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Final Season
一緒が楽しい秘訣(2)
しおりを挟む「ふーん……それじゃ、陸君と京介君はちゃんと仲直りして帰って行ったんだ」
「仲直りをしなくちゃいけないほどに険悪になっていたわけでもないんですけどね。ただ、僕達の前で自分のダメなところをぺらぺらと喋られたのが嫌で、陸がちょっと拗ねちゃったみたいです」
「可愛い~。一つしか違わなくても、やっぱり年下って可愛いなぁ~」
「多分、陸や京介も悠那さんだけには“可愛い”って言われたくないとは思いますけどね」
「どうして⁈ 俺の方が年上だよ⁈」
「あんまり年上って感じがしないんですよね。悠那さんって」
「酷いっ! 律が可愛くないっ!」
午前中に家を出て行った陽平さん、司さん、悠那君の三人も、5時前には帰ってきて、5時からのダンスレッスンをみっちり受けた後は、メンバー揃っての夕飯になった。
デビューした翌年から、夏や冬にライブをするようになった僕達は、ライブ期間中はメンバーと一緒に過ごす時間が増えてくれるから嬉しい。
学生が夏休みというものに入る前は、結構バラバラなスケジュールになることも多くて、一緒に住んでいてもメンバー全員揃ってご飯も珍しくなりつつあったからね。こうして全員揃って食卓を囲む日が増えてくれると、僕は嬉しい。僕が夏を好きだと思う理由の一つにもなっている。
やっぱりデビュー前から一緒に暮らしているメンバーとは、ずっと一緒に過ごしたいって思うもんね。
「それで? 二人に何かいいアドバイスはしてやれたのか?」
我が家で一番共同生活に苦労……と言うよりは貢献してくれた陽平さんに聞かれ
「いや……言うほどアドバイスらしいアドバイスはできませんでした。僕自身がメンバーとの共同生活で揉めるようなことがなかったので、正直言うと、どうすれば共同生活が上手くいくのか……なんてことも考えたことがなかったので」
「僕もですよ。強いて言うなら、そういう場合、自分ならどうするかってことくらいしか言えませんでした」
僕と律は少し決まりが悪そうに答えた。
「それでいいんじゃね? アドバイスって言ったって、結局人は自分の意見しか言えないんだから。向こうも第三者の意見が聞きたいから、相談を持ち掛けてくるんだからさ」
「なるほど……」
さすがFive Sのお母さん……じゃなくて、メンバー最年長。言うことが違う。
うちのメンバーの中では一番人付き合いが上手くて、社交的な陽平さんだからこそ、そういう風に考えられるのかな?
そもそも、年齢的にまだあまり人から相談されることがない僕と律は、誰かから相談を持ち掛けられたら、真っ先に“力になってあげなくちゃ”って気負っちゃうけど、今日京介が言っていたように、的確なアドバイスがなくても話を聞いてもらうだけでも気持ちが少し楽になるものなのかもしれない。
人に相談する人間の一番の目的は、解決策ではないのかもしれないよね。
もちろん、中には切実に解決策を求めて人に相談をする人もいるだろうけれど。
でも、考えてみれば、僕も司さんや悠那君に恋愛相談をする時は、解決策を求めているというよりは自分の話を聞いて欲しいって気持ちが一番強かったりするし、司さんや悠那君の意見を聞いて、自分なりの解決策を見つける手掛かりにしよう、って感じだから、二人に直接的な解決策を求めているわけでもないんだよね。
「でもさ、陸君と京介君はどうして二人で一緒に住もうと思ったわけ? せっかく寮を出るなら一人暮らしをしようとは思わなかったのかな? Zeusはメンバー同士の共同生活を強制してないし、湊さんや玲司さんは一人暮らしでしょ? 寮で一緒だったんなら、今度は一人暮らしをしよう、ってなりそうな気もするのに」
「それはまあ……僕達が共同生活を送っている姿を見て、楽しそうだから俺達も、ってなったみたいです」
「そうなんだ。まあ、確かに楽しいし、俺は逆に一人暮らしはしたくないけどね。だって、家に一人なんて寂しいもん」
陸と京介の二人から
『寮を出たら一緒に住んでみることにした』
って聞いた時は
