僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Final Season

    挑戦には苦悩と邪魔がいっぱい?(3)

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「な……何を馬鹿なことを……」
 少し困ったような顔で笑う海に後退りする僕は、逃げ道でもあるドアからどんどん遠ざかってしまう。
 どうしてそうなる。どうして海は急に性欲を暴走させてしまったんだ。僕達の学校生活は常にお互いが傍にいる環境にあり、それがもう当たり前になっているはずじゃなかったのか?
 これまで海は学校内で一度も僕に欲情したことなんてなかったはずなのに、どうしてここへ来ていきなりそんなことに?
 僕が一人で音楽室に籠っている姿のどこに海が興奮する要素があったというんだ。
「しかも、今は律と二人っきりだから、気持ちがどんどん昂っちゃうよね」
「いやいや……ちょっと待とうよ。勝手に昂られても困るよ。二人っきりだからなんだって言うの?」
 まさかとは思うけど、ここで「シよう」とか言い出さないよね?そんなの僕が承諾するはずがないじゃないか。ここをどこだと思ってるんだ。
 僕達の関係を知っているメンバーの目ですら気にする僕が、いつ誰が入って来るかもわからない学校の音楽室でそんな行為に及ぶとでも思ってるの?
「えー? 言わなきゃわからない? 律だって言わなくてもわかってるでしょ?」
「わかってたとしても認めるわけにはいかないよっ!」
 じりじりと……海が僕に詰め寄ってくる。このままでは不味い。どうにかしてこの場を切り抜けなければ……。
「ねえ、律」
「な……何?」
「僕達ってもうすぐ卒業だよね?」
「だ……だから?」
 だからなんだ。僕達の卒業に性的なものなんて一切関係ないだろ。「卒業前の思い出に……」なんて言うのであれば、一発殴ってもいいかな。
「いやほら。僕も悠那君みたいに心残りのない高校生活をと思って」
「悠那さんみたいに?」
 なんで悠那さんの名前が出てくるんだ。去年この学校を卒業した悠那さんに何か吹き込まれでもしたのか?
(っていうか、あの人は一体学校で何をした?)
 去年の卒業式。僕達在校生が卒業式の後片付けをしている間に司さんと一緒にいなくなっていた悠那さんは、僕達が帰り支度を終えて学校から出てきてもなかなか姿を現さなかった。
 司さんと一緒に戻って来たところを見ると、二人がどこかで何かをしていたのはわかるけど……。
(まさか学校で?)
 いやいや。いくらあの二人が破廉恥の塊だからって、学校の中でまでそんなことをするはずがない。もし見つかったらとんでもないスキャンダルになるし。
 それに、悠那さん本人も「そこまではしてない」って言っていたじゃないか。
 じゃあ何をしてたんだ? って話ではあるし
(僕達の前だから誤魔化しただけで、あの二人ならやりかねない……)
 という不安も無きにしも非ず。そして、その時の話を悠那さんあたりから聞いた海が、羨ましがって真似しようとしているのかも。
「あの二人、まさか学校で……」
「ううん。さすがにそこまではしなかったみたいだよ。危うい感じにはなったみたいだけど」
「ああ、そう……」
 なんだ。そこまではしていないのか。ってことは、あの二人にも一応節度があるというか、我慢することもできるわけだ。
 だったら、普段からもう少し我慢して欲しいところではある。
 僕には悠那さんの“心残り”とやらがなんだったのかがわからないけれど、本人も海も「シていない」と言うのであれば、学校でエッチなことをするのが心残りではなかったのだろう。
 もし、それが悠那さんの心残りだったのであれば、そこで我慢するような人ではないことを僕は知っている。
「悠那さんの心残りがなんだったのかは知らないけど、海の心残りってなんなの?」
 あの破廉恥二人組でさえ思い止まった学校でのふしだらな行為。それを、まさか海が望んでいるとは思えない。でもこの場合、海が望んでいることは一つしかないような気もするから、僕は不安で胸がいっぱいになる。
 海は僕と違って司さんや悠那さんからいろんな話を聞き出しているし、恋愛相談的なものもしたりされたり。あまり二人から話を聞こうとしないうえ、相談もしないようにと心掛けている僕に比べて、二人の影響を受けやすい状態にある。
 特に、性格的にも考え方にも共通点が多い悠那さんの影響は受けやすい傾向にあり、僕はそれがとても心配なのである。
 悠那さんのことは好きだけど、あの人の影響だけは受けないで欲しいのに。
「僕の心残りは言ってしまえば悠那君と一緒で、ついさっき果たされたことになるんだけど」
「果たされたんだ。じゃあもう心残りはないってことだよね?」
 一体どんな返事が返ってくるのかと身構えた僕は、海の心残りとやらは既に果たされているらしいから拍子抜けしてしまった。
 果たされているなら思わせぶりなことを言わないで欲しい。こっちは何を要求されるんだろうとビクビクしてしまったじゃないか。
 とは言え、海の状態が状態なだけに、あまり楽観的な考え方はできないし、油断も禁物って感じだけど。
「そうとも言えるんだけど。ただね……」
 ほらきた。僕を音楽室から出してくれないあたり、何か良くないことを考えているのは見え見えなんだからな。
「人って一つ願いが叶うとすぐ次が出てくるものじゃん」
「うん。だから?」
「ずっと律と同じ学校で過ごしてきた僕は、一度は律と学校でキスしてみたいなって願望があったわけだけど、その願望が叶ったうえ、こうなっちゃったらさ……」
「?」
 随分と遠回しな言い方をしてくる海だけど、要するに――。
「もう一段階上の願望も湧いてくるってものだよね」
「~……」
 結局はそういうことだった。言葉は濁しているけれど、つまりは「学校でシたい」ってことらしい。
 昔から“恋愛音痴”だと馬鹿にされ、僕自身もそういう意図や空気を全く読めない残念な奴だったけど、海と付き合い始めて二年半も経てば、さすがに相手の隠された感情や流れる空気も読めてくる。
 もっとも、僕の場合は海以外の人間に対してはそのスキルも発動してくれないのだけれど。
「あのね、海。言いたいことはわかったけど、僕が“いいよ”って言うとでも思ってるの?」
「ううん。思ってない」
「だよね」
 感情の昂ぶりと理性の崩壊が同時に起こらない海は、言っていることは非常識極まりないけど、僕への対応は理性的で紳士的だった。
 これまで散々我慢に我慢を重ねてきた海だから、“耐える”という行為には慣れているのだろう。
「だったらソレ、トイレでどうにかしてきなよ。僕は先に教室に戻ってるから」
「つれないっ!」
「しょうがないでしょ? 僕にはどうすることもできないんだから。言っとくけど、学校でなんて絶対シないからね」
 正直、可哀想だって気持ちが全くないわけでもないんだけれど、だからって海の要求を飲んであげる気にはなれない。
 これがメンバーが留守中の家とかだったら、海の要望に応えてあげてもいいとは思うけど、学校は……さすがに無理すぎる。
「シようとまでは言わないからさ。せめて……」
「?」
 しかし、海は諦めなかった。諦めないどころか、不審げに海を見上げる僕にとんでもない提案をしてきたのであった。





