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Final Season
挑戦には苦悩と邪魔がいっぱい?(2)
しおりを挟む2月も下旬に入ると学校は卒業ムード一色になり、僕達のクラスでは授業らしい授業もほとんどしなくなってしまった。
芸能科は仕事の入り具合で出席する授業にバラつきがあるから、2月に入ってからはそれぞれに出された課題を自習という形で熟していくことになるらしい。
で、成績優秀と判断された僕の場合、自習時間にやるべき課題を特に与えられていないから、先生の許可を貰い、音楽室を使わせて貰う時間に充てていたりする。
音楽室で何をしているのかと言えば、言わずもがな曲作りである。
二日前に一曲は完成したんだけれど、二曲目が難航している。この二日間必死に考えているわりには出だしの音さえ決まらない状態だった。
イントロが決まらないのならサビから……とも思ったんだけど、曲作り自体にまだ慣れていない僕は流れでしかメロディーを作っていけないようで、最初の音が決まらないとその後に続くメロディーも決められないようだった。
一曲目に比べて二曲目に苦戦してしまう理由はアルバムのイメージのせいなんだろうな。
夏に出す二枚組のアルバムは、一枚目が従来の僕達。“今まで通りの明るくてポップな感じの曲”と言われたから僕もイメージがしやすかった。
でも、二枚目は“ダークで格好いい感じの曲”だと言われ、これまでとは少し異なる曲を求められているんだとわかると、なかなかイメージ自体が湧いてこなかったりもする。
っていうか、そもそも“ダークで格好いい”なんてイメージにしちゃっていいんだろうか。うちには悠那さんっていう、どう頑張っても可愛いでしかない男子が一人混ざっているんだけれど……。
あの人、今は映画の撮影や何やらで忙しいはずなのに、バレンタインはしっかり堪能したし、去年に引き続き僕のこともしっかり巻き込んできた。僕はバレンタインどころじゃなかったというのに。
悠那さんのバレンタインにかける情熱は女の子顔負けである。そんな悠那さんに“ダーク”だの“格好いい”だのというイメージはどうしても結び付けられない。
格好いい曲をイメージしようにも、悠那さんも一緒に歌う曲だと思うとイメージがハッキリしない。そういう僕にもダークで格好いいイメージはまだないから、イメージを崩す要因になってしまう。
司さんや陽平さんだけで考えるとイメージも湧いてきそうな感じがするんだけどな。そこに悠那さんや僕が加わると浮かびかけたイメージが一気に消え失せ、また一からイメージをし直さなくてはいけなくなる。その繰り返しなのだ。
海に至ってはメルヘン要素で浸食してくる気すらして、なるべく思い浮かべないようにしているくらいだ。
海は単体だとそれなりに格好良かったりもするんだけど、メンバーと一緒になると、どうしても“可愛い末っ子キャラ”ってイメージが強くなっちゃうんだよね。悠那さんと一緒になると、悠那さんと一緒に可愛い子ぶったりするし。
王子様みたいな顔をしているうえ、部屋ではぬいぐるみと戯れている姿もよく見掛ける僕としては、ダークで格好いいどころかメルヘンでしかないわけである。
正直、司さんや陽平さんも格好いい要素より可愛い要素の方が強いと思っているけれど、あの二人は僕達に比べて大人っぽいビジュアルをしているし、黙って立っていればダークで格好いいイメージは充分に出せていると思う。雑誌撮影で着せられるスーツなんかも格好良く着こなしちゃうし。
「とりあえず、司さんと陽平さんだけでイメージしてみるか」
他の人がどうやって曲作りをしているのかは知らないけれど、僕が曲作りをする時は頭の中に映像を思い浮かべ、そこにメロディーを乗せていく感じだ。
つまり、物語を作るように曲を作っていくのである。だから、イメージを崩す悠那さんや僕、海が出てくると、そこで浮かんできたメロディーが崩壊してしまうのである。
「いや……ビジュアルのイメージじゃなくて、そういう曲が合いそうな物語を想像した方がいいのかも」
