僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    トップアイドルの恋愛事情(2)

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 いつも通りの葵さんと、早く葵さんから話が聞きたくて、いつもよりやる気に満ちた俺のおかげで、今日の収録は予定よりも少しだけ早く終わった。
 司には収録が始まる前に電話をして、仕事終わりに葵さんと一緒にご飯を食べに行くことに了解を得ているし、司も一緒にご飯を食べることになっているんだけれど、元々今日の仕事は司よりも俺の方が早く終わる予定だったから、予定よりも更に早く仕事が終わってしまった俺は、まだ仕事中の司をどうしたものか……と頭を悩ませた。
 だけど
「司君はどこで仕事してるの? ああ、そこなら僕の家からわりと近いね。だったら、ひとまず僕の家に行こうか。近所に友達がやってるお店があるから、ご飯はそこで食べることにしよう」
 って葵さんが提案してくれたから、俺は司の仕事が終わるまでの時間を葵さんの家で過ごすことになった。
 朔夜さんだけじゃなく、葵さんの自宅にまで上げてもらえる俺って、なんて幸運の持ち主なんだろう。Abyssのファンが聞いたら卒倒するくらいに羨ましがられる話だよね。
 同じAbyssファンの立場からすると、ちょっとズルいって感じもするから、何かの番組やインタビューで芸能人同士の交流について聞かれた時は、うっかり「葵さんと朔夜さんの家に遊びに行ったことがあります」って言わないようにしよう。
 葵さんはまだ一緒に番組をやっているから、そういう親密なエピソードがあっても理解してもらえるだろうけど、朔夜さんの方は「なんで?」って思われちゃいそうだし。
 俺としても、初めて朔夜さんの家にお邪魔した際、朔夜さんとエッチなことをしちゃっているから、なんとなく後ろめたいものがあるもんね。
「そう言えば、悠那君は朔夜の家にも行ったことがあったよね」
「へ? あ、うん……」
 あの時のことはなるべく思い出さないようにしているし、忘れようともしているんだけれど、忘れようと思ってもなかなか忘れられない体験だったりもする。
 だから、葵さんにその時のことを思い出されると、俺はちょっと決まりが悪い。
 当時、俺は司とエッチなことをするのが日常的になっていたけれど、別に司と付き合っているわけじゃなかったし、あの頃は俺も司もまだお互いに探り探りって感じで、不慣れ感や覚束おぼつかなさがあった。
 それでも充分に気持ち良かったんだけど、手慣れた感じと圧倒的なテクニックで俺を翻弄してきた朔夜さんは本当に衝撃的だったんだよね。
 学校帰りに俺が朔夜さんに連れて行かれた話を律から聞いた司が、陽平と葵さんを連れて朔夜さんの家に乗り込んできたから、三人は俺が朔夜さんの家にいる姿を目撃している。
 俺のことを心配してくれて、その日を境に恋人同士にもなった司には全て話しているから、司は俺と朔夜さんの間に何があったのかを知っているけれど、葵さんは何をどこまで知っているんだろう。
 俺が朔夜さんを振る形になってしまった場面は三人の前での出来事だったから、葵さんも俺が朔夜さんを振ったことは知っている。でも、その前の話は朔夜さんから聞いていたりするのかな?
「あの日を境に、悠那君は司君と付き合うことになったんだったよね」
「う……うん。そう……」
「ところで、あの時、僕達が朔夜の家に押し掛けるまでの間、悠那君は朔夜の家で朔夜と何をしていたの?」
「え……」
 どうやら知らないらしい。葵さんはあの日、俺と朔夜さんの間に何があったのかを朔夜さんから聞かされていないみたいだ。
「まあ、悠那君に対する朔夜の態度を見ていれば、大体何があったのかは想像がつくんだけどさ。朔夜本人の口からは教えてもらえなくて、実はずっと気になってたりするんだよね」
「えっと……」
 え……それを今ここで説明しろと? 俺は暗にそう言われているんだろうか。
 っていうか、俺はてっきり朔夜さんが全部話しちゃっているものだとばかり思っていたのに。
 だって、葵さんは朔夜さんと仲がいいし、俺と朔夜さんの間に何があったのかを知っている感じだったもん。あれは全部葵さんの想像からのものだったってこと?
