僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    僕達ルール(6)

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 翌朝。珍しく――というか、律とセックスした日の朝はいつものことではあるんだけれど、律より先に目を覚ました僕は、目が覚めると同時に自然現象に襲われ、渋々といった感じでゆっくりとベッドの中から抜け出した
 昨日は律とセックスした後にすぐ寝てしまい、全裸姿だった僕は、床に広がる僕と律の服の中から自分のパンツとズボンを拾い上げて身に着けた。
 一瞬、上の服はどうしようかと迷ったけれど、ちょっとすぐそこのトイレに行くだけだし。全裸でうろついているわけじゃないからいいか、ということにした。
 司さんなんてたまにパンツ一丁でうろついているし。悠那君に至ってはパンツを穿かず、司さんに借りたTシャツ一枚でうろうろしていることもある。
 そりゃまあ、身長差のある二人だから、司さんのTシャツを着てしまえば悠那君のお尻は隠れるけどさ。司さんに借りるTシャツの丈の長さ次第では結構際どいことになっている時もあって、そんな悠那君に家の中をうろうろされては、こっちとしてはちょっと目のやり場に困るし、ドキドキもしちゃうんだよね。
 ほら。悠那君って顔だけじゃなくて身体つきも全然男らしいところがないから。彼シャツ一枚でうろうろする悠那君を見ていると、家の中をノーパンの女の子がうろついている、って錯覚しちゃいそうになるんだよね。
「ふわぁ~……」
 部屋のドアから十数メートル離れたトイレで用を済ませた僕は、手を洗って部屋に戻る途中で大きなあくびが出た。
 寝が足りていないのかな? 睡眠時間は充分に取れたと思うけど。
(まあ……昨日は久し振りに律とセックスしたし、溜まっていたぶん、わりとねちっこいセックスをしたからな……)
 これはいつものことでもあるんだけれど、そんなに頻繁に律とセックスができない僕は、律とセックスできるとなったら一回では終わらない。大体いつも二回は律の中に熱い迸りをぶちまけている。
 だけど、昨日はよっぽど溜まっていたのかな。三回もシちゃったんだよね。
 それくらい、昨日の僕は気持ち的に昂っていて、三回どころか四回目もイけそうな感じではあったんだけど
『もっ……無理っ……やだっ……やだよぉ……海っ……これ以上……これ以上気持ち良くしないでっ……僕……本当におかしくなっちゃうからぁ……』
 って、律に泣かれちゃったらね。
 大事なレコーディング前だし三回までにしておこう、ってなる。
 そして、その三回目をなるべく長引かせようとして、いつもよりかなりねちっこいセックスをしてしまった僕は、律の中で三回目の絶頂を迎えた時、四回シたのと同じくらいの心地良い疲労感に包まれた。
 射精後の余韻に浸っている最中に力尽きて眠ってしまった律に釣られるようにして、僕も深い眠りに堕ちていったんだよね。
「はぁぁぁ~……」
 昨日の夜のことを思い出すと、今度は満たされきった幸せの溜息が出た。
 律とセックスした後に迎える朝はいつもこうだ。律は身体の疲れや違和感が抜けないみたいだけれど、僕は僕で朝になっても幸せの余韻が抜けない。
「~♪」
 トイレから部屋に戻る僕は、思わず鼻歌を歌ってしまうほどの浮かれっぷりではあるけれど、疲れ果ててまだ眠っている律を思うと、僕一人だけが浮かれ放題なのもな……と、少し自重した。
 それでも、まだ律が眠る部屋に戻る僕の足取りは軽かった。
 部屋に戻って来た僕が、律を起こさないようにと気を付けながら部屋のドアを静かに開けると、数分前に僕が抜け出したベッドの上はこんもりと膨らんだままで、律が目を覚ました気配はなかった。
 現在幸せ気分最高潮の僕は、そのベッドの膨らみですら愛しく感じてしまったり。
「♡」
 僕は再びベッドの中に潜り込むと、これまた律を起こしてしまわないよう、すやすやと規則正しい寝息を立てて眠る律を、ふんわりと腕の中に包み込んだ。
「ん……んん……」
 僕の腕が律の身体を包み込んだ瞬間、律は一瞬だけ身体をもぞもぞと動かしてしかめっ面をしたけれど、僕の胸に顔を埋めることで落ち着き、再び穏やかな顔に戻ってすやすやと眠り始めてしまった。