メンバーのビジュアルからのイメージが難しいのであれば、メンバーを使った物語を作り上げればいいのではないか……。メンバーをキャラクター化してしまえば、悠那さんだって少しは格好いいイメージに近付けることができるかもしれない。
そのことに気付いた僕は一旦作業を中止し、ダークで格好いいというイメージに合わせた物語を作ってみることにした。
もともと本を読むのが好きな僕は、あらゆるジャンルの本を読んできたから想像力はわりとある方だと思う。頭の中で物語を作っていく作業も好きな方である。
「まずはテーマを決めようかな。誰がどういうキャラで、どういうジャンルの物語にするか……」
まるで小説でも書き始めるかのように設定を決めていき、それを決め終わったら物語を想像し始める。
そうすると、今まで全く浮かんでこなかったメロディーが少しずつ浮かんできて、イントロのメロディーが形になってきた。それに続くメロディーが浮かんでくると実際に音にしてみて、その音をレコーダーに録音していく。
(これならいけるかも……)
ワンフレーズずつ音にして録音し、それを何度か続けているうちになんとなく曲の形が出来上がってきた。
かなりのメロディーが出揃ったところで、録画した音を一度通して聴いてみる。
「ここはいらないかな。こことここを繋げると……いや、ちょっと変だな。むしろ、こっちとこっちを繋げた方が……ってなると、ここはちょっと作り直してみるか……」
録音しては聴き返し、使う部分、捨てる部分、作り直す部分を決めていく。
そんな作業に没頭していると、あっという間に時間が過ぎていた。
「律~。お昼になったよ? お昼ご飯食べようよ」
「え? もうそんな時間なの?」
「チャイムの音が聞こえなかったの? 凄い集中力だね」
「あ……うん……」
チャイムの音どころか、海が音楽室に入って来たことにすら気付かなかった。しかも、もうお昼って……。僕はかれこれ三時間以上、一度も休憩を挟むことなく曲作りに没頭していたのか。
いつも作業に入ると時間を忘れて没頭してしまう父さんを思い出してしまった。
今まで僕は自分のことを母親似だと思っていたし、あまり父さんと似ているところがないと思っていたけれど、父さんの血もちゃんと受け継いでいるらしい。
「曲作りは進んだ? 僕も作曲中の律の傍で課題をやりたいのに、律が“ダメ”って言うからつまらないよ」
「ごめん。でも、曲を作ってる時の姿ってあんまり見られたくないんだ。慣れてないし恥ずかしいから……」
「別に恥ずかしがることなんかないのに。曲作りに没頭してる律の姿なんか見たら、僕は益々律に惚れちゃうと思うな」
「~……」
ただでさえ、海からの愛情は充分伝わってくるのに、これ以上惚れられても……な話だ。もう充分好きになってもらえてると思うから、これ以上なんて僕は望まないよ。
「陸と京介が“一緒に食べよう”って教室で待ってるよ」
「わかった。今行く」
せっかく曲作りが波に乗り始めたところだけど栄養補給も大事だ。それに、少し時間を置いてみた方が、また違ったメロディーが浮かんでくるかもしれない。
僕はピアノの周りを片付け、座りっぱなしだった椅子から腰を上げた。
今から教室に戻ろうというのに、音楽室に入って来る海が不思議だった。
「何? 海。教室に行くんじゃ……」
椅子から立ち上がったのと同時に、目の前に立っている海に首を傾げた僕は――。
「っ……」
いきなり海にキスされてしまったからびっくりした。
「なっ……んんっ……」
僕の腰に腕を巻き付け、僕の身体をギュッと抱き締めてくる海にパニックを起こしそうだった。
学校で何をしてくれるんだ。
「ちょっと……海っ……やめっ……」
しかも、ちょっとキスするだけじゃなく、本格的なキスをしてくるから困ってしまう。
「ぁっ……んんっ……」
司さんと悠那さんじゃあるまいし、なんで僕が学校でこんな破廉恥な行為を……。
海からのキスに息継ぎもままならない僕は、酸欠になりそうな思いをしながらも必死になって海の身体を押し返そうとするが、海の腕の力は全く緩んでくれない。それどころか、更に僕を離すまいと力を入れてくる。
筋トレなら海より僕の方が力を入れているはずなのに、どうして力で海に勝てないんだ。体格差の問題なのか?
