僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    可愛いは正義(2)

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 ――なんてことがあったものだから、僕も全く気は進まないものの、ちょっとくらいは海の言う“可愛いカップル”というやつを意識してみることにした。
 目指す、とまでは言わない。目指したくないし。ただ、ちょっとだけ恋人同士を意識してみるくらいならしてあげてもいいと思っただけだ。
 こんな僕だけど海のことはちゃんと好きだし、僕のことを心の底から大事に想ってくれている海同様に、僕も海のことは心底大事だと想っている。海のことを愛しく想う気持ちだってある。
 だから、海の我儘に付き合ってあげる気にはなるんだけれど――。
「なんかさ、最近の律と海、ちょっとギクシャクしてない? 喧嘩でもしたの?」
「ううん……そうじゃない……」
 いざ恋人同士を意識してみると、海とどう接していいのかがわからなくなり、日常的な会話すら不自然になってしまう僕だった。
 これまで全く意識してこなかったことを急に意識してみると、人はここまでぎこちなくなるものなのか、と思い知らされた。
 と同時に、僕がこれまで如何に海との接し方を特別視してこなかったのかということも思い知った。これじゃ海が不満に思うのも仕方がないのかもしれない。
「そうなんだ。じゃあどういうこと? 喧嘩してるんじゃないならいいんだけど、見ててちょっと気になるんだけど」
 午前中の撮影が終わり、みんなで仲良くお弁当を食べている時に、京介が不意に僕達の不自然さを指摘してきたから、自分でも身に覚えがあり過ぎる僕としては、何をどう説明していいのかがわからないくらいだった。
 自分のダメさ加減にがっくりと肩を落とす僕とは裏腹に、事情を知っている海は「やれやれ」という顔である。
「律はね、今ちょっと迷走中なんだよ」
「迷走中? 何か悩みがあるってこと?」
 何も答えない僕の代わりに海が口を開くと、陸と京介の二人は急に心配そうな顔になり、俯く僕の顔を覗き込んできた。
 いやいや。全然心配されるところじゃないし。むしろ、そっとしておいて欲しいくらいなんだけど。
「うん。僕と可愛いカップルになるためにはどうしたらいいんだろう、って悩んでる最中なんだよね」
「…………は?」
 今の今まで僕を心配してくれていた二人の顔は、海の言葉でガラリと変わった。
 特に、この夏に悠那さん相手に人知れず失恋を経験している陸は、明らかに「何言ってんだ? こいつ」って顔をしている。
 そりゃそういう反応にもなるだろう。好き同士で付き合っているだけでも充分幸せなはずなのに、そこから「可愛いカップルになろう!」だなんてただの惚気だし。司さんや悠那さんと同じレベルのバカップルって感じだもん。
「えっと……何それ。どういうこと?」
 辛辣な顔の陸とは違って、混乱と動揺を隠せない京介が恐る恐るといった感じで聞いてくる。
 ああ……このなんとも言えない微妙な空気が耐えがたい。
「え? いやね、僕と律って交際期間が長いわりには全然恋人同士っぽい雰囲気がないっていうか、凄く普通じゃない? そもそも、幼馴染みからそのまま恋人同士になっちゃったから、ラブラブ期間なんてものもなかった感じだし。司さんや悠那君、陽……」
 内心ざわついている様子の二人に気が付いていないのか、海はにこにこしながら理由を説明し始めたのだが、話の流れでうっかり陽平さんと湊さんの関係まで暴露しそうになり、慌てて口をつぐんでいた。
 司さんと悠那さん、僕と海の関係は二人も知るところだが、陽平さんと湊さんの関係はまだ知らないからな。
『陸と京介には俺がいつか話すよ』
 って湊さんは言っていたけれど、その“いつか”はまだ訪れていないらしい。
 人のグループ内はたまに引っ掻き回すことがある癖に、自分のグループのことになると慎重になるのか、口が重いんだな。
