが多いお兄ちゃんのことは紹介しなかったんだよね。
 もし、お兄ちゃんの目に俺とAbyssのメンバーが親しくしているように映ってしまったら、お兄ちゃんがAbyssのメンバーに絡むかもしれないのも嫌だったし。
 朔夜さんは俺とお兄ちゃんが似ていると思っているみたいだけれど、実際は全然似ていないから、俺が紹介しない限り、朔夜さんに俺のお兄ちゃんがどれなのかはわからなかったと思う。
「いたじゃないですか。人目を盗んで俺に絡んでくる人が」
 お父さんとお母さんの厳しい監視の目を搔い潜り、人目を盗んで自分に近付いてきては文句をつけていたお兄ちゃんを思い出したのか、司が苦々しい顔でそう言うと
「えっと……ああっ! 確かにいたっ! なんかやたらと怖い顔で司に言い寄ってる奴っ! えっ⁈ あれが悠那の兄ちゃんだったの⁈」
 朔夜さんの記憶にお兄ちゃんの姿が蘇ってきたようだった。
 さすがのお兄ちゃんも俺に馴れ馴れしくする朔夜さんには文句をつけられなかったようだけど、その代わりと言ってはなんだけど、俺が朔夜さんに捕まっている間は、司を捕まえてグチグチと文句を言っていた――らしい。
 それが俺のお兄ちゃんだという認識はなかったものの、そんなお兄ちゃんの姿を、朔夜さんの視線はしっかり捉えていたようである。
「やたらと司に喋り掛けてたから、司の兄ちゃんか親戚かと思ってたよ。司が兄ちゃんか従兄弟に説教されてるのかと思ってた。司の身内じゃなくて悠那の兄ちゃんだったんだ」
「俺に兄ちゃんはいないし、従兄弟は招待してませんから」
「へー……あれが……。司の身内にしてはあんまり似てないと思ってたけど、悠那の兄ちゃんだって聞いたらもっと似てないな。まだ司の兄ちゃんって言われたほうが納得できる。背も高かったし」
「俺はあんな兄ちゃんなんてごめんですけどね」
 俺とお兄ちゃんが兄弟だって知ると、大体の人間は今の朔夜さんと同じような反応をする。
 同じ血を分けた兄弟だというのに、俺とお兄ちゃんはそれくらい似ていないのである。
「ってことは、悠那の兄ちゃんは司と悠那の関係を知っていて、自分の弟に手を出した司に文句をつけていたってこと?」
「そういうことです。あの人、悠那への溺愛っぷりが酷いんですよ。俺のことは絶対に認めないつもりでいるんですよね」
「まるでロミオとジュリエットじゃん」
「そうでもないですよ。認めてくれないのは悠那の兄ちゃんだけで、悠那の両親には認めてもらっていますし、俺の家族も受け入れてくれていますから」
「そうなんだ。それはそれで凄いけど、そうなると、悠那の兄ちゃんだけが逆にピエロみたいになるな」
「もう立派なピエロだよ。あんなお兄ちゃん、俺はただただ恥ずかしいだけだもん」
 どうして映画の話からお兄ちゃんの話になったんだろう。
 ああ、そうか。俺達の家族の中で、お兄ちゃんだけが映画を見たって話になったからか。
 昔は俺もお兄ちゃんに懐いていたし、お兄ちゃんのことが大好きだった。今も別に嫌いなわけじゃないんだけれど、最近はちょっとでも司が絡んでくると、すぐに冷静さを失ってしまうのがとても厄介。
 俺と司が付き合っていることを知らなければ、お兄ちゃんも今よりは少しマシだったのかな?
