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Final Season
第2話 挑戦には苦悩と邪魔がいっぱい?(1)
しおりを挟む二年前の2月5日にデビューした僕達Five Sは、先日二周年記念のイベントを行い、そのイベントの席で
『夏には初めてのソロ曲を含む二枚組のアルバムを出すので楽しみにしていてくださいね!』
と宣言したのはいいのだけれど……。
「…………うん。いいね。これは使えるよ。律君のソロはこれでいこう」
「え? ほ……ほんとにこれでいいんですか?」
「うん。ピアノ演奏のまま使うわけにはいかないから編曲はするけど、メロディーはそのまま使うよ。律君にピッタリの爽やかな曲になりそうだ」
「はあ……」
何故僕がそのアルバムの作曲に携わることになったんだ? しかも、自分の曲を自分で作曲だなんて……。そんなの予定になかったじゃないか。
夏にアルバムを出すという話は、Five Sの初ツアーが始まる少し前から聞かされていた。イメージの異なる二枚組のアルバムになるという話も、メンバー全員のソロ曲が入るという話も聞いていた。ソロ曲の作詞はそれぞれが担当するという話も……。
だけど、作曲をしろとまでは言われていない。
にも拘らず、どうして僕が曲作りをやらされたのかというと、言わずもがな海の余計な一言のせいだった。
海が
『律は作詞だけじゃなくて作曲もやればいいのに。律には作曲の才能もあるんですよ。凄くいい曲を作るんですから』
なんてマネージャーに言ったものだから、それを真に受けたマネージャーが僕達のアルバムを担当する音楽プロデューサーに僕の作曲を提案してしまったのだ。
で、それを聞いたプロデューサーが僕に「曲を作ってきてよ」と言ってきたからこうなった。
ツアーが終わり、学校が始まった僕は比較的時間にも余裕があったから、曲作りをする時間がないわけではなかった。
プロデューサーに言われたら「嫌です」とも言えない律儀な僕が作った曲は、どうやらプロデューサーのお眼鏡にかなってしまったらしい。
「律君が曲を作れる人間だとは知らなかったよ。これを機に、今後は律君にもFive Sの楽曲制作に加わってもらおうかな」
「えっ⁈」
「こんなにいい曲が作れるのに歌うだけなんてもったいないじゃないか。才能は活用しないと宝の持ち腐れだよ」
「それはそうなんでしょうけど……考えておきます……」
とんでもないことになった。自分の作った曲を褒めてもらえるのは嬉しいけれど、事態が思わぬ方向に進んでいくのには不安しかない。
今回僕が作ってきたこの曲だって、プロデューサーからいい返事が貰えるだなんて思っていなかったというのに。
僕、これまでちゃんとした作曲の勉強なんてしたことないのに。そんな僕が作った曲を売り物にするのはなんだか気が引ける。
(これからは曲作りの勉強もするべきなんだろうか……)
もう少し早くこういう話が出ていれば、帰省中に父さんから作曲について色々聞ける時間もあったのに。
ほんともう……海の馬鹿……。
「ただいまぁ……」
「お帰りっ! 律っ! どうだった?」
家に帰って来ると、一人で留守番をしていた海が大型犬の如く僕に駆け寄ってきた。
司さんと悠那さんは映画の撮影で帰りが遅くなるし、陽平さんもドラマの撮影中だ。最近は海と二人っきりで家にいることが多い。
高校生の僕達は学校と仕事の両立がしやすいスケジュールになっているから、前みたいにドラマの仕事が入りでもしない限り、仕事は学校が休みの日に集中する。
もともとメンバーの半数以上が高校生だったFive Sの仕事は、土日と祝日をメインに組まれるようになっている。
「……………………」
「え? 何? その顔」
学校から帰って来たばかりの僕が、制服を着替えるなりマネージャーに連れられてどこに何をしに行っていたのかを知っている海は、僕が帰って来るとその結果を知りたがった。
でも、僕はそんな海を恨みがましく思えてしょうがない。
「もしかして……ダメだったの? 律が聴かせてくれなかったからどんな曲になったのかは知らないけど、律が作った曲はプロデューサーにボツにされちゃったの?」
不満全開という顔の僕を見た海はおろおろし、自分が言い出した手前、どうやって僕を慰めようかと悩み始めた。
だけど、僕が今欲しい言葉は慰めの言葉なんかじゃない。
「海のせいだからねっ! 海のせいで“あと二曲作って”って言われたっ! それも今月中にっ!」
「ごっ、ごめんっ! …………って、え? あと二曲?」
「どうしてくれるんだっ! 一曲作るのだって大変だったのに、更に二曲だなんてっ!」
「えっと……それはなんていうか……凄いね」
「おかげで僕の高校生活の最後は曲作りに悩まされる羽目になったっ!」
「ああ……ははは……ごめんね」
ずっと胸の中に溜め込んでいた不満を海本人にぶつけてみても、海はあまり僕に悪いと思っていない様子だった。むしろ――。
「でも、僕の言った通りでしょ? 律には作曲の才能があるんだよ。僕達のアルバムの中に律の作った曲が三曲も入るなんて嬉しいなぁ」
自分の耳に狂いがなかったと証明できて喜んでいる。
呑気なものだ。僕は焦りとプレッシャーで気が気じゃないのに。