 葵さんレベルになると、見ただけで二人の間に何があったのかがわかるようになるのかな。一体どんな千里眼だよ。
「僕達の秘密を教えてあげる代わりと言っちゃなんだけど、聞かせて欲しいなぁ。司君の仕事が終わるまでに時間もあるし」
「あうぅ……」
 これはもう話さざるを得ない状況……だよね? まさかあの時のことを今になって話す日が来るとは思わなかった。
 朔夜さんも葵さんの前で俺を揉みくちゃにしたり、セクハラ発言を連発するくらいなら、あの時のことも話しておいてよ。
 と、今更ながらにあの時の話を葵さんにしなくてはならなくなった俺は思ってしまったり。
 でもまあ、別に今更隠すことではないし、今となってはうちのメンバーなら全員知っていることでもある。俺がわざわざ話すまでもなく、俺と朔夜さんの間に何があったのかを察している葵さんになら、話しても問題ないって感じだしね。
 そういう意味では、むしろ司がいないタイミングでその話題を振ってきてもらって良かったとすら思う。
 司はあの日の俺と朔夜さんの間に何があったのかを全部知っているけれど、その話を再度聞きたいとは思っていないもんね。あの時の話を葵さんにするのであれば、司がいない今しかない。
 そう覚悟を決めた俺は、朔夜さんの自宅に負けず劣らず広く、だけど、朔夜さんの家とはがらりと雰囲気の違う葵さんの家のリビングのソファーに腰を据え、当時のことをぽつぽつと話し始めた。
 あまり事細かくは説明せず、必要最低限のことだけで当時の話をした俺だったけれど、今でも恥ずかしくなる体験談は、話し終わった後でもやっぱり恥ずかしかった。
「なるほど。そうだったんだ。僕はてっきり二人はヤっちゃってるものだと思ってたけど。最後まではシてなかったんだね」
「は⁈」
 嘘。俺、ずっと葵さんから“朔夜とヤった子”だと思われてたの? だとしたら、話して正解だったかも。
「それで朔夜が教えてくれなかったのかな? そこまで漕ぎ着けたのに最後までシてないと、朔夜的には格好がつかないもんね」
「いや…………え?」
 ちょっと待ってよ。そんな理由で内緒にしてたの? ってことは、俺があのまま朔夜さんと最後までシていたら、朔夜さんは意気揚々とその話を葵さんに話していたってこと?
(どういう心理だっ!)
 日本が誇るトップアイドルの月城朔夜だから、それなりに自信やプライドがあるんだろうとは思うけど、朔夜さんには同じグループのメンバーにすら、自分の格好悪い姿を知られたくないという見栄っ張りな一面もあるのかな。
 まあ、男なら誰にだってそういう一面があるとは思うけど。
「ふむふむ。それで司君と悠那君がすんなり付き合う流れになったわけだね。悠那君と朔夜が本当にヤっちゃってたら、司君もさすがにちょっと気になっていただろうし、悠那君も司君と付き合うことを躊躇いそうだもんね。ま、当時の僕は悠那君と朔夜がヤっちゃってると思っていたから、司君のことは器が大きい男、もしくは、何も知らされないままに悠那君と付き合っている可哀想な子なのかと思っちゃったし、悠那君のことはなかなか神経が図太い子だと思ったりもしたわけだけどね」
「付き合う相手に秘密にはしないよ。付き合ってすぐに隠し事とか、絶対に上手くいかなくなっちゃうもん」
「それもそうだね。ってことは、司君は自分が好きな子のちょっとした浮気を許せるくらいには器の大きい男ってことだね。いいね~。やっぱり司君っていい男だね~」
「浮気じゃないもんっ! 司のこと好きになっちゃやだぁ~っ!」
「あはは。わかってるって」
 実際のところ、司は俺と朔夜さんとの間にあったことを聞いていい顔はしなかったけれど、そのことで俺を責めたりはしなかった。
