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Final Season
別れた女は要注意⁈(3)
しおりを挟む9月も残り少なくなってきた都内某所にて、俺が通っていたけれど卒業はしてない高校の同窓会が開かれた。
あまり人目に付く場所は嫌だったんだけど、そのへんは郁達も考慮してくれたのか、なかなか雰囲気が良くて手頃な広さのお店を貸し切ってくれたようで、店の前には駐車場も完備してあった。
大通りからも少し離れていて、知る人ぞ知る隠れ家的レストランといった感じのお店だった。
場所がよくわからないのもあって、行き掛けに車で郁を拾って、郁と一緒に同窓会会場に顔を出してみれば――。
「蘇芳君だっ!」
「ヤバっ! マジで本当に来てくれたっ!」
「信じられないくらいイケメンになってるっ!」
「うわぁ……テレビで見るまんまだぁ。格好いいぃ~」
早速元クラスメートの女子達から黄色い声を浴びせられたんだけど、高校時代に女子からキャーキャー騒がれたことがない俺は、ただただひたすらに違和感だった。
人間、肩書きが変われば周囲からの反応がここまで変わるものなのか……。同じ女の子に騒がれるのもファンなら全然嬉しいのにな。
「おーおー。早速凄い人気じゃん。高校時代とはえらい違いだな」
仕事が少し押してしまったのと、ここに来るまでの道に少し迷ってしまったのとで、俺が郁と一緒にお店に着いたのは集合時間ギリギリだった。
俺と郁が店の中に入った時は、俺と郁以外の同窓会出席者は全員集まっていたようで、店内は既に充分賑やかであった。
そこへ俺が登場した途端、更に店内が湧いてしまったことに郁は感心したような顔だった。
「ほんとそれ。アイドルになったことで、こんなに反応が違うとは思わなかったよ」
感心する郁とは裏腹に、俺のほうはややうんざりとした表情である。
仕事中――つまりはアイドルをやっている時にキャーキャー騒がれるのは構わないけれど、プライベートでキャーキャー騒がれるのは好きじゃないんだよね。元々俺、静かで穏やかな日常を好む人間だから。
これがまだ、偶然プライベートで遭遇したファンなら仕方がないって気もするし、俺もアイドルとしての振る舞いを見せるだろうけれど、相手が元クラスメートじゃね。今更って感じがして薄ら寒い気持ちにすらなってしまう。
「はいは~い。みんなちょっと静かにしてね~。今日の主役も来て全員揃ったみたいだから、幹事の俺から挨拶させて~」
店内に足を踏み入れた直後に女子から囲まれてしまった俺が、どうしたものか……と頭を悩ませていたところに、俺達のクラスではいつも中心的な人物だった矢代拓が、よく通る声を張り上げて、みんなの視線を自分に集めた。
そっか。今回の同窓会は拓が中心になって開催されることになったのか。
クラス委員というわけではなかったけれど、明るくて人当たりの良かった拓は、クラスメートからの人望も厚く、クラスのまとめ役って感じだったもんね。その拓が声を掛ければ、同窓会にクラス全員が参加するのも納得かも。
(それはさておき、今日の主役って……)
その言葉を口にした時、拓の視線が俺を捉えていたことに、俺は思わず顔をしかめてしまった。
(まさかとは思うけど、俺のことじゃないよね?)
