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Final Season
第3話 迷子の恋心(1)
しおりを挟む「っ……くしゅんっ!」
「可愛いくしゃみだな。何? 風邪?」
「いや。最近家で片付けばっかしてるから。ちょっとした埃にも敏感になってんのかも」
「俺の車って埃っぽい? この前洗車したばっかりだし、車内清掃もしたばっかりなんだけどなぁ。そう言えば、引っ越しするんだったっけ? いつ?」
「3月26日だったかな? まだ先なんだけど、なんだかんだと荷物が多いし、律以外のメンバーが呑気だからな。ちょっとずつでも荷物を纏めていかないと、いざ引っ越しってなった時にバタバタしちゃうから」
「大変だねぇ。お母さんは」
「誰がお母さんだっ!」
3月に入った。俺が今出演中のドラマの撮影ももうすぐクランクアップを迎え、俺のドラマの仕事が終わったら新しい新居への引っ越しが決まっている。
先日、無事に高校を卒業した律と海が、ドラマ撮影中の俺や映画撮影中の司と悠那に代わって引っ越しの準備を進めてくれているのだが、実質役に立っているのは律だけのようで、進捗具合はあまり芳しくない。
俺も仕事の合間を縫って引っ越し準備を進めているわけだけど、司と悠那はほぼ人任せ状態で、自分達の荷物にさえ手をつけていない状態だったりする。
(まさかあいつら、全部俺達にやらせるつもりじゃないだろうな……)
ほぼ毎日のように撮影に出掛けているから疲れているのはわかる。でも、家の中でイチャイチャしている暇があるなら、荷物の一つや二つは纏めとけ、と言いたい。俺だって暇してるわけじゃないんだから。
「新居には是非招待してよ」
「は? なんで?」
「いいじゃん。今住んでるところより広いんでしょ? どんなところか見てみたい」
そりゃまあ……家だからな。一軒家だからな。マンションとかじゃなくて。今住んでいるところより広いのは当たり前だ。
「……考えとく」
日が変わってから撮影を終えた俺は、定期的に俺を待ち伏せしてくる湊の車に押し込められ、真夜中のドライブに連れ出されていた。
なんかこいつ、当たり前みたいな顔をして俺を拉致してくれるけど、なんだかんだと付き合ってしまう俺も俺だよな。
でも、「もう変に避けたりとかはしない」って言った手前、「ドライブに行こう」と誘ってくる湊を断る理由も思い付かないしな。
湊も俺の言いつけを守り、俺が嫌がっているのに無理矢理俺をどうこうしようとはしなくなった。
無理矢理どうこうはしなくなったけど……。
「そうそう。俺の家、ベッド買い替えたんだよ。今までのベッドより大きくなったからまた泊まりに来てね」
「~……」
だからって何もされていないわけでもなかった。俺は湊に上手いこと言い包められ、最低でも月に一、二回は湊と関係を持つようになっていた。
一体何がいけなかったんだ? 俺の予定ではもっと健全なお付き合いを重ねながら、湊と付き合えるかどうかを慎重に吟味するつもりだったのに。
健全なお付き合いどころか、付き合ってもいないのに定期的にセックスをする間柄になっている。俺は何を間違えたんだろう。こんなんじゃ、付き合っていない方がおかしいってものだ。
っていうか、俺も俺で簡単に言い包められてんじゃねーよって感じだよな。相手が女ならまだしも、なんで男の湊相手に身体の付き合いとか重ねてるわけ?
