僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    迷子の恋心(5)

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「ぅっ…あ……んんっ……」
 強く握り締めたシーツのせいで手のひらが痛い。
 そう言えば、そろそろ爪を切らなきゃいけないと思ってたんだよな。少し伸びた爪が手のひらに食い込んで余計に痛い。
「ああもう……また陽平はそんなに力入れちゃって。生娘じゃあるまいし、いい加減慣れるとかしないの? 志なかばで容赦なく締め付けられる俺の身にもなってよ。結構辛いものがあるんだよ?」
「うるせ……こんなもん、そう簡単に慣れるわけない……だろ」
「そう? 陽平の場合、かたくなに慣れようとしていないだけって気がしなくもないけど」
「っ……かもな。否定はしない……」
 湊の動きが止まったタイミングで大きく息を吐いた俺は、強張っていた身体が少し楽になったついでに、そのままベッドの上に突っ伏してしまいたかった。
 湊は慣れろと言うが、突っ込まれる側の俺から言わせて貰えば慣れろと言われたからって慣れるものでもない。
 湊の前で裸になることはもちろんだけど、湊に組み敷かれることにも抵抗があるし、湊が俺の中に挿入はいってくる感覚は何度経験してもなかなか慣れるものではなかった。どうしても身体が強張って力が入ってしまうし、湊にめちゃくちゃにされてしまう恐怖心もぬぐえない。
 それでも、湊と身体を重ねた数だけ慣れたところもあって、痛みというものはほとんど感じなくなっている。湊は毎回ローションを使うし前戯も長い。湊のねちっこい愛撫のおかげで、俺は痛みなく湊に犯されることになるわけだが……。
「体勢変える? 陽平っていつもバックがいいって言うけど、ほんとは顔が見えた方がいいんじゃないの?」
 それが愛されているからだとは思いたくない。
 そもそも、もともと男には他人を体内に受け入れるための器官がない。湊がどんなに俺の身体を気遣ったところで、俺の身体に負担が掛かることに変わりはない。丁重に扱って当然だ。
 それに、俺への気遣いを湊からの愛情だと受け取ってしまうと、結果的に湊を受け入れてしまう俺は湊からの愛も受け入れたことになり、付き合っていない方がおかしいってことになるじゃん。
「いいっ……体勢は変えるな……このままがいい……」
 ついでに言うと、湊とのセックスの体位はバックを希望する。
 湊は俺の顔が見たいからと、顔が見える体位でシたがるけど、男に犯されている時の顔なんて見られたくない俺は、いつも顔が見えないバックでスることを望んだ。
 湊の姿が見えないことで何をされるかわからない不安はあるが、湊とセックスしている時点で恥ずかしいことをされているわけだから、余程耐えがたいことをされない限り、俺は歯を食い縛って我慢することにしている。
 まあ、全く顔を見られないわけにはいかないし、湊も隙あらば俺の顔を見ようとはしてくるけれど、男に抱かれている最中の顔を見られるなんて死ぬほど恥ずかしいから、顔を見られた瞬間、俺はいつも泣きそうな顔になっている。
 湊は「その顔がいい」とかふざけたことを言うが、男の泣き顔なんか見て何が嬉しいんだ。って話だ。
「俺は陽平の顔を見ながらシたいんだけどね。陽平のことだから、ヤってる最中の顔を俺に見られたくないんだよね。ま、陽平の綺麗な背中を見ながらスるのも悪くないし、陽平の可愛いお尻見放題なのも美味しいっちゃ美味しいけどさ」
「余計なこと……言うな……っ」
 もっとも、顔を見られないぶん余計なことを言われることも多い気もするが。
 湊を半分ほど咥え込んだまま身体が強張ってしまった俺を宥める間、無駄話をすることにしたらしい湊は、俺の身体を擽るように撫でながら背中にキスしてきたりもする。
 普段、自分でも触ることがない背中に唇が触れる感触には敏感で、湊の唇がちゅっ、と音を立てて背中に吸い付いてくると、どうしても身体がゾクゾクしてしまう。更に――。
「それにしても、元カノと会った日に俺とセックスしちゃう陽平も陽平だよね。夏凛がまだ陽平に未練があるって知ってる癖に酷い男だなぁ」