 陽平さんに強く口止めされているのかもしれないけれど、湊さんの性格なら、陽平さんと付き合えるようになった途端、グループのメンバーには言い触らすだろうと思っていたのに。
 陽平さんはもちろん、湊さんまで口が重いとなると、二人の関係を知っている人間が極端に少なくなるのも納得だ。
 しかしながら、先日うちのメンバーと湊さん、玲司さん、夏凛さんの他に、実はAbyssの朔夜さんまで陽平さんと湊さんの関係を知っていることを知った僕は、二人の口がどんなに重くても、代わりに言い触らす人間(悠那さん)がいれば、陽平さんと湊さんの関係が広まるのも時間の問題では? と思っている。
 まさか朔夜さんに自分達の関係が知られているとは思っていなかった陽平さんは、うっかり口を滑らせた悠那さんを問い詰め、朔夜さんが自分と湊さんとの関係を知ることになった経緯を聞き出すと、その原因を作った悠那さんをめちゃくちゃ怒った。
 めちゃくちゃ怒って、悠那さんのお尻を容赦なく叩きまくっていた。
 どういうわけだか、陽平さんの悠那さんへのお仕置きはお尻叩きの確率が高い。
 おそらく、手を上げたくなるくらいに腹が立った時、顔を叩くわけにはいかないから、お尻を叩くことで怒りを発散させているんじゃないかと思う。
 悠那さんが陽平さんの怒りを買う大半の理由はその口の軽さだったりもするから、口と同様、司さん限定(?)でお尻が軽い悠那さんのお尻を叩くことで、陽平さんの怒りが鎮まっているのかもしれない。
「よ……要するに、僕達も司さんと悠那君ほどじゃないにしても、傍から見て仲睦まじい可愛いカップルに見られたいと思って。その気持ちを律に伝えてみたら、律が頑張ってくれることになったんだけど、なかなか上手くいかないみたい」
 決して上手い誤魔化し方ではなかったと思うけれど、ここで陽平さんの名前が出てくるとは思っていなかったであろう陸と京介は、やや不自然になった海の発言に対し、特に不審に思うことはなかったようだ。
「ふーん……そういうことなんだ」
「確かに、律と海ってあまり恋人同士に見えないっていうか、言われなきゃ気付かないところはあるよな」
 海からの説明を受けて納得した二人は、心なしか遠い目をしているように見えた。
 きっと
『好きにしたらいいじゃん』
 とでも思っているのだろう。僕が二人の立場ならそう思う。
「でも、恋人同士には見えなくても、仲良くは見えるけどな」
「そうそう。二人にしか出せないオーラって言うか、二人の絆の深さみたいなものは感じるよ?」
「え? ほんと?」
 てっきり呆れられているだけなのかと思ったが、一応僕達に対する二人なりの感想みたいなものを述べてもらって、海の目がキラキラと輝いた。
 そんなに僕と仲良しこよしに見られたいのか。僕と海が仲良し二人組だなんてこと、僕達を知っている人間にとっては最早当たり前のことなのに。
 なんてったって幼馴染みだし。僕と海は子供の頃からの幼馴染みで、その関係は至る所で公言もしている。雑誌のインタビューなんかでも、子供の頃のエピソードとしてお互いの思い出を語ることもあるから、ファンの中でも僕達の関係を特別視する子は多い。
「っていうか、子供の頃からの幼馴染みって聞かされてりゃ、誰だって仲がいいと思うだろ。それで一緒にアイドルまでやってんだから、二人の関係を特別に思う人間は多いと思うけど?」
「え~? そうかな~?」
 別に海を喜ばせるために言ったセリフではなく、率直な意見を述べただけだと思われる京介に、海のテンションは急上昇だった。
 最初に僕達のことを「あまり恋人同士に見えない」と言われたことはもういいらしい。
「別に今のままでいいと思うけどな。それが二人らしいって感じだし。俺、律と海が司さんと悠那さんみたいになっても嫌だよ」
 悠那さんに片想いをし、失恋した挙げ句に散々司さんとイチャつく姿を見せられる、という苦い思い出があるからか、陸は僕達が仲睦まじいカップル化することには反対のようだった。
「あそこまで人前でイチャつくつもりはないんだけどね。ただまあ、家の中でこれ見よがしにイチャつくカップルがいると、僕もちょっと羨ましくなっちゃうんだよね」