『え? 一人暮らしじゃなくていいの?』
と聞いてしまった。
だけど、二人からの返事は
『だって、誰かと共同生活するのも楽しそうじゃん。律と海を見ててそう思ったんだよね。それに、一人より二人の方が何かあった時に安心だし、寂しくないじゃん』
だった。
まさか僕達の影響で二人が“ルームシェア”という形を選択するとは思わなかったけれど、“寂しくないじゃん”と思うあたり、陸と京介は寂しがり屋なのかもしれない。
そして、家に一人なのは寂しいから一人暮らしはしたくない、と言う悠那君の意見も踏まえると、寂しがり屋に一人暮らしは魅力的ではないということなのかもしれないな。
そりゃそうだよね。寂しがり屋は一人が寂しいんだから。家の中では常に一人きりの環境なんて苦痛でしかないのだろう。
そういう僕も、もし、今のメンバーとの共同生活が解消される日が来ても、今更一人暮らしをしたいとは思わない。
たとえメンバーとの共同生活に終わりがきても、引き続き律とは一緒に暮らしたい。
それは司さんと悠那君も一緒だろうし、律だって僕が「一緒に暮らしたい」って言えば、すんなり僕との二人暮らしを始めてくれるだろう。
唯一の気掛かりは陽平さんで、陽平さんはメンバーとの共同生活が解消されれば一人暮らしを選ぶだろうけど、湊さんがそれを許しそうにないよね。
最初は“メンバー全員が高校を卒業するまで”の予定だった僕達の共同生活。それが事務所からの厚意とメンバー全員の希望で共同生活続行になったけれど、僕達の高校卒業とともにFive Sの一人暮らし生活が始まると思っていた湊さんは、その時から陽平さんとの二人暮らしを狙っていたそうだから、今だってその思いは変わっていないはずだよね。
むしろ、僕達が高校を卒業した時より、今の方が湊さんにとっては野望を達成しやすくなったはずだ。
だってあの二人、今は付き合っている恋人同士だもん。
陽平さんがあまりにも湊さんにつれなくて、素っ気ないものだから、僕と律以上にラブラブ感というものがないんだけれど、陽平さんも散々悩んだ挙げ句、湊さんと付き合う選択をしたわけだから、湊さんのことはちゃんと好きなんだと思う。
湊さんに
『一緒に暮らそうよ』
と我儘を言われたら
『ぜってー嫌。一緒に住まない』
って言っておきながら、最終的には一緒に住むことになっていて
『どうしてこうなった……』
とか言っていそうだよね。
陽平さんのそういうところ、僕は物凄く可愛いと思っている。なんだかんだと結局は湊さんの思い通りになっているっていうか、湊さんの我儘を聞いてあげるくらいには、陽平さんも湊さんに甘いというか。
そういう愛情表現が下手くそで不器用なところが律に似ていて、僕的には結構萌える。
なんて言うと、きっと陽平さんは烈火の如く僕を怒ってくるんだろうけれど。
気掛かりだなんてとんでもない話だった。つまるところ、僕達Five Sのメンバーは、今のメンバーとの共同生活が終わった後も、みんな誰かと生活を共にする生活スタイルは変わらず、それが僕としてはちょっと楽しみでもあるだけだった。
ただ、ずっと一緒に暮らしてきたメンバーと離れ離れになるのはやっぱり寂しいから、今の共同生活を解消した後も、メンバーとはすぐに会える距離に住みたいとは思う。
それこそが本当の気掛かりというか、僕の望みである。
「律と海を見て楽しそうだと思ったって……。そりゃ当然って感じじゃない? だって二人は付き合ってるんだもん。恋人と毎日一緒に過ごせるわけだから、楽しいに決まってるじゃん」
「う……」
「律と海は二人に自分達の関係を話してないの?」
「え……えぇ……言ってません……」
「えー? なんで? なんで言ってないの? 仲がいいから言ってるものだと思ったのに」
「なんでと言われましても……」
そうきますか……という話である。
確かに、僕と律、陸と京介では、共同生活を始めた時の関係性に大きな違いがあるとは思うけど、それはわざわざ言うことではないし、僕と律の関係が二人に知られてしまったら、現在グループ内に誰一人としてまともな恋愛をしている人間がいないFive Sの恋愛事情がCROWNのメンバーに筒抜けに……。
