僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    ケジメ、つけさせてもらいます(3)

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 夏凛とありすの二人から湊が送ったメッセージに対する返事が返ってきたのは、その日の夕方だった。
 その頃、俺や司や悠那は仕事をしていて家にはいなかったわけだけど、現在夏休み中だという湊は今日もオフで、誰もいない俺達の家の中でのんびりと優雅に過ごしていた――らしい。
 よくもまあ、誰もいない人様の家の中でのんびりと優雅に過ごせるものだ。普通は遠慮して一度家に戻るなり、出掛けるなりするもんじゃね?
 まあ、湊からしてみれば、ここは自分の恋人の家でもあるわけだから、そういう気遣いは必要ないのかもしれないけれど。
「10月最後の合同レッスンの後ですか? 別にいいですよ。僕達は適当にしますから」
 悠那、俺、司の順で帰宅してきた俺達三人は、それから間もなくして帰宅してきた律と海、それに湊も含めた六人で晩飯を食べている席で、湊から聞かされた夏凛達との食事会(飲み会?)の話を律と海にすると、二人は快く承諾してくれた。
 何もCROWNとの合同レッスンがある日にしなくても……と俺は思ったのだが、それ以降になるとなかなか六人のスケジュールが合いそうにもなかったから、湊が勝手に日にちを決めてしまったのだ。
 そこには“今月中にでも”という悠那の意見が取り入れられているのかもしれない。
 俺達四人が合同レッスンが終わった後に、夏凛やありすとご飯を食べに行く話を聞いた律と海は、そのことを快く承諾しただけで、詳しい説明を求めてはこなかった。
 こういう聞き分けがいいというか、一緒に住んでいてもお互いのプライベートには深く干渉し過ぎない気遣いは助かる。
 もしかしたら、たまには二人きりで家の中でのんびりイチャイチャしたいという願望があるのかもしれない。律ではなく海のほうに。
「CROWNのメンバーには湊さんから言っておいてくださいね」
「もちろん、そうするよ。二人きりにさせちゃうけど、二人は二人でのんびりイチャイチャしててね」
「のんびりはしますけど、イチャイチャはしません」
 俺達を連れ出すことへのお詫びなのか、湊はそんな言葉で二人の機嫌を取ろうとしたが、別に二人は機嫌を損ねていないし、それに対する律の返事は素っ気ないものだった。
 律の隣りで残念そうな顔をしている海がちょっとだけ可哀想な気もする。
 そうは言っても、俺達の目がないところでは二人もそれなりにイチャイチャすることだってあるだろう。俺達のいない家の中で海に恋人同士らしい雰囲気を出されたら、律もそれに応じることだってあると思う。
 律の場合、そのことを人に悟られたくないだけだ。俺も同じ考えだから、律の気持ちや言動はよくわかる。
「ほんと、陽平と律ってそっくり」
 うちのグループ内で唯一人前でも恋人とのイチャイチャが止まらない悠那が、俺と律に呆れた視線を送りながら、不満そうにぽつりと呟いている。






「んじゃま、ちょっくら出掛けてくるから、後は適当にしてて」
「せっかくみんないるのにごめんね」
「はい。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃ~い」
 あれからあっという間に時は過ぎ、10月最後のCROWNとの合同レッスンを終えた俺達は、予定通り、夏凛やありすと一緒に御飯を食べに行くため、律と海を残して家を出た。
 もっとも
「今日は律が夕飯作ってくれんの? 楽しみ~」
「俺も及ばずながらお手伝いするね」
 いつも合同レッスンの後はうちで晩飯を食っていく流れになっている湊以外のCROWNのメンバーは、俺達が出掛けることになっても、その流れは変えない様子だった。
 律や海と仲がいい陸と京介がそうするのはわかる気がするが、そこに玲司も加わっていることがちょっと意外だった。