夏凛と別れて以来、恋人がいなかったのが不味かったんだろうか。これでも一応年頃だし、セックスしたい願望がないわけでもない。一度ならず二度も関係を持った湊相手なら、セックスするのも構わないと思ってしまったんだろうか。
だとしたら、必死に拒んでいた俺はなんだったんだ、と言いたい。
「なんなら今から来てもいいけど。今日は俺、陽平とイチャイチャしたい気分だし」
「お前はいつもそういう気分だろが」
司と悠那じゃあるまいし。何が“イチャイチャ”だよ。俺は別に湊とイチャイチャしたいなんて思ったことはないんだけど。
大体、どうして俺を見て“イチャイチャしたい”って気分になんの? 俺、どっからどう見ても男だし、男の性欲を掻き立てる要素なんてないと思うのに。
湊の趣味が変わっていると言ってしまえばそれまでなんだろうが、自分が同性からそういう対象として見られる人間じゃないと思っている俺にとって、湊の気持ちは一向に理解できないものがある。
俺が悠那や律みたいな可愛らしい容姿をしているのであれば、湊の言う“イチャイチャしたい”って気持ちも理解できなくはないんだけどな。
どちらかと言えば、俺は“イチャイチャしたい”と思われるより“イチャイチャしたい”と思う側の人間で、湊に“イチャイチャしたい”と思われるたびに引いてしまいさえするんだよな。
「ドラマの撮影が終わったら引っ越しがあって、その後はアルバムのレコーディングも始まるんだっけ? 相変わらず忙しそうだね、陽平は」
「そういうお前だって忙しいんだろ?」
「まあね。でも、どんなに忙しくても、陽平と会う時間はちゃんと確保するから」
「へいへい」
湊の場合、無理にでも俺と会う時間を作っているような気もするが。
デビューして三年が経った俺達Five Sと、デビューから二年半が経ったCROWNはもう新人と言われる立場でもなくなり、それなりに多忙な日々を送っていた。知名度もどんどん上がっていき、昔みたいに気軽に外で湊と会うことも難しくなっているが、こうして車を使ったデートなら気軽にできる。
そのために買った車でもないだろうし、男二人のドライブの何が楽しいのかとも思うけど、俺と一緒にいる時の湊はいつも楽しそうだった。
(そんなに俺と一緒がいいかねぇ……)
答えは聞かなくてもわかりそうなものだけど、未だに湊に対して特別な感情を感じていない俺からしてみれば、俺のことが好きで仕方ない様子の湊のことは理解し難く、扱い難い存在だった。
さり気なく俺と離れたくないアピールをする湊に
『明日早いから今日はほんと無理。今度仕事が昼からの時は付き合うから』
と言って別れた俺が帰宅したのは、時計の針が午前3時を回ったところだった。
湊からの好き好き攻撃から逃げ回っていた頃に比べたら、俺も随分と丸くなったものだ。
この時間ならみんなもう寝ているだろうと思いきや――。
「おかえり、陽平」
「おかえり~」
家の中の電気は煌々と点り、司と悠那の二人が仲良くラーメンを啜っていた。
こんな時間に何ラーメンとか食ってんの?
「遅かったね。撮影が長引いちゃったの?」
夜中の3時だというのに元気な悠那は、ちゅるん、とラーメンを啜り上げながら聞いてきた。
「んん……まあ……」
面倒臭いからそういうことにしておこう。幸い、今日は車で出勤していないから、俺の車が駐車場にあるからといって、湊とデートしていたとは思われないはずだ。
今日は早朝にFive Sの仕事があったから、朝はメンバーと一緒にマネージャーの運転する車で家を出た。その後、俺はそのまま次の仕事に向かったから、俺の車が一日中駐車場にあることは司も知っている。それなのに――。
「反応にちょっとした動揺と遅れがあったね。ってことは、湊さんとデートでもしてたのかな?」
速攻司にバレてしまった。
