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Final Season
Happy Together(2)
しおりを挟む「痛っ……」
「ごっ……ごめんっ! 痛かった?」
「え……いや、あの……大丈夫ですけど……」
「カットカット! あのねぇ、そういうシーンのそういう演技なんだよっ! 悠那君に痛そうな顔されて謝りたくなる気持ちはわかるけど、それじゃ撮影が進まないよっ!」
「すみませんっ!」
制作発表会見を行った翌週からついに映画の撮影が始まった。
司との共演に浮かれていた俺だけど、映画は司と一緒のシーンばかりじゃないから、いつも司と一緒というわけにもいかなかった。
特に、冒頭の何分かは俺と司が出逢う前のシーンだったりするから、撮影自体が司とは別々な日もあって、俺はそれが非常に不満だった。
だけど、俺の撮影シーンが心配な司は、自分に他の仕事が入っていない限りは必ず俺の撮影に同行してくれたし、俺の共演者を厳しい目で監視もしていた。
「10分休憩入れるから、その間に気持ちを切り替えてくれる? このシーンで五回も六回も撮り直ししてたら日が暮れちゃうよ」
早く司とのシーンを撮りたい俺は他のシーンをさっさと撮り終えてしまいたいのに、なかなかそうはいかなかった。
何故なら、俺と共演する相手役の人が誰一人として一発オッケーを貰ってくれないんだもん。リハーサルの感覚ではすんなりオッケーが貰えるだろうと思っていても、いざ本番になると必ず向こうがトチっちゃって二回、三回と撮り直しになってしまう。
もしかして俺、物凄くやりにくい相手だったりするのかな。樹さんと共演した時はそんなことなかったから、自分に何か問題があるだなんて考えたこともなかったのに。
「ほんとごめんね、悠那君」
「気にしないでください。それより、俺ってやりにくいですか? どこか直した方がいいなら言ってください。直しますから」
「違う違うっ! 悠那君に問題があるわけじゃないよっ! 俺がついつい罪悪感に負けちゃって」
「はあ?」
罪悪感に負けるって何? 確かに、この映画では男の人から乱暴な扱いを受けるシーンも多くて、俺も嫌がったり痛がったりする演技が多いけど。
でも、それって全部演技なんだから罪悪感なんて感じる必要はないのに。
「悠那君が思った以上に可愛いからかな。悠那君に酷いことしてると思うとなんだかなぁ……」
「いや……そこは本当に気にしないでください」
そんな理由でNG連発しないでよ。こっちは一発オッケー狙って頑張ってるのに。
それに、何回もNG出されたら、そのたびに捕まれる腕とか壁に押し付けられる背中が本当に痛くなっちゃうじゃん。俺に酷いことしたくないって言うなら、謝るより先にオッケーを貰って欲しい。
「あと、どこからともなく感じる圧が……。物凄い圧が俺にプレッシャーを与えてきてる気がする……」
「そ……そうですか? 俺はそんなの感じないけどなぁ……」
多分それ、俺の撮影を見学している司からの圧だ。だって司、さっきから物凄く怖い顔でこっち見てるもん。ガン見してるもん。司からの圧はNGが重なるたびに増していると思う。
「最初に悠那君と共演って聞いた時はラッキーだと思ったんだけどなぁ。実際に目の前にするとほんとに可愛くて戸惑っちゃうよ」
「それはどうも。ははは……。俺、ちょっとお水飲んできますね」
撮影が中断して休憩に入ったというのに、俺がなかなか司のところに行かないから司が苛々し始めた。俺は適当な口実を作ってカメラの前から離れると、足早に司のもとへと向かった。
ずっと怖い顔で俺達を見ていた司は、俺が司のところへやってくると
「あの人、悠那とのシーンを撮り終わりたくないからわざとNG連発してるんじゃないの?」
早速不満を零された。
そんな馬鹿な。そんなことしてあの人になんのメリットがあるっていうの。メリットどころかデメリットしかないじゃん。NGを連発すれば連発するほど監督からは評価が下がっちゃうだろうし、共演者からも嫌がられて役者としては立場が悪くなるだけじゃない?
