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Final Season
一緒が楽しい秘訣(3)
しおりを挟むどういうわけだか、夏休みというものはあっという間に過ぎてしまうもので、気が付いたら8月も終わりに近づいていた。
言っても、大学生の夏休みはこれまでの夏休みより期間が一ヶ月も長く、僕と律の夏休みは9月いっぱいまで続く。
しかしながら、全くゆっくりできていない毎日が続いている。
前回ゆっくりできたのは8月に入ってすぐ。陸と京介がうちに遊びに来た時だ。あれからもう三週間ほどが過ぎている。
その三週間の間に、僕達は国内の主要都市三ヵ所でライブツアーを行い、7月中に行った二ヵ所のライブを合わせると計五ヵ所。あと残り二ヵ所だけど、そちらは8月最後の土日と、9月に入ってからの土日に行うことになっている。
現在進行中のライブツアーの準備はもうそこまで力を入れなくても良くなったけれど、その代わり、8月の後半に入るなり、年末に行うCROWNとの合同カウントダウンライブの練習、及び、9月から放送が開始する律主演ドラマの続編の撮影まで始まってしまったから、連日朝から晩まで仕事三昧の日々だった。
ライブ関係の仕事以外の日は、またメンバーとなかなか一緒に過ごせない日が増え始め、僕の心の支えは律一人……というわけでもないけれど、忙しい毎日忙殺される中でも、基本的にはいつも律と一緒の仕事、というところが救いだった。
僕にとって律は元気の源だからね。どんなに身体が疲れていても、律と一緒ならいくらでも頑張れる。
「で、その後どうなの? 少しは上手くいくようになったの?」
今日はドラマの仕事ではなく、CROWNとの合同カウントダウンライブに向けての練習日である。
お互いに忙しい者同士なので、今のところは十日に一回くらいのペースでスケジュールを合わせ、丸一日をレッスンに充てるというスタイルを取ることになっている。
多分、本番が近くなってくると、もっと合同カウントダウンライブメインのスケジュールになるとは思うけれど、今は空いた時間に個人練習ができるよう、とにかく身体にダンスを叩き込む期間らしい。一日中ダンスレッスンというのも結構キツいものがある。
休憩時間になり、今はドラマの撮影現場でも顔を合わせる陸と京介に、その後の共同生活具合を聞いてみると
「おー。最近は結構いい感じになってきたよ。陸も共同スペースは綺麗に使うようになってきたし」
「料理の腕もちょっとずつ上がってきたんだよな。多分、料理の腕は京介より俺の方が上」
二人からは嬉しい返事が返ってきて、僕と律もほっとした。
うんうん。この調子で二人がいい感じに共同生活を送ってくれれば、僕はもう何も言うことはないよ。
「それを聞いて安心した。その調子でこれからも仲良くやってね」
「うん。また何かあったら相談するな」
「それは構わないけど、せっかくこうしてグループ同士で一緒にレッスンする日があるんだから、僕達以外のメンバーに相談してみるのもアリだと思うよ。特に、陽平さんはいいアドバイスをしてくれそうだし」
「確かに。それも全然アリだな。せっかくだから、Five Sのメンバー全員から共同生活の話を聞いてみるのもいいかも」
「そうしてみなよ。みんなきっといろんな話をしてくれると思うよ」
元々高校が一緒で仲良くなったのに加え、現在ドラマの仕事も一緒だから、休憩時間になると自然にこの四人で集まってしまうのだけど、せっかくこうして二つのグループが一緒にレッスンをしているのだから、お互いにもっといろんなメンバーと交流した方がいいよね。
僕と律は、陽平さんと付き合うようになってから、わりとうちに遊びに来ている湊さんとも、それなりに交流をする機会が増えてきたけれど、陸と京介はうちの年上組――悠那君がどっちに入るのかが未だに謎。本人は年上組のつもりでいるっぽい――とは、なかなか話す機会がないからな。これを機に、うちの年上三人とも仲良くなって欲しい。