学生時代の俺は目立つことを極力避けていたような生徒だったから、その頃の顔ぶれが集まる席では、昔と同じように“目立ちたくない”と思ってしまうらしかった。
特に、高校の同窓会においては主役どころかおまけみたいなものである俺は、“主役扱いなんて冗談じゃない”と思ってしまう。
「同窓会を始める前に、守って欲しいルールだけ言っとくね。同窓会の案内メールにも書いたけど、みんなも知っての通り、今や世間を騒がす人気アイドルになった司の写真は原則として撮影禁止。SNSなんかにも絶対に載せないって約束してくれ。それが今回司が同窓会に出席してくれた条件でもあるから。最後に全員で集合写真を撮ってみんなに渡すから、司の写真はその一枚で我慢すること」
一体幹事様からなんの話があるのかと思ったら、同窓会が始まる前に、俺の写真を撮るなというありがたいお話だった。
ぶっちゃけた話、俺は同窓会に出席する条件として「俺の写真を撮るな」とは言っていないんだけれど、「撮られると困る」とは言ったからな。それを拓の口から大袈裟に言うことで、事務所を通していない俺の写真が流出しないようにしてくれているのかもしれない。
しかし、同じ学校に通っていた頃の俺は極々普通で、どこにでもいそうな冴えない男子だったから、アイドルになった途端に「写真は困る」なんて言い出したら、お高く留まっていると思われて面白くない人間もいるかもしれない。
なんて思っていたけれど
「司の姿は写真に収めるんじゃなくて、しっかり目に焼き付けるだけにしてくれよな。わかった?」
と付け加える拓の言葉に、その場にいた全員が
「はぁーい」
といい返事を返していた。
なんだ、こいつら。いい奴らか。
まあ、うちのクラスは個別には色々あったのかもしれないけれど、全体としては仲のいい、いいクラスではあったからな。
俺が今回の同窓会に参加する気になったのも、高校時代のクラスメートのことが嫌いじゃなかったからだ。
「それじゃ、乾杯する前にみんなそれぞれ自分の飲み物を頼んでくれる? 見てわかると思うけど、今回はブッフェスタイルになっていて、飲み物はそこのカウンターで頼むようになってるからね。ただし、ソフトドリンクはセルフだから、お酒を飲めない人はカウンター横のドリンクディスペンサーからご自由に。みんなドリンクバーは使ったことあるだろうから使い方はわかるよね?」
同窓会の幹事を務める拓の声で、みんなぞろぞろとカウンターへと移動を始める。
全員二十歳は超えているから、ドリンクを頼むカウンターには列ができていたけれど、ここまで車で来た俺は帰りも当然車だから、カウンターには並ばず、カウンター横のソフトドリンクを取りに行った。
「あれ? 蘇芳君はお酒飲まないの?」
「うん。車で来てるから」
「そうなんだぁ。蘇芳君、車の免許取ったんだぁ」
「うん」
「私もね、今教習所に通ってるんだよね。やっぱ就職する前に免許は取っておいたほうがいいと思って」
「ふーん……そうなんだ」
お酒じゃなくてジュースがいい人間は俺の他にも何人かいて、俺はドリンクディスペンサーの前でまた女子から声を掛けられたりもしたんだけれど、仕事柄、異性と話す機会もそれなりにあるおかげか、変に動揺したりはしなかった。
でも、同じクラスにいた頃はあまり喋ったことがない子ではあったから
(この子、俺にこんなに親し気に話し掛けてくるような子だったっけ?)
と首を傾げたくもなる。俺、この子の名前もよく憶えていないくらいなんだけど。
というより何よりも、三年振りに会うクラスメート達が結構様変わりしていて、誰が誰なのかがちょっとわからなくもあるんだよね。
男子なら交流があったぶんまだわかるんだけど、あんまり話したことがない女子なんて特に。
髪型や服装が違ううえに化粧までされてしまうと、中には「こんな子いたっけ?」と思ってしまう子までいる。
(そりゃまあ三年も経てば人は変わるか……)
俺だってこの三年間で学生の頃とは随分変わったところがあるんだ。高校三年生から大学三年生になった彼ら、彼女らが変わっているのなんて当然だよね。みんなあの頃より大人になったってことなんだ。
「さーて、みんな飲み物は持ったかな? それじゃ、3年5組初の同窓会に乾杯っ!」
「乾杯っ!」
どうやら今回が初めてになるらしい俺達3年5組の同窓会は、俺が知っている頃よりも少しだけ大人っぽくなった拓の乾杯の声と共に始まったのであった。
