僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    迷子の恋心(3)

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「お疲れ様でした~」
「お疲れ様です」
 本日をもってドラマの仕事が終わった俺は、最後のシーンを撮り終わった直後、スタッフから労いの言葉と一緒に花束を貰い、やっと肩の荷が下りたって感じだった。
 このドラマのために伸ばしていた髪も、ようやく切ることができる。実は鬱陶しくてしょうがなかったんだよな。俺は髪なんて伸ばしたことがないから、後ろ髪が首を覆っていることが気持ち悪くて気持ち悪くて……。
 ドラマの仕事が終わった後は少しだけ時間に余裕のあるスケジュールになっているから、早速髪を切りに行こうと思う。薄ピンク色の髪色も変えたいしな。
「ほんと、陽平君はどんどん演技が上手くなるねぇ。また今度一緒に仕事しよう」
「はい。喜んで」
「打ち上げは明後日の夜7時からだからね。忘れず来てよ」
「もちろんです」
「じゃあまたその時に会おうね」
「はい。お疲れ様です」
 嬉しいことにドラマの仕事がちょくちょく入る俺は、制作側の人ともだいぶ顔馴染みの人が増えてきた。一緒に共演する俳優、女優、タレントの人達とも仲良くなれて、交友関係が広がるのは楽しいわけだけど……。





「ドラマ撮影お疲れ様。でも、これで俺の毎週の楽しみがなくなっちゃうな~」
「そりゃ残念だったな。っつーか、なんでお前は俺のクランクアップの日程を知ってんだよ。知ってるうえ、見計らったように待ち伏せしてるのはどういうこと?」
 実際に遊びに行くとなるとその相手はほぼほぼ湊で、仕事で仲良くなった相手とは、仕事終わりに飯を食いに行く程度のものだけどな。
 でもま、一緒に飯を食いに行ける相手が増えるのは嬉しいし、アイドル以外の人間と話をするのは勉強にもなる。芸能人なんてみんなそれなりに忙しくしてたりするわけだから、一緒に飯を食いに行くくらいがちょうどいいのかもしれない。
「いやね、俺くらいになるとそういうのがわかっちゃうわけよ。愛の力ってやつ? 陽平の今日のスケジュールはきっとこうだ、みたいな」
「何が愛の力だ。気持ち悪いこと言うな。そんなもんで俺のスケジュールを把握されたら堪ったもんじゃねーよ。まさかとは思うけど、お前は俺に対してストーカー行為でも行ってるんじゃないだろうな」
「や……やだなぁ。ストーカーだなんて。俺が陽平に対してそんな犯罪めいたことをするわけないじゃありませんかですよ」
「はあ?」
 何故動揺する。しかも、あからさまに。そんなに動揺するってことは、心に何か疚しいものがあるって証拠だよな?
 マジか。俺は冗談のつもりで言ったのに。湊には俺に知られたくない何かがあるらしい。
「お前……俺に何か隠してない?」
「え?」
とぼけんなっ! お前は俺の情報をどこから仕入れてんだっ!」
 実は前から薄々疑問に感じてはいたことだけど、俺を待ち伏せできるってことは、湊には俺がその日、どこで何時頃まで仕事をしているかがわかってるってことなんだよな。
 俺は湊にいちいちそんな情報を与えていないから、湊は俺以外の誰かから俺の所在やら大体のスケジュールを聞き出していることになる。その情報源とはどこだ。
「えっと……マネージャーさんだったりして」
「なっ……!」
 マネージャー……だと?