そういう僕も、謎に包まれた玲司さんの存在がちょっと気になる。玲司さんといろんな話をしてみたいと思う。
僕達がオーディションを受ける前、Lightsプロモーションのレッスン生だったらしい玲司さんは、ある意味僕達の先輩になるわけだし。
「でもさ、正直陽平さんに声を掛けるのって、ちょっと緊張するんだよな」
「そうそう。前にも少し話したけど、俺達が事務所の養成所に入った時、陽平さんってまだいたし。山ほどいるレッスン生の中でも、湊さんと並んで“実力ナンバーワン”って言われるほど有名な人だったもんな」
「俺達的にはAbyssの先輩達と近いものがあるんだよな」
「へー……そうなんだ……」
なるほどな。僕達は僕達で玲司さんのことを“元先輩”って風に思っちゃって、少しだけ近寄りがたいものを感じたりもするけれど、陸や京介にとっては陽平さんがそれに当て嵌まるのか。
しかも、実際に在籍期間が被っていない僕達と玲司さんとは違って、陸と京介は同じ事務所のレッスン生だった陽平さんのことを知っているんだもんね。
実際に会ったことはないらしいけれど、陽平さんがレッスン生の間でそんなに有名な人だったなら、陸や京介が気軽に声を掛けられなくても仕方がないのかもしれない。
陽平さんが聞いたら寂しがりそうな話だけどね。
でも、Abyssと近いものがある、って言われることは嬉しいだろうな。
昔も今も、事務所が違っても、陽平さんはAbyssのメンバーのことは心から尊敬しているから。
僕はZeus養成所時代の陽平さんのことは全く知らないんだけれど、後輩からそう思われる陽平さんって凄い人だったんだな、って思う。
今、元同じレッスン生だった湊さんと一緒にレッスンをしている陽平さんの姿を見ると、なんとなくそれがわかるような気もする。
もちろん、普段僕達が受けているレッスンの中でも、陽平さんの凄さは垣間見ることができるんだけど、湊さんと一緒にレッスンをしている陽平さんは、僕達と一緒にレッスンをしている時とはちょっと違うって感じがするんだよね。
僕達はオーディションに合格してから、初めてアイドルになるためのレッスンを始めたから、多少はダンスや何やらが上達しているものの、陽平さんのレベルにはまだ到達できていない。
だから、僕達と一緒にレッスンを受けている時の陽平さんは、僕達のレベルに合わせつつ、僕達の指導やアドバイスをする側に回ることも多いんだけど
「なあ、ここの振り、これよりこっちの方が良くない?」
「そうだな。あとさ、二回目のサビに入る前の動線が悪いよな。魅せ方もいまいちって感じだし。ちょっと考え直した方がいいよな」
「それなら……」
湊さんと一緒だと、同じレベルの人間と高度なやり取りができるから、普段とは違う顔の陽平さんを見られるって感じだった。
実は、今回の合同カウントダウンライブで披露する曲の中には、陽平さんと湊さんが合同カウントダウンライブ限定の特別バージョンとして、振り付けを担当しているものもある。
でも、だからって僕達が湊さんに引け目を感じることはない。
陽平さんには早く追いつきたいと思っているけれど、僕達と陽平さんや湊さんとでは、アイドルになるためのレッスンを受けてきた時間に大きな差があるし、Five SはLightsプロモーション初のアイドルグループだから、同じ事務所にアイドルの先輩がいるというわけでもない。事務所が求めるアイドル像や教育方針も違うだろうから、僕達は僕達、ZeusはZeusでいいと思っている。
陽平さんも今の事務所とZeusの違いはわかっているから、僕達に自分のやり方を押し付けてこようとはしない。
案外、陽平さんがグループ結成時にリーダーを辞退したことも、そのへんの事情が関係しているのかもしれないよね。