「気持ちはわからなくもないけどな。だけど、律にはちょっと難しいみたいだし、自然でいるのが一番いいんじゃないの?」
「うーん……そうなのかもなぁ……」
 陸の言っていることはもっともで、僕は激しく同意したい気持ちにもなったけれど、残念そうな顔をする海を見ると、その場ですぐに同意する気にはなれなかった。





「なんかごめんね。僕って全然海を喜ばせてあげられなくて」
 自分の不甲斐なさに加え、陸や京介にまであれこれ言われてしまった後の僕は、自分でも予想外なほどに落ち込んでしまっていた。
 冷静に考えてみれば、僕は全然悪くないようにも思えるけれど、自分は恋人の一人も満足に喜ばせてあげられないのか……と思うと、そりゃ凹みもする。
 というのも、今回に限らず、これまでの僕はいつもそうだった。そうだったと思う。
 海と違って愛情表現が下手な僕は、恋人として海を喜ばせてあげることがなかなかできない。与えてもらう愛情に対して、返せる愛情が少ないと思っている。
 海が僕と「可愛いカップルを目指そう」と言い出した時、気が乗らなかったにも関わらず、その提案に“少しくらいなら付き合ってあげよう”と思ってしまったのも、そうすることで海を喜ばせてあげたかったからだ。
 結果は今のところ散々って感じではあるんだけれど。
 そんな自分の姿を目の当たりにすれば、さすがの僕も凹んでしまうし、自分の不甲斐なさに落ち込みもする。
「ん? 何言ってるの? そんなことないよ」
 帰宅してからしばらくして部屋に戻った僕が、どんよりとした暗い表情でそう言うと、海は「なんのこと?」という顔で返してきた。
 わざととぼけた振りをしているのか、はたまた、本当になんとも思っていないのかはわからないけれど、こういうところも海の優しいところの一つだと思う。
「だって……僕、全然海と恋人らしく振る舞えないじゃん」
 口にしてしまうと、自分のダメさ具合を改めて認識してしまうから嫌だったけれど、こんなところで意地を張っても仕方がない。自分のダメなところはダメだと認識することから始めなくては、人は変わることもできない。
「確かに、律はそういうことを上手く実行できる子じゃないよね。でも、僕としてはそれで悪戦苦闘してる律の姿が可愛いし、僕の希望に応えてくれようとする律の気持ちが嬉しいから、充分喜ばせてもらってるよ」
「むぅ……」
「むしろ、僕と恋人同士らしく振る舞おうとしたら、ここまで不自然になっちゃう律の不器用さが可愛くて、めちゃくちゃ萌える」
「そんなところに萌えないで欲しい。僕的には格好悪くて恥ずかしいだけなんだから」
 昔から海は僕に甘々で、僕のすることはなんでも「可愛い」で済ませてしまうところがあるんだけれど、自分の情けない姿までも「可愛い」と言われてしまうと、僕としては素直に喜べないものがある。
 おそらく、海は本心から言っていることで、海に対して思うように振る舞えない僕のことを本気で“可愛い”と思ってくれているんだろうが、僕のほうは「どこが?」としか思えないのである。
「っていうか、今みたいな会話をみんなの前でしてくれたら、それを聞いた人間は律のことを“可愛いっ!”って思うだろうね」
「え」
 人前で海と恋人同士らしく振る舞うことに悪戦苦闘している僕は、海とさり気なく恋人同士らしく振る舞うためには、どんな会話をするべきなのかでも悩んでしまう。
 それ故に、これまで当たり前に話せていた海相手に、どもってしまったり、言葉に詰まってしまったりしているわけなんだけど……。
(今みたいな会話をみんなの前でしろと?)
 具体的にどんな会話をすればいいのかを示された僕は、検討するよりも先に「拒否したい」と思ってしまった。
 今みたいな会話は海と二人きりだからできるのであって、人前で話すようなことではないと思うし、絶対にしたくないと思ってしまう。恋人である海の前だからこそ、僕も弱味を見せているのだ。
「それは嫌」
 ほんの一瞬言葉を失っていたが、次の瞬間には拒否の言葉が出てきていた。