 でもまあ、それってつまりはメンバー同士の仲が良くなっている証拠だし、年下組だけにお留守番をさせておくのも少し心配だから、一番しっかりしていそうな玲司が一緒にいてくれるのはありがたい。
 玲司は玲司で変なところもあるんだけれど、年下組の前では至って普通の常識人だし。何かあった時の保護者代わりには最適って感じだよな。
「せっかく律と海を二人っきりにしてあげられると思ったのに。今日もみんなでご飯を食べる流れは変わらなかったんだね」
 駐車場に向かう途中で残念そうに言う悠那に
「まあいいじゃん。あの二人だって俺達の知らないところでは適当にイチャイチャしてるよ。本人達が楽しそうにしてたから、悠那が残念がることじゃないよ」
 と言って、司がやんわり諭していた。
 やっぱり、司は自分と悠那がイチャイチャできるのであれば、他人のイチャイチャはどっちを向いていても良さそうである。
「考えてみたら、俺、陽平の車に乗るのって初めて」
「そう言えばそうだね。俺も陽平の車に乗せてもらったことはないな」
「そりゃお前らはいつも司の車に乗ってるからな。俺の車に乗る機会なんてないじゃん」
「それもそっか」
 湊が選んだ店には俺の車で向かうことにした。
 わざわざ俺と司の車二台で分かれて向かうのは面倒臭かったし、どうせ車の中で悠那と何度もヤっているであろう司の車に乗りたくはなかった。
 助手席には湊が座り、司と悠那は仲良く後部座席に乗り込むなり早速イチャイチャしていたけれど、運転の邪魔にさえならなければ、勝手にイチャイチャしてろ、という感じである。
「今日行くお店は予約してるの?」
「もちろん。ちゃんと個室を用意してもらってるよ」
「俺達とありすちゃん達のどっちが先に着くかな?」
「多分、同じくらいになると思うけど、先に着いたら適当にしてて、って言ってるから大丈夫」
「そうなんだ」
 うちは基本的に外食というものをしないから、久し振りに外で御飯を食べられる悠那は嬉しそうだった。
 おそらく、外で司と一緒にいられることが嬉しいんだろう。悠那は司と外で堂々とイチャつきたい願望があるからな。
 たまには二人で出掛けることもあるにはあるが、恋人同士以前に同じグループのメンバーでもあるわけだから、司と一緒に飯を食いに行きたいなら行きゃいいのに。俺達に遠慮なんかせず。
 まあ、あまり外に飯を食いに行く時間の余裕や元気がないだけなのかもしれねーけど。
「そこ、右に曲がって。そしたら駐車場があるから。そこの駐車場が一番近いんだ」
「了解」
 店の予約だけでなく、ルートや周辺の駐車場まで調べておいてくれた湊は、助手席からしっかりナビをしてくれた。
 意外とマメな一面もあるんだよな。そういうところは一応リーダーっぽい。
 車を駐車場に停め、歩いて店まで向かった俺達は、帽子やマスクで顔バレを防ぎつつも店内に入ると、すぐさま個室に案内された。
「あ。お疲れ様~」
 俺達が個室に通された時、夏凛とありすは既に店の中に入っていて、二人で仲良くメニューを眺めているところだった。
「待たせてごめんね。二人とも思いの外に早く来てた感じ?」
「ううん。私達も今来たところだよ」
「そっか。なら良かった」
 先に来ていた二人の姿を見るなり、気さくに声を掛ける湊の姿は如何にも女慣れしている男の姿といった感じであったが、湊は相手が男でも女でもこんな感じだ。誰にでも気さくでフレンドリーな奴だから、俺も特に気にならなかった。
「もう何か頼んだ?」
「まだだよ。今、飲み物何にしようか、ってメニュー見てたところ」
 この店の個室は掘り炬燵の座敷になっているようで、個室に入る前に靴を脱いだ湊は夏凛とありすが並んで座っている向かいの席に腰を下ろした。
 三対三で向かい合うようになっているテーブルで、湊が夏凛やありすの向かいの席に座り、続いて司と悠那まで二人とは向かいの席に座ってしまうと、俺は自然に夏凛やありすと同じ列に座ることになってしまう。
 そんなわけだから、俺が座った側の席は左から俺、夏凛、ありすとなり、向かいの席は俺の正面に湊、その隣りに司、悠那の順で並ぶことになった。
(まあ……別にいいけど……)
 席がどういう並びだろうと、俺にとっては気まずくて落ち着かない空間であることに変わりがない。