 でも、俺が初めて実家に司を連れて来た時から、司のことを敵視していたお兄ちゃんだから、俺達の関係を知っていても、知らなくても、お兄ちゃんの司への態度は変わらなかっただろうな。
「まあ、こんだけ可愛い弟がいれば、弟を溺愛する兄になっても仕方がないよな。もし、俺が悠那の兄ちゃんだったとしても、俺は弟の悠那をめちゃくちゃ溺愛してただろうし、下手すると近親相姦の仲になってたかも」
「怖いこと言うのやめて」
 朔夜さんは冗談のつもりで言っただけかもしれないけれど、俺のラブシーンを見て「大変だった」と発言したお兄ちゃんに、俺はあながち冗談では済まされないという気持ちになってしまう。
 一体何がどう大変だったのかは知らないし、聞きたいとも思わないけれど、お兄ちゃんの口からそんなセリフは聞きたくなかったよね。
 ほんと、お兄ちゃんもなんであんな発言をしちゃったんだろう。そんな発言をしたら、俺がドン引きするって思わなかったのかな? 俺と司のラブシーンに衝撃を受け過ぎて、我を失ってしまっていたんだろうか。
 もう二十代も後半になったいい大人なんだから、もう少し落ち着きというものを持って欲しいものだよ。
「それで? その悠那を溺愛している兄ちゃんは、映画を見てなんて言ってるの? 悠那を溺愛してるっていうなら、あのシーンはかなり衝撃的だったんじゃない?」
「そうみたい。ひたすら喚き散らすだけの電話を掛けてきて大変だったよ。映画の感想じゃなくて、俺や司への説教を延々と垂れてきた」
「そりゃまあ……大変だったんだな」
「うん」
 今から三日前の話だから、忘れようと思ってもなかなか忘れられない記憶だけれど、あれは本当に最悪だった。
 俺が言った
『そんな電話ならもう掛けてこないで』
 って言葉が効いているのか、その後、お兄ちゃんからの電話は掛かってきていないけど、メールなら毎日のように届いている。
 内容は相変わらず俺と司のラブシーンに対する不満ばかりで、いちいち返事を返すのが面倒だから、怒った顔文字だけを送って返している。
 あまり続くようなら、お母さんに頼んでなんとかしてもらおうと思う。





 朔夜さんと別れて――今年も朔夜さんは司に誕生日プレゼントを渡してくれた――、自分達の楽屋に入った俺は、早速鞄の中から映画のチケットを取り出そうとしているところに、ありすちゃんが楽屋を訪ねて来て
「悠那君ズルぅ~いっ!」
 楽屋に入って来るなり、俺に向かって一直線に突進してくるものだから、危うく吹っ飛ばされそうになってしまった。
「なっ……何⁈」
 どうにか衝撃に耐えたけど、突然の暴力的行為に俺はすっかり面食らってしまう。
「映画見たよっ! ズルいっ! あんなラブシーンで司君とのラブラブっぷりを見せつけてくるなんてっ! 羨まし過ぎて泣いちゃったじゃないっ! でも、映画は凄く良かったよっ!」
「えっと……ごめんね。そして、ありがとう」
 この四日間でいろんな人から映画の感想を聞かせてもらったけれど、これは初めてのパターンだ。恨み言と褒め言葉を同時に使ってくるなんて……。
(ああ、でも、司のファンはこういう気持ちになるのかな?)
 って、ちょっと思った。
 そうだよね。司のことを異性として好きで、できることなら司と付き合いたいと思っている子はいっぱいいる。そういう子からしてみれば、相手が誰であっても、司のラブシーンの相手のことを「恨ましい」って思っちゃうよね。
「なんか……悠那さんとありすさんって、すっかり仲良くなってますよね」
「いいことじゃん。まあ、俺の目には女同士の戯れにしか見えないあたりが複雑な感じでもあるけど」
「可愛いじゃないですか。同じ一人の男を好きな子同士が、ああやってお互いに嫉妬しつつも仲良くしているだなんて」
「それって可愛いか? 根本には恋敵って関係があるんだぞ? 複雑じゃね?」
「変にいがみ合ったり、険悪になるよりはよっぽど健全だし、なんだかんだとお互いに認め合っているからこそ微笑ましいんですよ」
「そういうものかねぇ……」
 司と一緒に番組をやっているありすちゃんは、このクリスマスライブにも毎年出演している常連メンバーだった。俺達がクリスマスライブに出演するようになって以来、毎年会場では顔を合わせているし、俺達の楽屋にも顔を出している。
 目的は司に誕生日プレゼントを渡すためで、いつもありすちゃんの誕生日が近くなると、一緒にやっている番組収録後にプレゼントを渡してくれる司へのお返しに来ているのだ。
 司と違って誕生日当日に本人に会えるわけだから、司への誕生日プレゼントは番組収録の後ではなく、このクリスマスライブの時に渡したいのだろう。
 そこが、ただの共演者としてプレゼントを渡す司と、好きな相手にプレゼントを渡すありすちゃんとの違い、とも言える。
 しかし、そんな司に一途なありすちゃんだから、俺とありすちゃんが一緒にいる姿を見ると、うちのメンバーもちょっとくらいは複雑になってしまうところがあるのかもしれない。
 陽平はプライベートでありすちゃんに会うこともあるから、俺とありすちゃんの関係性がわかっているけれど、律や海はプライベートでありすちゃんに会うことがないもんね。