(か……可愛い……)
 ただ眠っているだけなのに、どうしてこんなに可愛いんだろう。僕、律の寝顔なら一日中見ていられる自信があるよ。寝顔がまさに天使過ぎる。
(でも……)
 そろそろ起こしてあげた方がいいんだろうか。
 枕元の時計で現在時刻を確認してみれば、時計の針は午前8時を少し回ったところだった。
 いつも朝は6時に起きて活動を開始する律だから、今日は二時間の朝寝坊ということになる。
 ちなみに、僕が毎朝起きる時間がちょうど今くらいの時間だ。だから、今朝も目覚ましをセットしたわけでもないのに、自然といつも通りの時間に目が覚めてしまったのだろう。
 毎日規則正しい生活を心掛けている律は、生活リズムが崩れてしまうことをあまり良しとしていない。今日みたいに、本来ならとっくに目を覚まして活動を始めている時間に、まだベッドの中から出てきていないどころか、目を覚ます気配すらなかった自分を後に知った律は、よく
『あぁ……僕はなんという時間の無駄遣いを……』
 と、目を覚ますなり盛大に嘆いたりするものである。
 いやいや。そんなに嘆くほどに遅い時間でもないじゃん。そんなことを言われたら、毎日その時間に起きている僕は時間を無駄にし放題ってことになるじゃん。
 どんなに遅くても朝の8時代には必ず目を覚ます律。ちゃんとした“朝”には目を覚ましているわけだから、僕の目から見ると充分立派だし、規則正しい生活を送っているって感じだけどな。
 そんなに頻繁ではないけれど、僕なんて疲れが溜まっているオフの日にはお昼過ぎまで寝ていることもあるくらいだから。
 そもそも、芸能界なんて働く時間が不規則だったりするんだから、生活リズムだって不規則になっちゃうものじゃない? 僕もたまに生活リズムが乱れちゃうけど、司さんや悠那君なんて完全な夜型になっちゃってるし。
 それなのに、基本的には早寝早起きの生活リズムを崩さない陽平さんと律は凄いよ。凄いと思う。こういうところも二人の共通点……っていうか、二人が似ているところでもあるよね。
 もっとも、陽平さんの方が律に比べると、たまに崩れてしまう生活リズムには寛大である。
 陽平さんはドラマの仕事が結構入るからな。ドラマの撮影期間中はどうしても生活リズムが崩れてしまうから、生活リズムが崩れることにも慣れてしまったのだろう。
 僕と律も去年初めて貰ったドラマの仕事の撮影中は、わりと生活リズムがめちゃくちゃになっていた時があったもんね。
 そして、そのドラマの撮影で行った地方ロケ先で、僕と律は初体験を迎えたんだったよね。
 懐かしいなぁ……。あの時は律の方から僕を誘ってきてくれて、僕は一瞬、自分に都合のいい夢でも見ているのかな? って、本当にびっくりしちゃったし、夢じゃないとわかった時は泣きたいくらいに嬉しかったものだよ。
 余談だけど、僕と律、それに湊さん率いるCROWNのメンバーかつ、僕と律の高校時代のクラスメートだった陸と京介が出たあのドラマ、今年第二弾が放送されることになっている。撮影開始はまだちょっと先だけど、またあのメンバーで一緒にドラマの仕事ができることは今から楽しみだった。
「律……律はずっと僕の……僕だけのものだよ」
 律の寝顔を見ている間にいろんなことを思い出していた僕は、律がまだ眠っていることを承知で、寝ている律に向かってそう囁いた。
 もちろん、まだ夢の中にいる律に僕の声は届いていないのだろうけれど、何かいい夢でも見ているのだろうか。タイミング良くにっこり微笑む律に、僕の心臓は大きく脈打った。
(クソ可愛いな。キスしたい……)
 一体なんの夢を見ているのかは知らないけれど、眠っている最中に微笑むとかさ……誰が見ても「可愛いっ!」ってなるでしょ。
「……………………」
 ここで僕の心の葛藤が始まる。
 気持ち良さそうに眠っている律に構わず、欲望に任せて律にキスをしてしまおうか……。それとも、律を起こさないようにと、このまま静かにおとなしく、律の寝顔をただ見詰めているだけに留まっておくべきか……と。
 だがしかし、そんな葛藤の時間もそう長くは続かない。