「ねえねえ。蘇芳君はどうしてアイドルになろうと思ったの?」
「それな。それ、ここにいる全員が聞きたいところなんだよな。なんで?」
「っていうかさ、なんで俺達に何も言わずに学校辞めちゃったわけ? 夏休み開けたら司が学校辞めててびっくりしたんだけど」
「そうだよ。せめて最後の挨拶くらいして欲しかった」
乾杯の直後から俺は元クラスメート達に囲まれてしまい、次々と浴びせられる質問にたじたじだった。
こ……これは……報道陣からの質問攻めより凄いものがあるんだけど……。そんなに矢継ぎ早にあれこれ言われても、答える前に次の質問が飛んできて、答える暇なんてないじゃん。
「ちょっとちょっと。そんなに一気に質問したら司だって答えられないよ。時間はたっぷりあるんだから、一人ずつ質問してあげなよ」
みんなからの質問に困ってしまう俺を見兼ねた郁が、そう助け船を出してくれると
「それもそっか」
みんなもようやく落ち着いてくれたみたいで
「じゃあ最初の質問は私っ! 蘇芳君はどうしてアイドルになったの?」
一人ずつ順番に質問をしてくるスタイルに変わってくれた。
まるで何かのインタビューに答える時のような気分になるけれど、何も言わずに学校を去ってしまった俺だから、こうなってしまうのも仕方がないんだろうな。三年前に何も言わなかったぶん、今ここで言えることは全部言ってあげようと思う。
「アイドルになろうと思った理由は、なったら楽しそうだと思ったからなんだけど、正直、自分がアイドルになれるとは思っていなかったんだよね。だから、オーディションを受けた話もみんなにはしなかったんだ。ダメだった時が恥ずかしいから」
「オーディションはいつ受けて、いつ合格したのがわかったの?」
「最初のオーディションは春に受けて、そこから二次審査、最終審査があって、結局結果が出たのは7月の頭くらいかな」
「ってことは、学校を辞める前にはオーディションに受かったことがわかってたんじゃん」
「うん。でも、学校での自分のキャラを考えたら言い出しにくくて」
「確かにな。司がそうやってオーディションを受けていたなんてこと、誰も気が付かなかったし、思いもしなかったもんな」
「夏休み中に学校を辞めちゃったのはどうして?」
「それはまあ、オーディションに合格した直後に事務所からメンバーとの共同生活と、芸能科のある学校への転校を言い渡されたから」
「そうだったんだ。じゃあ、司は俺達のいる学校を辞めた後、芸能科のある学校に転校したのか?」
「ううん。高三の二学期から違う学校に転校するのも面倒だったから、高校はそのまま中退したんだよね」
「マジか! お前、結構大胆なことするな」
「そう? でも、一応高卒認定資格は取ったよ。だからって大学には通ってないけど」
「そりゃまあ、あれだけあちこちのテレビで見ることがあれば、大学なんて行ってる時間はないよな」
最初はどうなることかと思ったけれど、郁の一言以降はみんなからの質問にも落ち着いて答えられるようになり、俺とクラスメート達との会話は弾んでいった。
悠那は同窓会で俺と元カノが再会することを心配していたけれど、こうして沢山のクラスメート達を相手にしている限り、俺と元カノが二人きりになることもないから大丈夫だろう。
っていうか、俺はこの同窓会に来てから、まだ元カノと顔を合わせていなかった。多分、どこかにはいるんだろうけれど、向こうが俺を避けているのか、その姿を確認するに至っていない。
それならそれで構わないし、せっかく向こうが俺と距離を置いてくれているなら、このまま放っておけばいいんだと思う。
俺が学校を辞め、アイドルになるまでの話を一通り聞き出した後のクラスメート達は
「ところで司。お前今、Dolphinのありすちゃんと一緒に番組やってるけど、実はありすちゃんと……なんてことになってたりすんの?」
「そうそう。お前とありすちゃんってちょっといい感じだし。二時間ドラマで共演した時はキスもしてたよな?」
「俺の周りにも“二人は付き合ってるんじゃないか”って言ってる奴多いんだよな。どうなの?」
今度は芸能界の裏事情というか、アイドルになった俺の恋愛事情なんかも聞いてきた。
まあ、こういう質問もされるんだろうとは思っていたけれど、どうして相手がありすさんに限定されるんだろう。ただ一緒に番組をやっているだけで、俺とありすさんって世間からはそういう風に見られちゃうの?