 それに、今回はただみんなで仲良く飲み食いすることが目的というわけでもなく、俺と夏凛との間にケジメを付ける糸口を見つけるためのものでもあるから、俺と夏凛は近くの席にいたほうがいいのかもしれないもんな。
「このメンバーでまた一緒に御飯を食べることになるとは思わなかったよ。湊君から連絡をもらった時はテンションが上がっちゃったな」
 個人的に司を誘っても一緒に御飯を食べに行くことがないありすは、こうしてプライベートで司と一緒に食事ができることが嬉しそうだった。
 俺達が日々ドン引きするくらいに悠那とのイチャつきっぷりを発揮している司の、何がそんなにいいんだか。
 人の好みに文句をつけるつもりはないが、未だに司のことが好きであるありすの一途っぷりには脱帽すると同時に、不憫に思ってしまったりもする。
 ありすといい、元カノといい、恋人がいる分際で他の女を惑わせる司は、罪な男なのかもしれない。本人は狙っているわけでもなく、むしろ迷惑がっているだけではあるものの。
「まあね。一度食事に行った仲だし、あの時は楽しかったからね。また一緒に御飯を食べに行きたいと思ってさ。俺達って歳も近いし、個人的な付き合いだってあるから」
「確かにね」
 この“個人的な付き合い”というのは、俺と夏凛が過去に恋人同士であったことや、司がありすに惚れられていることを言っているのだろう。
 もちろん、同じアイドル同士だから仕事で顔を合わせることもあるにはあるが、一緒に番組をやっている司とありす以外のメンバーには、仕事上での個人的な付き合いなんてないし。
「前回このメンバーでご飯を食べたのって、もう一年以上も前の話なんだよね」
「そう思うと、一年が経つのなんてあっという間って感じだし、なんだか懐かしいよね」
「あの時はいきなり乱入してきた悠那君が、乱入してくるなり私達の前で司君との仲を暴露してびっくりしちゃったよ」
 おっと……いきなりそういう話が出る? あの時のことはありすにとって苦い思い出なんじゃないかと思うのに、ありす本人はケロッとした顔である。
 まあ、その後もありすは司と一緒に仲良く番組をやっているし、悠那ともすっかり打ち解けて仲良くなってしまっているから、今更根に持つことでもないのかもな。
 それに、そんなことがあったおかげか、あの後このメンバーで腹を割っていろんな話ができたりもした。その結果、悠那とありすが仲良くなったりもしたんだよな。
 日ごとに芸歴が長くなっていく俺達は、同じグループ以外の人間とも親しい間柄になっていたりするが、同じ業界内だとライバル意識もあったりして、なかなか本音で話せる相手は少なかったりするもんな。あの一件以来、わりと本音で話せる間柄になっている俺達との飲み会は、夏凛やありすにとっていいストレス発散場所になるのかもしれない。
 会話が弾む前に飲み物や料理を頼んでしまうと、最初はそれぞれの近況報告なんかで盛り上がった。
 ところが、それなりに酒が回ってくると――俺と司以外のメンバーは酒を飲んでいた――、次第に話の流れは前回と同様に色恋沙汰になっていき
「ねー。前から聞こうと思ってたんだけどぉ、司君と悠那君ってぶっちゃけどこまでの関係なのぉ? キスしてるのは知ってるけど、その先もシてたりするんですかぁ?」
「え~? そりゃもちろんだよぉ~♡」
「嘘っ! やっぱりそうなんだっ!」
 ありすは前から気になっていた司と悠那の肉体関係の有無をここで確認し
「司君ってどうなの? どんなセックスしてくれるの?」
 更に詳しい情報を悠那から聞き出そうとした。
 それを聞いてどうすんの? って感じだが、自分の好きな相手の生々しい性体験を聞き出し、自分の妄想にでも役立てるつもりなのだろうか。
「え⁈ ちょっと! そんなこと聞いてどうするの⁈」
 当然、素面しらふの司はその会話の流れにギョッとしたが、司とのラブラブっぷりを披露したくて堪らない悠那は、ありすからの質問に答える気満々の顔である。
 ほんと、悠那には恥じらいというものが皆無だよな。いくら自分と彼氏がラブラブだからって、普通は他人に自分の性体験を話したいとは思わないだろ。