ぶっちゃけ、僕は別にバレても構わないと思っているけれど、律は絶対に嫌がるだろうし、僕と律の関係がバレてしまったら、今の段階で既に“カレカノみたい”だと思われている司さんと悠那君の関係は百パーセントバレる。
正直、そこもバレたところで問題はないと思う。司さんと悠那君の関係がCROWNのメンバー全員にバレてしまうのは時間の問題だと思っているし。
だけど、そこから陽平さんと湊さんの関係がバレてしまうのは不味いよね。
僕と律、司さんと悠那君はまだグループ内の話だから内輪の問題で済む話だけど、陽平さんになるとグループ外……それもCROWNに直接関係がある問題になっちゃうからな。
陸や京介が陽平さんと湊さんのことをどういう目で見ているのかは知らないけれど、まさか自分のところのグループのリーダーが、同性と付き合っているとは思っていなさそうだ。
陸と京介が陽平さんと湊さんの関係を知ってしまったら、今後のグループ活動に影響が出ないとも言えないから、下手に僕達の関係を知られるわけにもいかない。って感じなんだよね。
「言ったら芋づる式に司さんと悠那さんの関係がバレてしまいますし、下手すると陽平さんと湊さんの関係もバレちゃうじゃないですか。僕達と悠那さん達のことならまだしも、陽平さんと湊さんの関係がバレるのは不味いと思います」
まるで「言えばいいのに」という顔の悠那君に向かって、まさに今僕が考えていた通りのことを律が言った。
やっぱり考えることは一緒だよね。律の場合、僕との関係が外部の人間に知られるのが嫌だから、陽平さんと湊さんのことを強調しつつ、自分達の関係も隠そうとしているところがあるのかもしれないけれど。
ただし
「そうかなぁ? 別にバレても大丈夫だと思うし、むしろ、運命共同体でもあるグループのメンバーに隠し事をしていることの方が後ろめたくない?」
その言い分はあまり悠那君には通用しないみたいだった。
これは暗に、共同生活を始めて半年以上も自分達の関係をメンバーに隠していた僕達や、やたらと秘密主義な陽平さんを非難しているのだろうか。
悠那君は隠し事ができない性格だからか、人に隠し事をされるのも嫌がる性格の持ち主である。
だから、自分のことじゃなくても、誰かが誰かに隠し事をしているという話を聞くと、あまりいい顔はしないのであった。
「そうは言っても、知らない方がいいことだってあると思いますよ。友達や同じグループのメンバーに隠し事はしないに越したことはないですが、相手を思って言わないことだってあるでしょ。陸と京介が同性同士の恋愛にどういう感情を抱くかがわかりません。二人にショックを与えてしまう可能性がある以上、こっちも慎重になるべきですよ」
「むぅ……それはそうかもしれないけど……。正論過ぎてつまらないし、本当のことを言わなくちゃ、本当にわかり合える感じがしないじゃん」
律の言い分は紛れもなく正論で、反論の余地がなさそうだったけど、悠那君はそれが面白くないみたいだった。
つまらないかどうかは別として、本当のことを言わなくちゃ、ってところは耳が痛い。
「あのな、悠那。これまで俺達の周りには、たまたま同性同士の恋愛に理解がある人間が多かっただけで、そういう世界に理解がない人間だっているんだよ。むしろ、割合としては理解がない人間の方が多いんだ。今までは自分達の関係がすんなり受け入れてもらえたからって、この先もお前と司の関係を知った人間全員から、お前たちが祝福されるわけじゃないことは理解しとけよ」
僕達と違って、司さんとの関係がどんどん周囲の人間にバレていっている悠那君は、バレてしまったところで、あっさり受け入れられてしまっている司さんとの関係を、公にしても問題ない、という感覚なのかもしれない。
が、それは悠那君の特異稀な中性的過ぎる容姿のおかげだったり、陽平さんの言うように、たまたま僕達の周りにいる人間が、同性同士の恋愛に寛大だっただけとも言える。
今の世の中は、そういう差別や偏見をなくしていこう、という流れにはなっているけれど、だからと言って、同性同士の恋愛が一般的になるのは難しいだろうし、偏見や嫌悪感を持つ人間はいなくならないだろう。