本人は
『俺ってリーダー向きじゃないし』
とか言っていたけれど、僕は陽平さんがリーダーに向いていないとは思わない。
だけど、Five Sのリーダーは司さんになり、それが定着してしまっている今となっては、それで良かったんだとも思う。
多分、結成したばかりの時は、二人のうちのどちらがリーダーになっても良かったんだと思うけど、司さんがリーダーになって活動してきたからこそ、僕達Five Sは今の形になったんだと思う。
僕は今のFive Sというグループはいいグループだと思っているし、居心地が良くてかなり気に入ってもいる。
だから、僕達のリーダーはやっぱり司さんで良かったんだ。
「それにしても、陽平さんと一緒にいる時の湊さんって嬉しそうだし、いつもより生き生きしてるよな」
「湊さんってさ、やたらと陽平さんのこと大好きだもんな。陽平さんに会える日は朝からめちゃくちゃテンションが高いし」
おっと……。僕が休憩時間中もレッスンに余念がない陽平さんと湊さんの姿に物思うところがあるのと同様に、陸と京介も陽平さんと湊さんの姿を見て、思うところがあるらしい。
「そりゃまあ、昔一緒にデビューを目指した仲だから、湊さんが陽平さんに思い入れがあるのはわかるけどさ」
「俺達の目から見ると、ちょっと好き過ぎって感じだよな」
「まさかとは思うけど、湊さんってそっちの気があったりして」
お? まさかのそういう話の展開?
僕達からしてみれば、陽平さんと湊さんの関係よりも、司さんと悠那君の関係を真っ先に疑われると思っていたけれど、陸や京介からしてみれば、自分のグループのリーダーである湊さんの陽平さんに対する感情の方が、よっぽど気になるのかもしれないよね。
しかし、これはハラハラすると同時にチャンスでもある。このまま二人が陽平さんと湊さんの話を続けてくれれば、二人が同性同士の恋愛にどういう感情を持っているのかがわかるかもしれない。
「まさか。俺、湊さんが陽平さんのことを“好き”とか言い出したら嫌だよ。ちょっと引いちゃうかも」
「だよな。そもそも、仮に湊さんが陽平さんのことをいくら好きになったとしても、陽平さんが拒否るよな。陽平さんってそういうの絶対無理そうじゃん」
「確かに。湊さんの一方的な片想いで終わるよな」
ぐぅ……あまり好ましくない反応。どうやらこの二人は同性同士の恋愛にはあまり理解がなくて、寛容でもなさそうだった。
(実際には、陽平さんはもう湊さんに攻略されちゃってるんだけどね……)
とても言えそうな雰囲気ではない。
問題がなければ……と思っていたけれど、この様子では二人に僕と律の関係を打ち明けるのはやめておいた方が良さそうだな。
「……………………」
律もそう思ったのか、陸と京介の目を盗んで、僕に意味ありげな視線を送ってきた。
「まあ、どっちかが悠那さんみたいに性別不詳で、めちゃくちゃ可愛いとかならまだわかるけどさ。……っていうか、あれ何?」
「へ?」
できれば二人に隠し事はしたくない。と思うものの、世の中はなかなか自分の望むようには進んでくれないな……と、残念がっていた僕は、京介に僕達の斜め後ろを指差され、反射的に身体ごとそちらに目を向けた。
「あ……」
僕と律が視線を向けた先には、休憩中であることをいいことに、司さんに膝枕をしてもらって寝転がる悠那君の姿――しかも、その状態で司さんにお菓子を食べさせてもらっている悠那君の姿があった。
え……本当に何やってるの? あれ。
「あぁ~……寝たままお菓子もぐもぐしてる悠那たんも可愛いなぁ~。司君。俺も悠那たんにお菓子与えてもいい?」
「三回までならいいですよ」
「やったぁ~っ!」
あぁ……司さんと玲司さんで悠那君を愛でる会でもやっているのかな? それとも、悠那君に好意的な玲司さんに対して、司さんのさり気ないマウント?