「なんか罪悪感に負けちゃうんだってさ。役者ならビシッと決めて欲しいよね」
その証拠に、既に五回もNGを連発されている俺もうんざりし始めていた。
そんなに難しいシーンでもないと思うのに、なんでそんなにビビっちゃうのかな。俺相手に凄んで脅すだけのシーンじゃん。
俺は小さく溜息をつくと司が持っていたペットボトルに手を伸ばし、司が飲みかけのミネラルウォーターに口をつけた。
撮影現場にはスタッフが用意してくれた飲み物やお菓子もあったけど、司は自分の撮影がない日は大体自分が買ってきた飲み物を持参している。
この映画の二人目の主演でもある司は、たとえ撮影がなくても現場に出入りするのは自由だし、用意されたものを自由に飲み食いしても構わないはずなのにどうしてかな? って思ってたけど……。
「お菓子食べる?」
「うん。食べる」
司が飲み物やお菓子を持っていると、休憩に入った俺が寄り道しないで真っ直ぐ司のところに行くからだと気付いた。
だったら最初から飲み物やお菓子が置いてあるテーブルの近くで見学すればいいのに……とも思うけど、そのテーブルはカメラのすぐ傍にあり、俺と自分以外の共演者のシーンに表情管理ができない司は、あからさまにヤキモチを焼いてしまう自分を他のスタッフに見られたくないのである。
それに、スタッフから少し離れた場所にいる方が人目に付きにくく、休憩中の俺とこっそりイチャイチャもできるからね。
「早く司とのシーンが撮りたい。カメラの前で司といっぱいイチャイチャしたいな」
「俺も悠那とのキスシーンでNG連発しようかな。そしたらいっぱい悠那とちゅーできる」
「それは大歓迎。司となら一日中キスシーンを撮っててもいいくらいだよ」
機材の影に隠れて司の腕に自分の腕を絡ませると、司の機嫌も少しは直ってくれたみたいだった。
制作発表会見直後に凹み始めた司は翌日には浮上してくれたんだけど、撮影が始まるとまたテンションの浮き沈みが激しくなってしまった。
頭ではわかっていても、実際に目の前で俺に触る男の人を見せられたら司のテンションが下がってしまうのは仕方ない。だから、司のテンションが下がってしまった時は真っ先に司に駆け寄り、司のテンションを上げてあげるようにしている。
「ねえ、司」
「うん?」
本当はここでキスとかしてあげたら司のテンションも一気に爆上がりなんだろうけど、さすがにカメラのないところで堂々と司にキスはできない。
それでも、嫌なシーンを見せられ続けている司を慰めてあげたい俺は、背伸びをして司の耳元に唇を寄せると、内緒話をする振りをして――。
「愛してる♡」
そう囁いて司の耳朶にチュッ、ってキスをした。
「っ!」
俺の唇が司の耳朶に触れた瞬間、司の肩がピクッと上がったのが可愛い。
司はちょっと驚いた顔になって俺を見下ろしてきたけれど、俺が嬉しそうな顔で笑っているのを見ると、今度は司が俺に内緒話をするように俺の耳に手を添えてきて――。
「俺もだよ」
甘い声と一緒に俺の耳朶にキスしてくれた。
「ゃんっ……」
軽くキスしただけの俺と違って俺の耳朶を唇で挟んできた司に、俺は背中がゾクッとしてしまった。
司のエッチ。こんなところでそんなことされたら、今度は俺が撮影どころじゃなくなっちゃうじゃん。せっかく余計なシーンはさっさと終わらせようって気合い入れてるのに。
「感じた?」
「やだもう……エッチなの禁止」
「今のでエッチになっちゃうの?」
「俺が感じやすいって知ってるでしょ? 司とは普通にキスするだけでも感じちゃうのに」
「だったら俺とのキスシーンは大変なんじゃない?」
「そうなるかなぁ?」
撮影が始まったばかりでこんな調子の俺達は、いつかこの関係が周りのスタッフ達にバレてしまいそうではあるけれど、そうなった時の心配はあまりしていない。
そもそも、こういう映画を撮ろうって人達なんだから、同性同士の恋愛にそこまで否定的な人はいないと思う。むしろリアルな映像を求めるなら、俺と司が実際に付き合ってくれていた方が遠慮なくあれこれ要求できていいと思っているかもしれないよね。
「あれ? 悠那君がいないと思ったらまた司君のところにいた。ほんとに仲がいいなぁ、君達は」