 ただ、三人に共通して言えることは、なかなか司を諦めることができないありすちゃんに対して
『いい加減に諦めればいいのに……』
 と不憫に思っていることくらいだろうか。
「もう見に行ったの? チケット渡したのって三日前だったよね?」
「うん。貰ってすぐに予約したの。今日の朝一の回を予約したんだ~」
「え⁈ 見に行ったのって今日の朝なの⁈」
 映画館によって時間は異なるけれど、俺が知っている映画館の中で一番早い時間から俺達の映画が見られるのは朝の8時10分。約二時間の映画を見終わるのが10時過ぎ。
 クリスマスライブ出演者の入り時間は大体11時だから――人によっては多少前後することもある――、映画を見終わってすぐに会場入りしていることになる。
 そこまでして見に行ってくれたんだ。
「そうだよ~。だって、せっかく今日二人に会うんだから、会った時に感想言いたかったし。今日を逃すと見に行くのが来年になりそうだったから」
「そうなんだ……。それはわざわざありがとう」
 俺に突進してきた直後、俺にくっついたまま話すありすちゃんがちょっと面白くなかったのか――ありすちゃんは俺を女友達扱いしているところがある――、さり気なく司が俺とありすちゃんの会話に混ざってきた。
 本当はありすちゃんに俺から離れるように言いたいのかもしれないけれど、朝早くから俺達の映画を見に行ってくれたありすちゃんには強く出られないらしく、ありすちゃんが俺にくっついているのはそのままにすることにしたらしい。
「二人のラブシーンには凄くヤキモチ焼いちゃったけど、普段とは全然違う二人の演技はびっくりしたし、新鮮だったなぁ~。ラストシーンでは泣いちゃったし」
「そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう、ありすちゃん」
「でも、ラブシーンには本当に嫉妬したけどね」
「そこはごめんね」
 もう何人もの人に映画の感想を聞かせてもらっているけれど、自分達の映画を見た感想って、何度言ってもらっても嬉しいものなんだな。
 特に、今から仕事! って時に言ってもらえると、今日も頑張ろう! って気持ちになる。
「そんなわけだから、もし、今度私と司君のラブシーン……はないだろうけど、キスシーンの話がきた時は、ちゃんと私にもキスしてね」
「しません」
「どうしてっ⁈」
「俺は悠那だからしたんだもん。ありすさんとはしないよ」
「でもっ! 前にドラマに出た時は、相手が悠那君じゃなくてもキスシーンやラブシーンをしたよね⁈ あれも結構ショックだったんだけどっ!」
「あれは監督にどうしてもって頼まれたのと、ただベッドの上でキスするだけのラブシーンだったから、仕方なくって感じでやっただけ」
「だったら私ともしてくれてもいいじゃないっ!」
「うーん……ありすさんはちょっとなぁ……。大体、ありすさんの事務所って、キスシーンで本当のキスをするのはNGでしょ?」
 まあ、俺達に映画を見た感想を言ってくれる人は俺達ともそれなりに親しい人だったりするから、映画の感想だけで話が終わることはないんだけどね。さっき廊下で会った朔夜さんの時もそうだったし。
「私ももう子供じゃないんだからねっ! 次に司君とキスシーンの話がきたら、何がなんでも事務所を説得するっ!」
「だったら、俺がマネージャーに頼んで絶対NGにしてもらおう」
「酷いっ!」
 最初は自分のことを「好き」だと言うありすちゃん相手に逃げ腰だった司も、今ではすっかり自分の意見をちゃんと言えるようになったものだ。
 やっぱり、二年半も一緒に番組をやっていると、段々相手に遠慮しなくなるものなのかな?
 一見、司がありすちゃんに対して素っ気なさ過ぎるようにも見えるけれど、本気で膨れて見せるありすちゃんにも笑顔で対応する司の姿は、なんだかんだと仲がいいんだな、って思えて、俺のほうが嫉妬しちゃいそうだよ。
 司の誕生日プレゼントを渡したありすちゃんが帰って行くと、俺はみんなと一緒にAbyssの楽屋に挨拶に行き、そこで朔夜さんに映画のチケットを渡しておいた。
 Abyssの楽屋でも映画の感想を聞かせてもらえて、Abyssの楽屋から自分達の楽屋に戻る際は、これまた偶然にもBREAKに遭遇してしまい
「お。公然猥褻カップル」
「正統派アイドルを売りにしているのかと思いきや、とんでもないラブシーンを演じたお二人さんじゃん」
 龍一さんと雄斗さんにそんなことを言われてしまい、樹さんからは
「お前さ、もう少し仕事は選んだほうがいいんじゃないのか?」
 と、若干心配までされてしまった。
 事件の一件以来、BREAKはこれといった問題を起こしていないようだし、人間的にも随分と丸くなったみたい。
 龍一さんや雄斗さんの発言は意地悪なようにも聞こえたけれど、その顔に悪意はなかった。ただ単に、俺と司をからかっただけのようである。
 でも、まさかBREAKが俺と司の映画を見てくれているとは思わなかったから、それはそれで嬉しかったりもする。


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