 そりゃそうでしょ。いくら律が寝ているからって、こんなに無防備で可愛い姿を見せられちゃったら、僕だっておとなしくなんかしていられないよ。ただでさえ、僕は律のことになると堪え性がないんだから。
 なんの抵抗も反論もしてこない律が相手となると、僕も
「少しくらいならいいよね」
 ってなる。
 我ながらやや非紳士的であるとは思うけれど、寝ている恋人にちょっとした悪戯をしたり、可愛い寝顔に愛が溢れてキスするなんてこと、どこのカップルだって当たり前にやっていることだから、罪の意識というものはまるで感じない。
 もし、それで律を起こしてしまうことになってしまったら
『おはよう。そろそろ起こした方がいいと思ってさ』
 って言えば、律も嫌な顔はしないだろうし、むしろ、いつまで経っても目を覚まさない自分を起こしてくれた僕に感謝してくれるかもしれないよね。
 いや。さすがに感謝はないか。律がいつも通りの時間に起きられない原因を作ったのが僕なんだから。律の目が覚めたら、小言の一つや二つは言われる覚悟をしておかなくちゃだよね。
 でも、その小言だってきっと可愛いだけのもので、僕が落ち込むような小言ではないと思う。可愛く拗ねた律を僕が優しく宥めてあげる……って感じになるんだろうな。
 それはそれで昨日の余韻の続きをしているみたいでいい。昨日は律が力尽きてすぐに寝ちゃったからな。僕としては、もうちょっと律とイチャイチャしたかったところだ。
「律……」
 僕の裸の胸に顔を埋め、心地良さそうに眠っている律の顔をそっと上向きにさせた僕は、そのまま律の唇へと自分の唇を寄せていった。
 こうして眠っている律に目覚めのキスをしてあげようとしているシチュエーション。まるでおとぎ話のワンシーンみたいだよね。悪い魔女に魔法を掛けられて深い眠りに堕ちたお姫様は、愛する王子様からのキスで目を覚ますんだ。
 ただし、この場合、僕自身が悪い魔女と王子様役を兼任しているようなものだから、話の内容としてはちょっとおかしなことになってしまうけれど。
 なんて、朝っぱらからおとぎ話だのなんだのと考えてしまう僕も相当にテンションが高くて浮かれているな。律とセックスができた僕の浮かれっぷりときたら、いつもこんな感じではあるけれど。
「……………………」
 まるで本物の王子様になった気分で、ゆっくりと律の唇へと近づいていく僕の唇が、律の唇に触れるか触れないかの距離にまで迫った時だった。
「っ⁈」
 一瞬、ドアノブがガチャっと下がる音がしたかと思ったら、その僅か数秒後、今度はさっき僕がトイレに行く時とトイレから戻ってきた時に使った方のドアノブが下がり――。
「あ。こっちは開いた。もー。なんで鍵なんか掛けてるの?」
 まだ部屋の中の人間が寝ているかもしれない、という気遣いなどまるでしていない感じで、思いっきり勢い良くドアを開けた悠那君が部屋の中に入ってきた。
「~……」
 相変わらず人の部屋に入ってくるタイミングが悪い人だな。
 前の家に住んでいる時もそうだったけれど、新しい家に引っ越してきても、悠那君の部屋に入ってくるタイミングの悪さは健在らしい。
「律。海。そろそろ起きて……って、なんだ。海はもう起きてるじゃん」
「ええ。まあ……」
「だったらなんで起きてこないの? 二人がいつまで経っても起きてこないから、俺、陽平に二人を起こした方がいいんじゃないかって言われてさ。だから二人を起こしに来たんだよ」
「ああ、そうですか。それはわざわざどうも……」
 くっ……今日は悠那君のタイミングというよりは陽平さんのタイミングだったのか。だったら陽平さんが直々に起こしに来てくれれば良かったのに。もしくは司さん。なんでよりによって一番僕達の部屋に足を踏み入れてはいけない人が、僕達を起こしに来ちゃったんだろう。
 多分、律がいつもの時間に起きてこなかった時点で、陽平さんは昨日は僕と律がそういうことをシたんだと察したんだろう。だから、そろそろ起こした方がいいと思いながらも、自分が僕達を起こしに行くのは避けたかったとみた。
 で、悠那君が起きているということは当然起きているはずの司さんは、単純に面倒臭かったんだろうな。家の中の司さんは基本的に悠那君が絡んでいないとやる気を出さない。司さんのやる気スイッチを握っているのは常に悠那君だからな。