「そんなことにはなってないよ。ありすさんとは一緒に番組をやっているだけの関係だし、ドラマで共演した時だって、本当にキスなんかしてないんだから」
「え? そうなの? 俺はてっきり司とありすちゃんがキスしたものだと思ったから、なんて美味しい役なんだっ! って羨ましかったんだけどな」
「っつーか、司のラブシーンを見せられるのも、なんかちょっと恥ずかしいものがあるよな」
「好きで見せてるわけじゃないし、見られるこっちも恥ずかしいよ」
ありすさんとは仕事上の付き合いであることだけを伝え、それ以上の余計なことは言わないままでいた。
多分、この中にもありすさんファンが何人かいるだろうから、俺がありすさんから告白をされて振った話なんかしたら、何を言われるかわかったものじゃない。
俺のラブシーンを見るのが恥ずかしいって気持ちには激しく同意だけどさ。俺だって、みんなに自分のラブシーンを見られるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。
特に、この冬公開される予定である悠那とのダブル主演映画では、かなり過激なラブシーンを演じている――というか、もう実際にヤっちゃってるから、できればここにいる人間には見て欲しくない。俺の実体験が駄々洩れになっちゃってると思うから。
「そういや司、お前って高二の時に安達と付き合ってたよな?」
「え」
マジか。今このタイミングでその話題? そりゃ確かに付き合ってたけど、それを今更話題にされましても……なんだよね。
「まあそうだけど……。それがどうかした?」
「いやいや。アイドルになった今、元カノの存在ってどうなのかな~? って」
「どうって……別に。特になんとも思わないけど?」
「でもほら。ファンに知られたら不味いとか思うんじゃね?」
「そりゃまあ、できれば知られたくないとは思うけど、知られたところでどうしようもないって言うか。今更過去を変えられるわけでもないから、そんなこともあったよねって思うくらいだよ。実際、今アイドルとして活躍している人の多くはデビュー前に付き合ってた彼女がいたり、デビューした後にも彼女がいたり、今現在彼女がいる人だって沢山いるんだから」
「へー。やっぱそういうものなんだ。アイドルも普通に恋愛ってするんだな」
「そりゃするよ。アイドルだって人間だもん」
元カノの話が出た時は、俺と元カノについてもっと詳しく聞かれるのかとも思ったけれど、そういうことではないみたいだからほっとした。
元カノとは一体どこまでの関係だったのか――なんて話になったら面倒臭いもんね。別にたいした関係でもなかったけれど。
でも、こういう話になると、大概の場合
「それじゃ司はどうなの? アイドルである前に一人の男として、今付き合ってる彼女とかいんの?」
って話にはなるんだろうから、それはそれでちょっと面倒臭いんだよね。
「さあ? どうだろうね。その質問には答えられないよ。事務所からも“そういう話は全てノーコメントで通せ”って言われてるし」
元クラスメートに対してこの返事は少し素っ気なかったのかもしれないけれど、俺も嘘は言っていない。
マネージャーに同窓会の話をした際、プライベートの写真が流出しないようにと注意をされたついでに
『それから、もちろんわかっているとは思うけど、いくら地元の仲がいい友達だからって、悠那君とのことは絶対に喋っちゃダメだからね。恋愛に関することは全て“ノーコメント”で通すこと。わかったわね?』
と念を押されている。
もっとも、一番仲が良かった郁にはもう俺と悠那の関係を知られてしまっているから、時すでに遅しなんだけど。
さっきはありすさんとの関係を聞かれてうっかり答えてしまったけれど、あれは明らかに誤解をされている感じだったし、ちゃんと否定をしておかないとありすさんにも迷惑が掛かるかもしれない……と思ったからで、それくらいならマネージャーも許してくれるだろうという確信があったからだ。
「えー。つれなーい。アイドルになった蘇芳君の恋愛事情が気になるぅ~」
「いやいや。気になられても……」
「でもさ、否定をしないってことは“いる”ってことなんじゃない? だって、さっきありすちゃんとの関係は否定したじゃん」
「あれはまあ……否定しておかないとありすさんまで誤解されちゃうからで……」
「やだぁ~。蘇芳君可愛い~♡」
「~……」
ヤバい。この手の話になると男子より女子のほうが食いつきがいいうえ、何やら俺が女子にちやほやされてしまう。こういう流れは物凄く苦手だ。高校時代とは明らかに異なる女子の俺に対する態度にも戸惑う。
(これは間違いなく、悠那がこの場にいたら絶対に怒るパターン……)
別に女の子からベタベタされているわけでもなければ、恋愛的な意味で好意を寄せられているわけでもないんだけれど、悠那は俺に馴れ馴れしい感じの女子の存在は極端に嫌がるもんな。今の俺と彼女達のやり取りだけでも、悠那は充分にヤキモチを焼いてしまいそうだ。