「もー。何してたの? 遅いよ。あんまりにも遅いから昼飯食っちゃったじゃん」
「ごめん……」
 予鈴が鳴ってから教室に戻って来た僕達は、とっくにお昼を食べ終わってしまった陸と京介に開口一番に愚痴られた。
 僕だって早く教室に戻って来たかったよ。本当なら四人で一緒にお昼を食べて、今頃はのんびり食後の歓談をしていたかったよ。
「っていうか、もう昼休み終わりだよ? 次も自習だからお昼食べててもいいっちゃいいだろうけど、さすがに先生には怒られるんじゃね?」
「怒られちゃうかなぁ? 僕、お腹ぺこぺこなんだけど」
 ぐったり……というか、げっそりとしている僕の隣りで海は元気だった。
 そりゃ海は元気にもなるよね。なんたって自分の願望を叶えてしまい、心置きなく卒業していける身になったんだから。
 対する僕は、僕の人生における黒歴史を一つ生成してしまったわけだ。この僕が学校であんな……あんな破廉恥な行為をしてしまうだなんて……。これじゃ司さんや悠那さんと大差ないじゃないか。
 いや。むしろ、学校ではキスまでで思い止まった二人より、その少し先に進んでしまった僕達の方が見境ない感じがする。僕と海があの二人よりも非常識さで勝る日が来てしまうなんて思いもしなかったよ。
「うわっ……あと3分しかない。3分でお昼なんて食べられないよ。どうする? 律」
「僕はいいかな……お腹空いてないし……」
「ダメだよ。ちゃんとお昼食べないと。せっかく律が作ったお弁当でしょ?」
「~……」
 だ・か・ら、誰のせいで僕がこうなっていると思ってるんだ。僕の食欲がないのは海のせいだろ。僕だって昼休みになった直後はそれなりにお腹も空いてたよ。それなのに……。
「どうしたの? 律。なんかスゲー疲れてるじゃん。曲作りが上手くいってないの?」
「まあ……そんなところかな……」
 元気な海とは対照的に疲れ果てている様子の僕を心配してくれる陸の声に、僕はとっさに嘘をついた。
 一時間目以降、教室を抜け出した僕がどこで何をしていたのかは陸や京介も知っている。この二日間、僕が曲作りに苦戦をしているのも知っているから、二人は僕の疲労はそのせいだと思っているようだ。
 確かに、曲作りはプレッシャーもあって疲れるけど、今日僕が疲れているのは曲作りのせいではない。むしろ、曲作りの方は希望が見えてきて、波に乗りかけていたほどだ。
「あんま根詰めないほうがいいよ。食欲なくなるまで頑張るなって」
「うん。そうだね。そうする……」
 僕の食欲がないのは十中八九海のせいなのだが、それを二人に言えるはずもない。
 食欲がないどころか、金輪際音楽室には近寄りたくもない、とも思ってしまう僕は、午後からの予定が海の手によって崩されてしまったことを腹立たしく思ってしまう。
「そうだ。屋上行って食べようよ。そしたら先生に怒られることもないし。まだちょっと寒いかもしれないけど、天気がいいから気持ちいいよ」
「海……」
 反省もしていなければ、堂々と授業をサボるつもりでいる海に脱帽する。
 こういうちょっと能天気なところが悠那さんと似てるんだよね。
「何々? サボり? サボるの? だったら俺達も付き合う」
「屋上で授業サボるとかしてみたかったんだよね」
「卒業前にいい思い出になるじゃん」
 でもって、授業をサボる気満々でいる海に陸と京介が乗ってきてしまい、僕は予定が完全に崩壊してしまったことを悟った。
(今月中に曲作りを終わらせなきゃいけないっていうのに……)
 曲作りの苦悩に加え、こういう邪魔まで入ってくると最早不安しかなくなる。
(いっそのこと、学校を休んで曲作りに専念すれば良かった)
 半ば三人に引き摺られるようにして屋上に連れて行かれる僕は、心の中でそう呟かざるをえなかった。



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