 そりゃもちろん、僕だってこれまでに一度も海以外の人間に弱味を見せたことがないわけじゃないけどさ。元々人付き合いが得意じゃない僕の性格上、人に弱味を見せることには抵抗がある。だから、悩み相談なんかも滅多にすることがないんだ。
 多分、自分に自信がないから、人前で自分の本心を晒すことを恥ずかしいと思ってしまうんだろうな。僕の話を聞いて相手にどう思われるのかを考えたら、ついつい口が重くなってしまう。
 その点、子供の頃からずっと一緒にいる海が相手なら、ありのままの自分を見られることに抵抗がないから、安心して弱味を曝け出せるところがある。
(なんだかんだと僕、海に依存してるよね……)
 あまり積極的に友達を作るタイプではなかった僕だから、生まれて初めて友達と呼べる存在の海ができた時点で、海がいれば満足、と思っていたところがある。
 その考え方が既に海に依存している感じではあるんだけれど、改めて自分の中での海の存在を考えてみると、僕にとっての海って本当に大きな存在なんだよね。
 それなのに、海に対して全然その感情を表現することができない僕は、ただ海に甘えているだけってことになるのだろう。
 海の優しさに甘えているだけじゃダメだ、って思っているんだけれど、なかなかそれが改善されてくれない日々なのである。
「そう言うと思った。でもまあ、律が弱音を吐くのは僕の前だけだから、それを人前でされたくないって思うかな。僕だけの特権って感じだし」
 第三者から僕達のことを可愛いカップルだと思われたい海は、ここぞとばかりにいろんなアドバイスをしてくるのかと思ったが、海も僕にどう振る舞って欲しいのかは、明確な希望があるわけでもないらしかった。
 きっと、僕と可愛いカップルを目指したい願望はあるものの、今までと同じでも構わない、という気持ちもあるのかも。今までの自分達の変えようと悪戦苦闘する僕の姿を見て、あまり無理をさせてもいけない、と思ってしまったのかもしれない。
 それはそれで、やっぱり僕が情けない感じがするな。所詮、僕は海に甘やかされているだけってことになるから。
「だからまあ、あんまりあれこれ考えなくても大丈夫だよ。僕の前ではいつだって可愛い律であることには変わりないし。無理に僕と恋人同士っぽくしようとしなくても、今まで通りの律でいいよ」
「うん……ごめんね……」
 結局、いつも通りに海が折れてくれることになり、僕と海の“可愛いカップルを目指そう”計画は終了した――かに思えたが――。
「話は聞かせてもらったよっ! そんな簡単に諦めちゃダメだよっ!」
 いきなり部屋のドアが勢いよく開け放たれて、猫耳を付けた悠那さんが部屋に乱入してきたから、僕と海は思いきり驚いてしまった。
「えっ⁈ ゅっ……悠那君っ⁈ って、どうしたんですか⁈ その格好っ!」
 部屋のドアが開け放たれた時から、悠那さんの頭に猫耳付きのカチューシャが装着されていることには気が付いていたけれど、どうやら今着ている服そのものが猫をモチーフにした怪しい服のようで、僕達の部屋に入って来た悠那さんは、いわゆる“猫コス”というものをしていた。
 ハロウィンなら先月終わったはずなんだけど。そのふざけた格好はなんなんだ。何が楽しくて、悠那さんは家の中でこんな格好をしているんだろう。
 まさかとは思うけど、これも司さんとの何かしらのプレイだったりする?
 まあ、似合っていると言えば似合っているんだけれど。
「ん? ああ、これ? これはね、今日お兄ちゃんから送られてきた新しい部屋着。試しに着てみた」
「あー……」
 司さんじゃなくて兄だった。兄からの贈り物だった。
 そう言えば、僕達が仕事から帰って来た時、ちょうど陽平さんも帰宅してきたばかりのところで、玄関の宅配ボックスから荷物を取り出しているところだったな。
 あの荷物は悠那さんへの贈り物だったらしい。悠那さんを異常なまでに溺愛している悠那さんのお兄さんからの。
 しかし、自分の弟の部屋着にコスプレ衣装を送ってくる兄ってなんだ。もしかして、本当はハロウィンに送ろうと思ったけど間に合わなかったのか?