 それどころか、俺と曖昧な関係を続けていたことを後悔し、もっと早く自分の気持ちに気が付いて、早々に俺と付き合っていれば良かったと残念がってくれた。
 司とエッチなことをする関係になっていたにも関わらず、朔夜さんともエッチなことをしてしまった俺のことを全く責めなかった司だから、器が大きいと言えば大きいのだろうが、だからって全く気にしていないわけでもなかったんだよね。
 俺の話を聞いた司は、そのせいで俺とちゃんとしたエッチをする自信が持てなくて、なかなか俺とちゃんとしたエッチをしてくれなかったわけだし。
 でも、そんな俺と司がちゃんとしたエッチをするきっかけを作ってくれたのが朔夜さんでもあったから、俺達三人の関係ってちょっと複雑だよね。
 朔夜さんは司の誕生日にエログッズをプレゼントしてきたりして、俺と司のセックスライフを支援しているようなところもあるし。
「はぁ~……ようやくすっきりしたよ。話してくれてありがとう」
「俺は久し振りに話して恥ずかしかったよ」
「昔の話は大体恥ずかしいものだよ」
「葵さんが言うと物凄く含蓄のある言葉に聞こえるね」
「そう?」
 恥ずかしい思いはしたけれど、葵さんはすっきりしたみたいだし、俺も朔夜さんとヤったという誤解が解けて良かったよ。
 っていうか、もしかして俺、朔夜さん以外のAbyssのメンバーに“朔夜とヤった子”だと思われたりとかしていないよね? もしそうだとしたら、真実を知った葵さんには是非他のメンバーの誤解も解いて欲しいんだけど。
 尊敬するAbyssの皆さんに誤解をされているかもしれないと思うと、ちょっと気分が沈んでしまいそうではあったけれど、俺と朔夜さんがただならぬことをしてしまった間柄であることは間違いがないから、「誤解ですっ!」って言うのもなぁ……。
 律や海からしてみれば、俺と朔夜さんは“ヤったも同然”になるみたいだし。
「あ。電話だよ。司君からじゃない?」
「へ? あ、うん」
 考え事をしていてスマホの着信音に気が付かなかった俺は、葵さんに促されるまま、着信音が鳴るスマホを手に取った。
「もしもし、司?」
《悠那? 今仕事が終わったんだけど、悠那は今どこにいるの?》
 スマホから聞こえてくる司の声に癒された。
 あぁ……やっぱり俺、どんな時でも司の存在を感じられたら安心するし、司のことが大好きだなって実感しちゃうな。
 司と朔夜さん。自分がどっちのことが好きなのかで迷った時もあったけど、俺の心が司を選んでくれて本当に良かった。
 もう何回も思ってきたことではあるけれど、俺は何回だってそう思う。
「今は葵さんの家にいるよ。えっと……場所はねぇ……」
 今日の司は自分の車で仕事に出掛けている。司に葵さんの自宅マンションの場所を説明してあげようと思ったんだけれど、俺は車を運転しないし、この辺の地理にも詳しくないから、どうやって道を教えてあげればいいのかがわからなかった。
 すぐさま困った顔になって葵さんを見詰めると、葵さんは
「代わって」
 俺と電話を代わってくれて、口頭で司に道案内をしてくれた。
「うん。そうそう。そのショッピングモールの近くだよ。傍に大きな駐車場があるから車はそこに停めたらいいよ。そこまで僕達が行くから」
 俺と電話を代わってくれた葵さんはテキパキと司に道案内をしてしまうと、通話を終了したスマホを俺に返してきて
「じゃあ行こっか」
 車で家の近くまでやって来る司を出迎えるべく、家を出る準備を始めた。
 葵さんの家にいた時間は一時間くらいのものだったけれど、なんだか居心地のいい場所だから、すっかり寛いじゃってたよね。