「陽平がどこで何をしてるか聞いたら大体教えてくれるよ。俺って信用されてるみたい」
「……………………」
 嘘だろ。まさかのマネージャー……。なんかスゲー裏切られた気分。
 でも、マネージャーは俺と湊が今どういう状況なのかを全く知らないし、俺と湊がZeus養成所時代からの友人で、プライベートでもそれなりに仲良くしていることを知っている。
 俺と湊が定期的に会っている話は俺がマネージャーに言ったわけではなく、悠那が勝手にマネージャーに喋ってしまったわけだが、マネージャーは俺と湊を普通に仲良しだと思い込んでいるみたいだから、湊に「陽平は?」と聞かれたら普通に答えてしまうのかもしれない。
 っていうか、一体いつの間にうちのマネージャーの連絡先を……。母さんとも知らない間に連絡先を交換していた湊だから――今は父さんとも連絡先を交換しているらしい――、人と連絡先を交換するのなんて朝飯前なのかもしれない。
「今日も陽平の所在を聞いたら快く教えてくれたし、今日が陽平のクランクアップだって情報まで教えてくれたよ」
「ああ……そう……」
 それにしても、自分が担当するタレントの情報を安易に流し過ぎじゃね? 相手が俺と仲良しだと思い込んでいる湊だからと言っても、頻繁に俺のスケジュールを聞いてくる湊に少しくらい不信感を持ってもらいたい。
 そもそも、直接俺に聞いてくるわけではなく、マネージャーに俺のスケジュールを聞いている時点でおかしいと思うんだけど。
 湊のことだから
『陽平にいくら電話しても出ないんですよ。仕事中ですか? 今日、陽平と会う約束してるんですけど、どこで何時まで仕事かわかります?』
 なんて上手いことを言って、極々自然にマネージャーの口を割らせていそうな気もするな。そんな手に引っ掛かるマネージャーもマネージャーだけど。
「まさかお前がうちのマネージャーと繋がっているとは思わなかったわ。お前さ、そうやって俺の周りの人間を味方につけていくのやめてくれない?」
 俺の逃げ場がどんどんなくなっていくじゃん。今更逃げるつもりはないけれど。
「そういうつもりでもないんだけどな。でも、陽平に内緒で待ち伏せするのも癖になってきちゃってさ。俺が待ち伏せしてると陽平って絶対に“え?”って顔して狼狽えるじゃん。それが可愛くて」
「それだけのために毎回毎回俺を待ち伏せしてんのかよっ!」
「そ」
「はあ……」
 呆れた性格である。たった一瞬の俺の反応見たさに、うちのマネージャーまで巻き込む湊ってなんなんだよ。普通に待ち合わせするんじゃダメなわけ? 毎回毎回俺に内緒で待ち伏せされるより、事前に会う約束をしてくれていた方が俺も助かるんだけど。
「でもま、陽平が嫌だって言うならやめるよ。最近は俺の誘いにもちゃんと付き合ってくれるし。事前に会う約束してから迎えに行くけど」
「そうして。その方が俺も助かる」
 どっちにしても、湊が俺を迎えに来るのは変わらないのか。
 ま、自分の運転する車に俺を乗せる方が、主導権を握りやすくて楽なんだろうよ。おかげで俺の車は本来あるべき場所ではないところに一晩中停まっていることが増えた。
 そういう点においても、いきなり湊に拉致られるより、事前に会う約束をしてくれた方が助かるんだよな。その日の仕事の足を決めやすいから。
「明日の予定は?」
「あ? そこはマネージャーに聞いてないんだ」
「まあね。あんまり細かく詮索したらさすがに怪しまれるでしょ。欲しい情報はさり気なく集めなきゃ」
 さり気なく……なのかどうかはわからない。単にうちのマネージャーに湊を疑う気持ちがないだけで、普通、仲良しである俺のスケジュールを頻繁にマネージャーから聞き出そうとする湊は怪しまれると思う。
 Lightsプロモーションの社長とZeusの社長が懇意であることに加え、俺達がZeusのタレントと縁があるのが問題なのかも。
 BREAKとの一件があった時はどうなることかと思ったが、なんだかんだとそれ以降も事務所絡みで仲良くしてるって感じなんだよな。ドラマで共演して以来、悠那も樹さんとすっかり打ち解けちゃったみたいだし。
 それが悪いとは思っていないけど、ごく一部のタレント同士の間では、単純に“仲良く”という感じでもない部分があることをそれぞれの事務所は把握していないのだろうか。