そして、陸や京介がどっち側の人間かがわからない僕と律は、どんなに二人と仲が良くても、自分達の関係を素直に明かす勇気が出ない。
もちろん、悠那君の言っていることもわかる。実際、仲のいい二人に隠し事をしている事実は後ろめたいものがあるし。
だけど、陽平さんが言ったように、僕達の関係を知った人間が百パーセント僕達の関係を認めてくれるわけじゃないし、律が言ったように、僕達の関係を知った二人がショックを受けてしまう可能性がある以上、言うべきではない、とも思ってしまう。
陽平さんの言葉に「納得がいかない」という顔をする悠那君に、陽平さんが珍しく手を伸ばして、悠那君の頭を撫でてあげたけど、悠那君は拗ねてしまったのか、陽平さんからぷいっと顔を背け、司さんにぎゅっと抱き付いてしまった。
拗ね方が完全に子供である。
「ごめんね、陽平。悠那は世界中の人に俺との関係を祝福してもらうっていう野望を持っているから、今の陽平の言葉は面白くなかったって言うか、悲しかったんだよ」
今度は陽平さんに代わって悠那君の頭を撫でてあげている司さんの言葉に、僕達三人の目は点になった。
何その野望。悠那君ってばそんな可愛くて壮大な野望を? それは是非とも叶えてあげたい野望だな。
なんて。僕なんかはそう思ってしまうんだけど、陽平さんと律はそう思わなかったらしく
「なんですか。その野望」
「そりゃ悪かったな。悠那の野望を打ち砕くようなことを言っちまって」
二人はやや呆れた顔だった。
ほんと、この二人の性格って似てるよね。共同生活を始めたばかりの頃は、そこまで似ているとも思わなかったけど、生活を共にしているうちに、どんどん似てきたような気がする。
まあ、元々二人とも真面目できっちりしている性格だからな。そういう共通点がある以上、どんどん似てくるものなのかもしれないよね。
夕飯が終わって、お風呂にも入った僕は、僕と入れ替わりにお風呂に入りに行った律が部屋に戻って来るまでの間、することもなくてぼーっとしながら、食事中に悠那君が言っていた言葉を思い出していた、
一般論や律がいる手前、僕も律や京介に律との関係を明かすことに否定的なことを言ってしまったけれど、本音を言うと言ってしまいたい。
元々僕は司さんや悠那君のように、律との関係をあまり隠す気がないというか、隠したくないと思っている人間だから、律との関係を周囲の人間に隠していることが、多少なりともストレスに感じてしまったりもする。
これまでだって、何度律との関係を二人に言ってしまいたいと思ったことか。その数は両手では全然足りないくらいだ。
でも、陸や京介にどう思われるのかがわからなくて、言いたくても言えない、と思っていたのも事実。
いくら僕が“律さえいればそれでいい”と思っている人間でも、せっかく仲良くなった友達に引かれたり、“気持ち悪い”と思われるのは嫌だもんね。
あまり人付き合いが得意ではない律にとっても、友達と呼べる陸と京介の存在は大きいと思うし。
だけど、これから年末に行うCROWNとの合同カウントダウンライブに向けて、CROWNと一緒に過ごす時間が増えていけば増えていくほど、僕達Five Sの恋愛事情がバレてしまう可能性は高くなっていく一方。
これは僕の予想だけど、CROWNとの合同カウントダウンライブを迎える前に、司さんと悠那君の関係はCROWNのメンバー全員にバレてしまうと思う。
そうなった時、その流れで僕と律、陽平さんと湊さんの関係までバレてしまったら、陸と京介は
『なんで言ってくれなかったの?』
って、僕達が本当の関係を黙っていたことを怒りそうな気もするんだよね。
もちろん、非常にデリケートな問題だから、黙っていたことに本気で腹を立てることはしないだろうけど、僕達に隠し事をされていた事実にはショックを受けるだろう。
とは言っても、あの二人の恋愛観がどうなっているのかがわからないから、結局は“言いたいけど言えない”という結論に至ってしまい、堂々巡りを繰り返すだけの僕だった。
「司さんと悠那君の関係がバレた時の二人の反応を見て、僕達の関係を打ち明けるかどうかを決めようかな」
もっとも、その前に律の許可は取らなくちゃいけないけど。