 出掛ける準備と言っても、俺も葵さんもこの家に入ってきたままの状態でまた家を出るだけだから、準備というのは一度点けた電気のスイッチを切るとか、戸締りくらいのもの。
 あとは俺に出してくれた飲み物に使ったグラスを洗うくらいのものだったけれど、お邪魔させてもらったお礼に、これは俺が洗うことにした。
「さて、それじゃ……」
 二人で一緒に玄関まで行ったところで、鍵を掛けていたはずの玄関のドアがいきなり外から開いたと思ったら――。
「お腹空いたぁ~。葵、何か食べさせて~」
 まるでドアを開けた先に葵さんがいることがわかっていたかのように、突如として琉依さんが現れた。
 当然のことながら俺は驚いたし、俺だけじゃなく、葵さんも目を丸くして驚いていた。





 圧倒的な人気を誇るAbyssの中でも特に熱狂的な女性ファンが多いのが、俺にセクハラ紛いなちょっかいを出してくる朔夜さんと、とても同じ人間とは思えない、最早芸術作品だといってもいいくらいに整って、綺麗な顔をしているこの琉依さんである。
 どちらかと言えば王道タイプのアイドルである朔夜さんと違って、琉依さんはちょっと不思議系。発言や行動がたまに謎で、俺は失礼だと思いながらも、時々首を傾げてしまうことがある。
 でも、その理解できない不思議な言動が琉依さんの魅力でもあり、一度その不思議ワールドに嵌ってしまったら抜け出せないんだとか。
 もちろん、琉依さんも四六時中不思議ワールドを展開させているわけじゃないから、日常会話に支障をきたすようなことはないし、一般的なコミュニケーションを取ることも可能だ。
 俺は朔夜さんとはそれなりにいろんな話をしてきたし、顔を合わせるたびに交流を重ねてきたけれど、琉依さんとはあまり話をした記憶がない。
 それと言うのも、俺はAbyssのメンバーに会うと真っ先に朔夜さんに捕まってしまうから。他のメンバーと話す機会が朔夜さんによって奪われてしまっているんだよね。
 それは、いつも朔夜さんに揉みくちゃにされる俺を助けてくれる司にも言えることで、俺と司がよく言葉を交わすAbyssのメンバーといったら、すぐ俺を揉みくちゃにしてくる朔夜さんと、そんな朔夜さんを引き剥がすことに苦戦する俺達を時々助けてくれる葵さんくらいのものだった。
 だから
「なんかさ、物凄く珍しい組み合わせって感じだね」
 俺と司、葵さんと琉依さんの四人でご飯を食べに来ている光景というのは、琉依さんの言う通り、物凄く珍しい組み合わせでしかないのである。
 琉依さんが朔夜さんだったなら、まだ有り得る話のようにも思えるのに。
「いやいや。物凄く珍しい組み合わせにしたのは君だよ? まさかあのタイミングで琉依が“お腹が空いたから何か食べさせて”って入って来るとは思わなかったよ」
「グッドタイミングだったじゃん。だって、あと少し来るのが遅かったら、葵は家の中にいなかったわけでしょ?」
「来るなら来るで連絡してよ。僕がいなかったらどうするつもりだったの?」
「う~ん……勝手に葵の家の冷蔵庫の中を漁るか、一真さんか仁さんの家に行って同じことしてたかな」
「二人とも今日は朝から晩まで仕事だよ。相変わらずメンバーのスケジュールは全く把握していないんだね」
「仕方がないじゃん。自分のスケジュール管理だけでいっぱいいっぱいだもん。そもそも、俺達って別々の仕事が多過ぎじゃない?」
「まあ……それは確かにそうかもしれないね」
 物凄く珍しい組み合わせではあるものの、思いっきりプライベートって感じのAbyssのメンバー同士の会話を聞けちゃう俺って、もしかしなくてもめちゃくちゃレアな体験しちゃってない?