メンバーとの共同生活を始めたばかりの頃に比べて海はグッと背が高くなったし、身体つきも一回りは大きくなった。
僕ほど熱心に筋トレをしているわけではないけれど、僕の筋トレに付き合っている海は、もしかしたらメンバーの中で一番力があるのかもしれない。
身長は司さんの方が高いけど、体格がいいのは海の方だし。
メンバーの中で二番目に背が高くて一番体格のいい海と、身長も華奢具合も下から二番目の僕とでは、蓄えられる筋肉量もさぞ違うのだろう。僕に勝ち目なんてなさそうである。
「海っ……」
そうは言っても、このまま海に好き放題されるわけにはいかない僕は、渾身の力を振り絞ってようやく海を押し返すことに成功した。
僕だって伊達に身体を鍛えているわけじゃないんだ。
「何してくれるんだっ!」
必死の抵抗の末、抱えていたはずのノートやペンケース、レコーダーなんかが全部床に散らばってしまっていたけれど、それを拾うのは後回しだ。まずは海を叱ることを優先しなければ。
「だって、律にムラッとしちゃったから」
「そんな理由が通用するとでも?」
肝心な海の方がふざけているけれど。「ムラッとしちゃった」ってなんだ。学校でムラッとなんかするな。
「いやね、音楽室と律の組み合わせって萌えるなぁ~……と思って。神聖っていうか、神秘的というか」
「これまで僕は、何度も海と一緒に音楽室で音楽の授業を受けたことがあるんだけど?」
「そうなんだけどね。誰もいない音楽室でピアノを弾いてる律っていいなと思っちゃって」
「意味がわからない」
みんなといようと一人でいようと“音楽室と僕”という組み合わせになんの違いもないと思うのに。海は時々変なことを言う。
多分、海の中には海だけの萌えポイントというやつがあって、気持ちが高まるスイッチがあるんだ。それがふとした瞬間に入ってしまうのだろう。
この歳にもなってぬいぐるみを可愛がる習性がある海は――悠那さんにもあるみたいだけど――、夢見がちで独特な妄想力があるのかもしれない。案外、曲を作らせてみたらいい曲が作れる感性の持ち主かもしれないよね。本人に曲作りをする気はないみたいだけれど。
「僕って小さい頃から律の弾くピアノをよく聴かせてもらってたじゃない。あの頃から、僕は律がピアノを弾く姿を“綺麗だな~、可愛いなぁ~”って思いながら見てたんだよ」
「ただピアノを弾いてるだけじゃないか。感情的になるような場面でもないでしょ」
「律はわかってないなぁ。好きな子が好きなことをしてる姿って見てて嬉しくなるし、いろんな感情が湧き上がってくるものなんだよ」
「ふーん……そうなんだ」
海と違ってそこまで感情の起伏が激しくない僕は、その気持ちがあまりよくわからなかった。
まあ、僕も海が楽しそうにしていると楽しいし、喜ぶ姿を見ると嬉しくはなるけれど。
でも、だからって学校でキスするのはまた別の話だ。そこは常識的になって欲しいし、理性的に対処して欲しかった。
「もういい。今回は許してあげるから早く教室に行こう」
もっと徹底的に説教をしてやろうかと思ったけれど、にこにこしている海の顔を見ると怒る気も失せてしまった。僕ってほんと海には甘いよな。
それに、教室で僕達を待っているという陸や京介をこれ以上待たせてしまうのも申し訳ない。あまり待たせてしまうと、今度は二人が僕達を迎えに来てしまうかもしれないし。
僕は床に散らばった自分の私物を拾い上げると、海と一緒に音楽室を出ようとした。が――。
「っ……何?」
音楽室のドアに手を伸ばそうとする僕とドアの間に海が割って入ってきて、音楽室を出ようにも出られなくなってしまう。
「どいてよ。通れないじゃないか」
「うーん……実はちょっと困ったことになっちゃって」
「困ったこと?」
困っているのは僕の方なんだけど。
「何? どうしたの?」
嫌な予感しかしない僕だけど、ここはそう聞かざるを得ない流れだ。果たして海の答えは――。
「それがね、今すぐには教室に戻れない事情っていうやつができちゃって」
「うん」
「僕……勃っちゃったんだよね」
「っ⁈」
嫌な予感が的中した僕は、声にならない悲鳴を上げるしかなかった。
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