いくらこの場に悠那がいないからとはいえ、悠那が嫌がるような状況にはなりたくない俺は、いい加減、俺を中心にしたような同窓会はやめにして、普通の同窓会をやって欲しい気持ちになった。
もうかれこれ一時間以上はみんなからの質問に答えたりもしたから、みんなが俺に聞きたいことにも一通り答えていると思うんだよね。
っていうかさ、俺、ここに来てからまだ最初に取りに行った飲み物しか口にしてないんだけど。
今日はお昼を食べた時間がちょっと早かったから、俺もお腹が空いていたりするんだよね。
みんなは俺の話を聞きながらも、途中で飲み物や食べ物を取りに行っているけど、最初から話の中心に据えられてしまっている俺は、席を立つことさえ儘ならない状態だった。
だがしかし、ここでも俺を助けてくれたのは郁で
「ねえねえ。このへんでちょっと司に休憩させてあげない? 司もさっきからみんなの相手に忙しくて全然ご飯食べてないし」
郁がそう言ってくれたおかげで、俺はようやくみんなからの質問攻めから一時的に解放してもらえることになった。
「ありがと、郁。助かった」
「どういたしまして。っていうか、司も元クラスメートに遠慮なんかしなくていいのに」
「うーん……そうは言ってもさ、みんなにはちょっと後ろめたさがあって気が引けるし、高校の同級生の中にいると、俺も高校時代に戻った気分になっちゃって、あんまり強い態度に出られないんだよね」
「あー……学生時代の司はおとなしくて流されやすかったもんな」
「うん」
悠那から俺をちゃんと見ているように頼まれているからか、今日の郁は何かと俺に気を遣ってくれるし、まるで俺の付き人かマネージャーよろしく、俺に付いて回ってくれる。
正直、元クラスメートとはいえ三年間も没交渉だった相手と、今更どう接していいのかがよくわからない俺としては、常に郁が傍にいてくれることは助かる。俺が高校を辞めた後も唯一交流していた相手が郁だから。
クラスメート達からの質問攻めから解放されて、郁と一緒に食べ物を取りに来た俺は、さっきまでの自分が思いの外に気を張っていたことに気が付いた。
まあ、当然と言えば当然か。いくらプライベートと言っても、みんなの中での俺はアイドルだし。学生時代の俺はあまり社交的でもなかったしね。
俺の中ではもう会うこともないだろうと思っていた相手なだけに、そういう相手との会話に気を遣ってしまうのは自然なことなんだろう。
だからこそ、こうして気心の知れた郁と二人になれてほっとしていた俺だったんだけれど――。
「司。ちょっといいか?」
俺と郁がちょうどお皿の上を食べ物で埋め尽くしたタイミングを見計らって掛けられた声に、俺はガックリと肩を落としそうになってしまった。
(今度は誰だよ……)
せっかく一息吐けると思った矢先、またしても声を掛けてくる相手にうんざりした俺は、反射的に声の主を振り返り、その相手が拓だと知った瞬間、慌てて気持ちを切り替えた。
別に俺が望んだわけでもないんだけれど、今回の同窓会の幹事を務めてくれている拓に対して、うんざりなんかしちゃダメだよね。
それに、さっきまで俺を質問攻めにしていたメンバーの中に拓の姿はなかった。
幹事という立場上、みんなに気を遣って俺に声を掛けなかったのかもしれないけれど、こうして俺がみんなの手から離れた途端に声を掛けてくるということは、拓も俺に聞きたいことでもあるんだろうか。
「うん。何?」
実はさっきからお腹が鳴りっぱなしなんだけど、そんな素振りは見せずに答えると
「ちょっと司に大事な話っていうか、相談したいことがあるんだ」
拓が急に深刻そうな顔になって言ってくるから、俺も思わず身構えてしまった。
拓とは高校時代にそこそこ仲良くしていたけれど、同じグループって感じではなかったんだよね。休みの日に一緒に遊びに行ったこととかもないし。
そんな拓から「相談したいことがある」なんて言われたことは意外だったし
(一体俺にどんな相談があるんだろう?)
と不審に思ってしまう。
「全然食べながらでもいいし、郁也と一緒でもいいから、ちょっとこっちに来てくんない?」
「…………うん」
どうやら拓の中で俺と郁はセットになっているらしく、二人揃って拓に呼ばれた俺と郁は不思議そうに顔を見合わせてから頷くと、拓の背中について行った。
みんながいる場所からは少し離れた隅のテーブルに案内された俺は、そこに拓以外にもう一人の誰かがいることに気が付いた。
拓の背中に隠れて顔は見えないけれど、テーブルの下からすらりとした滑らかな生足が見えているあたり、その人物が女性であることがわかる。
「相談っていうのはこいつのことなんだ」
拓はその女の子と一言二言会話を交わしてから、俺にも彼女の姿が見えるように立ち位置を変えたんだけど――。
「っ⁈」
拓の言う“こいつ”の姿を見た瞬間、俺は心臓が止まりそうなくらいにびっくりしてしまった。
「久し振りだね、司」
「……………………」
俺の目に映った彼女の姿……。それは紛れもなく、高校三年生から大学三年生になった俺の元カノ、安達彩だった。
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