どちらにしても、司さんが自分以外の誰かに、制限付きとはいえ何かをさせることを許すなんて珍しい。
一緒にカウントダウンライブをやる相手だから、司さんも少しは寛大な気持ちになっているのかもしれない。
司さんが悠那君のことで人に優しくできるのはいいことだけど、それにしたって、その状況は……。どう考えても傍から見ると明らかにおかしくない?
「~……」
最早家にいる時と大差ない司さんと悠那君の姿に、律も頭が痛そうな顔をしている。
「司さんと悠那さんって、ほんと仲がいいよな。一日中べったりって感じ。そこに玲司さんが混ざってるのもどうかと思うけど」
「前にさ、司さんと悠那さんはいつもあんな感じ、みたいなこと言ってたけど、二人的にはどうなの? 一緒に住んでる家の中で、男同士が恋人同士顔負けにイチャイチャしてるのって」
「えっとぉ……」
いくら僕達には見慣れた光景であっても、陸や京介にとってはやや異常に見える司さんと悠那君のイチャつきっぷりに、僕はどう返事を返していいものやら……である。
恋人同士顔負けも何も、実際恋人同士なんだから顔負けも何もないんだよね。
でも、それを明かせないままで、あの二人の仲の良さとイチャつきっぷりをどう説明するべきか。共同生活が始まって以来のルームメイトだから……では、ちょっと通用しそうにないよね。
とりあえず
「僕達は別になんとも……。っていうか、あの二人は最初からずっとあんな感じだからさ。なんかもう、そういうものだと思っちゃっててさ。二人が家の中でイチャイチャしているように見えても、全然気にならなくなっちゃったんだよね」
司さんと悠那君の二人は、共同生活が始まった時からあんな調子だったということにしておいた。
実際に共同生活が始まったばかりの頃、陽平さんに怒られた悠那君が、自分を慰めてくれる司さんに懐いていたのは事実だし。
「悠那さんってちょっと甘えっ子なところがあるからさ。一緒の部屋になった司さんには懐いちゃって。昔から何かと司さんにくっついていたんだよね。だから、そういうものだと思って僕達も見てるんだよ」
珍しく(?)余計なことを言わず、律好みの返事を返すことができたらしい僕に、僕と同じく返答に困っていた律もすぐに乗ってきた。
「ふーん……そういうものなんだ」
「確かに、悠那さんって甘えっ子って感じがするもんな」
「で……でしょ?」
ふぅ……なんとか上手く誤魔化せたみたいだ。
だけど、今こうして司さんと悠那君の関係を誤魔化してしまったら、いざ二人の関係がバレてしまった時は、僕達も二人の関係は知らなかった振りをして、驚いたリアクションを取らなくてはいけないのだろうか……。
(それはそれで面倒臭いし、忘れちゃいそうではあるよね)
陸と京介を思って吐いている嘘ではあるけれど、嘘って一度吐いてしまうと、その先もずっと嘘を吐き続けなくちゃいけないのが厄介だ。
しかし、早々にバレてしまうと思っていた司さんと悠那君の関係も、それっぽい嘘で意外と誤魔化せちゃうものなんだな。
司さんと悠那君があまりにも堂々とイチャつくから、逆に“そういう関係であるはずがない”と思われちゃうのかな?
普通、男同士で付き合っているだなんてことは隠そうとするのが一般的な人間の心理だから、あからさまにイチャイチャしている方が却ってバレにくいものなのかも。
「司ぁ。お菓子ばっかり食べてると喉渇いてきちゃった」
「お茶とお水があるけど、どっちがいい?」
「お茶」
「じゃあ身体起こして。さすがに寝たままじゃお茶は飲めないでしょ?」
「司が口移しで飲ませてくれたら飲めるよ」
いやいやいや……バレるだろ。っていうか、むしろバラしにきてるよね? 僕達付き合ってます、アピールが酷いじゃん。
え? 陸と京介は今の会話を聞いても、二人の関係になんの疑問も抱かないの?