 それにしても、司さんと悠那君の二人が僕達よりも早く起きていることも珍しいな。ゆっくりできる日の朝はいつも起きて来るのが一番遅い二人なのに。
「今日は悠那君達の方が早起きだったんですね」
 いきなり僕達の部屋に入ってきた悠那君は、まだ僕と律が同じベッドで寝ていたことに気が付いていない。
「うん。なんか今日は早く目が覚めちゃって。レコーディングが楽しみだからかな? 興奮して目が覚めちゃったのかも」
 そう言いながらも、悠那君は自分が入ってきたドアから近い律のベッドに近付いていったわけだけど――。
「あれ? 律がいない」
 律のベッドでは誰も寝ていないことにようやく気が付くと
「もしかして……」
 急に嬉しそうなにやにや顔になって、まるで寝ている律を隠そうとしている僕がいるベッドに、ちょこちょことした可愛らしい足取りで近付いてきた。
「やっぱり~♡ 昨日は律とエッチしたんだ。良かったね、海」
「えっと……ええ。そうですね」
 どう頑張っても隠すことはできそうにない、僕の奥で眠る律の姿を見た悠那君は、心の底から僕を祝福してくれるような笑顔でそう言ってくれた――ところまでは良かった。
「律~。海とエッチして疲れてるのはわかるけど、そろそろ起きて~。朝だよ~」
 その嬉しそうな笑顔のまま、ベッドの上に上がり込んできて、布団の上から寝ている律の上に馬乗りになると、悠那君の重みを感じて顔をしかめた律のほっぺたに、ちゅうぅ~って吸い付くようなキスをした。
「ちょおぉ~っ! なっ、なっ、何やってるんですかっ⁈」
 僕、大絶叫である。
 僕が律にキスをしようとしていたところを邪魔した挙げ句、悠那君が律にキスをするとはどういうことだ。
 っていうか、お姫様がお姫様にキスをしてどうするんだよ。おとぎ話にそんなGL要素なんてないからね?
「ん……んんー……な……何……?」
 でもって、王子様のキスじゃなくても目を覚ましてしまった律は
「わっ! 悠っ……悠那さんっ⁈ なんでっ⁈」
 目が覚めて最初に見る顔が僕ではなく、悠那君であったことに普通に驚き、激しく動揺した。
「えへへ。起きた? 律」
「お……起きましたけど……」
 目を覚ましてみればすぐ目の前に悠那君の顔があったことにより、律は一瞬、ここがどこなのかがわからなくなってしまったみたいだった。
 だけど、これはまだ夢の中というわけでもなく、場所も昨日自分が眠りに堕ちる前までいた僕達の部屋の中だとわかってくると、今、目の前にいる悠那君に大きな瞳をぱちくりとさせた。
「あの……どうして悠那さんが僕達の部屋に?」
 多分、律の中で今最大の謎は、どうして悠那君がここにいるのか……だ。
 そして、今起きたばかりの寝起きの頭でその理由を考える気力がない律は、布団の上から自分の上に馬乗りになったままの悠那君に、その理由を素直に聞いてみたりする。
「二人を起こしに来たの。陽平がそろそろ二人を起こした方がいいって言うから」
 悠那君は機嫌の良さそうなにこにこ笑顔のまま、さっき僕に説明してくれた内容とほぼ同じことを、もっと簡潔に述べて律に説明してあげた。
「そうですか。陽平さんに言われて……」
 まだ完全には覚醒していないけれど、悠那君の短い説明でも充分に状況を理解した律。何か自分にとって都合の悪い理由で悠那君がここにいるわけじゃないんだとわかると、ほっとした顔つきにもなったわけだけど――。
「っ‼」
 今度は急に目が覚めたような顔になり、慌てて枕元の時計に視線を走らせた。
 律がそういう反応を見せてしまうのも仕方がないのかも。
 だって、陽平さんに“そろそろ起こした方がいい”と思われたうえに、自分より先に悠那君が起きているとなると、今朝は相当な朝寝坊をしてしまったと思ったに違いないから。
 だがしかし、律が慌てて見た時計の針はまだ朝の8時15分を少し回ったところで、レコーディングスタジオに向けて出発するまでに、まだだいぶ時間が残されていた。
 おそらく、これも陽平さんのちょっとした気遣いなのだと思う。
 普段から自分の朝寝坊を悔やむ律の姿を見ている陽平さんは、“遅くても8時過ぎには起こしてやろう”と思うようになったのかもしれない。