 いや。実際はそういう話で盛り上がる人間も多いから、案外話したいものなのかもしれない。俺は絶対に話したくないけど。
「ふふふ♡ どんなことが知りたいの? なんでも聞いて♡ 教えてあげる♡」
「悠那ーっ!」
 司が傍にいるし、帰りの心配もしなくていい悠那は既に酔っ払い状態になってしまっているから、いつもの倍以上は口が軽くなっているようだし、テンションも高めだった。
 そんな悠那を司が止められるはずもなく、悠那の正面の席から悠那の隣りに移動してきたありすと悠那が、さも仲良し女友達の如く、肩を寄せ合ってひそひそ話を始める姿に、俺、湊、夏凛の三人は知らん顔をしてやることにして、司は額を押さえていた。
「あの三人の関係ってさ、時々ちょっとわからなくなることがあるよね」
「夏凛でもそう思うんだ。でも、夏凛ってありすちゃんとは仲がいいんでしょ? 二人で恋バナとかもするんじゃないの?」
「そりゃするはするけど……。私って司君のことはあんまりよく知らないし、ありすも陽平のことはそこまで知らないから……」
 とりあえず、あの三人には三人で喋らせておこうと思った俺達が、こっちはこっちで別の話でもしようと思ったところだったのだが、恋敵でもあるはずの悠那とありすの仲良しっぷりに首を傾げる夏凛が、湊からの問いに返事を返すなり、ハッとした顔になって俺を見てきた。
「って! 別に私が陽平のことでありすに相談してるとかじゃないからねっ!」
「お……おう……」
「ただ、今は私も彼氏がいないから、恋愛の話になると元カレの陽平の名前がよく出るってだけだからっ!」
「わ……わかってるよ」
 何故か必死になって俺に弁明してくる夏凛に、俺はどういう反応をしていいのかがよくわからなかった。
 俺とはとっくに別れているのに、未だに友達との会話で俺の名前を出している自分を知られたくなかった……のか?
 でも、それを言ったら俺だって湊との会話の中で夏凛の名前が出てくることはよくある。
 もっとも、俺から夏凛の名前を出しているわけじゃなくて、何かと夏凛にヤキモチを焼く湊が、事ある毎に夏凛の名前を出してくるって感じではあるんだけれど。
 だがしかし、夏凛のこの発言を聞いた湊のほうは、俺と違って「チャンス!」とでも思ったのだろうか。
「そう言えばさ、夏凛って陽平にまだ未練があるっぽいことを言ってたけど。それって今も変わってないの?」
 ひとまずは俺を説得できたと思ってほっとしている夏凛に向かって、やや無神経とも言える発言をした。
「え……っと……」
 湊からの質問にあからさまに狼狽える夏凛は、その表情で既に答えを言ってしまっているようなものだった。
「もしかしてさ、夏凛は陽平との別れ方に納得できていないから、陽平に未練が残ってるんじゃない?」
 おい、こら。それは先日悠那が口にした悠那の立てた推測だろう。それをさも自分の発言のように言うなっつーの。
「……………………」
 夏凛は湊の言葉に俯き、キュッと唇を結んだかと思うと
「それは……あると思う」
 今にも消えてしまいそうな小さな声で、素直に自分の気持ちを認めた。
 悠那の想像は大正解だったらしい。
「えーっ⁈ 司君がそんなことをっ⁈ それ、もっと詳しく聞かせてよっ!」
「ちょっと悠那っ! もうやめてっ! 俺が恥ずかしくて死にそうだからっ!」
「えへへ~♡ どうしよっかなぁ~?」
 もっとも、悠那本人は自分の推測が当たっていたことを証明されたことに、全く気が付いていないのだが。
(どうでもいいけど、こっちとあっちで最早別世界だな……)
 片や元カノを交えてシリアスな展開になっている俺と、振った相手と恋人の間で赤裸々なトークを繰り広げられて恥ずかしがっている司とでは、とても同じ室内にいる人間同士だとは思えない。
 どちらもこういう席での会話としてはどうかと思うところもあるのだが、飲み会での会話としては司達のほうが相応しいって感じになるんだろうな。なんだかんだと楽しそうだし。特に悠那とありすが。
「だったらさ、今ここで陽平に言いたかったことを言っちゃえばいいじゃん。俺が邪魔ならあっちの話に混ざってるからさ。お互いに言いたいことを言い合って、スッキリしちゃったほうがいいと思うよ」