こんなことになるなら、去年の海の誕生日に自作の曲をプレゼントするんじゃなかった。海個人に聴かせるためだけに作った曲だったのに、それが原因で今こうなっているんだから。
そりゃ僕だって、全く人様に聴かせられない曲を作ったつもりはなかったけれど、だからって自信満々の一曲ってわけでもなかった。ただ、海だけへの特別なプレゼントをしてあげたいと思ったことと、僕の中で海のイメージがしっかり出来上がっていたから、比較的メロディーが浮かびやすかっただけの話。
実際に作り終えた曲を聴き返した時も
『これなら海にプレゼントできるレベルかな?』
と思える程度だった。
僕に曲をプレゼントされた海がどう思うかは自信なんてなかったんだから。
「律が作った曲って僕も歌えるんだよね?」
僕が過去の過ちを悔やんでいるのに、海は能天気だった。
「どうだろう。今日持って行った曲は僕のソロ曲になるみたいだけど、これから作る曲はそれぞれのアルバムに一曲ずつ入れたいって言われたから、みんなで歌う曲になるんだと思う」
「そうなんだ。凄い楽しみ。律はほんとに凄いなぁ。高校生で自分のアルバムの曲作りだなんて」
「誰のせいだと思ってるの。言っとくけど、僕は自分に作曲の才能があると思えるようなレベルじゃないんだからね。曲作りだって頭に浮かんだメロディーを繋げてるだけって感じで、素人もいいところなんだから」
「でもさ、人が“いい”と思える曲を作れることが既に才能だよ。僕なんて“曲を作れ”って言われもメロディーなんか浮かんでこないもん」
「やる気の問題じゃない? 作らざるを得ない状況に追い込まれたら、海だってどうにか曲を作り上げることはできると思う」
「そうかなぁ?」
まあ、今回海はそんなことにならないわけだけど。
どうせなら、ソロ曲はそれぞれが作詞作曲を担当することにしてくれれば良かったのに。そしたら、海にも今の僕の苦しみが少しはわかるだろう。
とは言っても、Five Sのメンバーは全員歌は上手いけど、僕以外に楽器の演奏ができる人間が一人もいない。もし、「作曲しろ」と言われたら、全員が全員鼻歌で曲を作ることになりそうだ。
それはさすがに間抜け過ぎる。悠那さんあたりは楽しそうに鼻歌で作曲しそうだけど、司さんは面倒臭がってやらなさそう。陽平さんも鼻歌では作曲したがらなさそうだし、海は……リコーダーとか持ち出して煩くしそうだから嫌だな。
メンバー内で唯一楽器の演奏ができる云々を差し引いても、海の僕に対する評価は甘々で、過大評価をし過ぎているような気がする。
自分の取り柄や強みがまだよくわかっていない僕は、海に褒めて貰えるとその気になってしまいそうで怖い。
「まあ、作ってとは言われたけど、出来が良くなかったらボツにされると思うから、僕が作った曲は一曲だけの採用で終わる可能性もあるけどね」
海は僕の作った曲が全部アルバムに入ると思っているようだけど、そこはちょっと誤解がある。
確かに、僕はプロデューサーから「あと二曲作って」とは言われたけれど、必ず使うとは言われていない。
Five Sとして出すアルバムの中に下手な曲は入れられない。それは僕もプロデューサーも同じ気持ちだ。曲を作ることは承諾したものの自信がなかった僕は、その不安をプロデューサーに伝えると
『安心して。ダメな時はダメって言うし。その時は他の作曲家に頼むから心配しなくていいよ。僕は律君が他にどんな曲を作れるのかが知りたいんだ。だから、自分の思うままに作ってみてよ』
と言ってくれた。
それでちょっとだけ肩の荷も下りたって感じではある。
「えー。僕、律の作った曲が歌いたい」
「無茶言わないで。僕が作曲に携わること自体が烏滸がましいんだから。作った曲が全部採用されなくても仕方ないんだからね」
「でもぉ……」
「でも、じゃない。そんなことより、夕飯まだでしょ? 作ってあげるからおとなしく待ってて」
家に帰って来た時は海に文句を言いたくて仕方がなかった僕だけど、実際に海の顔を見て話しているうちに、そんな気持ちは徐々に薄れていった。
なんだかんだと、僕は自分の作った曲を海に気に入って貰えたのが嬉しいんだろうな。
だって、あの曲は海のために僕が生まれて初めて作った記念すべき最初の作曲だったわけだから。
それを気に入ってくれて、僕に作曲の才能があるとまで思ってくれたのは喜ばしいことである。
だからって、僕の作った曲を聴いたことのない人間にまで「才能がある」と言ってしまわなくてもいいとは思うけど。
「何か食べたいものある?」
「ハンバーグ」
「ハンバーグか……」
夕飯を作る前に冷蔵庫の中を確認してみると、ハンバーグの材料は揃っていた。
最近帰りが遅いし、夕飯を家で食べることも少ない陽平さんだけど、仕事の合間にスーパーで買い物はしてくれているようだから、よほど手の込んだものを作ろうとしない限り僕達が夕飯の材料で困ることはない。
ほんと、陽平さんにはいつも感謝しかないな。
「わかった。ちょうど材料もあるから作るね」
「僕も手伝おうか?」
「うーん……海には洗濯物を畳むのと、お風呂掃除をお願いしたいかな」
「了解」
海と二人っきりで過ごす家の中では、役割分担がハッキリ決まりつつある僕達だった。
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