 更に、レコーディング当日の朝は自分をリラックスできる環境に置き、レコーディングに向けてイメージトレーニングや何やらをして備えている律の姿も陽平さんは知っているから、あまりギリギリまで寝させていない方がいいと思ったのだろう。
 何にせよ、陽平さんのおかげで律は自分で目を覚ますよりも少し早い時間に起きることができたわけだ。
 僕達を起こしに来たのが悠那君だったということが、僕達にとってはちょっとした災難……というか、嵐みたいな感じではあるけれど。
「はぁ……良かった。悠那さんが起こしに来たから、10時はとっくに過ぎているのかと思いました」
「今朝の俺は早起きなんだよ。言っても、俺と司もちょっと前に起きたばっかりではあるんだけどね」
「そうですか」
 そのわりには随分と元気だしテンションも高い。
 でもまあ、元々悠那君は朝には弱いけれど、一度目が覚めてしまうとわりとすぐに元気だからな。テンションが低くておとなしい悠那君というものは、一緒に住んでいてもあまり見る機会がない。
「俺と司が二人より早く起きちゃったから、陽平にもびっくりされちゃった。陽平も慌てて時計を見てたよ」
「でしょうね」
 きっと、その時の陽平さんはまだ誰も起きてきていない一階で、一人せっせと主婦業に勤しんでいたと思う。
 陽平さんはスケジュール的に余裕がない時以外は朝のランニングを日課にしている。目が覚めると、まず最初にそのランニングに出掛ける。最近は律も一緒に走ることも多いらしいけれど。
 この家はLightsプロモーションが所有する敷地内に建っているわけだけど、事務所兼タレント寮やタレントハウスまであるこのだだっ広い敷地の中には、普段歩き慣れている人間の足でも一周するのに歩いて20分は掛かるウォーキング&ランニングコースなんてものがある。
 タレントハウスエリアからは一度外に出なくちゃいけないんだけど、出てすぐのところにウォーキングやランニング用に舗装されたコースがあって、陽平さんはいつも朝の一時間ほど、そのコースを好きな曲を聴きながら走っている。
 そして、ランニングから帰って来るとシャワーを浴びて汗を流し、その後で洗濯機を回す。洗濯物を洗っている間に共有スペースである一階の掃除をし、掃除が終わったら朝御飯の支度に取り掛かる。
 ここでいつも悩むのが、朝御飯は何人分必要なのか……ということらしいけれど、僕と律が朝御飯を食べないということはまずないし、司さんや悠那君にしても食べる時間が遅いだけで、起きてすぐ何も食べないまま仕事に行くことは滅多にない。
 だから、朝御飯の支度はちゃんと五人分しておいて、後は起きて来た順に朝御飯を作ってあげる、という形を取っている。
 朝御飯をすぐに作れる準備が終わった頃に洗濯が終わるから、自分の朝御飯を作る前に洗濯物を先に干してしまい、それから自分を含め、その時になったら起きて来ているメンバーの朝御飯を作り始めるのである。
 全くもって一寸の無駄もない完璧な家事の熟しっぷり。見事な主婦っぷりだ。これなら湊さんに惚れられてしまうのは当然だし、「嫁にしたい!」って思われてしまうのも仕方がないよね。主婦力が高過ぎるんだもん。
 だけど、最近ではそんな陽平さんを見本にしている律の主婦っぷりも負けていない。
 律がいつも通りの時間に起きていると、、陽平さんと一緒に今言った作業を分担してやっているし、陽平さんに朝から仕事が入っている時は、律が陽平さんの代わりにその全ての作業を熟している。
 そして僕は、いつも二人が朝御飯を作り始めた頃に起きて来ているのである。
 司さんと悠那君が起きて来るのは、そこから更に二、三時間後って感じかな。
 ところが、今日は僕達より司さんと悠那君の方が先に起きて来たものだから、いつも通りのタイムスケジュールで家事を熟していた陽平さんは、「今何時⁈」と焦ってしまったのだと思う。それほどに、司さんと悠那君の朝が遅いということが、僕達の中では定着してしまっているのだ。
 もちろん、二人とも朝から仕事が入っている時はちゃんと早起きするし、この前みたいにプライベートな予定が入っている時も寝坊したりなんかはしない。
 早起きする自信がない時は、陽平さんや律に
『明日の朝起こして~』
 と頼んでいる。
 その場合、陽平さんからは
『別にいいけど。服はちゃんと着て寝とけよ』