 俺達とはまるで違うテンションで盛り上がり、俺達の会話を妨げるほどの勢いがある三人にも構わず、こっちの話はこっちの話で進んでしまうらしい。
 それというのも、俺に早く夏凛との関係にケリを付けて欲しい湊の働きがあってのことだけど、その湊が俺と夏凛を残し、向こうのグループに混ざるなんて言い出したから、すっかり気まずい感じになっている俺と夏凛は、同じタイミングで「え?」という顔をしてしまった。
 いやいやいや。いきなり夏凛と二人にされても困るんだけど。
「え? 何? 俺がいたほうがいいの?」
「いや……そういうわけじゃねーけど……」
 いきなり夏凛と二人にされるのは困るけど、俺と夏凛の別れ話を蒸し返すのであれば、その場に湊にいて欲しくない気もする。
 湊がいると絶対に余計なことを言ってきそうだし。真面目な話を夏凛とするつもりでいるのなら、むしろ湊は「どっか行ってろ」である。
 しかし、まだ夏凛とどういう話をするつもりでいるのかを決めかねている俺は、心の準備というやつができていない。
 かといって、このままだらだら話を続けていれば、その心の準備ができるという保証もない。
「んじゃ、二人のことは二人で話しなよ。俺に戻って欲しくなったらいつでも呼んで。すぐに戻ってきてあげるから」
「お……おう……」
 結局、強引に俺と夏凛が二人で話し合う機会を作られてしまった。
(どうして都合良くこういう機会が生まれてしまうんだろう……)
 なんだかタイミングが良過ぎるって感じがする。まさかとは思うが、悠那がありすが食いつきそうな話にあえて乗ったのは、司とありすの意識を俺達から遠ざけるため……とかじゃないよな?
 元々、今回の飲み会――悠那曰く忘年会のつもりらしい――は、悠那の提案から始まっていることだ。俺と夏凛の関係にケジメをつけさせてあげようという気持ちは、悠那の中にもある。
 そこが悠那の余計なお節介なところでもあるわけだが、そう思った時の悠那はわりと機転が利いたりするからな。俺と夏凛が二人きりで話せる機会を、どこかで作るつもりだったのかもしれない。
 俺が見る限り、悠那はただ酔った勢いで司とのイチャイチャエピソードを言いたいだけにしか見えないけど。
「ねーねー。さっきからどういう話してんの? 俺も混ざる~」
「湊君っ! ちょっと聞いてよっ! 凄いんだよっ! 司君と悠那君の夜の話っ!」
 そうすると決めたら早い湊は、あっという間に司達の会話の中に自然と混ざってしまい、四人からは少し離れた場所にポツンと取り残された俺と夏凛は、しばらくの間、そんな四人の姿を茫然と見つめるくらいしかできなかった。
 だが、せっかく俺と二人きりにさせてもらったチャンスを逃せないと思ったのか
「あのさ……」
 視線は楽しそうな四人を見詰めたまま、意を決したように夏凛が口を開いた。
「おう……」
 その瞬間、俺の中には緊張が走ったものの、表向きはなるべく平然を装おうと努力した。
「陽平と湊君、今はどうなってるの?」
「え?」
 ちょっと待て。いきなりそっちからなの? 俺はてっきり、俺との別れ話についての話が始まると思っていたのに。
「3月だったよね? 私が陽平に湊君のことを“好きなの?”って聞いたの。あの時、陽平は“知らねーよ”って答えたけど、あれからもう七ヶ月も経ってるし。今もずっと湊君と一緒にいるってことは、陽平の気持ちはもう決まってるんだよね?」
「そ……そうだっけ?」
 咄嗟にしらばっくれてしまったが……そうなんだよな。そんなことがあってから、もう七ヶ月も過ぎているんだよな。
 七ヶ月と言ったら半年以上だ。その間に俺と湊は付き合うことになってしまったが、そのことを夏凛には何一つ話していない。
 「言わなくていい」と言ってしまえばそれまでの話だが、夏凛が気になっていると知っていながら、何も言っていないという状況は、夏凛に対して不誠実と言えば不誠実……か。
「私、ある程度予想はついてるし、覚悟もできてるから言ってよ。陽平、湊君と付き合ってるんでしょ?」
「……………………」