 なんて、俺を罵るようなことを言われては気持ちが焦る。
 っていうか、もともとお前は俺とヤるつもりで俺を家に連れ込んだんだろうが。夏凛と会うことになったのだって、湊が勝手に夏凛と会うことにしたからじゃねーか。それを俺が悪いみたいな言い方をされるのは理不尽だ。
 そりゃまあ、自分に未練があると言っている元カノに会って何も感じないわけじゃないし、別に恋人というわけでもない湊とその後セックスするのはどうかと思う。
 最初からその気があったわけでもないが、夏凛と会ったことにより、益々今日は湊とスる気分じゃなくなったのは事実だし。
 でもさ、それがお前に通用したか? と聞きたい。
 もとより俺とヤる気満々だった湊は、俺を家に連れ込むなり有無を言わせず俺をベッドに押し倒し、俺を組み敷いてきたじゃねーか。
 もちろん、俺も多少は抵抗らしい抵抗をしたし、「今そういう気分じゃない」とも伝えたが、湊は聞く耳を持たなかった。
 結局、俺から服を奪い取った湊からの強引な愛撫が始まってしまい、俺も諦めざるを得なくなったってわけだ。
「夏凛にはちゃんと謝ったの?」
「んっ……一応……」
「一応? 一応って何?」
「うるせ……一応は一応だっ……」
 ずっと夏凛に謝らなくちゃと思っていた俺は、今日夏凛と会って夏凛にあの日のことを謝ることはできたけど、俺が思っていたよりもあっさり謝罪が終わってしまったことは心残りでもある。
 それでも、夏凛がそれでいいと望んだのであれば、俺はそれで納得するしかなかった。謝罪をしても夏凛への罪悪感が完全に消えたわけじゃないのも、自業自得と思えば諦めもつく。
「ま、最初は気まずそうにしていた二人が、最終的には普通にお喋りできるようになってたみたいだから、仲直りは無事終了したってことなんだろうね」
 別に俺と夏凛は喧嘩をしていたわけではないから“仲直り”は適切ではない気もする。
 俺に夏凛への謝罪を求めてきたのは湊なのに、俺と夏凛の話をする湊の口調は面白くなさそうだった。
 どうせヤキモチでも焼いているつもりなんだろう。ヤキモチを焼くくらいなら俺と夏凛を会わせなきゃいいものを。
「なんか随分と熱心な顔して話してたように見えたけど、一体何を話してたの?」
「別に何も……普通に話してただけだよ……」
「普通? 普通って?」
「だから……仕事の話とか、普段何して過ごしてるとか……そういう話」
「ふーん……」
「んあぁっ!」
 まるで情事の最中だとは思えないような口調で話す湊に油断していた俺は、急に俺の腰を掴んで、途中まで挿入していた自分を一気に俺の中へとねじ込んできた湊に悲鳴を上げた。
 この野郎……無茶すんな。俺の身体が壊れたらどうしてくれるんだ。
「おまっ……急に奥まで突っ込むなっ」
「ごめんごめん。陽平と夏凛のツーショットを思い出したらつい……」
「何が“つい”だっ……。お前が俺と夏凛を会わせたんじゃねーか」
「まあそうなんだけどね。だって、俺のいないところで二人っきりで会われるより、俺が一緒にいた方が安心できると思ったから」
「いっちょ前にヤキモチなんか焼いてんじゃねーよっ……」
 強引に奥までねじ込まれた湊に身体が震える俺は、苦しそうな呼吸を繰り返し、急に襲ってきた強い刺激に必死になって耐えた。
 湊を受け入れることに痛みは感じなくなったが、それでも身体が完全に湊を受け入れられるようになったわけじゃない。隙間なく中を満たしてくる湊には苦しくなるし、俺の中に湊が馴染むまでは時間が掛かるし異物感も感じる。
 ただ、最近はその苦しさも異物感も感じる時間が短くなっているような気がして、俺は一抹の不安を覚えなくもない。
 俺の身体が湊にとって都合のいい身体にカスタマイズされている気がする。
「何言ってんの? そりゃヤキモチだって焼くでしょ。陽平が一度は彼女にした相手だよ? しかも、お互い嫌になって別れたわけじゃない相手同士だから、別れた後も好意的な感情を持ってるし。ヤキモチ焼くなって方が無理な話だよ」
「っ……そうかよっ……」
 んなこと言われても、今更どうしようもねーだろ。湊がどんなにヤキモチを焼こうが、俺と夏凛が付き合っていた過去は変わらないんだから。