 と言われ、律からも
『構いませんが、起こしに行ったらお二人とも全裸だった、というのは困りますからね』
 と、同じようなことを必ずと言っていいほど言われている。
 しかし、起こされる側から起こす側に回った時の悠那君は、相手が服を着ていようが全裸だろうが、どっちでも構わないといった感じであった。
 つくづく律とは対照的で、恥じらいの欠片もない人である。
「わざわざ起こしてもらってすみません。すぐ起きますね」
 思ったほどの朝寝坊をしたわけではないけれど、またしても僕とセックスをしたことによって、いつも通りの時間に起きられなかった律は、無念そうな顔でベッドの中から抜け出そうとしたわけだけど……。
「あの……起きるんですけど」
 律がベッドの上から下りようとしているのに、律の上に跨った悠那君が一向に動こうとしないから、律はやや困惑した顔で悠那君を見詰めた。
「結局、二人の間でどういうルールができあがったの? エッチの回数なんかもちゃんと決めたの?」
「は?」
「~……」
 ああ、悠那君……。それは今言わないで欲しかったというか、なんで言っちゃったの? っていう一言だよ。
 相変わらずのにこにこ顔で律にそう聞く悠那君を、律はびっくりした顔で見詰めた後――。
「っ!」
 ちょっと……ではなく、結構怖い顔になって僕を睨んできたりする。
 そして、僕を睨んだ時の怖い顔のままで悠那君にもう一度視線を戻すと
「お前の入れ知恵か。クソエロビッチ」
 怒りで半分我を忘れた律は、敬語も忘れて悠那君に悪態を吐いた。
 律は怒ると少し口が悪くなるところがある。
「えー? 酷い言われようじゃん。俺、海の相談に乗ってあげただけなのに」
 だけど、悠那君の方は律が怒ってもけろっとした顔をしている。反省をする気は更々ないようである。
 反省するどころか
「っていうか、律だって悪いんだよ? 律が全然海とシてあげないから、海も落ち込んじゃってたんだからね」
 むしろ、こうなったのは全て律に責任がある、とでも言わんばかりに説教をする始末だった。
 僕と律を自分と司さんのようにイチャイチャさせたいらしい悠那君は、僕と律の間で何か問題が起こった際には、何かと僕の味方になってくれることが多い。
 それは僕にとってありがたいことではあるんだけれど、悠那君が僕の肩を持つと、律の機嫌が悪くなってしまうから考えものである。
 悠那君を責めたものの、逆に悠那君から責め返されてしまった律は
「っていうか、また司さんと悠那さんに恋愛相談したの⁈」
 今度は怒りの矛先を僕に向けてきた。
「だっ……だって……」
 だって、律が全然僕とシてくれなかったのは事実なんだもん。そりゃ僕だって頗る上手くいっている司さんや悠那君に相談したくもなるよ。
「律。海を責めちゃダメでしょ? 海だって律のことが大好きだから律のことでいっぱい悩むし、不安になっちゃうんだからね?」
「それはわかってますけどっ! だからって何も司さんや悠那さんに相談しなくても……って思うんですっ!」
「他に誰に相談するの? 律がサせてくれないんです、なんて陽平に相談したところで、知るかっ! って言われるだけじゃん。俺や司に相談することの何が不満なの?」
「色々と不満が多々ありますっ!」
「ぁんっ」
 僕が司さんや悠那君に相談したことと、その二人が僕に余計なアドバイスをしたと知った律は更に腹を立て、「一体いつまで人の上に跨っているんだ」と言わんばかりに、自分の上に跨る悠那君を、布団を退かすのと一緒に振り落とした。
 体重の軽い悠那君は簡単に律の上から転がり落ち、そのままベッドの上にころころと転がっていったんだけど……。
「っ⁈」
 大きめのTシャツの下は何も穿いていなくて、悠那君のお尻が丸出しになった。
「~……」
 なんとなくそんな気はしていたんだよね。悠那君が今着ているTシャツって明らかに司さんのTシャツって感じだし。Tシャツの裾から悠那君の生足が伸びているということは、Tシャツの下はノーパンの可能性が高いかな、って……。
「ちょっと! なんでパンツ穿いてないんですか⁈」
「だってぇ……今から司と一緒にお風呂に入るつもりだったんだもん。っていうか、人をベッドの上に転がすなんて酷いじゃん」