 俺と湊のこともそうだけど、悠那と朔夜さんもただの仲良しではない。
 俺にしても悠那にしても自業自得ではあるけれど、もし、そのことが公にでもなってしまえば、お互いの事務所にとってとんでもないスキャンダルになりかねないというのに。
 つっても、どっちも大手事務所だからな。万が一そのことが公になりそうになっても、事前に揉み消す力くらいは持っているだろう。もちろん、世話になっている事務所の人間に、そんな手を焼かせるつもりはないけどさ。
「明日はオフだよ。それがわかってるから拉致られたんだと思ってたのに」
「今日がクランクアップだって聞いた瞬間、そうなんだろうなって期待はしたけどね」
「はあ……」
 ってことは、行き先は決まったようなものだな。俺を助手席に乗せた後の湊がどこに向かっているのか、車の窓から見える景色で予想はついていたけれど。
 それがわかっても、湊の好きにさせている俺もどうかと思う。
(俺、一体湊とどうなりたいんだろう……)
 自分のことなのに全然わからない。
 湊のことは嫌いじゃないしむしろ好きだけど、それは友達として好きなだけであって恋愛的な意味で好きって気持ちはまだない。でも、時々セックスはする。それってどう考えても普通じゃないよな。
 これが男女の間柄なら、恋愛感情抜きの身体だけの付き合いって場合もありえるだろうけど、男同士でその関係は成立するんだろうか。
 俺は今まで女相手でも身体だけの付き合いをしたことがないからわからない。そもそも、身体だけの付き合いをしたいと思ったこともないはずなのに。
 湊があまりにもしつこいから諦めているのか。それとも、自覚がないだけで俺は湊のことが好きなのか……。
 どちらにせよ、そろそろこういう曖昧な関係もやめるべきではあるんだよな。
「そうそう。一昨日夏凛に会ったよ」
「え……」
 はっきりしない湊との関係に憂鬱になっていると、そんな俺には全く気付いていない様子の湊に明るい声で言われた。
 なんで今夏凛の話題なんだ。
「俺、PiXYがやってる番組と同じテレビ局で収録曜日も一緒の番組に出てるから、夏凛ともよく顔を合わせるんだけどさ。今年に入ってから夏凛の俺を見る目が引いてるんだよね」
「そりゃそうだろ」
 自分の元カレが同じ男から恋愛的な意味で好かれているとは思いたくないだろうし、俺を好きだと言っている男もそう簡単には受け入れられないと思う。
 しかも、その相手が自分も知っている湊で、俺と湊がZeus養成所時代には親友関係だったことを知っている夏凛からすればドン引きするしかない展開だ。
 もしかしたら、俺と湊の仲が疑われているのかもしれない。
 俺と司、湊と夏凛とありすに加え、ロケ終了後に乱入してきた悠那を含めた六人での飲み会の席で、司との関係を暴露した悠那に触発された湊が俺を好きだと公表してしまったことで、夏凛は俺と湊がただの仲良しではないことを知ってしまった。
 それに加え、その飲み会以来湊に脅迫され始めた俺が、湊から逃れるために夏凛の家を訪れた際、俺が何もしてこなかったことを怪しまれてしまい、俺と湊とのただならぬ関係に勘づかれてしまったのでは……。
 自分から夏凛の家を訪れた癖に、夏凛に手を出すつもりもなければ、夏凛からのキスを拒んでしまった俺を見て、俺が以前の俺とは何かが変わってしまったことに夏凛も気付いただろう。その原因を夏凛なりに考えた結果、俺を好きだと言う湊と俺の間に何かがあった……という結論に至ったのでは?
 夏凛に悪いことをしたと思っている俺は、あの時のことを改めて夏凛に謝ろうと思っているのだが、あいにく俺と夏凛が顔を合わせる機会はなかなか訪れず、俺はまだ夏凛にちゃんと謝れていない状態だった。
 そのことがずっと気掛かりではあったから、せっかく時間に余裕ができたことだし、一度夏凛に連絡を取ろうと思っていた矢先なんだけど……。
 湊が夏凛から引かれてるって聞いたら、俺も同じく夏凛に引かれてるんじゃないかと思って連絡が取りづらいじゃねーか。
 湊はあの後も夏凛と顔を合わせる機会が何度もあったみたいだから、夏凛とは二言三言会話を交わすこともあっただろう。まさか、その時余計な発言をしたわけじゃないだろうな。夏凛に俺と湊の仲を疑われるような何かを。それで、今年に入ってから夏凛の湊を見る目が変わったんじゃねーの?