 その“ある程度の予想”とは、俺がいないところで湊が夏凛に話した俺のことから推測し、それに基づいて“覚悟”をしたってことなんだろう。
 湊が夏凛に余計なことさえ言わなければ、そんなことで夏凛を思い悩ませる必要もなかったと思うと、後で説教くらいはしてやりたくなる。
「まあ……そういうことになった……かな」
 ここで夏凛に嘘を吐ける俺ではなかったから、曖昧なニュアンスを含んでいるものの、夏凛の前で湊との関係を認めた。
 夏凛の前で湊との関係を認めてしまうことで、夏凛に対する罪悪感も少しは薄れてくれるのかと思ったが、ただ夏凛に対する罪悪感が増しただけだった。
 どうやら、俺の夏凛に対する罪悪感の原因はそこじゃないらしい。
「そっか……。結局陽平もそっちの道を選んじゃったんだ。まあ、仕方がないのかな。昔から陽平と湊君って私なんかよりずっと近い距離にいるって感じだったし。身近に司君や悠那君みたいに男同士でもラブラブなカップルがいたら、性別の問題なんて気にならなくなりそうだもんね」
「そんなことはない。性別の問題はやっぱ気になる」
「そうなんだ」
「当たり前だろ」
 俺が湊との関係を認めたことで、夏凛はどんな反応をするのだろうとビクビクしたが、覚悟ができていると言っただけに、夏凛からの反応は比較的あっさりとしたものだった。
 目の前であからさまにがっかりされたり、落ち込まれなかったことは救いだが、あっさり納得されても複雑な気分である。
 だから、夏凛の「性別の問題なんて」というフレーズには、しっかりと反論をしておいた。
 男同士で付き合う選択をしたのだから、そう誤解されても無理がないとは思うけど、俺はやっぱりそこが気になる。だからこそ、自分達のマネージャーにすらその話をしたくないのである。
 多分、俺の中では一生気にし続ける問題なんだと思う。それでも、俺は湊を選んでしまったのだ。
「良かった」
「良かった⁈」
「だって、ずっと気になってたから。陽平がちゃんと答えてくれて、私もようやくスッキリした」
「ああ……そういうことか……」
 ひょっとしたら、夏凛にはまだまだ俺に言いたいことがあるのかもしれないが、俺と湊のことがずっと気になっていたのは事実だから、まずはそこがクリアになってスッキリしたという気持ちに嘘はないのだろう。
 良かった、なんて言葉を使われた時は、俺もギョッとせずにはいられなかったけれど。
「いつから付き合い始めたの?」
「え? いつから? えっと……6月……かな」
「じゃあ付き合い始めて四ヶ月だ」
「ま……まあ……」
「それくらいの時期なら、今はラブラブ期だったりする?」
「お前さ、俺と湊を見てラブラブだと思うわけ?」
「ううん。全然。昔と一緒って感じかな。なんなら、今の陽平のほうが湊君に辛辣だったりするよね」
「わかってんじゃん」
「でも、それはカモフラージュなのかも? って思ったりもするかな。陽平って人前でイチャイチャするのを嫌がるから。本当は司君や悠那君に負けないくらいにラブラブでも、それを隠すため、わざとそういう態度を取っているのかも? って疑っちゃう」
「それは絶対にない」
 良かった、の言葉にも驚いたけど、その後に続く夏凛との会話にも内心驚いている。
 え? なんでそんな普通に俺と湊の話ができちゃうの? 俺も普通に受け答えしちゃってるし。俺と夏凛の会話ってこれでいいのか?
 俺としては、もっと重苦しい会話になると思っていたから、この展開には少々戸惑ってしまう。が、こんな戯れのような会話も本題に入る前の緊張を解すためのものだったと知る。
「え~? せっかく恋人同士になったんなら、ちょっとくらい湊君とイチャイチャしてあげなよ。湊君はそれを望んでると思うよ?」
 夏凛は笑顔で俺にとっては全く嬉しくないアドバイスをしてきたかと思うと
「でもさ、そうやって陽平が新しい恋を始めているなら、私も自分の気持ちにちゃんとケジメを付けなくちゃだよね」
 顔は笑顔のまま、目だけが真剣になってそう言ってきた。


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