 日本を代表するトップアイドルのAbyssって、普段はメンバー同士でどんな会話をしているんだろう? って思っていたけれど、会話の内容は思ったよりも普通……っていうか、俺達と同じような会話とかしているんだな。なんだか凄く親近感が湧いてきちゃう。
「そんなことより、葵はどうしてこの二人とご飯を食べることになったの?」
「え? ああ、それなら……」
「あ、わかった。今日は悠那君と一緒にやってるバラエティー番組の収録日だったんでしょ。で、悠那君を餌に司君を釣って、前から目を付けていた司君をつまみ食いしようと……そういう魂胆なんだ」
「っ⁈」
「うん。あのね、最初しか合ってないよ」
「だったら俺がいて益々良かったじゃん。悠那君は俺が引き受けるから葵は心置きなく司君をお持ち帰りしなよ。そのために自宅近くのお店を選んだんだよね?」
「っ⁈」
「ねえ、琉依。ちゃんと僕の話聞いてる?」
 事前に連絡を入れておいたのか、葵さんの友達がやっているというお店に裏口から入店させてもらい、他のお客さんに一切顔を合わせることなく個室に案内されてからおよそ5分。
 琉依さんは思った以上によく喋る人のようだった。
 だけど、その内容があまりにもギョッとするようなものばかりだったから、琉依さんの発言にいちいち反応してしまいそうになる俺の隣りで、司も“何を言っているんだ?”と言わんばかりの顔で固まってしまっている。
「でも、そっか。二人ってお互いのことしか見えていないくらいにラブラブだと思ってたけど、たまには違う人間の味も知りたいってことなんだね。ま、若い頃なんてそんなものだよね。ああ、でも悠那君はもう朔夜につまみ食いされちゃってるんだっけ?」
「なぁっ⁈ やっぱり俺、朔夜さんのことでAbyssのメンバーに誤解されてるぅっ!」
「葵さんっ! さっきからこの人は何を言っているんですか⁈」
 まだ頼んだ飲み物も来ていないというのに。いくら俺達しかいない個室だとはいえ、物凄いことばかり言ってくる琉依さんに、俺と司は堪らず口を挟んでしまった。
 でもって、やっぱり琉依さんにも俺と朔夜さんのことを誤解されていたと知り、俺はショックだった。
 まあ、最後まで頂かれていないという事実が“つまみ食い”という言葉にぴったり当て嵌まってしまうような気がしなくもないけれど。
 だけど、実際に朔夜さんから手を出されてしまった俺はさておき、色恋沙汰に関しては疚しいところが一切ない司からしてみれば、自分が葵さんにお持ち帰りされることを望んでいるような発言をされたら、心外以外の何物でもないだろう。いくら尊敬する大先輩相手でも黙ってはいられないはずだ。
 っていうか、Abyssはメンバー間での恋愛トークはタブーだったんじゃないの? 俺と司の名前が出た途端、琉依さんときたらそっち方面の話しかしてないじゃん。
 そりゃまあ、葵さんも「個人的には少し話すこともある」とは言っていたけれど、琉依さんの感じからして、この手の話はしょっちゅうしている風でもある。
 しかも、この場合は恋愛トークというよりは性トークみたいな感じで、内容もかなり明け透けな感じになっているような気がする。
「二人ともごめんね。琉依に悪気はないんだけど、琉依は自分基準でしか物事を考えられないから、たまに失礼なことも言っちゃうんだよね。許してあげて」
「えっと……はい。別に怒ってはないです。だた、あまりにも予想外の発言にちょっとびっくりしてしまって……」
 俺と司が目を剥いて驚いているのに、にこにこと笑っているだけの琉依さんに代わって葵さんが謝ってきた。
 葵さんに謝る必要は全くないから、葵さんに謝られてしまった司も、思わす声を荒げてしまったことを決まり悪そうにしている。
 葵さんはよく朔夜さんの面倒を見てあげているイメージが強かったけど、葵さんと同い年の琉依さんの面倒も葵さんが見てあげているのかもしれない。
 今日だってお腹が空いた琉依さんは、他の誰でもなく、真っ先に葵さんの家に来たみたいだし。葵さんの自宅の合鍵を持っているあたり、琉依さんがしょっちゅう葵さんの自宅を訪れていることは容易に想像できちゃうもんね。