 だとしたら、湊が夏凛に何を言ったのかが気になるし、そこは教えて貰わないと困る。夏凛が俺と湊のことをどこまで知っているかにより、今後の対応の仕方が変わってくるじゃん。
 まあ、俺が夏凛とよりを戻すことはもうないだろうし、こっちから連絡でも取らない限り夏凛と会うこともなさそうだけど。
 でも、俺の身勝手な行動で夏凛を傷つけたことだけは謝っておきたいんだよな。
「やっぱアレが不味かったのかなぁ? 夏凛に陽平とはどうなってるのか聞かれた時、キスしたことはあるって答えちゃったから」
「おいーっ!」
 馬鹿野郎が余計なことを。なんで言うんだ、そんなこと。そんなの引かれるに決まってるじゃん。どういうつもりで言ったのか説明しろ。
「馬鹿なの? なんで言うんだよっ!」
「え? だって、夏凛は陽平の元カノだから」
「理由になってねーだろっ!」
 夏凛が俺の元カノだからなんなんだ。俺の元カノ相手に宣戦布告のつもりか? ほんと余計なことすんな。
「立派な理由になるでしょ。やっぱ元カノって気になるし、警戒すべき対象だもん」
「俺は今更夏凛とよりを戻す気なんかねーよっ! 勝手に警戒すんなっ!」
「でもほら。前に陽平は夏凛に逃げようとしたし、今後も何かあったら夏凛を頼りそうな気配がするじゃん。俺としては早めに手を打っておこうかと」
「だからって、俺とキスした話をする必要はないよな?」
「でも、もう言っちゃったもん」
「~……」
 どうすんだよ、もう。俺、今後どんな顔して夏凛に会えばいいんだよ。
「ま、いいじゃん。セックスした仲とまでは言ってないし。陽平に夏凛とよりを戻す気がないなら、俺とキスしたのがバレたくらいで問題ないでしょ?」
「問題あるだろ。現にお前、夏凛に引かれてるじゃん。俺、まだ夏凛にあの時のこと謝ってねーのに」
「え? まだ謝ってないの? ダメじゃん」
「夏凛に会う機会がなかったんだよっ! お前のせいで夏凛に会いづらくなっただろーがっ!」
「いやいや。あれから夏凛に会っていなければ、連絡も取ってない時点で充分会いづらくない?」
「そこは否定しないけどっ!」
 俺が夏凛にしたことは湊にも責められることになり、夏凛に謝れと言ってきたのも湊の方だった。俺は素直にその通りだと反省したし、どうやって夏凛に謝るべきかとずっと考えてもいた。
 が、湊から逃げたいがために夏凛を頼り、その癖、夏凛の気持ちに応えなかった自分を思うと謝る方が逆に夏凛を傷つけそうな気もしたから、手にしたスマホを何度も放り出してしまっていた。
 その時点で既に夏凛に会いづらいと思っている自分がいたのは事実だから、湊の余計な発言だけが夏凛に会いづらい理由じゃないことは間違っていない。
 ただ、湊のせいで余計夏凛に会いづらくなったのも事実だ。せっかくスケジュールに余裕ができたから、夏凛に連絡してみようと思ってたのに。
「そっか。まだ謝ってないのか」
「うん」
「それは良くないね」
「まあ……」
 湊のこともどうにかしなくちゃだけど、夏凛のこともどうにかしたい。俺の私生活はどうにかしなくちゃいけないことだらけだ。
 普段メンバーの前では偉そうにしている俺が、自分のことになるとポンコツ過ぎるあたりが情けない。特に、色恋沙汰になると余計なことばっかり考えたり、すぐ投げやりになってしまうのが良くないと思う。
 その点では、自分の気持ちに素直過ぎる司や悠那が羨ましいと思うし、あそこまで素直にならなくても、自分が何を望んでいるのかぐらいはわかるようになりたいと思う。
「じゃあ、今から夏凛に会う?」
「え?」
 窓の外は湊の住むマンションの近くを走っていたが、俺を家に連れ込む気満々だった湊は、急遽予定を変更しようとしてきた。
「今からって……」
 急に言われても……だ。
「どうせ陽平一人じゃあれこれ考えて連絡も取れないんでしょ? 俺が一緒にいた方が会いやすいんじゃない?」
「……………………」
 会いやすい……のか? 確かに、俺が夏凛と付き合っていた頃、湊も誘って三人で遊んだり、飯を食いに行ったことはある。気まずい別れ方をしたままの俺と夏凛にとって、二人で会うより湊がいた方が助かるのかもしれないけど……。