「悠那さんがいつまで経っても僕の上から下りてくれないからですよっ!」
「え~?」
 僕と律の二人に丸出しになったお尻を前も後ろも見られたというのに、悠那君にはちっとも恥ずかしがる様子がなかった。
 むしろ、悠那君を振り落とすために布団を捲った律の方が、自分が今服を着ていないことを思い出して、慌てて自分の上に布団を掛け直したりしている。
 部屋の中が一気に騒々しい感じになってきたところで
「悠那~。二人は起きた? 二人を起こしたなら早くお風呂入りに行こうよ」
 悠那君を待ちきれなくなった司さんが部屋の中に入ってきて、僕達がいるベッドの上でお尻丸出しになっている悠那君を発見した。
「……………………」
 司さんはしばらくの間、ベッドの中の僕達と、その上でお尻丸出し状態の悠那君をジッと見下ろした後――。
「やんっ!」
 丸出しになったままの悠那君のお尻をピシャリと一回叩き、そのまま悠那君を担いで部屋を出て行った。
 開きっ放しになったドアから悠那君を担いで出て行った司さんが、一階に下りて行くのではなく、自分達の部屋に入って行った音が聞こえてきたということは、僕達の前で下半身を晒した悠那君にお仕置きでもするつもりなのかな。朝っぱらから元気過ぎるでしょ。
 っていうかさ、悠那君、昨日は司さんとセックスした後のお尻で僕の布団の上に? 何か良くないものが付いていたりしないだろうな。
「……………………」
 嵐のように訪れ、嵐のように去って行った司さんと悠那君の姿を唖然として見送った律は、ハッと我に返ると
「とりあえず、今日から一週間はキスもエッチも禁止ね」
 と、冷ややかな声で僕に言ってきた。
「えっ⁈ キスもっ⁈」
 エッチなお仕置きをされる悠那君と違って、僕の方はやたらと厳しいお仕置きが待っていたようである。





 その夜。レコーディングの合間を縫って律が考えたという、僕達のルールを見せてもらったけれど、その内容はあまりにも厳し過ぎて、僕はとてもじゃないけど承諾することができなかった。
 必死になって「これは勘弁して欲しい」と泣きつく僕は、今度こそ律とじっくり話し合うことになり、その結果、僕達の中でルールを作ることはやめにすることになった。
 ルールを作らないことがルールになったわけである。
「でも、できればこの項目だけは忘れないで欲しいかな」
 そう言って律が指差した項目は、僕が律に見せた紙に書いた時と同様、行数を多く使い、太字で大きくしっかりと書かれた
《司さんと悠那さんへの恋愛相談禁止!》
 という一文だった。


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松原硝子
BL
三枝貴人は総合病院で働くゲーム大好きの医者。 ある日貴人は乙女ゲームの制作会社で働いている同居中の妹から依頼されて開発中のBLゲーム『シークレット・ラバー』をプレイする。 ゲームは「レイ・ヴァイオレット」という公爵令息をさまざまなキャラクターが攻略するというもので、攻略対象が1人だけという斬新なゲームだった。 プレイヤーは複数のキャラクターから気に入った主人公を選んでプレイし、レイを攻略する。 一緒に渡された設定資料には、主人公のライバル役として登場し、最後には断罪されるレイの婚約者「アシュリー・クロフォード」についての裏設定も書かれていた。 ゲームでは主人公をいじめ倒すアシュリー。だが実は体が弱く、さらに顔と手足を除く体のあちこちに謎の湿疹ができており、常に体調が悪かった。 両親やごく親しい周囲の人間以外には病弱であることを隠していたため、レイの目にはいつも不機嫌でわがままな婚約者としてしか映っていなかったのだ。 設定資料を読んだ三枝は「アシュリーが可哀想すぎる!」とアシュリー推しになる。 「もしも俺がアシュリーの兄弟や親友だったらこんな結末にさせないのに!」 そんな中、通勤途中の事故で死んだ三枝は名前しか出てこないアシュリーの義弟、「ルイス・クロフォードに転生する。前世の記憶を取り戻したルイスは推しであり兄のアシュリーを幸せにする為、全力でバッドエンド回避計画を実行するのだが――!?

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