 でも、ハロウィンの時はハロウィンの時で大量のお菓子を送り付けてきていた記憶が……。
 一体何が目的なのかは知らないが、悠那さんのお兄さんは司さんと悠那さんの関係をかたくなに認めないと聞く。それなのに、こんな服を送り付けてきて、悠那さんに着させる意図とは? ただ司さんを喜ばせているだけのような気もする。
「部屋着……ですか? 悠那さんのお兄さんはそんな服を家の中で悠那さんに着て欲しいんですか……」
 どう考えても女の子が着るデザインのコスプレ衣装に軽く……どころではなく、非常にドン引きしてしまう。
 ああ、そうか。ただ自分が見たいだけなんだな。この服を着た悠那さんの姿を。
 どうせ
『着たら写真を撮って送ってくれ』
 とか言っているんだろう。変態兄め。
「そんな服ってどこで売ってるんですかね? 悠那君のお兄さんって、いつも悠那君にそういう服を送ってきますけど」
「さあ? 俺は知らないけど、職場の近くにでもそういうお店があるんじゃないの?」
 兄からの贈り物を素直に受け取り、普通に着用までしてしまう悠那さんだけど、贈り物の購入元や値段は全く気にしていない様子だった。
 僕はもうちょっとそのへんのことを考えたほうがいいと思う。多分、その服はまともなお店で扱っているものじゃないと思うから。
 値段はともかく、自分の兄が弟に着せる服をいかがわしいお店で購入しているのだとしたら、悠那さんは兄を注意するところだと思う。
「さっき司に見せたら“可愛い”って喜んでくれたから、二人にも見せびらかしにきたの」
「そうですか……」
 見せびらかしに来られてしまった。僕達ってよっぽど暇だと思われているんだろうか。
 まあ、実際に忙しくしていたわけじゃないけれど。
「ん? さっき“話は聞かせてもらった”って言いましたよね? 悠那君ってたった今僕達の部屋に来たわけじゃないんですか?」
 人の部屋に入る際、悠那さんがノックをしないことは最早常識ではあるけれど、ドアが閉まった状態では、よほど大きな声で騒いでいない限り、部屋の中の声は外に漏れないはずだった。
 それなのに、僕達の会話を聞いていたかのように部屋の中に入って来た悠那さんの存在には、海でなくても不思議に思ってしまうところだ。
「うん。本当は少し前に来て、猫みたいにこそ~っと部屋に入って驚かせようと思ったんだけどね。部屋のドアを少し開けたところで、二人が深刻な話をしてるっぽかったから、そのままこっそり盗み聞きしてた」
「なっ……!」
 盗み聞きだと⁈ 普通、部屋の中で深刻そうな話をしていると思ったら、そっとその場を離れるのが常識なんじゃないのか⁈ どうしてこの人は“盗み聞き”という行動に出たんだっ!
「盗み聞きって! どうして盗み聞きなんかするんですかっ!」
「だってぇ~、最近の律と海の様子がちょっと変だったから気になってたんだもん。俺が聞いても素直に話してくれるかどうかがわからなかったから、盗み聞きすることにしたの」
「~……」
 この人は……全く悪びれもせずに堂々と……。
 でも、最近の僕達の様子がなんとなくギクシャクしていたことには気付いていたらしい。それだけ僕の海に対する態度が不自然だったってことか。
 つまり、これはある意味自分が蒔いた種らしい。
「ど……どこから聞いていたんですか?」
「え?」
「だからっ! 一体僕達の話をどこから聞いていたんですかっ⁈」
「えっとぉ……“なんかごめんね”ってあたりから?」
「最初からじゃないですかっ!」
 最悪だ。人に聞かれたくない話を一番最初からずっと聞かれていたという事実に、僕は耳まで熱くなりそうだった。
 っていうか、悠那さんはそんな時から僕達の部屋の前で、そんなふざけた格好をして耳をそばだてていたっていうのか。
 どうしてそういう時に限って、さっさと飼い主(司さん)が回収しに来ないのかが謎だ。
「でも、良かった。おかげで律と海が喧嘩してるんじゃないってことがわかったし。むしろ、律が海と恋人同士っぽく振る舞えるように努力してたんだって知って、俺は物凄く嬉しい」
「ああ、そうですかっ!」
 人に聞かれたくない話を聞かれてしまっただけでなく、一番知られたくない人間に、知られたくない努力を知られてしまったという後悔が凄い。悠那さんってどうしてこうもタイミングが悪いの?
 これまで悠那さんのタイミングの悪さで散々な目に遭ってきた僕としては、自由過ぎる悠那さんの首に首輪をつけて、司さんにしっかりリードを握っていて欲しいくらいだ。
「なんか律が急に海の前でぎこちなくなったのは、俺達の前で恋人同士っぽく見せたかったからなんだね。可愛い~♡」
「それはもうやめにするんですっ!」
「え~? どうして? もったいなぁ~い」
「もったいなくないですっ!」
 悠那さんに知られてしまった以上、僕達の“可愛いカップルを目指そう”計画は打ち切りにするしかないのだが、僕達の部屋に侵入してきた悠那さんは僕の隣りに腰を下ろし、僕達の中では終わったはずの話を蒸し返す気満々である。
 こうなると、悠那さんはなかなか部屋に戻らないんだよね。悠那さんの帰りを待ちくたびれた司さんが迎えに来るまでは。
「せっかく律が頑張ってるんだから、このままもっと可愛いカップル目指そうよ。俺も協力するから」
 満面の笑みで“協力”という言葉を口にする悠那さんに
(それが一番余計なお世話で怖いし、厄介なんだよっ!)
 と思わずにはいられない僕だった。


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