だとしたら、二人の中ではよっぽど同性同士の恋愛なんてありえないってことだよね?
「別にいいけど……。ここでそんなことしたら、俺と悠那がちゅーしてるところをみんなに見られちゃうよ? それはいいの?」
「うん。いいよ」
待てーっ! 良くないっ! 良くないよっ! 二人とも何言ってるの⁈
「え⁈ もしかして俺、生でリアルBLシーン見れちゃうの⁈」
でもって、玲司さんは玲司さんで何を言っているんだろう。そこは驚くところで、盛り上がるところじゃないと思うんだけど。
何? 生リアルBLシーン? 玲司さんは司さんと悠那君の関係に気付いているの? それとも、オタク的嗜好からくる発言か何か?
どちらにしても、そこで玲司さんが二人を止めてくれないと、そこの二人は本当にキスしちゃうと思うんだけど。
さすがに司さんと悠那君のキスシーンを見てしまったら、陸と京介も二人の関係に気付いちゃうよね?
(これは不味い……)
せっかく僕と律が司さんと悠那君の関係を上手く誤魔化せたと思ったのに。僕達の苦労も知らず、人前で堂々とキスするつもりでいる二人には焦ってしまう。
悠那君に「口移しで」と言われた司さんが躊躇ってくれればいいけれど、司さんにはなんの躊躇いもない。なんの躊躇いもなく、お茶の入ったペットボトルに手を伸ばしている時だった。
「おいこら。お前ら、何をしようとしてんだ」
さっきまで休憩中にも関わらず、湊さんと熱心にレッスン内容の反復と、修正点を話し合っていたはずの陽平さんが、ペットボトルに伸びる司さんの手を掴んだ。
そうだった。うちには子供達の躾に厳しいお母さん……じゃなくて、弟達の行動に鋭く目を光らせている、しっかり者のお兄ちゃんがいるんだった。
「え? 何って……悠那にお茶を飲ませてあげようと……」
「ほう……。そのお茶、寝転がってる悠那にどうやって飲ませてやるつもりだ」
「えっと……それは……」
「アホっ! お前らの会話は全部聞こえてるんだよっ! 休憩中だからって何やっても許されると思うなよっ!」
「あー……あはは……」
「笑って誤魔化してんじゃねーよ。お前の振り付けだけめちゃくちゃ難易度上げるぞ」
「それはやめて。ごめんなさい」
「ったく……」
危うく僕達の見ている前でキスシーンを披露するところだった司さんと悠那君を阻止した陽平さんは、あまり反省の色がない司さんを脅し
「悠那もあんまりふざけたこと言ってると、後半のレッスンは全裸で踊らせるぞ」
悠那君のこともしっかり脅していた。
「ちょっと! なんで俺の脅しはそうなるの⁈」
あまり恥じらいというものがない悠那君も、さすがに全裸でダンスレッスンをするのは嫌らしい。
そりゃまあ当然だよね。全裸でダンスレッスンなんて間抜けだし、お仕置きを通り越して拷問だもん。
というより何より、本当に悠那君が全裸で踊り始めてしまったら、それこそ司さんがおとなしくしていないよね。
そうなった時は、全裸でダンスレッスンをさせられている悠那君の屈辱より、司さんと悠那君以外のメンバーの方が多大なダメージを喰らうことになる。
陽平さんもそんなことはわかっているとは思うけど、あえてそういうエッチなお仕置きを仄めかしたのは、そういう発言をすることで、司さんと悠那君がナチュラルにキスをしようとしたことも、ギャグにしようという狙いがあったのかもしれない。
「びっくりしたー……マジで司さんと悠那さんがキスすんのかと思った」
「ああやって二人がふざけてると、陽平さんが突っ込みを入れるスタイルなんだな」
その狙い通り……かどうかは知らないけれど、陸と京介はほっとした顔をしていた。
「ん……んん。まあね……」