普通に考えたら、律が「いいよ」って言ってくれるわけがないか。一緒に住んでいるメンバーにも言いたがらなかったんだから。
「あれ? まだ起きてる。先に寝ちゃってるだろうと思ってたのに」
「僕が律を待たずに先に寝てることなんて滅多にないでしょ」
「確かにね。でも、先に寝ててもいいのに、っていつも思うよ」
「嫌だ。それじゃ律に“おやすみ”が言えないじゃん」
「僕がお風呂に行く前に言えばいいじゃん」
「嫌。律が寝る直前に“おやすみ”って言いたい」
僕が律の関係を陸と京介に打ち明けるか否か問題で頭を悩ませているところに、お風呂から出た律が戻ってきた。
今日は一時的に分断されていた僕達の部屋だけど、今はいつも通り、仕切りのない部屋に戻っていた。
願わくば、二度と僕達の部屋を隔てる仕切りなんてものが下りて来ないで欲しいものである。
僕と律が陸と京介のそれぞれから話を聞いた直後に、部屋の仕切りはすぐに消えてくれたけど、僕と同じ空間で過ごす律は、相変わらず僕につれなかった。
でも、これは律なりに僕の身体を気遣って言ってくれていることでもあるのだ。
昔に比べて仕事量が増えた僕達だから
『睡眠は取れる時にしっかり取っておいた方がいいよ』
と、律は言ってくれているのである。
「海ってそういうところは昔から頑固だよね。でも、本当に疲れている時は無理しないで。先に寝てくれて構わないからね」
ほらね。素っ気ないセリフの後には、こうしてちゃんとフォロー的な発言というか、僕を気遣う言葉をかけてくれる。
この飴と鞭具合が逆に癖になっちゃうんだよね。
「ねぇ、律」
「うん?」
「夕飯の時に悠那君が言ったこと、律はどう思った?」
それはそうと、せっかく律が部屋に戻ってきたのなら、寝る前にちょっと律と話したいことがある。
「悠那さんが言ったこと? 悠那さんの野望の話?」
「違うよ。それは悠那君が言ったことじゃなくて、司さんが言ったこと」
「あ、そっか。なんかいろんな話をしてたから、印象が強い話しか憶えてない」
「それはそれで律としては珍しいね」
「今日は一日中いろんな話をしていたからね。そういう時は記憶が曖昧になる時もあるよ」
「確かに。今日は一日中お喋りしてたって感じだもんね」
「一応ダンスレッスンもして、身体は動かしているんだけどね」
律は僕の聞きたいことをあまりよく憶えていないようだった。
でもまあ、今日はお昼前から夕方までずっと陸や京介と話をしていたし、ダンスレッスン中も、その後の夕飯の席でも本当にいろんな話をしたから、どんなに記憶力がいい律だって、会話のほとんどを憶えていなくても仕方がない。
僕だって、気になったフレーズや印象に残った会話の一部しか憶えていない。
「だから、ほら。僕達の関係を陸や京介に話していないって会話の下り」
「ああ……」
憶えていない、と言いつつも、僕がちょっと話の流れを口にしただけで、律の記憶は蘇ったみたいである。
しかも
「気にしてるんだろうと思った。だって、あの時の海って歯切れが悪かったし、急に口数も少なくなったから」
その時の会話を思い出すと、その時の僕の様子まで一緒に思い出したみたいだった。
やっぱり律の記憶力って凄いよね。
「それで?」
「え?」
「二人に僕達の関係を打ち明けたいっていう話?」
「え……えっと……」
更に、僕が切り出した話だけで、僕が言いたいことまで瞬時に理解してしまう頭の回転の速さ。
これだから僕は律に敵わないんだよね。
可愛くて、綺麗で、頭が良くて。おまけに運動もできるし、歌も抜群に上手い。最近では作曲の才能まで開花させちゃって、どんどんハイスペックな人間になっていく。隙がなさ過ぎて太刀打ちできないよ。
「打ち明けたいって言うか……言っても問題ないなら言いたい……って感じかな?」
だけど、そんな完璧な律も僕の可愛い恋人だ。恋人同士である以上、遠慮はしたくないし、対等でもいたいから、僕も言いたいことはちゃんと言うようにしている。
「……………………」
はっきりと「二人に打ち明けたい」と言ったわけではないけれど、僕にそういう気持ちがあると知った律は、ちょっとだけ怖い顔になって、吸い込まれそうな大きな瞳でジッと僕を見詰めてきた。
(これは説教が始まる流れかな?)