相変わらず変なところで勘が鋭いし、余計なことに気がつく奴だ。そもそも、そういうことは気付いても普通はそっとしておくものじゃないのかよ。
「なんだ。結構上手くいってるんじゃん。そろそろ付き合ってあげる気になった?」
「うるせーな。余計なお世話だ」
「また……陽平はすぐそういう言い方をする」
俺が湊とのことをあまり話したがらないのを知っている癖に。司にしても悠那にしても、俺が不満そうな態度を取るとすぐに非難めいたことを言う。
そういう言い方をされたくないのであれば聞いてくれるな。特に話すことなんてないし、話したくもないんだから。
「んなことより、お前らはなんでこんな時間にラーメンなんか食ってんの? 太るぞ?」
ほぼほぼ器の中が空になっている司と、まだ半分くらいしか食べ終わっていない悠那を見比べながら尋ねると
「だって、お腹空いてたんだもん」
「俺達もさっき帰って来たところなんだよね」
という返事。
なるほど。そういうことなら仕方がないな。それにしても、こんな時間にラーメンなんか食って大丈夫かよ。もうちょっと塩分控えめなものにすれば良さそうなものを。明日の朝、顔がぱんぱんに浮腫んでも知らないぞ。
「司が作ってくれるラーメンってにんにくが効いてて美味しいんだよね~」
しかも、にんにくまで……。やりたい放題かよ。
ま、映画の撮影も今は司と悠那のシーンがメインだって聞いたから、多少相手がにんにく臭かろうが気にならないんだろう。顔が浮腫んでいるのは絵的にNGだろうが、司も悠那も寝起きに顔がどんなに浮腫んでいようが、数時間後には元に戻るようだから、夜中のラーメンなんて気にする対象ではないとみた。
「お前らさぁ、ラーメンもいいけど引っ越しの準備は進んでんの?」
「ううん」
で、ラーメン作って食う元気はあるけど、引っ越しの準備をする元気はないらしい。
いくら3月に入ったばっかりとはいえ、引っ越しは今月だぞ。今は仕事で忙しいからこそ、毎日少しずつでも荷造りをしておくべきじゃないのか。
「だって、引っ越しって26日でしょ? まだまだ先じゃん。俺、あんまり早くから取り掛かると飽きちゃうし疲れちゃうんだよね。追い詰められてこそ頑張れるタイプ」
「ああそうかよ」
ただの言い訳でしかないことを言う悠那に呆れてしまいそうになる。
確かに、直前にならないとやる気が出ない人間というのはいる。が、悠那の場合、面倒事はできる限り人にやってもらおうと思っている気がしなくもない。
もともと家族から溺愛され、散々甘やかされて育ってきた悠那は、ちょっと困った顔をすればすぐに誰かが助けてくれると思っているに違いない。
実際、俺もなんだかんだと困った顔の悠那を助けてやったことは多いし――勝手で我儘な悠那を叱ることも多かったが――、世の中には得をする人間と損をする人間というのが必ずいるものだ。
「陽平は進んでるの? 引っ越し準備」
「自分の荷物はほぼほぼ纏めてるよ。あとは服を詰めるくらいかな」
「そうなんだ。なら、いざとなったら陽平に手伝ってもらお」
「おい」
始めから手伝ってもらう気満々じゃねーか。いい性格してやがる。
でもま、こうして元気そうにはしているが、毎日長時間の撮影で引っ越し準備どころじゃないのは事実だろうから、手伝って欲しいと言われれば手伝ってやらないわけでもない。
どうせ司も直前になってバタバタするんだろうから、この二人の荷造りは俺と律でやった方が早いかもしれないもんな。
「そうそう。新居には湊さんを連れて来ていいからね」
「はあ?」
って、人がせっかく思い遣りある優しい心を見せてやっているというのに、悠那は俺がイラッとするようなことを言ってきた。
なんで湊を家に連れて来なきゃいけないんだよ。湊にも新しい家には招待して欲しいとお願いされたばかりだが、ぶっちゃけ湊を俺達の家に招く必要ってなくね?