うぅ……嘘に嘘を重ねていくFive S。僕達の恋愛事情を全て知っている湊さんなんかは、この茶番をどう思っているんだろう。
「よーし。十五分経ったから、レッスン再開しようか」
今のところ、余計な口は挟まないことにしたらしい。
CROWNとの合同レッスンがあった日は、CROWNのメンバーをうちに招き、夕飯を一緒に食べる流れが自然と出来上がっていた。
というのも、CROWNとの合同レッスンはうちの事務所のレッスン場を使うことになっているから、事務所と同じ敷地内にある僕達の住居で、一緒に夕飯を食べる流れは当然って感じでもある。
今日は初めてCROWNのメンバーがうちに遊びに来た時に話に出た、うちの庭でバーベキューである。
レッスンが終わるなり、僕達Five Sがバーベキューのセッティング係、CROWNが買い出し係に分かれ、早速それぞれの任務を遂行した。
うちでバーベキューをする時は「食材はこっちで用意する」という言葉を、湊さんは守ってくれたのである。
「日が落ちても外は暑いよね~」
「だから、マネージャーが屋外用の冷風機二個も貸してくれたじゃん。まだ点けてないけど、それ点けたら結構涼しくなると思うぞ」
「じゃあ点けていい?」
「いいよ」
「わーい」
マネージャーが僕達に貸してくれたのはバーベキューコンロや木炭だけではなく、折り畳み式の椅子やテーブル、紙皿や紙コップ、大きなクーラーボックス。そして、暑さを凌ぐための屋外用冷風機が二つと、屋外用の照明二つだった。
もうさ、完璧過ぎて大助かりだよ。
しかも、それらを僕達がレッスンをしている間に、全部庭に運んでおいてくれたのだから恐れ入る。今度マネージャーにも何かお礼をしなくちゃね。
「わぁ~♡ ほんとだ。これ点けると涼しくて気持ちいい~」
「悠那さん。一人で涼んでないで、テーブルセッティングとかしてくださいね」
「わかってるもん。今からやるもん」
レッスンが終わった後にシャワーを浴びて着替えたから、今はみんなハーフパンツとサンダル、上はTシャツかタンクトップだった。
唯一、司さんだけが薄手の長ズボンを穿いているけれど、司さんは肌を露出させるのが好きじゃないらしく、仕事の衣装以外では長ズボンしか穿かない。
悠那君の前ではしょっちゅう全裸になっているし、家の中では上半身裸でうろうろしていることも多い癖に。よくわからない人である。
テーブルセッティングが終わり、コンロの中の木炭もいい感じに火が回ってきた頃、ちょうど良くCROWNのメンバーが買い出しから帰って来た。
「え? なんかめちゃくちゃ買ってない? そんなに食う?」
食べ盛りの男九人が食べるにしても、ちょっと量が多いように思える買い物袋の数に陽平さんは唖然としたけれど、湊さんからは
「こういう時は多少多めに食材を買ってくるもんでしょ。余ったら普段の料理に使ってよ」
とまあ、気前のいい返事が返ってきた。
湊さんは普段自炊をしないらしいから、食材の量というものがわからないのかもしれない。
でもまあ、ただお肉を焼くだけのバーベキューになると、男九人のお腹を満たすために必要な肉の量なんて僕にもよくわからない。僕が買い出しに行っていても、馬鹿みたいに食材を買ってきていたかもしれないな。
「んじゃま、ちゃっちゃと焼き始めるか。みんな腹減ってるだろうし」
「おー」
「あ。ご飯食べる人いますか?」
「俺食べる」
「俺も」
「俺も食べる」
「じゃあ持ってきますね」
「手伝おうか?」
「いいよ。もう炊飯器ごと持ってきちゃうから」
CROWNのメンバーが買い出しから帰って来た五分後には、既に温まっている網の上にお肉が並べられ、ちょっと深めの紙皿にご飯がよそわれ、人数分用意された紙コップには、それぞれの飲み物も注がれていた。