人目を盗んで司とイチャイチャしていた俺は、たまたま近くを通り掛かった助監督に見つかってしまい、危うく声を上げてしまいそうなほどにびっくりしてしまった。
こういうのを不意打ちって言うんだよね。心臓に悪いからやめて欲しい。
「っていうか、Five Sが仲良しなのかな。司君と陽平君も仲良かったもんな」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。陽平君が司君の世話を甲斐甲斐しく焼いていたのが微笑ましかったなぁ」
実はこの人、俺達がデビューした年に司と陽平が出たスペシャルドラマの時も助監督を務めていた人で、司とは面識のある人だった。
「一緒に住んでいたら仲良くもなりますよ。最早メンバーは第二の家族ですから」
「だよね。家族同然のメンバーとならラブシーンも平気かな?」
「だと思います」
「期待してるよ」
「はい」
一度一緒に作品を作った仲だからなのか、司と助監督はやけに親し気な感じだった。司や陽平は役者の仕事もわりと入ってくるから、制作者側の人と仲良くなりやすいのかな。
それにしても、家族同然のメンバーだとラブシーンが平気ってどういう理屈なの? 俺、相手が司だから平気なだけであって、陽平や海が相手だったらめちゃくちゃ恥ずかしいよ? 律ならなんとかなりそうだけど。
それに、家族同然じゃなくて本当の家族であるお兄ちゃんとラブシーンを演じろって言われたら絶対に嫌だし無理なんだけど。ラブシーンに家族云々は関係ないと思う。
通りすがりに話し掛けてきただけの助監督がいなくなってから
「司は尊さんとラブシーン演じろって言われたらできる?」
と聞いてみれば、司からは
「無理に決まってるじゃん。想像するだけでもおぞましいよ」
という返事が返ってきた。
「じゃあ、俺以外のメンバーとなら?」
「うーん……できなくはないかな。ちょっと恥ずかしいけど」
「ふーん……」
どうやら家族と家族同然は違うらしい。
それもそうだよね。家族は家族であって家族以外の何物でもない。血の繋がった家族はそもそも恋愛対象になんかならないから、家族とのラブシーンなんて無理ってものだよね。
それに比べて、一緒に住んでいるメンバーは家族同然でも戸籍上はなんの繋がりもない他人になってしまうから、性別の問題さえクリアしてしまえば恋愛対象にだってなる。俺も司と他人だったからこそ、司に恋をして恋人同士になったんだもんね。
恋愛対象になりえるメンバーとならラブシーンも演じられる。と、そういう理屈なのか。多分、助監督はそういう意味で言ったわけじゃないと思うけど納得した。司が俺以外のメンバーとラブシーンを演じるところなんて見たくはないけれど。
それはさておき、全くの赤の他人であり、なんなら今回の撮影で初めて顔を合わせた俺相手に苦戦している困った共演者はというと……。
「頼むよ~。悠那君相手に苦戦するのは君だけじゃないけど、君も役者でプロなんだから。これ以上のNGは勘弁してね」
監督直々に苦言を呈され、少しは気合も入ったようだった。
次こそは、俺も監督からの「オッケー!」って声を聞きたい。
「さて! 10分経ったから再開するよっ! あれ? 悠那君はどこに行っちゃったのかな?」
「ここにいまぁ~っす!」
「やっぱり司君のところか。っていうか、司君もそんな暗い隅っこなんかにいないでこっちおいでよ」
「いえ。俺はここでいいです」
「そうかい?」
10分なんてあっという間で、監督からの撮影再開の合図に渋々司の腕を離した俺は再びカメラの前へと向かった。
司が来ていることを知っている監督は、人目につかない場所にひっそり立っている司をカメラの近くに呼んだけど、司はそれをやんわりと辞退した。
司が撮影スタッフから離れた場所にいるのは司の都合であって遠慮とかではない。でも、そんなことは言えないから、今日はあくまで見学なので……と、控えめな素振りを見せる司だった。
撮影は始まったばかりだし、司とのシーンもまだ撮り始めてはいないけれど
(司と一緒の仕事はやっぱり楽しい)
そう思う俺だった。
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