「だって陽平、いつも湊さんのところにお邪魔してるみたいだから。たまには陽平が湊さんを家に連れて来てもいいのにって思ってるんだよね。湊さんってみんなでわいわいするの好きそうだし。湊さんが遊びに来たら、俺も二人がどんな感じになってるか確認できるもん」
「ぜってー連れて来ねー。少なくとも、お前がいる時は絶対に湊を家に上げない」
「えー。どうしてぇ?」
「どうしてもだっ!」
最初は悠那の言うことも一理あると思ったが、最後の一文ですっかり考えが変わった。
こいつ、俺が湊の話をしたがらないものだから、直接湊からあれこれ聞こうと思っているな。そうはさせるか。
同じアイドルでも仕事で一緒になることはなかなかないから、悠那と湊が顔を合わせる機会はほとんどない。大きな歌番組に出演する時くらいしか、悠那はCROWNのメンバーに会う機会がないのだ。
どうも自分以外のメンバーの恋路が気になるらしい悠那は、俺と湊の進展具合だけじゃなく、既に恋人同士である律や海の進展具合にも興味津々らしく、先日も余計なことをして律を酷く怒らせてしまったみたいだ。二日間ほど、律が俺以外のメンバーとロクに口を利かなかったから、相当な何かをしたのだとみた。
そんな律を見たら、悠那だけには絶対にあれこれ詮索されてはいけないって思うだろ。何をされるかわかったものじゃない。
律が海とのことで悠那に余計なお節介を焼かれたのはそれが初めてでもなかったが、俺はいつもその場にいないから、悠那がどういうお節介を焼いてくるのかがわからない。しかし、律の立腹具合を見れば、悠那にお節介は焼かれないに越したことがない、ということだけはわかる。
「だったら前みたいに司が連れて来てよ。俺より司の方が湊さんとの遭遇率高そうだし。陽平がいない方が心置きなくいろんな話聞けるし」
「そう言われてもねぇ……。俺もそんなにしょっちゅう湊さんと遭遇するわけじゃないから、簡単には湊さんを家に連れて来られないと思うよ?」
俺が湊を家に招く気がないと知った悠那は、恋人である司を頼り始めた。
確かに、悠那より司の方が湊との遭遇率は高い。司は前に俺と湊が頗る険悪になった時、たまたま遭遇した湊に泣きつかれ、俺の許可なく湊を家に連れて来たことがあるし、ロケ帰りのテレビ局で湊に遭遇し、強引に飯に連れて行かれたこともある。
同じ“グループリーダー”という立場が、二人に何かしらの縁を結ばせているのだろうか。俺的にそこの縁は求めていない。うちの最年少組とCROWNの最年少組が仲良くしているのは一向に構わないけど。
「でもぉ~、陽平と湊さんがどうなってるか気になるぅ~」
「気にしてどうするの?」
「どうするってこともないけどぉ……。でも、一緒に住んでるメンバーの恋愛事情ってやっぱり気になるじゃん。上手くいくお手伝いができるならしてあげたいかなって」
「うーん……悠那は何もしない方がいいかも」
どうやら司も悠那のお節介にはあまり賛成ではないらしい。
悠那がお節介を焼くことにより、司にどんなデメリットが生じるのかは謎だけど、基本的に悠那のやることは全面的に賛成する司が、悠那にして欲しくないと思っていることがある事実には少しだけホッとする。
司の場合、デメリットと同時にメリットもありそうではあるし、結局は悠那に乗っかってしまいそうではあるけれど。
「っつーか、まだ風呂入らないんなら先入っていい? 明日早いんだ」
「いいよ。俺達はもうちょっとここでのんびりしてるから」
クランクアップまでの撮影スケジュールは結構ハードだった。加えてそれ以外の仕事も詰まっている俺は、家には寝に帰っているだけって感じである。
このまま二人に付き合っていると余計なことばかり聞かれそうだし、朝から晩まで動かしっぱなしだった身体は疲れてもいる。
明日の撮影は朝の8時集合だから、今から風呂に入ってすぐに寝ても、睡眠時間は3、4時間ってところだ。
(こんなことなら、今日は湊に付き合わなきゃ良かった……)
と、今更ながらに後悔する気持ちもあるが、過ぎた時間は戻せない。
俺の湊に対する曖昧で軽率な態度も色々と考えなくちゃいけないところではあるが、今はそんなことをじっくり考えるほどの時間の余裕も心の余裕もない。
アイドルとして忙しい日々を送れることは嬉しいけれど、私生活はいまいち充実させることができない俺だった。
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