CROWNのメンバーとうちで一緒にご飯を食べるのも今回が三回目だったりもするんだけれど、元々仲がいいからか、チームワークというものがどんどん良くなっている気がする。
「とりあえず、先に乾杯だけしとくか」
「そうだな」
「んじゃ、今日はお疲れっ!」
「お疲れ様~」
網に乗せたばかりのお肉が焼き上がる前に、先に乾杯だけしてしまうと、あとはもう自由にしていい感じになった。
お肉を焼く係は陽平さん、司さん、湊さん、玲司さんの年上四人が受け持ってくれて、年下の僕達が
「代わります」
と言っても
「いいから座って食っとけ」
と追い返されてしまった。
うちにしてもCROWNにしても、年上が年下に甘いらしい。
唯一、どちらに所属するのかがわからない悠那君が、年上組と年下組の間を行ったり来たりして、僕達のところに焼き上がったお肉を運んできてくれたり、お肉を焼いている司さん、陽平さん、湊さんや玲司さんにまで、焼けたお肉を食べさせてあげたりしていたわけだけど、当然ながら司さんの口にお肉を運ぶ回数が一番多かった。
ほんと、悠那君ってどんな時でもブレないなぁ……。
「俺、バーベキューなんていつぶりだろう」
「俺なんて人生初だよ」
「え? そうなの?」
「うん。だからすげー嬉しい。一回やってみたかったもん」
「良かったね。こんな形で願いが叶って」
「ほんとだよ。めちゃ楽しい」
年長者にひたすらお肉を焼いてもらって、年少者の僕達がひたすらそれを食べるというのも、やや気が引ける状況ではあるけれど、悠那君のおかげでみんなそれなりに口にお肉が入っているみたいだし
「お前さぁ、缶ビール片手に肉焼くなよ。なんか慣れてる感出されてるみたいでムカつくんだけど」
「だって、喉渇くじゃん」
「司君、そこのお肉焦げそうだよ?」
「え? あ……悠那ぁ、お皿持ってきて」
「はぁ~い」
向こうは向こうで楽しそうだからいっか。
今回が初めてのバーベキューだという陸に、そういう人もいるんだ、と少し驚いていると
「へー。陸君バーベキュー初めてなんだ。だったらいっぱいお食べ」
三皿目になるお皿いっぱいに盛ったお肉を運んできてくれた悠那君が、にっこり笑って陸の前に焼きたてのお肉が乗ったお皿を置いた。
悠那君って年下にはすぐお兄ちゃんぶったりするよね。多分、末っ子でお兄ちゃんになったことがないからだと思う。お兄ちゃんぶれるのが嬉しいんだろう。
言っても、本人が年上ぶっているだけで、僕達の目には愛想のいい笑顔を振り撒く悠那君は、ただ可愛いだけなんだけど。
「あ……ありがとうございます」
僕達Five Sとの合同レッスンでも、基本的に僕や律とばかり話をしている陸と京介は、あまり悠那君と顔を合わせて話す機会がまだなかったりするから、急に笑顔の悠那君に話し掛けられたら、ちょっとは緊張してしまうみたいだった。
「食べたいものがあったら遠慮なく言ってね。司達に焼いてもらうから」
「は……はい。じゃあ俺、ウィンナーが食べたいです」
「ウィンナーね。了解。ちょっと待っててね」
「はい……」
…………ん? どうしたんだろう。なんかやけに陸がしおらしいけど。
「司ぁ~。ウィンナー焼いてぇ~」
「いいよ。どれくらい?」
「いっぱい♡」
「いっぱい……わかった」
陸のリクエストを受け、早速司さんにウィンナーを焼いてもらいに行った悠那君の背中を見詰めながら
「可愛い……」
まるで独り言のように呟く陸の声を聞いた僕と律は、同時に絶句し、心の中で悲鳴を上げた。
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