そう思って身構える僕。ところが――。
「はぁ……」
律は大きな溜息を一つ吐くと
「言っても問題がないなら……ね」
と言った。
えっと……それはどっちの意味? 「言っても問題がなければ言ってもいいよ」って意味? それとも「問題がないわけないだろ」って意味? どっち?
「でも、それがはっきりしない以上は絶対に言っちゃダメだからね。これは僕達だけの問題ってわけでもないんだから」
「え……う、うん……」
どうやら前者らしい。あれ? これは物凄い予想外。
もしかして律、お疲れモードで半分寝惚けてる?
「何? その顔」
そういうわけでもないらしい。律の意識はしっかりしているようだ。
だとしたら、これは一体どういう心境の変化? 今までの律なら
『絶対言っちゃダメ』
の一点張りだと思うのに。
「いや……問題がないなら言ってもいいのかな? って」
「そう言ったつもりだけど?」
「……………………」
これ、夢じゃないんだよね? 実は律じゃなくて僕の方が寝惚けてる? 部屋でぼーっとしている間に寝落ちした、とかじゃないよね?
「そ……それは一体どういう心境の変化でしょうか?」
あまりにも意外な展開に、思わず敬語になってしまう僕だった。
ここは是非とも律からの説明が必要なところだ。
「ん? まあ……僕も多少は考え方が変わったってことだよ。ちょっと前までは海との関係は絶対に人に知られちゃダメだって思ってたけど、メンバーに知られて、マネージャーにも知られたことで、この世に絶対なんてないんだなって思ったし、海との関係を知られることも悪いことじゃないんだって思えたから。だから、言っても問題がなくて、尚且つ“言ってもいい”と思う相手になら、僕達の関係を隠すのはやめにしようかな、って思えるようになっただけ」
そういうことらしい。まさか、メンバーやマネージャーに僕達の関係が知られたことで、律がそんな風に思えるようになっていただなんて。
正直感動ものである。感動のあまり、律に感動のハグとちゅーをしたい気分だ。
「ちょっと。何してるの?」
「いや……感動のハグとちゅーを……」
「そういうのはいいから」
気分だけでなく、本当に律に感動のハグとちゅーをしようと思ったら、そこはしっかり拒否られた。つれない。
でも、仄かに赤くなっている律の顔を見ると、僕にハグやちゅーをされるのが嫌なわけではなく、ただ照れているだけなんだとわかるから
(律って本当に可愛いなぁ……)
と、呑気にもほっこりしてしまう僕だった。
実際は照れ隠しのためとはいえ、恋人から拒否られている可哀想な彼氏という、悲しい構図ではあるけれど。
「ま、どうせ近いうちに司さんと悠那さんの関係は二人にもバレちゃうだろうと思うから、その時の二人の反応を見てから、また考えよう」
律に向かって手を伸ばす僕の顔面――よりによって顔面である――を押し返しながら、そう言う律に
(ああ……律もやっぱりそう思うんだ)
と思った。
そりゃそうだよね。だってあの二人、全く隠すつもりがないどころか、最早バレている体でのイチャつきっぷりを二人の前でも見せているから。
「だから、その前に勝手に先走った発言はしないでね」
「う……うん……」
「それと、大丈夫だからって誰彼構わず言うつもりはないからね。陸と京介以外の人間には、あくまでもバレたら白状するってことだから。勘違いして自分から言い触らすようなことだけはしないでね」
「は……はい……わかってます……」
問題がなければ、陸と京介に僕達の関係を「話して良し」の許可を事前に律から貰えたことは嬉しいんだけど、あまり信用はされていないあたりがちょっと悲しかった。
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