 葵さんと琉依さんは中学の時にZeusの養成所で出逢い、同じAbyssのメンバーに選ばれた時から、それまで通っていた学校から芸能科のある学校に転校させられ――そこは俺達とちょっと似ている――、そこから高校を卒業するまでの間、同じグループのメンバー兼クラスメートの関係でもあったと、昔読んだ何かの雑誌に書いてあった。
 その雑誌には《お互いに一番気を遣わなくても良くて、理解し合える存在》とも書いてあった気がする。
 俺がその雑誌を読んだのは俺がアイドルになる前の話だから、今もそうなのかはわからないけれど。
 でも、なんの前触れもなく葵さんの自宅を訪れたり、こうしてプライベートで一緒にご飯を食べに来ているくらいだから、二人の仲の良さは健在ってことなんだろうな。
 それはそうと、今葵さん、「琉依は自分基準でしか物事を考えられない」って言わなかった? それってつまり……。
「なんだよ、葵。後輩の前だからって一人だけいい子ぶっちゃって。葵だって俺と似たようなもんじゃんか」
「僕はもう心を入れ替えたんだよ。昔みたいに好みのタイプに手当たり次第手を出すのはやめたんだから」
「昔ってほど昔でもなくない? 確かに最近はおとなしくしてるっていうか、ちょっと落ち着いた感じだけど」
「朔夜も悠那君のおかげか、最近はおとなしくしてるじゃない。いつまで経っても落ち着かないのは琉依だけだよ」
「だって、まだ若いも~ん」
「それ、司君と悠那君の前で言う? 二人からしてみれば、僕達はもう立派な大人だよ」
「若いっていうのは年齢だけじゃなくて心や精神だよ。俺は永遠に少年でいる」
「はいはい。好きにしなよ」
 つまりはそういうことなんだ。どうやら琉依さんって性にはかなり奔放な人で、それなりに遊んでもいる人らしい。
 加えて、少し前までは葵さんや朔夜さんまでもがそうだったんだと知ったら
(Abyssって普通に女遊びとかするんだ……)
 と、俺は意外な気持ちでいっぱいになってしまった。
 だって、本当に全然そんな話を聞かないんだもん。みんなよっぽど上手く遊んでいるんだな。
 今名前が挙がらなかった一真さんや仁さんは、もしかしたらそんなことはしていないのかもしれないけれど。
「全くもう……まだお店に入ったばっかりなのに、いきなりそんな濃い話ばっかりしないでよ。司君と悠那君が引いちゃってるよ?」
「え? そう? ごめんごめん。この二人ならこういう話は全然大丈夫だと思って」
 呆れた顔の葵さんに言われても、琉依さんは相変わらずにこにこと笑ったままだった。
 いや……そりゃまあ、こういう話がダメってわけじゃないけどさ。なんの前触れもなく、いきなりAbyssの赤裸々過ぎるプライベートを聞かされちゃうと、心の準備ができていないこっちとしては度肝を抜かれちゃうよ。内容が内容なだけに、ここが個室で良かった、と心の底から思っちゃう。
 万が一、こんな話が外に漏れでもしたら、とんでもないスキャンダルになっちゃいそうだし。
「でもま、今日はある意味そういう話をしに来たわけだから、琉依がいてくれて逆に良かったのかもしれないね」
「え?」
 話の始まり方としてはかなり衝撃が大き過ぎて、既にキャパオーバーを起こしてしまいそうなんだけど、メンバー間での恋愛トークがタブーになってしまうくらいだ。俺と司がこれから聞かされる話はもっと衝撃的な話だったりするのかな。
 そう言えば、司はどうして今日、俺と葵さんが一緒にご飯を食べに行くことになったのかの詳しい理由を説明されていないんだよね。いきなりAbyssの暴露話を聞かされちゃうのは大丈夫なんだろうか。
 そんな不安が顔に出てしまっていたのか、そわそわとしてしまう俺に向かって、葵さんは――。
「二人ともなんだか不安そうな顔をしてるけど、これから聞く話はもっと衝撃を受けちゃうかもしれないから、覚悟しておいてね」
 俺と司の不安を煽るようなことを言ってきた。
 絶対に人に聞かれてはいけない話が一時中断したところで、個室に通されて最初に頼んだ飲み物がタイミング良く運ばれてきた。



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