 俺が夏凛と付き合っていた頃、まさか俺と湊がこんなことになるなんて思ってもみなかったし、湊だって俺を恋愛的な意味で好きになるとは思っていなかったはずだ。俺が夏凛と付き合うことになった時、湊は俺と夏凛の仲を普通に祝福してくれていたからな。
 そう思うと、全ては俺の事務所移籍話が出たことで、俺の人生が大きく変わってしまったのだと思う。
 散々悩んだ挙げ句、湊の後押しもあって事務所の移籍を決めた俺は、それまでの人間関係をリセットするわけじゃないが、これまでの人間関係に頼ってはいけないと思い、夏凛と別れたし湊とも連絡を取らなくなった。
 それぐらい、俺の中で今までお世話になった事務所を移ることは一大決心でもあったんだ。
 でも、その結果、夏凛には俺に対する未練を残させてしまったし、急に俺と連絡が取れなくなった湊は俺を想い焦がれるようになってしまった。
 夏凛に未練が残るのはわからないでもないにしろ、湊が俺を想い焦がれるようになったのは大誤算だった。急に会えなくなった俺を想って寂しがるのはわかるが、それが恋愛的な意味での好きに変わるだなんて普通は思わないじゃん。男女の間柄ならまだしも男同士で。
 それだけ湊の中の俺への想いが強かったってことなんだろうけど、久し振りに再会した親友が、会わない間に自分のことを好きになっていたという事実はあまりにも衝撃的で、湊と再会してからもうすぐ二年が過ぎようとしている今になっても、なかなか受け入れにくいものがある。
 しかも、俺と会えない間に俺への想いをこじらせてしまった湊は、俺への愛が尋常ではない。湊の俺に対する愛情表現ときたら、それはもう司と悠那に匹敵するくらいに過剰で暑苦しいもので、これまでにそこまでの愛情表現をされたことがない俺はうんざりしてしまいそうなほどだ。
 いや、実際に“してしまいそう”ではなく“してる”んだけどな。
 湊が俺のことを好きだと知った瞬間から、俺は湊からの愛情を持て余している。
「陽平が俺の……俺だけのものになってくれれば、俺も余計なヤキモチを焼かなくて済むから助かるんだけどね」
「ぁっ、ん……」
 そろそろ俺の中に自分が馴染んできたのを感じたのか、湊は俺の上に覆い被さってきながら、俺の耳元で甘く囁いた。
 身体が密着することで、湊ともっと深く繋がるような感覚に陥る俺は、これ以上湊と深い関係になることを全力で拒みたいと思う一方――。
「いい加減、俺のものになってくれない?」
 いっそのこと、一番深い場所まで堕ちてみるのもどうだろう……と思わなくもない。
 ほら、人間行き着くところまで行ったら自ずと答えが出てきそうな気がするし。
「誰がお前のものなんかになるかよっ……」
「はいはい。そうだね。今の陽平じゃそう言うに決まってるよね」
 しかし、まだ行き着くところまで堕ちきっていない俺は、俺を口説こうとする湊に対し、反発的な態度を取ることしかできなかった。
 毎度毎度こういうやり取りばかりを繰り返しているのもどうにかしたいものだ。
 湊の俺への片想いが発覚して以来、自分の湊への態度が一辺倒なことにもうんざりする俺は、俺のプライベートはうんざりだらけかよ、と悲しくなった。
「でも……」
「あ?」
「今はまだ俺のものじゃなくても、こうして二人っきりで過ごす夜は、俺のことだけ感じてて」
「ぅ、あっ……」
 雑談タイムは終わったらしい湊は、ようやく普通の呼吸を取り戻したばかりの俺の腰を掴むと、ゆっくりと腰を送り始めた。
「ぁっ、ん……んんっ……あぁっ……」
 出て行く寸前まで引かれた湊が再び奥まで突き進んできて、奥を突き上げられるたびにくぐもった声が漏れる。せっかく整ったばかりの呼吸も再び乱されてしまい、過剰に繰り返される呼吸に頭がクラクラしてしまいそうだ。
「かわい……そのまま俺だけ感じて、俺のことだけ考えててね」
 顔は見えないが興奮した声で言う湊に、俺は心の中で
(言われなくても、こんな時に他のことを考えてる余裕なんかねーよ)
 と悪態を吐いた。
 次第に動きが大きく大胆になっていく湊に身も心も揺さぶられる俺は、自分がこの快楽に溺れかけていることを感じていた。


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