 俺と湊が並んでいる姿を見て、夏凛がどう思うかが不安だ。昔は湊を俺の友達としか見ていなかった夏凛も、湊の気持ちを知り、俺にキスまでした湊を知った後では、俺と湊の組み合わせ自体に嫌悪感を抱くかもしれない。
「とりあえず、夏凛に電話してみるね」
「は⁈」
 お前がするのかよっ! って話である。
 俺が夏凛に謝りたくて会おうっていうのに、湊が夏凛に電話をしたらおかしなことにならない? なんでそこに湊が絡むの? ってなるじゃん。
「ちょっ……電話なら俺が……」
 車を停め、おもむろにスマホを取り出す湊を慌てて止めようとしたが
「あ、もしもし? 夏凛? 何してたの? 今暇?」
 それより先に湊の電話が夏凛に繋がってしまった。
「~……」
 野郎……無駄に行動が早いんだよ。ちょっとは待つってことをして欲しい。
 電話が繋がってしまった以上、俺が今、湊と一緒にいることは夏凛に気付かれない方がいいんだろうか。
 夏凛に後ろめたい気持ちがある俺はそんなことを思いながら、助手席で息を潜めて二人の会話に耳をそばだてた。
 湊の奴……少しでも変なこと言ったらぶっ飛ばしてやる。
「そうなんだ。じゃあ……え? いいの? もちろん。どこ? うん。知ってるよ。わかった。今から行くね」
 どうやら余計なことは言っていないようだが、湊の声しか聞こえないから二人がどういう話をしているのかがさっぱりわからない。
「じゃあ後で~」
 一つだけわかったことは、俺達は今から夏凛に会うことになったくらいだ。
「ってことだから、部屋でイチャイチャするのはもうちょっと待ってね」
「誰も待ってねーしっ! っつーか、俺には何がどうなったのかさっぱりなんだけど?」
 通話を終えた湊はスマホをポケットにしまい、サイドブレーキを下ろした。
 夏凛と会う約束を取り付けたのはわかったけれど、今からどこに向かうつもりだよ。
 いくら知った仲だからと言って、夏凛が自分の部屋に男二人を上げるような無防備なことはしないだろうから、どこか別の場所で俺達と会うことにしたのは湊の言葉から察しはつくが……。
 ついでに言わせて貰えば、俺は湊とイチャイチャするつもりで湊の家に向かっていたわけではない。どうせロクに掃除していない湊の部屋はまた散らかっているだろうから、ちょっと片付けてやろうと思っただけだ。
「まあまあ。夏凛に顔を合わせづらいのはわかるけど、そんなに怒らないでよ」
「別に俺は怒ってるわけじゃねーよ」
「そう? なら良かった」
 俺の意見も聞かず、勝手に夏凛と会うことにした湊は面白くないけど。
 でも、いつまでも夏凛と気まずいままなのも嫌だから、こうして無理矢理にでも夏凛と会うことになったのは良かったのかもしれない。
「そろそろ陽平も過去のあれこれと決別して、これからの人生を楽しまなくちゃ」
 再び車を走らせ始めた湊は、ムスッとしている俺に向かって能天気な声でそう言った。
 湊の言う“過去のあれこれ”とは別れた夏凛のことはもちろんだけど、未だに俺が気にしている事務所移籍のことだったり、それによって感じる湊への罪悪感だったり、親友としての湊を失いたくないというかたくなな気持ちも含まれているんだろうな。
「うるせーよ……」
 今更変えることができない過去に囚われていても仕方がないのはわかっている。湊と再会し、こうして昔みたいに湊と過ごす時間が増えたことで、多少は前向きな気持ちにもなれた。湊に言われなくても、俺はこれからのことだってちゃんと考えているつもりだ。
 ただ、湊と特別な関係になることが俺の人生をより良いものにさせる確信なんてないから、夏凛との過去をきちんと清算したところで、俺の気持ちが一気に湊に向かうってことにはならないと思う。
「さっさと夏凛に謝って、俺と思う存分イチャイチャしようね」
 もっとも、湊の方は俺が夏凛との関係にケリをつけたら自分と上手く行くと思っているようだけど――。
「イチャイチャはしない。イチャイチャって言うな」
「えー?」
 頗るポジティブな湊には
『そう簡単に物事が進むなら、誰も人生に迷わねーよ』
 って言いたい。


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